第13話 「与え姫」のサーガ(※この作品の「歴史」の説明回。まとめの年表あり)
与え姫。
それは「第二次討魔大戦」の英雄で、世界の救世主―――。自らの体に施した「魔法」の影響でその肉体は死ぬことを許されず、悠久の時を生き続け、今もなお世界を放浪しているという。そして、未だに実在したか否かの論争が絶えない、伝説の存在である。
彼女の事を語るには、実に1000年という長い年月を、そしてアルマー王国、ルテアニア王国、オンティニティア帝国の戦乱の歴史を遡らなければならない。
現在は消滅した「魔法」という能力と「魔法使い」という人間達が存在していた時代に―――。
◇◆◇◆◇
今より1000年前。舞台は、弱小国だった後のオンティニティア帝国―――。
当時はまだ希少な存在だった、「魔術師」たちの手により、後の大いなる災厄の種がそこに誕生した。
「深窓」
当時の人間はそれを、こう呼称した。
「深窓」とは、資料により諸説あるが、いわゆる「向こう側の世界」(「魔界」「あの世」「霊界」とも呼ばれる)という異世界とこの世界とを繋ぐ、小さな
そして、「魔力」をもとに、魔術式に頼らない「魔法」という強大な能力を、オンティニティア帝国はどの国よりも早く、かつ秘密裏に原理化に成功し、国力として有することとなった。
その力は絶大だった。
「魔法」は軍事から産業に至るまで多岐に利用され、小国でしかなかったオンティニティアを覇道へと歩ませる、大きな追い風、原動力―――元凶となった。
そして、「魔法」の原理に他国が気づいた時は―――既に何千何万もの人馬が屠られ、両の手では数えられない程の国が、滅ぼされ、属国として支配下に置かれた後だった。全盛期においては、実に大陸全土の半分以上が、オンティニティア帝国に制覇されているというような状況だったという。
オンティニティア帝国にとっての残る攻略対象が、かつて大陸の有力国であったアルマー王国、ルテアニア王国のみとなった時、両国は正式に同盟を締結する。連合してオンティニティア帝国とぶつかりあい、にらみ合った。今より、970年前の出来事である。
アルマー・ルテアニア連合国、対、オンティニティア帝国―――。
およそ100年の長きにわたって繰り広げられた戦争―――いわゆる「千夜戦争」の幕開けである。
当初は劣勢だった連合国だったが、戦に次ぐいくさによる魔法使いの練度向上や帝国内で相次いだ内乱等、様々な紆余曲折もあり、後期のほうになると連合国と帝国の戦力は完全に伯仲拮抗。押しつ押されつを繰り返し、泥沼化していった。
だが―――この「千夜戦争」に終止符を打った者がいる。
この大陸は過去二度に渡り、魔物の大量発生という大災厄に襲われている。
その一度目が、今より870年前―――「千夜戦争」に終止符をうった、いわゆる「第一次異常接近」と言われるものである。
大陸各地で異常発生する魔物達に、最早人間同士で争いをしている場合ではなくなり、連合国と帝国はひとまず停戦協定を結ぶと、国内の鎮撫と魔物達の群れの駆逐、掃討のために東奔西走することとなった。
そして20年の月日が流れる。
大方魔物の駆逐は完了し、時を同じくして魔物達の発生もようやく終息を迎える。
この「第一次異常接近」より20年の、魔物討伐の為の戦争を後世では「第一次討魔大戦」と呼んでいる。
各国が疲弊し魂魄性根尽き果て、もはや戦争をする戦力も気力も無くなったのか、以降150年以上この三国間では、主だった戦闘は行われず、せいぜいが蛮族からの国境防衛と魔物の残党討伐といった自衛のための戦闘や、国内での領主同士の小競り合いが起こる程度だった。
しかし帝国は、再起の後必ず侵攻してくる。それは疑いようのない未来だった。帝国、連合国は再起のため富国強兵策に専心することになる。
◆◇◆◇◆
そして今より700年前。再び帝国軍が国境を越え、連合国に侵攻する。同時に、アルマー・ルテアニア王国も帝国に宣戦布告。50年にわたり、激闘を繰り広げることになる。
この戦争を後世では「百夜戦争」と呼んでいる。
「百夜戦争」は「千夜戦争」とくらべ、戦線が展開された期間こそ半分と短いが、「千夜戦争」当時と比べ、各国の軍事力も、物資も、そして「魔法使い」の練度も威力も人員も、その全てが格段に進化し増強されていた。
そのため、戦闘で出る人的被害、物質的被害も尋常ではなかった。一度の戦闘で千や万単位の人馬が平気で消し飛ぶ。「魔法」の打ち合いで地形そのものが変形し、地図が役立たなくなるのが日常茶飯事だったという資料もあるくらい壮絶なものだった。
終わり無き泥沼―――というよりは全てを飲み込み破砕する、台風のような大戦禍―――だが、この不毛な争いにも終わりは訪れる。
