第4話 収穫祭の夜に その4



「ねえ、あれウシオくんじゃない?」

 アリシアにジャケットの裾を引っ張られ、指をさされた先を見遣る。

 一瞬気がつかなかったが、そこには、ナ国の民族衣装である青の「着物キモノ」を身に纏った長身のナ国民の青年・ウシオマルが、人目から身を隠すように、欄干から身を乗り出し、豪快に魚に餌やりをしていた。ついでに、アルコールその他諸々も一緒に。

「うわあ、今日はまた盛大だね」

「あいつ、明日の仕事……。あああああああもう! まったく、俺の周囲は、どうしてこう……」

「今、私のことも見たでしょ。こら、目を逸らすな」

「どうかしたのですか? アルフレッド先生」

 脇からひょっこりと顔を出したシャーロット。アルフレッドは咄嗟にその視界を手で遮った。

「ああ、なんでもない。女の子が見るもんじゃないから……って、あら」

 シャーロットはその手を押しのけ、その撒餌の光景を目にすると「大変」と一言漏らしたあと、足早にその現場まで駆けて行った。

「ああー、行っちゃった。シャーロット、待ってよー」

 正直、係わり合いになりたくはなかったが、こうなっては仕方がない。アルフレッドは満天の星と、花火が彩る、宝石箱のような夜空を仰ぎながら、大きく、ゲロではなくため息を吐いた。




「大丈夫ですか?」

 まともに喋れる状態にないらしいウシオマルは吐瀉の音で返事をする。身長の低いシャーロットは手を伸ばしながら、優しく背中をさすり続け、時折顔を覗き込みながら、語りかけている。

「ウシオくーん。乙女達のデートの最中に、何てもの見せてくれるのよ。ほら、しっかり。これハンカチね」

 呆れながらも、アリシアも一緒になってウシオマルの背中をさすりだす。

「おおおお、おじょうちゃ……じゃなくてお姫さ……うっ」

 そして再び嘔吐する。

「もう。全部出すまで喋らないでよ。あと、ハンカチはいいけど、服にぶっかけたら、このまま水路に叩き落とすからね」

 酒豪で通っており「甕ごとイケる」と豪語する彼だが、今回は一体、どれだけの量を呷ったのだろう。想像しただけで、二日酔いの朝の気持ち悪さを思い出した。



 一通り出すものを出したらしく、ウシオマルは欄干に背を凭れさせながら、へたりとだらしなく座り込んだ。

「おお、そこに居られるのはアルフレッド殿じゃな」

「喋るな。いろいろ臭い」

「ははは、いやあ、面目ない……」

 真っ白な顔でウシオマルは口元を引きつらせ、苦笑した。

「先生、この方はお知り合いですか? 服装から察するに、ナ国の方のようですが」

「違う、って言いたいけど。仕事仲間さ、一応。明日も警護の仕事があるってのにこのバカタレが」

「まあ。それなら尚更放ってはおけません。明日に響かないように介抱しますね」

 シャーロットはそういうと、ポーチから包帯を取り出し「失礼します」と、迷うことなく、手馴れた手つきでウシオマルの着物をはだけさせた。隆々とした大胸筋を前にしたアリシアは顔を赤らめながら「まっ」と声を上げた。しかしシャーロットは顔色ひとつかえず、傷を負っているわけでもないウシオマルの胃の辺りを、包帯でぐるぐると巻いていく。

 暗さで最初は判らなかったが、よく見ると、ただの包帯ではない。

 包帯には「魔術式」、略称「術式」が刻印されている。なるほどな、とアルフレッドは顎に指を当てた。多少のアレンジが施されているが、「蘇生」を意味する術式だ。ちなみに、星を散りばめたような菱形の群れをしているのが特徴である。

 そして再びポーチに手をやると、今度は、小瓶を取り出し、詮をあけると、飲み口をウシオマルの口に持っていく。

「エルフに伝わる、胃薬です、ちょっぴり苦いですが、『蘇生』の魔術との相性は抜群です」

「えるふ? なんかよくわからんが、すまんのう……見ず知らずのお嬢ちゃん」

「いいんですよ。ではこれより、『蘇生』の魔術を展開します」

 するとシャーロットは床の上にちょこんと正座し、その膝の上にウシオマルの後頭部を置いた。アルフレッドもアリシアと一緒に、度肝を抜いた。

「展開」

 声と同時に包帯の、術式が刻印された部位が淡く光りだす。被術者の生命力、自己修復能力を増強し、傷を癒したり病気を除去したりする魔術、「蘇生」が発動した瞬間だ。

「歩けるようになるまで、膝をお貸ししますので……ゆっくりお休みください。あっ、血色が戻ってきてるみたい」

「それ、多分違う理由だと思う」

 ウシオマルは鼻の下を3倍くらいに伸ばしながら、「ああ……気持ちがいいのう。つーかワシ、もう歩けなくなってもええわ」などと戯言をほざく。そしてあろうことか「嬢ちゃん、ワシの所に嫁にこんか? 一生可愛がってやるからのう!」などと、どこまで本気かわからない事を、一体どこにそんな元気が残っていたと言わんばかりの声でのたまう。シャーロットは少し困ったような笑顔で「ふふ、どうしましょう」とだけ返答した。

「これ、何かおかしくない?」

 アリシアが遠慮なく指をさしながら言う。

「ああ。なんで情けなくゲロ吐いてた奴が、一人だけこんないい思いしてるんだろうね。とりあえず、いたいけな少女を拐かそうとしている警備員がいると、マスターに報告しておくか」

 すると、シャーロットは苦笑いをしながら

「先生。ウシオマルさん―――でしたね。お二人とも、私は見た目こそこうですし、エルフとしては確かに若輩ですが、人間の方の年齢感覚だと、決して少女とは言えない年なのですよ?」

 あ、そうか。アルフレッドは口をつぐんだ。

「なんじゃ、嬢ちゃん。どうみてもお前さん、お姫様より年下じゃろ。確かに乳は比べ物にならんほど年上っぽいが……」

 ぶつん、と何かが切れる音が聞こえた、気がする。

「何か聞こえたけど気のせいかなー? っていうか、私もそれなりに『ある』わよ。女性の、しかも未婚の乙女の胸を愚弄するなんて……本当にお魚さんの餌になってもらおうかな? 領主代理権限で」

 アルフレッドは小さく「やりかねん」と呟いた。

 シャーロットはくすくすと笑うと「耳をお貸しくださいね」と、ウシオマルに耳打ちした。すると、最初はくすぐったそうな顔をしていたウシオマルだったが、その表情が次第に強張っていく。

本当マジかいな……」

本当マジですよ」

「だって、それが本当なら、なぜ生きておれるのじゃ? ワシの5ばあいたっ!」

 暴露される前にシャーロットはウシオマルの額をはたき、人差し指を唇の前にあてながら「しーっ」と優しく微笑んだ。

 とりあえずはざまあみろ、だ。


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