第18話 「与え姫奇譚」を読んでみた:後編(第一章完結)




「色々言いたいことはあるが―――」

 本をアルフレッドの前にかざしながら、エルフィオーネは問いかけた。

「まず最大の疑問は『暗黒期』という題材を使っておきながら、何故この内容で出そうとした? よりによって、聖武王エドワードを神聖視するこのアルマー王国内で。その理由を聞かせて欲しい」

 いきなり作品そのものを否定するような評が飛んでくる。だが、アルフレッドは動じず、「やはり、そう来たか」と心の中で呟いた。



 この「暗黒期」というのは文字通り、アルマー王国でも最悪の暴政がしかれた、今より約500年前から、その政権がエドワード聖武王達に打倒されるまでの十数年間を指して言う。その年代を舞台として描かれる作品が、通称「暗黒期物」である。



 王太子の身分を政争によって剥奪され、暗殺されそうになった当時10歳のエドワード聖武王は、王宮の召使として奉公していた当時11歳のアリス聖武妃の手引きで共に王都より脱出し、母妃の故郷であるアークライト領に亡命する。

 そして八年の雌伏ののち、同領で腐敗王朝に対して叛旗を翻し、王都へと進軍。日和見、もしくは対峙した周囲の諸侯を王族の旗の下に次々と下し、仲間に引き入れ、五年の歳月ののちに王都へと侵攻。傀儡の王であった、異母弟である国王より王位を剥奪し諸侯の列に格下げした後、諸悪の根源である摂政を追放。戴冠し、自ら王位につくと共に、戦友でもあったアリス聖武妃、隣国ルテアニア王国の王女ルイーゼと婚姻を結び、王家の腐敗にピリオドをうち、第二次討魔大戦後は宙ぶらりんとなっていた隣国との外交を、王族と血縁関係を結ぶことで確固たるものにし、後のアルマー王国の地盤を建て直し、磐石たるものにした。

 ―――というのが、大まかな時代の流れである。

 アルマー王国建国から千数百年の歴史の中でも事跡の偉大さが圧倒的かつ明確であるがゆえ、このエドワード聖武王は、アルマー王国王家のアイデンティティそのものとして身分をとわずに信奉されている。ゆえに、救国の英雄エドワード聖武王とアリス聖武妃の人気は、このアルマー王国では絶対だ。この国の男子はエドワード聖武王達の武勇伝を子守唄に聞いて育つ、とさえ言われている。

 そんなわけで、基本的に「暗黒期物」は、勧善懲悪を主眼に置いた娯楽作品であり、暴政を敷く腐敗した王家に鉄槌を下す、エドワード聖武王もしくはその妻アリス聖武妃を主人公とした痛快な英雄譚である場合が多い。



「エドワード聖武王の武勇伝を、知らないわけではあるまい」

「勿論。まあ、詳しく知ったのはつい最近だけどね」

「―――『暗黒期』に関しては、全くの門外漢だったというわけか。その様子だと、資料は市販の書物ではなく、図書館の学術書といったところか?」

「生憎、この作品に至っては出版は自費でやってるから、貧乏暮らしなんでねぇ。アークライト領の図書館は、さすがは聖武王にとっての『始まりの地』なだけあって、どこも貴重かつ良質な資料が多いんだ。あ、ちなみにここの本は大体が友人の私物ね」

「なるほどな。あくまで、現実に存在した聖武王の姿を、できるだけ再現しようとし、尚且つ自分なりにアレンジした結果がこれか。なるほど、なるほど。二巻は、当時の町並みやら情勢やら、よくもまあご丁寧にと感心したよ」

「二巻の海賊討伐戦に関しては、このイザキの港町の図書館に、聖武王直筆の作戦書なんかが現存しているから、まあ書いてて楽しかったよ。当時の状況が容易に想像できて」

 この中で唯一の未読者であるアリシアは、話の流れについていけない。シャーロットの服の袖をひっぱり、助けを求めた。

「ごめん、シャーロット。二人の会話についていけない」

「―――少し話は逸れますがアリシア、聖武王がイザキの港町で海賊を退治したときの逸話、知っていますか?」

「えー? 聖武王のアークライト領従騎士時代の話でしょ? たしか、アリス聖武妃が止めるのも聞かずに、町を荒らしまわる海賊たちを斬っては捨て、斬っては捨て――で、結局あっという間に頭目の首を取っちゃったっていう話ね。しかも単騎で。聖武王が年少の頃から、いかに武勇に秀でていたかを示す、有名なエピソードでしょ。さすがの私もそれくらいは……」