更に強大にして禍々しい災厄をもって―――。
今より650年前。
オンティニティア帝国首都に設置された「深窓」より、突如として魔物が発生した。そして「深窓」から這い出てきた魔物は、強大な力でもって「深窓」を占拠。それに呼応するかのように、時を同じくし、全大陸で再び魔物が異常発生した。
二度目の、最大にして最強最悪の魔物の大量発生、「第二次異常接近」である。
魔物の手によって、瞬く間に帝国首都は陥落した。
それだけではない。魔物の数、そして強さは、「第一次異常接近」の時とは比べ物にないほど強大で、並の魔法使いでは太刀打ちできないほどだった。まるで「百夜戦争」の惨禍の強大さに比例するかのごとく。
倒しても倒しても雲霞の如く現れる魔物の群れに人間達は苦戦を強いられた。戦力の犠牲や被害は日増しに大きくなっていき、一方で戦えぬ民は魔物になすがままに蹂躙されていったという。
正史の上で、「与え姫」―――或いはそのモデルとなったという人物が登場するのは、この時が最初である。
帝国領地内で突如として現れた、「強大な魔力を体内に宿す」という触れ込みの、謎の女性。彼女が率いる謎の一団により、絶望の状況は、天文学的ともいえる好転をむかえることとなる。
その一団は、行く先々で劣勢の軍勢を救い、魔物の群れを蹴散らして回った。その勇姿に軍勢は失った士気を取り戻し、燃え上がるような気焔へと変えた。これにより、オンティニティア帝国は攻勢に転じ、かつて殺し合いの戦争をしていた、アルマー・ルテアニア連合国の主力と迎合することに成功する。
そして、「彼女」は魔物の発生の元凶が、「深窓」に在る事を示唆した。全王国軍が連携し、首都を奪還。然る後、「深窓」を破壊・消滅させるよう訴えたのだ。
それだけではなく、自ら総大将となって最前線に立ち、大陸連合軍とでもいうべき超大軍勢を率い、帝国首都にて堅く守られている、「深窓」を目指したのである。
そして、長きにわたる激闘の末、大陸連合軍は帝都を奪還する。
その際、誰の手によるものなのかは伝わってはいないが、「深窓」は破壊され、消滅することとなる。そして、魔力を供給する窓口を失ったことにより、これより二年後、世界から「魔力」が蒸発・枯渇した。
それは同時に、「魔法」という力の消滅をも意味していた。
これにより、「魔法」の下位互換ではあれど、その力の代替としてそれまで誰も見向きのしなかった「魔術」が注目され、急ピッチで進化発展していくのだが、それはまた別の話。
今を遡ること、600年前のことである。
帝国首都を奪還した時か、深窓を破壊した時か、「魔法」が消滅した時かで意見は分かれるものの、この「第二次異常接近」からの人間対魔物の激戦を、後世では「第二次討魔大戦」とよんでいる。
「百夜戦争」終結より50年。開始から数えれば、100年が経過していた。
それは同時に、約400年近くに渡って繰り広げられてきた、「魔法」を行使しての、血生臭い争乱の歴史のピリオドともなった。
大陸全土が戦火で焦土と化し、かつては覇道を邁進した争乱の元凶ともいえるオンティニティア帝国は、もはや国としての機能すら失っていた。支配化に置いていた属国は、次々に独立。領土は1/5にまで減少し、現在も、独立を訴えて瓦解する地域があるという。
戦いにおいて満身創痍になった各国は、それぞれ、復興に着手する。全体陸全国には、期限も約定も無き、暗黙の停戦協定とでもいうものが結ばれていた。
それから600年。この大陸で、国家同士が全面的にぶつかるような大きな戦争をしたという記録は、残っていない。
各国の遺恨は未だに残れど、ひとまず平穏な時代が続いているのだ。
◆◇◆◇◆
さて、いわば大陸の救世主とでも言うべき大魔法使い、その「彼女」であるが、名前は伝わっておらず、以降の消息はぷっつりと途絶え、正史には一度も登場することなく歴史の舞台から姿を消すこととなる。
唯一正確にわかっているのは、大陸連合軍の総大将となったこと。そして、歳若い女性であるということである。実際に凄まじい魔力を以って、自ら武器を持ち戦ったかどうかは定かではない。
何せ、活躍の内容はどの資料も下手な
やれ、大地割れを起こして、数百の魔物を穴埋にしただの、大海嘯を発生させ魔物の巣窟と化した城を諸共海の藻屑にしただの、壁のように迫り来る魔物の群れを横薙ぎの光線で一網打尽に薙ぎ払っただの―――挙げれば枚挙に暇は無い。いくら最強の魔法使いが集っていたと言われる当時でも、いささか内容が荒唐無稽すぎている。
これが、「与え姫」非実在論が優勢な、最たる理由である。
つまり、軍を鼓舞するためにデッチ挙げられた
そもそも、「与え姫」という名前も、後世になってつけられた
