第12話 彼女の名は




「昼夜を問わない厳正なる警備、大儀ですわ。団長殿」

「はっ! 姫様こそ! 此度の件での御身のご無事と獅子奮迅のご活躍、まことに祝着至極!!」

 横も縦もアリシアの1.5倍はあるようにも見える、筋肉質で長身の警備団長が、畏まって背筋を伸ばす。アリシアも、侯女モードの気品ある口調で、自身より一回りも二まわりも大柄な男達をねぎらっている。

 日雇いのアルフレッド達と違い、彼らの警備依頼の大本である彼らは役人の身分であり、アークライト家の直接の管理下にある。

 とは言え、普段はヤクザ者紛いのようなコワモテの集団が、若干14歳の少女にこんな殊勝な態度をとる光景は、やはりどことなく滑稽に見えてしまう。

「しかし、何故このような場所に、このような時間に、しかもそのような平民のような格好で?」

「港町イザキの収穫祭の賑わいは、領内いちと言われています。昨年は王の服喪ゆえ開催は叶いませんでしたが、毎年、楽しみにしているのですよ。ですが、何やら、影で後ろめたいことをしている輩が居るとの報告を受け―――旧知であるこの二人に協力を求め、身分を偽り町を巡回していたのです」

 つん、とアルフレッドがウシオマルの脇を肘で小突く。

「巡回、だってよ」

 くくく、とウシオマルが小声で笑った。

「散策、のマチガイじゃろうにいいいっ!!!」

 電撃だ。聞こえていたらしい。南無阿弥陀仏。

「しかしながら姫様、その魔術師が、件の事件の?」

 警備団長は、シャーロットの腕の中で寝かされている藤色の髪の少女を見遣り、敢えて「犯人」という言葉を噤んで、アリシアに問うた。

「ええ。ですが、これは本人の弁明通り、間違いなく正当防衛ですわ。詳しくは―――」

 アリシアは担架で担ぎ出される、九人の刺客たちを見た。

「彼らが目を覚ました際に、たっぷりとお聞きすればよろしいかと」

「はっ!」

 傷を手当てされた後で、泣きっ面に蜂が如く、拷問にも等しい尋問が待っているかと思うと、それはそれで気の毒な気もしてきた。

「それと此度は、こちらの二名、いえ三名の勇敢な領民の協力により、事無きを得ました。どうか恩賞を賜るようお願い致します」

 その一言で、団長の口元が引きつる。

「え、ええーと、前向きに検討……」

「お願い致します♪」

 極上の笑顔で威圧するアリシア。これには、いかにケチで有名な団長でも「は、はい……拝命いたしました」と答えざるを得なかった。

 アリシアは振り向き、白い歯を見せながら二人にウィンクし、親指をビシッと立てる。アルフレッドとウシオマルは「よし!」という心の声をこらえ、拳を握り締め親指をビシッと立てた。アルフレッドの表情から、疲れの色が若干消えた。




「臨時ボーナスごっそさんでーす!」

 ウシオマルとアルフレッドはしたり顔で、反対に苦虫を噛み潰したような表情の警備団長を茶化す。

「そんな顔するなよ、団長。経費として報告すればいいじゃないか」

「馬鹿野郎。こっちにも面子ってのがあるんだよ。経緯はどうあれ、領主代行の姫様が直々に出てこられ、しかも事件に直接関わったんだ。たった一つの事件に、わざわざ姫様に出てきてもらって、いろいろあってその際に発生した諸費用です、なんて公に報告してみろ。侯爵様や町民から無能者だって思われちまうだろ。まったく、事件の報告は義務だとはいえ、まさか姫様本人が直々に出向いてくるなんて、誰が思うかよ」

 アリシアがそこまで考えていたかは判らないが、結果的に、自身の武功より、アルフレッド達へ、恩賞という名の口止め料を優先させる成り行きになったわけだ。……後で、事件のことは内密に、と念押ししておこう。さすがに団長の面子のためにも。

「ま、ウチらのお姫様はそういう常識はずれなお人だってことじゃな。多分、こん中の誰よりも強いぞ。何せ三人を数十秒でノすくらいじゃからなぁ。ワシでも勝てるかどうか怪しいわ」

「腕っ節だけが取り柄の貴様がか? あ、ありえん」

 団長は顔を引きつらせ、舌を巻いた。

「というか貴様ら、姫様とどういう関係だ? 相当気安く話しているようだが」

 言われて、アルフレッドとウシオマルは顔を見合わせ、同時に「うーむ」と唸ったあとで。

「……幼馴染おさななじみ?」

「―――か、妹みたいなもんじゃな」




 簡単な報告を済ませた後、アルフレッドら一行は、今度こそ帰路へとついた。

 そして、その中には、藤色の髪の魔術師の姿もあった。

 それも、傷に障るという理由で、アルフレッドの腕の中に、横抱き(いわゆる、お姫様だっこの体勢)で抱えられて。

「本当に、もう傷のほうは大丈夫なのか?」

 藤色の髪の少女は、包帯に巻かれた患部に手をあてがいながら、言う。

「ああ、完全に塞がった。まこと、迷惑をかける」

 傷の痛みも無いかのごとく、まるでベッドの中にいるかのような、安らかな表情だった。

「それは言わなくて結構。警備員さんは、こういうのが仕事だし」

 仕事の時間外であっても、人の目はある。金が絡まなきゃ動かない人間だとは思われたくないという理念もあるが、何より、困っている人間をどうにも見捨てきれないのがアルフレッドの性分である。

