第6話 収穫祭の夜に その6



「ほおおお、エルフちゅうんは、そんな長い耳をもっとるんか。可愛いのう!」

「まあ、そんなこといわれたの、初めてです。なんだか照れちゃいますね」

 23時になった。

 そろそろ帰るぞ、とアルフレッドが声をあげ、一行は帰路につくことになった。

 アリシアは「戦利品」を両手に、一人ほくほくしている。中には、本当は取り締まらないといけないような香りのする術具や本、アクセサリーもある。「珍しいでしょ」とか「かわいいでしょ?」の一言で一蹴されてしまったが。まだまだ俺も甘いな、とアルフレッドは心でため息をつく。

 収穫祭はあと二日。そういえば、思い出してみれば今日はずっと歩いてばかりいる。

 何事もなく仕事が終われば、夕方からは三人でずっとこんな調子なのだろう。いや、シャーロットのおまけとして、先ほどの件ですっかり仲がよくなった、ウシオマルまでついてくる可能性もある。

 監督対象が二人になることを考えると、脚に余計に疲れが溜まってきた。



 アルフレッドら一行は、人気のある場所から遠ざかり、町の外れの、エーリックの別荘へと戻ろうとしていた。そして、郊外へ出ようとした、その時だった。

「……アルフレッド。ねぇ、さっきから」

 アリシアはアルフレッドに目配せせず、歩きながら小声で言った。おそらく、その表情は真剣そのものだろう。こんな風にスイッチが入ると、なるほどあの夫妻の娘、あの兄貴の妹だと納得させられる。

「判ってる。何か、穏やかじゃない連中がいるようだな」

 後ろで浮かれながらシャーロットと和気藹々と話しながら歩いているウシオマルも、平素の状態なら、とうに気づいたであろう。そろそろ諭したほうがいいのかもしれない。シャーロットのほうは言うまでもなく感づいているだろう。先ほどから、周囲をひたすらに気にしている。



 ―――殺気だ。



 それも一つや二つではない。何者かを追っているようだ。

 僅かだが、足音もする。煙突屋根の上にも、一瞬だけだが人影が映った。

「おホシ様の関係者の方々かな」

 アルフレッドは夜空の星をふと見上げると、後ろ腰に装備した、無骨な両手剣を右手にした。鞘はボロボロ。抜けないよう、拘束するかのように鉄鎖で雁字搦めになっており、これに加え錠で封印が施されている。その下には、奇妙な御札までびっしりと貼り付けられている。

 当然ながら、鞘は抜かない。武器としての性能は、魔術式も刻印されていない、ただの鋼鉄の鈍器でしかない。術具使いからすれば、さながら、切れ味の無いオモチャの剣だ。

「やれやれ、とんだ時間外労働が続くな」

 近い。

 今、建物の間で誰かが動き、そしてその場で動かなくなった。同時に、アルフレッドとアリシアも静止した。

 ―――待ち伏せなのかもしれない。剣を取る手に、力が加わる。

「俺が行く。標的が誰なのかは知らんが、バカをやらかそうとする奴らを、野放しにはできない」

「わかった。後ろの二人に伝える。気をつけてね」

 アリシアは軽く笑顔を見せると、「戦利品」を地面におろし、かわりに後ろ腰に装備した双剣に持ち替えた。そしてアルフレッドにウィンクをし、後方で談笑するシャーロットとウシオマルのところに駆けていく。

 こういう時は物分りがよい。普段はああでも、その本質はやはり軍人のものだ。

 アルフレッドは息を殺し、足音を殺しながら、建物の隙間を目指す。

 そして建物の壁に到達。そこから、そろり、そろりと壁伝いに―――ポイントまで辿り着いた。



「動くな!」



 深い暗闇に向かって、鞘に入ったままの両手剣を向けながら、アルフレッドは一喝した。

 どこだ。どこに潜んでいる―――。

 耳をそばだててみる。

 すると、しんと静まり返った暗闇の中で「う……」と、微かなうめき声が聞こえる。

 視線を下に向けながら、ゆっくりと前に進む。

「!!」

 そこには―――魔術式の刺繍が設(しつら)えた白のローブを身に纏った、長い薄紫色の髪の少女が、地面にぐったりと仰向けで倒れていた。まるで藤の花を散りばめたような光景だった。

 アルフレッドはすぐさま駆け寄る。

「大丈夫か!」

 左腕で彼女を抱き起こす。

「―――!」

 美しい少女だった。

 月光が照らしたその姿に、思わずアルフレッドは息を呑んだ。

 あどけなさが仄かに残る端正な顔立ちに、まるで雪のような儚く透明感のある白い肌。起伏がはっきりとした艶やかな体つきに、すらりとしたしなやかな肢体。苦悶にゆがむ表情が、今にも毀れてしまいそうな危うさと、妖艶さとを醸しだす。身長は高めで、年の頃は10代後半、もしくは20代前半と言ったところだろうか。少なくともアリシアよりは年上であろう。

