第10話 三者繚乱 その4



 シャーロットは、いったん『蘇生』の魔術を中断させ、全感覚を、周囲の警戒にあてた。

 一人足りないのは、逃げたのではなく、超アウトレンジから、我々を狙撃しようと企んでいるのではないか。そういう悪いビジョンが頭をよぎったからだ。

 エルフは、狩猟民族だ。

 森の奥地で食料を得るための、狩猟関連のスキルや技術は生存のための必須項目である。

 聴覚、嗅覚、危険察知能力、そして弓術の腕は、魔術に頼らずとも、種族の特性としてその血に刻み込まれている。ある意味五感の「鋭敏」とでもいうべき魔術を、生まれながらに使用できるようなものだ。

 目を閉じながら精神集中し、呼吸さえも殺し、余計な感覚の全てを放棄し、その分聴覚を研ぎ澄ます。



 ぎぃん、きん、きん、かあぁん



 まず飛び込んでくるのは、アルフレッドが敵と斬り結ぶ激しい剣撃音。

 未だに決着はつかずにいるようで、一抹の不安を感じるも、不思議と、押されている様な印象は受けない。

 たとえるならまるで、道場の打ち合いの練習で、門下生の剣を余裕で受け流し受け止める師範のような―――そんなリズムだ。

 シャーロットは敬愛する「アルフレッド先生」を信じ、その剣撃音をも意識からシャットアウトして、聴覚による索敵を続行する。



 ―――でね

 酒―――こい

 フーーー…

 やだ―――んなトコ…



 露店で酒盛りをする男女達の喧騒―――。

 その中に混じる、不穏な呼吸音をシャーロットは見逃さなかった。いや、聞き逃さなかった。頬を一筋の汗が伝う。



 フー……

 フー……

 フッ



 呼吸音を追っていくうちに、ふとそれが止まった。

 そして、自身がもっとも聞きなれた音に変化した。



 ギリ……ギリ……

 ギリ…



 弦を引いて弓を引き絞る音―――。

 やはり、そうだったか。

 だが、「間に合った」。

 その方角、距離、角度、狙い―――そのすべては、既に「見えて」いる。

 来るなら、来い。



 ヒュッ!



 そして、矢は放たれた。その射線が狙うは―――

「アリシア! ごめんなさい!」

「ふえっ? ちょっ」

 シャーロットが左手でアリシアの肩を突き飛ばす。

 咄嗟のことで体勢を崩し、尻餅をつくアリシア。

「今ですッ!」

 刹那!

 シャーロットは、はたき落とすように右手を振り、アリシアの頭を貫かんとした魔弾を、しっかりとその手中に納めた。そして、間髪おかず、自身の術具である弓を持ち、矢をつがえ、弦を引いた。

「お返しします!」

 そして弦が空気を裂く音と共に、矢を放った。

 元の射線をなぞるような、正確な狙い。矢は、今まさにその場を撤退しようとした射手の太腿を貫いた。

 そのまま射手は、屋根の上から転落し、料理と酒が盛られた露店のテーブルの上に派手に落下した。町民の悲鳴とどよめきが響き渡る。

「えっ!? 私もしかして狙われてた!? さすがはシャーロット!! ありがと! 大好き!」

 アリシアは跪いた状態で、シャーロットの豊かな胸の中に飛び込み、顔を埋める。シャーロットはアリシアの頭を撫でながら、「ごめんなさい、いきなり突き飛ばしちゃって」と額の汗を拭った。

「……見事だな、エルフの少女よ」

 感服した表情で、藤色の髪の少女は嘆息した。シャーロットは、相変わらずの優しい笑みで返す。

「いえ、これくらい……。それより、一人足りないことを教えてくれなければ、今頃アリシアは……。親友を救ってくれたのは、貴女の方です。心より、感謝いたします」

「……なんだ、天使だったか」

 少女が呟くや否や、背後よりウシオマルが声をあげながら近づいてくる。

「シャーロット殿! 見ておったぞ! まこと凄まじい腕よ! 惚れ直したわ!」

「ウシオマルさんこそ、お見事でした。そして、ご無事で何よりです!」

 四人が一堂に集う。残る敵は、アルフレッドが相手にしている二人のみ。

「ウシオくん! アルフレッドの援護に行くわよ!」

 アリシアは再び双剣を抜刀し、体に蒼雷を纏わせた。

 だが、ウシオマルはにやりと笑い、首を振る。

「いや、その必要はないわい」

「何でよー! 模擬試合ならともかく、相手は術具使いなのよ? アルフレッドは魔術を―――」

「お姫さんは、アルフレッド殿の実戦をあまり見たことがないんか? まあ、荒事商売の相棒歴なら、ワシのほうが長いようじゃからのう。もうそろそろ、決着がつくゆえ、そこで、見ておれ!」




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