「たしかに、一般的に知られているのはそれで間違いない。でも実際は、この討伐戦は、エドワード聖武王、アリス聖武妃、そして当時従騎士のアレクと、イザキの町民との共同での作戦だったの」

 へ? とアリシアは呆気にとられたような声を出す。

「そうなの?」

「エドワード聖武王が取った首級は、実際のところは海賊の頭目の物と、その傍に居た者達のものだけだった。その露払いを行ったのは、彼の盟友であるアリス聖武妃、従騎士アレク、そしてイザキの町民達。それが、この戦いの真実なの。皆が力を合わせて勝ち取った勝利なのですよ」

「何それ。そんなの聞いたこと無いんだけど。っていうか、それじゃ聖武王の活躍が―――」

「そう、薄れてしまう。だから、『暗黒期』物の作品は、聖武王の英雄面をさらに強調するために、とにかく彼が一騎駆けして敵を討ち取るのに改変されているパターンがすごく多いんです。エドワード聖武王は、たしかに古今無双の武勇の持ち主でしたが、彼の真髄は、その人柄と王家の風格が醸すカリスマで、人を惹き付け率いる―――いわゆる、『将の将たる器』であることにあるのですよ。前線に出て直接兵と斬り結ぶのは、本当の初期と、『ここぞ』という戦局くらいだけだった、というのが実像だったらしいんです。王国内では、脚色された物語のほうが有名になりすぎて、それが史実だったと広く思われているようですが……」

 すると、アリシアは、あからさまに落胆した表情で言う。

「えー……何か、私の知ってる聖武王と違う。イケメン長身の王子様が最前線で突貫して、ひたすら天下無双するのがアツくてカッコいいのに。何か知らなきゃよかった気分。―――で、アルフレッドの小説の聖武王も、そんな控えめなキャラとして出てくるの?」

「先生の小説は、まさにそのアリシアの知らないエドワード聖武王を、あくまで主人公の一人として扱っているの。真の主人公は、伝説の切り込み隊長・騎士アレクことアレックスと与え姫。史実をベースにしつつも、実在したかすら怪しい人物を主人公とした、『暗黒期物』の中では、極めて異端の作品なのですよ」

「説明ありがと、シャーロット。だったら、売れてないのって、明らかにそのせいでしょ。なんで娯楽作品なのに、史実にばっかり拘っちゃって、わざわざ弱体化させたりするかなー」

 アリシアが言い終わるや否や、エルフィオーネはパチパチ、と手を叩き、笑いながら言った。

「私の言いたいことは、全てアリシアとシャーロットが言ってくれた」

 本で肩をぽん、と叩きながら、エルフィオーネは続ける。

「一巻のラストは、幼少のエドワード聖武王とアリス聖武妃が王都からアークライト領へ亡命し、『与え姫』に庇護され、アレックスと出遭うシーン。二巻は、三人が騎士に正式に叙任され、アークライト伯に己の正体を明かすシーンであるわけだが―――」

 そして、一巻の表紙を開くと、ページを捲りはじめる。

「ここも、ここも、ここにも―――」

 さらに捲りにめくって、そして、裏表紙にまで辿り着いてしまった。

「―――ここにも、無い。それどころか、どこにも、無い」

 ぱたん、と表紙を閉じる。

「一巻で聖武王が倒した敵は全くもって居ない。真の意味で、ゼロだ。それどころか、アリス聖武妃の方が活躍して敵を打ち倒している始末だ。史実での当時の詳細は無いにしても、極端すぎる。極めつけは……」

 エルフィオーネは続いて、あとがきを最初に読むかのように、ページのラストの部分を開くと、アルフレッドに紙面を向けた。

「聖武王が王都を奪還し、傀儡の王で、後の暴君である異母弟に代わって戴冠するという、決意と野望とを見せるシーンが、一巻の時点でどこにも入っていない。一巻の聖武王は、ひたすら己の無力を嘆き、挙句の果てには、さめざめと落涙してアリス聖武妃に慰められてしまうと言う有様だ。ただの10歳の少年を描くならまだしも、あの古今無双の聖武王の幼少期を、ここまで女々しく描くとはな」

 エルフィオーネの話す内容は辛辣そのものだが、その口調は、核心を得た者が語る、評価の口調そのものだった。アルフレッドは、「それは違う」とか「いや、それは」など、批評に一切口を挟まず、穏やかな微笑を浮かべ、静聴していた。

