第15話 急転
昨晩の騒動など無かったかのように―――いや、些細なこととして忘れ去られたかのように、三日間の収穫祭は今日も続く。
露店に出された料理を摘み、街道ですれ違う顔見知りに声をかけたりかけられたりしながら、ウシオマルとアルフレッドは街道を巡回していた。
仮にも
つと、見慣れた顔が前方より近づいてきた。
ナ国の民族衣装「
「今更遅いわ。阿呆。まーた大して強もないくせに呑みながら仕事しとるんけ?」
フー、と
「やあ、どこの美人さんかと思ったら。元気してたかい? アンズの姐さん」
「ぼちぼち、ってとこやわ。アル坊」
アンズは微笑をうかべ、再び煙管を加えた。
彼女、アンズはウシオマルの
主に酒場や娼館の用心棒など、女性スタッフの中に混じっての夜の仕事を請け負うことが多く、その勇敢さと
町民からは親しみをこめて「姐さん」と呼ばれており、ちなみにアルフレッドより3歳、ウシオマルより5歳年上である。ウシオマルとの力関係は、先刻の義弟が示した態度のとおりだ。
義弟ウシオマルと同じく、ナ国から海を渡ってやってきたのだが、武者修行が目的のウシオマルと違い、そういうのに勤しんでいる気配はなく、目的は不明である。本人達が頑なに語ろうとしないのだ。
ウシオマルも含め、何か脛に傷を持つ者達である事は、現在進行形で戦乱の最中にあるナ国の事を考えると、予想はつくのだが。
「それはそうと、ウチの
「ああ、それは大丈夫。あと、実質面倒見たのは俺じゃなくて別の子」
「何や、
「義姉者……ワシは犬か何かか……」
すこぶる居心地の悪そうなウシオマルを尻目に、アルフレッドは会話を進める。
「ところで姐さん、今日は仕事かい?」
「たった今終わったところや。そういや、牢屋を狼藉者でイッパイにしたのはアル坊、
「なんだ。もう噂になってるのか。俺が二人、ウシオが三人、アリシアも三人、あと、その友人が一人ってトコかな。俺の力なんか些細なものさ」
「ふーん、でも、お手柄やね。しかしあの連中、朝っぱらからここから出せ出せとピーピー泣くわ喚くわ、まあ、煩うてかなわんわ。『早くしないと死んじまう』『殺されちまう』とかワケの判らんことを言うモンもおるし……コロシをするのに、覚悟の『か』の字も持ち合おおせとらんみたいやねぇ」
と、今度は傍にあった料理をひょい、と摘む。
アルフレッドは首を傾かしげた。
「妙だな……」
「ああ、妙じゃな」
あの連中は、声一つたてずアルフレッド達を襲い、仲間が倒れていく中でも逃亡せず、最後まで淡々と任務を遂行しようとした。襲った相手が悪かっただけで、かなり統率も連携も行き届いた、訓練された精鋭たちだ。正直、並の警備員では相手にすらならなかっただろう。
だが、アンズの話の中の奴らは、まるで人が違うようだ。
「やっこさん、そんな甘っちょろい奴らではなかったぞ。別の奴らと見間違えたんじゃあないんか? 義姉者」
「酔っ払いの我主やあるまいし。シバかれたいん?」
静かに凄むアンズに、ウシオマルは押し黙る。
「それより姐さん。ヤツら何か、
ふうー、と紫煙を吐き、「いんや」と首を横に振る。
「あたいも、尋問に直接立ち会おうたわけやないから、よくはわからんねんけどな。まー、どんな拷問じみた尋問にも、一切口を割らんらしいんやって。それはそれは
アルフレッドはその言葉でピンときた。
もしかしたら、「飼主」が、奴らに口を割られる前に始末するべく、刺客を放っているのかもしれない。それなら、全て納得がいく。
と、なると警備重点箇所は決まったも同然だ。
「姐さん。つき合ってくれないか」
「おいおい、アルフレッド殿。義弟の前で嫂を口説こうとは、なんたる……」
両人から頭を叩かれるウシオマル。
「アル坊。どこに行こうて?」
「牢屋だよ。奴らの残党が出るとしたら、そこが一番クサい。もしかしたら、獄吏に化けているかも……」
その時だった。
―――うっ、うわあああぁああぁぁーーーーーーッ!!!
楽しげな喧騒の中にかすかに混じる、男の悲鳴。
方角はもちろん、牢屋の方向で―――。
◆◇◆◇◆
「さあ、できたぞ」
「うっわあー。すっごいいい匂い! ねえ見てよシャーロット!」
「本当……。とっても、おいしそうです!」
エルフィオーネは、ミトンを装着した手で、出来たてのミートパイが盛られた皿を、テーブルの上に足早に運び出した。
「熱いから、舌を火傷しないようにな」
そういって、エプロンをほどく。
その下は、ぶかぶかのワイシャツ一枚のみで、調理のために袖を捲り上げ、下着はつけていないという、非常にきわどい格好となっている。
それもそのはずで、エルフィオーネの服を暖炉の前で乾かしている間、替えの衣服で辛うじてサイズが合いそうだったのは、男のアルフレッドのものだけだったからだ。何か適当に購入しようか、という意見も、彼女は金の無駄だと言って突っぱねた。
「あつっ! でも、美味しい! こんな美味しいの、食べた事無いわ! エルフィオーネ、料理上手いんだね!」
パイ生地をさっくりと割って、そこから飛び出す、肉汁染み出る真っ赤なミートフィリングに、アリシアもシャーロットも、夢中になっていた。
彼女が一体何者か。怪訝な目で見ていたことなど、目の前に出された料理の前に、意識の片隅に追いやられてしまっていた。
「ここの家主はトマトが好きなのか、自家製と思しきケチャップといっしょに、やたら置いてあったんでな。我ながら、上手くできたと思うが」
「とっても、とってもおいしいです! はふっ……」
「こんな料理の腕、どうやって手に入れたの?」
「なんと、独学だ。数多の失敗の果てに、手に入れたものだ」
うそ、とアリシアとシャーロットは呆然とした。
「すごいチャレンジ精神だね……」
「暇人だからな」
アルフレッドが帰ってくるのは、おそらく昼下がり夕方近くくらいだろう。先に昼食を食べた形になるが、彼らは彼らで、祭りで出された料理を摘んで、適当に済ませてくるはずだ。
「仕方ない事だけど、アルフレッドも勿体無いことしたなー。こんなに美味しいミートパイ、そうそう食べられないっていうのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます