第15話 急転





 昨晩の騒動など無かったかのように―――いや、些細なこととして忘れ去られたかのように、三日間の収穫祭は今日も続く。

 露店に出された料理を摘み、街道ですれ違う顔見知りに声をかけたりかけられたりしながら、ウシオマルとアルフレッドは街道を巡回していた。

 仮にも刃傷にんじょう沙汰や襲撃事件が起きている。アルフレッドの面持ちは昨日よりやや強面こわもて気味だ。ウシオマルは、仕事モードで取り付く島の無いアルフレッドにうんざりし、退屈そうに酒を呷っている。

 つと、見慣れた顔が前方より近づいてきた。

 ナ国の民族衣装「着物キモノ」を着崩し、背負った野太刀ノダチという細身の大剣が特徴的な、長身の短髪黒髪の女性である。アルフレッドが若干表情を崩したのに対し、ウシオマルはブッと酒を吹き出すと慌てて酒壺を隠そうとした。

「今更遅いわ。阿呆。まーた大して強もないくせに呑みながら仕事しとるんけ?」

 フー、と煙管キセルを吸い、紫煙を溜息混じりに吐く。

「やあ、どこの美人さんかと思ったら。元気してたかい? アンズの姐さん」

「ぼちぼち、ってとこやわ。アル坊」

 アンズは微笑をうかべ、再び煙管を加えた。

 彼女、アンズはウシオマルのあによめにあたり、アルフレッドらと同じく警備保安稼業で生計を立てている。

 主に酒場や娼館の用心棒など、女性スタッフの中に混じっての夜の仕事を請け負うことが多く、その勇敢さと狭気おとこぎ、さばさばとした面倒見のよさから、男女問わず知り合いとあとファンが多い。

 町民からは親しみをこめて「姐さん」と呼ばれており、ちなみにアルフレッドより3歳、ウシオマルより5歳年上である。ウシオマルとの力関係は、先刻の義弟が示した態度のとおりだ。

 義弟ウシオマルと同じく、ナ国から海を渡ってやってきたのだが、武者修行が目的のウシオマルと違い、そういうのに勤しんでいる気配はなく、目的は不明である。本人達が頑なに語ろうとしないのだ。

 ウシオマルも含め、何か脛に傷を持つ者達である事は、現在進行形で戦乱の最中にあるナ国の事を考えると、予想はつくのだが。

「それはそうと、ウチの阿呆アホが世話かけたようやけど、粗相とかやらかさんかったけ?」

「ああ、それは大丈夫。あと、実質面倒見たのは俺じゃなくて別の子」

「何や、女子おなごに介抱されたん? その子に、面倒見てくれてありがとう、ちゃんと躾しときますからって言うといて」

「義姉者……ワシは犬か何かか……」

 すこぶる居心地の悪そうなウシオマルを尻目に、アルフレッドは会話を進める。

「ところで姐さん、今日は仕事かい?」

「たった今終わったところや。そういや、牢屋を狼藉者でイッパイにしたのはアル坊、我主わぬしの仕業やと聞いてんけど。なんでも、お姫様もかかわっとるとか……」

「なんだ。もう噂になってるのか。俺が二人、ウシオが三人、アリシアも三人、あと、その友人が一人ってトコかな。俺の力なんか些細なものさ」

「ふーん、でも、お手柄やね。しかしあの連中、朝っぱらからここから出せ出せとピーピー泣くわ喚くわ、まあ、煩うてかなわんわ。『早くしないと死んじまう』『殺されちまう』とかワケの判らんことを言うモンもおるし……コロシをするのに、覚悟の『か』の字も持ち合おおせとらんみたいやねぇ」

 と、今度は傍にあった料理をひょい、と摘む。

 アルフレッドは首を傾かしげた。

「妙だな……」

「ああ、妙じゃな」

 あの連中は、声一つたてずアルフレッド達を襲い、仲間が倒れていく中でも逃亡せず、最後まで淡々と任務を遂行しようとした。襲った相手が悪かっただけで、かなり統率も連携も行き届いた、訓練された精鋭たちだ。正直、並の警備員では相手にすらならなかっただろう。