 そして、全てを聞き終えた今、ようやく口を開いた。

「―――『精神的にも武勇面でも聖武王が弱すぎる。作者は聖武王に恨みでもあるのか』『聖武王を汚された気分。こんなクソな本は誰も得をし得ない』『史実を重んじているのは解るが、それにしても酷い設定だ。「与え姫」などという反則チートじみた存在が居なければ、聖武王は歴史の表舞台にすら立てなかったというのか』『内容的に史実重視らしいのに、「与え姫」や騎士アレクなど、実在自体が怪しい伝説の人物が主人公という矛盾。一体作者は何がしたいのか』」

 アルフレッドは苦笑し、手を「やれやれ」の姿勢で挙げた。

「全部、出版元に届いた、読者からの書評さ。ここまで酷評の嵐だと、逆に清々しいよ」

「他の本は参考にしなかったのか? 少しでも参考にしたなら、どういうものがウケて、どういうものがマズいのか、わかるだろう?」

「立ち読みでチラチラと色々読んでみたけどね。まあ、見事なもので、文章も描写も『あ、これには敵わないな』っていうモノばっかりだったよ。普通に描いても、絶対に俺のネームバリューと文章じゃ見てもらえないし面白くない」

 それほど、この「暗黒期物」は人気のジャンルであり、様々な作家や文豪と呼ばれる者達が、名作を書き上げてきた。

「―――そこで俺は発想をかえてみたんだ。ここは敢えて、誰も描きたがらない、実際に存在した聖武王をモデルに、思いっきりアレンジして書いてみようってね……。で、図書館やら親父殿―――おっと。アークライト侯やらにお願いして、ひたすら資料を読み漁り、実際の戦場にも足を運んだりしたわけさ。―――するとだ」

 アルフレッドはポケットの中より、使い込んだ分厚い手帳を取り出した。

「調べれば調べるほど、色々な疑問が出てくるんだ。進言した人間が不明であるにも関わらず超重要な策が山ほどあったり、地形・兵員的にどう考えても劣勢の極みだった戦況がなぜか一気に逆転していたり、そして、聖武王が率いる寡兵が二倍三倍どころの騒ぎじゃない大軍を平然と打ち破ってみせたり―――」

 それが書かれたページを捲りながら、アルフレッドは続ける。

「こういった、完全なる劣勢をいとも容易く打開できるのが、聖武王が聖武王たる所以なんだよ! ……って言ってしまえばそれで話は終わりなんだけど、どうしても俺には納得いかないんだよな。今ほど魔術が発達していない、兵卒の武器同士がぶつかるような泥臭い戦いが未だに主流の時代に、こんな荒唐無稽な活躍が出来るなんて。聖武王本人、そして彼らの軍の出鱈目なほどの強さの謎は一体何なんだ―――?」

「アルフレッドが言うと、妙に説得力あるね……実戦経験者は語るって感じで」

 アリシアは、アルフレッドの後ろ腰の剣を見遣りながら言う。

「結局、考えても答えは出なかった。俺は歴史家じゃない。謎は謎のままだった。そこで俺が目をつけたのが……」

 アルフレッドが顔を上げる。

 視線の先にあるのは、エルフィオーネの姿。視線が交錯する。

「謎の女、エルフィオーネ婦人だったというわけか」

「―――ああ」

 自身と同じ名を持つ人物だが、その名を口にしたときの声音には、ためらいが無い。アルフレッドは少し間を置いて頷く。

「史実の上での彼女の事跡は、亡命してきた聖武王を匿ったこと、戦士として育て上げたこと、そして、事の顛末を見届けるかのように最後まで聖武王本隊の軍中に在ったこと―――この三つしかないわけだが……まず聖武王を戦士として育て上げたという時点で、只者ではないことがわかる」

「でもさ、本人が直接指導したってワケじゃないんじゃない? 師匠をよんでたとか、道場みたいなのに通わせていたとか」

 アリシアが口を挟むが、アルフレッドは即座に答える。

「本人だったとしたら? 当時の聖武王は暗殺の魔の手から逃れ、亡命後もしばらくは国中に指名手配されていた。誰の口から密告があるか判らないのに、そう易々と他人になんて会わせられるかな? 実際、彼が15歳で従騎士となり、再び世に出てくるまでの5年間は、資料らしきものが全くといっていいほど残っていない。半ば軟禁状態で、人目にも合わせず、彼が心身ともにまるで別人のようになるまで、ひたすら修練の日々を過ごさせたんじゃないのかな。このエルフィオーネ婦人の指導の下で」