 身に纏ったローブと、いでたち。おそらく「魔術師」だ。

「魔術師……」

 アルフレッドは思わず口に出した。

 そのフレーズから想起されるのは、もちろん昼間見た、あの光景だ。

 腕一本残して灰にされた死体。大量の血痕―――。

「ゲホッ!」

 咳と一緒に、僅かではあるが血が吐き出され、アルフレッドの腕をよごす。

 呼吸は荒いが、力がない。相当の深傷を負っている。

 いずれにしても、ここは危険だ。「奴ら」が追っているのは、間違いなく―――。

 アルフレッドはいったん剣を後ろ腰にかけ直すと、少女を抱きかかえ、その場を後にした。手にべったりと何かが付着したが、何かなど決まっている。

「すぐに手当てするからな。―――頑張れ!!」

 だが、彼女は目を閉じたまま、安堵するでもなく、うわ言のように「……にげ……ここ……ら……」と何かをつぶやいていた。だが、アルフレッドの耳には届かない。聞こえていても、提案をのむつもりは毛頭なく、聞こえなかったことにしたのかもしれない。

「おおっ! アルフレッド殿! いかがなされたのじゃあ!?」

「シャーロットッ! 『蘇生』の魔術の準備だ! 早くッ!」

 いきなりのことでシャーロットは驚き、思わず聞き返す。

「先生! その方は!?」

「怪我人だ!!」

 ゆっくりと少女を床におろし、出血している部位を上に向けた。

「ひどい……」

 アリシアは思わずつぶやいた。

 横一文字に斬りつけられたと思われる傷跡。魔術を使って無理矢理傷口をふさいだのか、まるで溶接したような縫合跡がある。だが、塞がった部位の一部が破れてきており、出血はそこからだ。もし傷が完全に開いてしまったなら、腸が飛び出してしまっていたかもしれない。

 シャーロットは、しかし動じず、素早く魔術式が刻印された包帯を腹部に巻いていく。

「大丈夫です! 何とかしてみせます! それより―――」

「それとアリシア! ウシオ! 術具を抜いて、魔術式を展開しろ! 『奴ら』が狙っているのは―――」

「アルフレッド!」

 アリシアが声をあげる。アルフレッドは後ろ腰の剣を持ち、立ち上がる。

「―――おいでなすったな」

 二人、三人……まだまだ増える。路地の隙間や建物の隙間から―――全部で六人が姿を現す。そして屋根の上からまた二人飛び降り、計八人でもって、アルフレッド達は完全に包囲された。アルフレッド、アリシア、ウシオマルは、負傷した少女とシャーロットを囲むように円陣を組む。

「―――目的は何? この?」

 アリシアは凛と、且つ鋭い目つきで、問う。

 だが、黒装束と黒頭巾を身に纏い、抜き身の術具を手にした『奴ら』は、何も言わずに、ゆっくりと、だが確実に包囲の輪を狭めてくる。

 命惜しくば、身柄を渡せ―――という交渉すら必要としない。つまり、目撃者を生かしておくつもりなどなく力づくで―――と言うことか。なるほど、判りやすい。アリシアもウシオマルもそれを悟ると同時に、各々の術式を展開しだした。ここに、無関係な一般人がいなかったことが、唯一の救いだ。

「はあああ……」

 二人の周囲を、術式の展開を示す淡い光が舞う。

 光は、ついには蒼色の雷光となり、アリシアの双剣を包みだす。

 ウシオマルは、着物の右肩をはだけると、『櫻吹雪サクラフブキ』の峰を肩に置き、不敵な笑みを見せた。

「―――いくさの時間、っちゅうわけじゃな、アルフレッド殿。ああ、シャーロット殿、ワシらが護ってやるゆえ、何も心配はいらんぞ。その娘の治療のことだけ考えておればいい」

 シャーロットは優しく笑って「はい!」と返すと、術式を展開し、『蘇生』の魔術を発動した。

「いい? 奴らに指一本触れさせたらダメよ。ああ―――それと、私の領地で何をしようとしてたか、洗いざらい吐いてもらうから―――」

 ドゴォン、という轟音と共にアリシアに蒼の轟雷が落ち、身に纏うかのように、蒼い雷が帯電する。光の中で、アリシアはアルフレッド達に命じる。



「全員―――生かして捕らえること! わかった?」



 ウシオマルとアルフレッドはフン、と鼻で笑った。

「随分な無茶振りじゃなあ、お姫様。これで難易度がバカみたいに上がっちまったわけじゃが、報酬は大丈夫かのう? ワシらはお姫様の私兵でも騎士でもないからのお! そこんところは覚悟しておかんとなぁ!」

「後で二人とも、よくがんばりましたってなでなでしてあげるわ。領主代理直々なんだから、一応感謝状レベルの栄誉でしょ。みんなに自慢できるわよ!」

 ウシオマルもアルフレッドも、ぶっと吹き出す。

「聞いたかよウシオ、どうする? ―――俺は報酬なしでも乗るがね。大事な大事な、親友ダチの妹の命令だからな!」

 アルフレッドは相変わらず抜かないままの、ただの鈍器でしかない両手剣を、しかし剣術の構えで構える。表情は真剣そのものだ。抜刀はしていないが―――。

「ふん、ちいと安いが―――ワシも乗るわ! お姫様、約束は違えるでないぞ!」

 その言葉を合図にするかのように、凶刃が三人に向かって飛び掛った。



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