「でも、本当に信じられません。こんなに早く塞がってしまうなんて……。常人の何倍もの自己再生能力がないと、こうはいかない筈なのに」

 治療した本人であるシャーロットは、心底信じられない、という顔で舌を巻く。

「生憎、体の頑丈さとしぶとさには自信があるのでな……生まれてこの方、医者要らずなのさ」

 医者に連れて行こうと一同が言う中で、彼女は金の無駄、と固辞した。だが、そうとうに体力を消耗しているようで、かわりに、一晩の寝食を懇願された。

 日付がかわり、夜が更けていく。

 アリシアとウシオマルは、揃って大きなあくびをした。



「―――どうした、じろじろと見て。私の顔に目と鼻と口以外に何かついているのか?」

「えっ、あ、いや……」

 唐突に声をかけられてアルフレッドは狼狽しながら言葉を濁した。

「ふーんだ。どうせ、美人さんだから、見とれていたんでしょ」

 アリシアは少し不機嫌そうに言う。そういえば、少女を横抱きにしたとき、少し羨ましいような複雑そうな表情をしていたようだったが―――。

「似ている……」

「うん?」

「あ、いや。そういえばだ」

 おもむろに、アルフレッドは、腕に抱えた藤色の髪の少女に問いかけた。

「あんたの名前、まだ聞いてなかったな」

「……名乗るほどの者でもない。ただの暇人の魔術師さ」

「あ、私も知りたいな。凄い魔術の使い手なんでしょ?」

 侯女モードの口調を解除したアリシアは、気安い口調で後押しする。

 少しの時間を置いて、少女は目を瞑ると、ゆっくりと口を開いた。



「……エルフィオーネ」



 瞬時に顔色を変えた者が二人いる。

「―――なんだって……?」

「えっ―――」

 アルフレッドとシャーロットである。

「それ、本名なのか?」

 彼女―――エルフィオーネは、まるで見飽きた、聞き飽きた反応とでも言わんばかりに、鼻で笑うと、再び口を開いた。

「どのエルフィオーネさんのことを言っているのか、まあ何となく予想はつくが―――私の名前はエルフィオーネ。生まれてこの方、これ以外の名は一度たりとも名乗ったことはない……」

「そ、そうか……。失礼、すまなかった」

「そういうあなたはアルフレッド……と言ったか。悪いが、眠くなってきた……。重ね重ね迷惑をかけるが……このまま……眠らせて、もら……」

 それを最後に、エルフィオーネは瞳を閉じ、小さく寝息をたてながら、深い眠りについた。




「どうしたのよ、アルフレッド、シャーロット。たしかに、エルフィオーネって、珍しい名前だけどさ。この世に一人も居ないってことは無いんじゃない?」

 アリシアは、ぶつぶつと独り言をいいながら歩き続ける二人に問いかけた。

「……そんなハズはない。まさか、そんなことが……。でももし、そうだったとしたら信じられるか? シャーロット」

「……いえ、ありえないと思います。与え姫はそもそも、実在『する』か―――いえ、実在『した』かどうかすら未だに結論が出ていない、伝説の存在……。しかも、『彼女』と同一人物だというのは、アルフレッド先生のオリジナルの設定でしかないハズ―――」

 アリシアは一体何を言っているのか判らないと言わんばかりに、若干苛立った口調で聞き返す。

「だから、わかるように説明してよ、二人とも」

 すると、シャーロットは無言で、鞄の中から一冊の本を取り出す。

 与え姫奇譚―――。その二巻目だ。

「アルフレッドの本じゃん。それがどうしたの?『与え姫』とか聖武王に関係ある話なの?」

「―――正史で、少年時代の聖武王エドワードと、聖武妃アリスが王都を逃れた際、彼らを匿い、武術と魔術とを指導した人物がいる」

「ふーん、それがどうしたの?」

 シャーロットはアリシアの前に、本を差し出した。

「表紙を開いて、『登場人物』の欄を読んでみて」

「えー?」

 アリシアはしぶしぶページをひらく。

 そして、そこに出てきた名前に、アリシアの目は釘付けになった。

「……これって!」

 そこに書かれていたのは―――。




 与え姫……第二次討魔大戦を終結に導いたという伝説の英雄にして、主人公アレックスの武術と魔術の師。王都から逃れ、雌伏する王子エドワードと従者アリスを匿い、アレックスと共に、来たる雄飛の刻に備え、武技を仕込む。その正体を隠すため―――



エルフィオーネ という偽名を名乗る。



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