 瞳を閉じたまま腕を組み、時折相槌をうつエルフィオーネの姿を、アルフレッドは、再び見遣った。

「―――二巻の序盤の場面ですね」

 シャーロットがおもむろに口を開く。

「三人が、次々と魔術と武術を習得していき、時には実戦経験を積むため魔物と対戦させられる―――いわば『修行篇』とでもいいますか。新しい登場人物は全く登場しませんが、この三人が、修行と実戦とを通して絆を結んでいくところ、すごく丁寧に描かれてて好きなんです。私」

「それは概ね私も同意だ。ともすれば修行修行で冗長になりがちなところを、ちゃんと少年の青春として描ききっているところは、読んでいて、小気味良かった。どことなく懐かしさすらおぼえたよ」

 シャーロットとの初対面の時に聞いた感想と同じものだったが、評価されることに慣れていないアルフレッドは、むずがゆくなり、思わず頭を軽く掻いた。そしてこほん、と咳払いすると、話を締めくくりにかかった。

「最初の質問にもどろう。なぜ俺が聖武王をこうも弱くし、そして『与え姫』という伝説上の英雄を主人公にしたか。まず一つは、通常通りの『暗黒期物』を書いても面白くないし、他の作品に埋没してしまうと言う助平心から。そして二つ目は、かつてはただの少年でしかなかった聖武王が、仲間と一緒に成長して強くなり、絆を結んでいく姿が描きたかったからで、その姿が、史実の聖武王と実にマッチしていたから。そして三つ目は、聖武王達の、説明のつかない強さの秘訣を理由付けるために、最強チート級の師匠の存在が欲しかったところに、都合よく謎の人物がそこにちゃんといたから。―――以上だ。異論や批評は出版元まで」

 言い終えると、とたんにエルフィオーネは破顔一笑。からからと笑い声をあげた。

「これは傑作だ。なるほど、なるほど。先入観無しで馬鹿正直に調査と考察とを繰り返し、完全に自分が書きたいものを、己の戦闘経験からの考察をも交えてミックスしたのがこの怪作というわけか。―――面白い」

 エルフィオーネは「与え姫奇譚」の二巻を、アルフレッドの前に差し出した。

「―――私も、ファンになろう。貴方の作品の。月並みな言い方だが、早く続きが読みたい。この作品は、主人公達の成長と言うテーマがある分、底が知れない。果たしてこの泣き虫エドワードは、如何にして聖武王となりしか―――」

 呆然となるアルフレッドをよそに、シャーロットは花が咲いたように、ぱぁっと笑顔になった。アリシアも「良かったじゃん!」とアルフレッドの背中を叩きながら笑う。

「そうしたいのは山々なんだけど、やっぱり時代考証その他もろもろは資料との格闘だし、なによりこれで正しいかどうか検証してくれる人が居ないんでなぁ……」

 はあ、と溜息をついた後にアルフレッドは「ん?」と呟くと、胸に浮かんだ僅かな期待を吐露した。

「―――そういえばエルフィオーネ、あんた。『暗黒期』に結構詳しいようだけど」

「結構? ふっ。こう見えても、この時代のことに関しては下手な学術書を漁るより、よほど色々なことを知っているぞ。当時の情勢、流行、魔術、装備、隠語スラング、食べ物、兵器から下着の種類まで網羅していると自負する」

 鼻息を荒げ、腰に手を当てるエルフィオーネ。

「どうしてそんなに詳しいのですか?」

 シャーロットが聞く。

「それはもう、暇人だからな。『暗黒期』以外にも、いろんな時代のことを知っているぞ。専門外なのは魔法が存在する前の時代くらいさ」

 アルフレッドはその表情を見ながら、一瞬考え込む。心境は、「まさか」と「やはり」が入り組んだ、複雑なものだった。 

 だが、アルフレッドは意を決すと、うやむやになろうとしていた、エルフィオーネの願いに対して、ここでついに言及した。

「あんたさえ良ければ、なんだけど。頼み、聞いてもらえるかな」

「―――皆まで言うな。何となく想像はついている」

 にやり、とエルフィオーネは微笑をうかべる。

「要するに、私を考証役として雇いたいのだな。なるほど、それが貴方の望みか、アルフレッド」

「ああ。―――どうせ書くなら、この作品をより良い物として仕上げたい。それには、どうやらあんたの力が必要みたいなんだ。恩に着せるようで悪いが……引き受けてくれるかな」

「―――勿論だ」

 エルフィオーネは右手をアルフレッドの前に差し出した。

「しばらく、世話になる。不束者だが、よろしくお願いするよ。アルフレッド」

「ああ、こちらこそ」

 そして、アルフレッドは差し出された手を、強く握り返した。



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