一体何が正しく何が虚構なのか、それを知る者は最早死に絶えている。かわりに信憑性が玉石混交な資料と逸話の山だけが残り、恐らく中央の学者達ですら、何を正しい歴史として民に教えれば良いのか、決めかねているのだろう。
彼女の字の由来になった俗説、伝説によれば、こうだ。
「彼女」は世紀の大魔法使いであり、「深窓」を破壊したのは他ならぬ「彼女」である。自らの体に施した、もしくは施された「魔法」のせいで、その肉体は死ぬことを許されず、戦争終結後も悠久の時を生きつづけ、現在も、退屈を紛らわす術を探して大陸全土を放浪している―――体内に、未だに膨大な魔力を宿す、この世に現存する唯一の「魔法使い」である。
そして、彼女に見初められ、その寵愛を得た者は、己の欲するどんな願いをも適える、力を与えてもらえる―――。
―――ゆえに、ついた字が「与え姫」というわけだ。
◆◇◆◇◆
アルフレッドは「与え姫」の文献、というよりも伝説集を閉じると、薄めのコーヒーを一杯口にした。少し肌寒く、暖炉には小さい火を灯してあり、時折パチパチと薪が音を立てる。
アルフレッド、アリシア、シャーロット、ウシオマル、そしてエルフィオーネ。一同は、ロビーのソファにて集い、夜を明かすことになった。万が一に備え、夜明けまで交代交代で見張りをするためだ。
ソファーの上ではウシオマルがやかましく
「先生……交代、しますね」
シャーロットがむくりと起き上がり、薄目をこする。
「ああ、無理しなくてもいいんだぞ。子供はしっかり寝ないと」
「あら。一応、先生よりは年上なんですよ?」
シャーロットはいたずらっぽく笑った。
「エルフとしては、子供なんだろう? ―――わかった。じゃあお言葉に甘えるよ」
横にはなるが、眠りはしないつもりだ。というより、気になりすぎて眠れる気がしない。彼女―――エルフィオーネのことが。
「シャーロット。また聞くようで悪いんだが―――どう思う?」
アルフレッドとシャーロットは、揃って、まるで人形のように精緻なエルフィオーネの寝顔を覗き込んだ。
「『エルフィオーネ婦人』……。史実の上では約500年前、少年だった聖武王エドワードと聖武妃アリス、そして騎士アレクを庇護し、戦士として育て上げ、最後までずっと聖武王達を陰で支え、しかも聖武王戴冠以降は正史には一切登場しないという、謎の女……」
「実は、その正体は、伝説の英雄『与え姫』だった―――」
それが、アルフレッドの作品「与え姫奇譚」の設定だ。
もちろん、完全なる創作である。
「だが―――。もし『エルフィオーネ婦人』もとい『与え姫』が、俺の本からこの世にぽんっと出てきたなら、ほぼ彼女の姿で合点がいく。魔法と見紛うかのような強力な魔術も、常人離れした信じられない自己再生能力も生命力も、その出で立ちも―――」
「在り得ない。在り得ないとは、私も思っていますが……」
※まとめの年表
1000年前:魔術師達の手により、のちのオンティニティア帝国に「深窓」が誕生。世界に魔法と言う概念が誕生し、帝国がいち早く原理化に成功させ、覇道へと乗り出す。
970年前:オンティニティア帝国がルテアニア、アルマー王国の攻略に出征。アルマー・ルテアニア王国は同盟し、これに対抗。100年にわたる「千夜戦争」が勃発する。
870年前:「第一次異常接近」。世界各国に魔物が異常発生する。当事者国同士が停戦協定を結び、「千夜戦争」が終結すると同時に「第一次討魔大戦」勃発。
850年前:魔物の発生が終息。掃討し終えるとともに、「第一次討魔大戦」終結。以降150年間、帝国、連合国間で冷戦と言う名の戦なき時代が訪れる。
700年前:帝国が連合国国境を侵犯し行軍。帝国に対して宣戦布告する。50年におよぶ戦乱「百夜戦争」勃発。
650年前:「第二次異常接近」。「深窓」より強力な魔物が突如として現れ、「深窓」を占領。それに呼応するかのように世界各国に魔物が異常発生。「白夜戦争」は自然消滅し、「第二次討魔大戦」勃発。
650年~:この数十年のうち、「与え姫」と目される人物が登場。「深窓」の存在が「異常接近」に関わっていることが判明。目標を、帝都の奪還および「深窓」の破壊に断定。大陸連合軍が発足する。
600年前:帝都奪還。同時に、「深窓」を破壊。消滅させる。その二年後、世界から「魔力」が蒸発・枯渇し、「魔法」がこの世から消滅する。
約500年前:「エルフィオーネ婦人」が活躍したと目される時代。アルフレッドの時代小説「与え姫奇譚」の舞台にして、いわゆる「アルマー王国暗黒時代」。
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