 だが、アンズの話の中の奴らは、まるで人が違うようだ。

「やっこさん、そんな甘っちょろい奴らではなかったぞ。別の奴らと見間違えたんじゃあないんか? 義姉者」

「酔っ払いの我主やあるまいし。シバかれたいん?」

 静かに凄むアンズに、ウシオマルは押し黙る。

「それより姐さん。ヤツら何か、白状ゲロしたこととかある?」

 ふうー、と紫煙を吐き、「いんや」と首を横に振る。

「あたいも、尋問に直接立ち会おうたわけやないから、よくはわからんねんけどな。まー、どんな拷問じみた尋問にも、一切口を割らんらしいんやって。それはそれはおとろしいんやろうなあ。その飼主とやらは」

 アルフレッドはその言葉でピンときた。

 もしかしたら、「飼主」が、奴らに口を割られる前に始末するべく、刺客を放っているのかもしれない。それなら、全て納得がいく。

 と、なると警備重点箇所は決まったも同然だ。

「姐さん。つき合ってくれないか」

「おいおい、アルフレッド殿。義弟の前で嫂を口説こうとは、なんたる……」

 両人から頭を叩かれるウシオマル。

「アル坊。どこに行こうて?」

「牢屋だよ。奴らの残党が出るとしたら、そこが一番クサい。もしかしたら、獄吏に化けているかも……」

 その時だった。




 ―――うっ、うわあああぁああぁぁーーーーーーッ!!!




 楽しげな喧騒の中にかすかに混じる、男の悲鳴。

 方角はもちろん、牢屋の方向で―――。




  ◆◇◆◇◆




「さあ、できたぞ」

「うっわあー。すっごいいい匂い! ねえ見てよシャーロット!」

「本当……。とっても、おいしそうです!」

 エルフィオーネは、ミトンを装着した手で、出来たてのミートパイが盛られた皿を、テーブルの上に足早に運び出した。

「熱いから、舌を火傷しないようにな」

 そういって、エプロンをほどく。

 その下は、ぶかぶかのワイシャツ一枚のみで、調理のために袖を捲り上げ、下着はつけていないという、非常にきわどい格好となっている。

 それもそのはずで、エルフィオーネの服を暖炉の前で乾かしている間、替えの衣服で辛うじてサイズが合いそうだったのは、男のアルフレッドのものだけだったからだ。何か適当に購入しようか、という意見も、彼女は金の無駄だと言って突っぱねた。

「あつっ! でも、美味しい! こんな美味しいの、食べた事無いわ! エルフィオーネ、料理上手いんだね!」

 パイ生地をさっくりと割って、そこから飛び出す、肉汁染み出る真っ赤なミートフィリングに、アリシアもシャーロットも、夢中になっていた。

 彼女が一体何者か。怪訝な目で見ていたことなど、目の前に出された料理の前に、意識の片隅に追いやられてしまっていた。

「ここの家主はトマトが好きなのか、自家製と思しきケチャップといっしょに、やたら置いてあったんでな。我ながら、上手くできたと思うが」

「とっても、とってもおいしいです! はふっ……」

「こんな料理の腕、どうやって手に入れたの?」

「なんと、独学だ。数多の失敗の果てに、手に入れたものだ」

 うそ、とアリシアとシャーロットは呆然とした。

「すごいチャレンジ精神だね……」 

「暇人だからな」



 アルフレッドが帰ってくるのは、おそらく昼下がり夕方近くくらいだろう。先に昼食を食べた形になるが、彼らは彼らで、祭りで出された料理を摘んで、適当に済ませてくるはずだ。

「仕方ない事だけど、アルフレッドも勿体無いことしたなー。こんなに美味しいミートパイ、そうそう食べられないっていうのに」




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