第11話 三者繚乱 その5




(チッ……! やっぱり、このままだとダメみたいだな!)

 距離を取り、アルフレッドは防御の構えを解いた。

 背後をチラリと見遣る。

 負傷した藤色の髪の少女を中心に、アリシア、シャーロットが集う。ついでにウシオマルも無事のようだ。

 残るは、眼前の二人のみ。結局、最後になってしまった。

 これが、実戦での実力の差と言うわけだ。こうも歴然であると、逆に清々しくもあり、あの二人への賞賛が一掃こみ上げてくる。

 アリシアにいたっては、ものの一分もかからずに三人を叩きのめすのだから、げにアークライトの血筋の恐ろしきよ、と言ったところか。

 ウシオマルとアリシアは援護に来ないが、多分ウシオマルがアリシアを制止したのだろう。

 気遣ったつもりだろうが、余計なことを。アルフレッドは苦笑いした。しかも、援護のかわりに背後からは「アルフレッド! 早く片付けちゃってよ!」だの「カッコいいところ見せたらんかい!」だの、野次だかエールだかわからない声援が、物を投げつけるように飛んでくる。すっかり全てが終わったつもりで居るのだろう。緊張感など皆無に等しい。

 そう。残るはたったの二人なのだ。

 対して、こちらは三人、いや、四人。

 今や数の差はひっくり返り、戦力でも完全にこちらが圧倒していると言うのに、なぜ、奴らは逃げないのか。全滅してしまえば、「飼主」に報告する任務すら果たせないだろうに。

 最後の一人になってでも、可能性に賭ける、というのだろうか。装束の覆面の下の表情は窺い知れないが、先の剣撃からは、鬼気迫る「何か」は確かに感じた。

 だが―――。

「あまりやりたくはなかったが、あんたらの術具と腕だと、防戦一方で決着がつきそうにないんでな。だから―――」

 アルフレッドは剣を持ち直し、腰を落とす。

 そして、何かをゆっくりと吸引するかのように、吸うぅうう―――と、不自然な深呼吸を始めた。




「―――『使わせて』もらうぞ」



 ―――空気が、震えている。

 異変に、敵が気づいた。

 


 オオオオ……   オオオ……ン



 まるで形無き亡霊が蠢くかのように、禍々しい気配が周囲を包んでいく。

 そして凍りつくように、空気が冷たく、冷たくなっていく。

 背後からの声も、止んだ。



「何だ……? これは。何が起こっている……?」

 まず声を発したのは、藤色の髪の少女だった。

「ウシオくん……あれ……」

 つづいて、アリシアが口調をこわばらせて、ウシオマルの着物の裾を引きながら、それだけ呟く。

「やっぱり見るのは初めてか。『あれ』を使うたアルフレッド殿は、強いぞ。本気で殺りあったところで、ワシでも倒せるかどうか」

 ウシオマルは引きつった笑みを浮かべながら、生唾を飲んだ。

「今、終わらせてやるさ」

 振り向かずにアルフレッドは、俯き気味に呟いた。

 その声音は、聞きなれた彼の声と同じとは、到底思えなかった。

 その重さも、その気迫も、未だかつて一度も聞いたことのないものだった。

「―――術具を棄てて、降伏しろ。さもなくば、他の奴ら以上に、痛い目見るぞ」

 アルフレッドは一歩、前に出る。

 同時に敵は、思わず後ずさりするような体勢をとった。

「剣の間合いまで近寄ったら、容赦なくコイツを叩き込む。いいな」

 それはさながら、無表情で歩みながら追跡して来る殺人鬼のような不気味さと恐ろしさ。

 アルフレッドは、鋼鉄の鞘に入ったままの両手剣の先を、敵二人に突きつけている。

 鞘に入ったままなのに、「それ」はまるで猛毒が塗布された、真剣をつきつけているかのような威圧感を放っている。 

 間合いまで、あと数歩。

 そのとき、意を決したかのように―――と言うよりは、破れかぶれと言わんばかりに、敵が踏み出し、剣を振るった。二人同時だった。



「―――馬鹿が」



 一閃。その刹那。

 アルフレッドは襲い来る二振りの刃に向かって、両手剣を振り上げ―――そして、目に追うことも出来ないほどの速さで振り抜いた。

 ギィイイイン……

 響き渡る、鈍い金属音。

 アルフレッドの放った斬撃は、敵二人の術具を天高く跳ね上げると同時に、刀身をまとめて粉砕させていた。

「術具を棄ててくれたか。じゃあ、おやすみ」

 問答無用で、振り上げた状態の鈍器を、左肩にむかって振り下ろす。

 ばぎっ、という音と共に、鋼鉄の鞘が左鎖骨を粉砕し、そのまま筋肉を破壊しつくす。

 そして剣を手放すと、もう片方の敵の顔面には、思いっきり鉄拳を叩きこむ。ごき、と頬骨その他もろもろが破砕する。元の顔にはどうやっても戻れないくらいにグシャグシャになり、血にまみれながら、敵が吹き飛んでいく。

 装備している装束にもおそらく「防護」の術式くらいは刻印されているだろうが、発動が不十分だったようで、ほぼ無防備な相手への一撃となってしまった。



 勝負―――あった。



 アルフレッドは無感動そうに、無残な姿で気を失い這い蹲る刺客達に一瞥くれると、剣を後ろ腰に納め、俯き加減に、唖然とする一同の所に歩み寄った。

「アルフレッド! 大丈夫なの!?」

 我に返ったように、アリシアがアルフレッドに、すがるように駆け寄る。

 足取りが若干ふらついている。顔色は、まるで死人のように土気色をしており、表情も、まるで高熱でもあるかのように苦悶に満ちていて、額には大粒の汗がびっしり付着している。呼吸も荒い。

「ねえ、アルフレッド……」

 困惑した表情で、アルフレッドの歩みの支えになろうとするアリシア。アルフレッドは、ややあって、アリシアの頭に掌を優しくぽん、と乗せた。

「らしくない顔するなよ」

「でも……」

「大丈夫、ちょっと疲れて眩暈がするだけさ。それより―――ほら、あれ見ろ」

 言われて、アリシアはアルフレッドが指差す方向を見遣る。

 先程シャーロットが屋根から射落とした敵の場所に、警備員達が集いつつあり、酔って面白半分に集う野次馬達を散らしている。

「後始末、任せる。これ以上の無報酬時間外労働サービスざんぎょうはさすがに勘弁だし、何より、俺たちを率いたのはお前だ。お前の手柄だ、アリシア。ばしっとあいつらに報告して、領主代理は肩書きだけじゃないってことを見せつけてこい」

 と、脂汗をかきながらの顔ではあるが、笑顔をつくった。

 アリシアは少し間をおきはしたが、すぐに破顔一笑。「うん!」と快活に返事をした。

 そしてアリシアとアルフレッドは、二人、支えあうように、警備員達のもとへ、ゆっくりと歩きだした。



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