第3話 収穫祭の夜に その3





「なんかさ、ワクワクするよね、イケナイことしてるみたいなこの感じ痛っ」

 べしっ、とアルフレッドはアリシアの頭部をはたいた。

「実際にイケナイことなの、この不良姫。まったく、親父殿や御袋様に知られたら、俺の首が、ぴょーんって飛んじゃうかもしれないってのに」

 ぴょーんと上がった花火が、満天の星で彩られた夜空に鮮やかに輝き、散る。

 アリシアははたかれた部位を手で押さえ、頬を膨らませながらアルフレッドを見上げ、言う。

「むぅ。大丈夫だって。お父様もお母様も、そんな心の狭い御方じゃないわ。それは一緒に暮らしたアルフレッドだってよくわかってるでしょ?」

「昔とは違う。今の俺は、ただのいち領民でしかねぇ。今お前とこうやって歩いているのを見ても、決して良い顔をしないだろう」

「もう、考え過ぎだってば。あの二人はいつだってアルフレッドの帰りを―――あっ、シャーロット! みてみて、あれかわいい!」

 手を引っ張られて、体制を崩すシャーロット。そのまま、アクセサリーを扱った出店に二人は突撃していく。アルフレッドはうなだれ、大きく溜息をつきながら白髪の頭を掻いた。



 

 ―――その名来たるを聞けば、如何なる敵も、雷鳴の轟きに震え上がる、子供の如し。

 そう謳われる、アルマー王国随一の猛将、【蒼雷侯】ジェスティ=アークライト侯爵。その長女にして―――若干18歳で将軍に任ぜられた天才・エーリック=アークライトの妹。アークライト家令嬢。それがアリシア=アークライト姫である。

 現在、父兄は二人とも、王都に召還されている。ジェスティ公爵は、近頃不穏な動きを見せているという蛮族・ダチャ=カーン国の侵攻に備え、騎士団の重鎮数と精鋭を数名率いて上洛。兄のエーリックは二年前、アルマー王国王女のジェシカ王女の近衛騎士に抜擢されての上京だった。

 そして、不在の二人の代わりとして、アリシアは、侯夫人で母親であるカーレン=アークライト侯夫人とともに、実質の領主代理の大任を拝命されている。領地の運営や内政の方をカーレン侯婦人が。外回りの治安維持を(名目上)アリシアが担当するという体制だ。

 アークライト家は、王国黎明期から代々続く軍人の家系であり、480年前の『アルマー王国暗黒時代』を打ち破った英雄王・エドワード聖武王の軍師をつとめた、エリオット=アークライト伯爵の直系の子孫で、古くは王家とも血縁のあるという、由緒正しき家柄でもある。その公女であるアリシアは、名実共にまごう事なき「お姫様」だ。その身分に負けず劣らず、(黙っていれば)高貴な雰囲気を纏った、可憐で金髪の、紛れも無い美少女でもある(少し癪だが、こればかりは否定のしようが無い)。

 ともかく、そんなやんごとなき身分の彼女を、命令でとはいえ、夜遊びに連れ出してしまっているのだ。

 軽薄にも、平民の着るような服を着て、夜店に突撃したり、出された料理を摘んだりと、これが、由緒ある侯爵家の姫の姿かと思うと、別れ際に「妹を頼む」と残して王都へ赴いた兄貴と親父殿に、どう顔向けすればいいのかわからなくなる。そもそも、あの凛とした父母兄の中にあって、どうして、彼女だけこんな風にお転婆に育ってしまったのだろうか。

「そえにひてもふぁ」

「口に物をふくみながら喋るんじゃありません。はしたない」

 再度ぺしっと頭をはたく。

 アリシアは嚥下したあと、アルフレッドを見上げながら不平を垂れた。

「何よー、アルフレッド。お母様みたいに」

「御袋様達が見ていない所では、俺がお母様役だ。そうエーリックから依頼されてるの。―――で、続きをどうぞ」

 むぅっ。と口を尖らせるアリシア。既視感のあるやり取りだ。

「―――それにしても、アルフレッドはともかく、どうして私やシャーロットまで、『術具』を持っていかないといけないの? せっかく可愛い服選んだのに、浮いて見えちゃう」

 アリシアは、裾や袖がフリルで彩られた服の、腰の後ろに携えた、愛用の双剣をちらりと見遣った。お気に入りの意匠と本人は言うが、このような服の前には、確かにどうしても無骨に見えてしまう。

「そういえば理由まで言ってなかったっけな。まあ、一言で言えば、万が一遭遇したときに備えて、かな」

「ひょっとして……事件?」

「正解。俺が遅れた理由がまさにそれ」

「なんで私に報告がないのよ。仮にも領主代理よ、領主代理」

「本当は今頃お前のところにも報告が届くはずだったんだよ。言伝役もご苦労様だぜ。騎士学校の宿舎を抜け出してるなんて、知るわけないだろうからな」

 アルフレッドは事の詳細を二人に伝えた。

「―――でも、危なくないですか? 収穫祭、中止にすべきだったんじゃ……」

 アルフレッドは手と頭を左右に振りながら言った。

「シャーロットさん、今更それは無理だよ。それに、必要もない」

「あの、先生……この間言いそびれたんですが……できれば『さん』はつけずに、呼び捨てで結構ですので」

「ああ、そう? じゃあ、シャーロット」

「はい! ええと、それで、今更無理だというのは?」

 割りいる形で、アリシアが語りだす

「去年―――国王様が崩御なされたでしょ。ああ、そういえばアークライト領には去年居なかったんだっけシャーロットは」

 去年の夏のおわりに、アルマー王国の王であるリカルド=アルマー国王が、42歳という若さで病死した。急死といっても差し支えのない、突然の死だった。国民が動揺するなか、王都では国葬が執り行われ、全王国民が王の喪に服することとなった。

 そのとき、秋の収穫祭の開催を巡って一つの悶着があった。「王が陵墓に入られて間もないにも関わらず喪服を脱ぎ捨て祭事を行うのは臣民として如何なものか」もう一方は「収穫を感謝し祝わぬことこそ、豊穣の神に対する不敬。そもそも、そんな事例は過去に一度もない」というのが、両者の大まかな趣旨だった。

 だが、国王自ら剣を持ち主従の誓いを交わしたアークライト侯が、哀しみのあまり病に伏していたことと、彼の妻であるカーレン侯夫人の故国であるナ国では、服喪の期間は慶事を避ける風習があるということに倣い、結局アークライト領内全ての収穫祭は開催が見送られることとなった。

 この出来事は、アークライト侯の王への大いなる忠誠の心の証として、領内はおろか他領でも評判となり、感銘を受けこれに倣う領主まであらわれたが、王と直接接する機会のない領民たち全員にも同じようにうつったとは正直言いがたく、実際に不満を漏らす者は多かった。

「そんな出来事があったのですね……」

「港町だから、アークライト領の中でも、特に血の気の多くてお祭りが好きな奴らが多いんだよなあ、ここは。そういうわけだから、ちと乱暴な言い方だが、人一人死んだくらいで『今年もまた中止にします』、なんてそう軽々しく言えたもんじゃない。それに、もし無差別殺人が目的のイカれた野郎が犯人だったなら、とっくにこの大勢の人間の中で騒ぎを起こしてるだろう。そんな話は、今のところ全く聞いてない。まあ、何か当事者の間にいざこざがあってのコロシだったんだろうさ。もしかしたら、変態に襲われての正当防衛だった可能性もある。でも万が一って場合もあるから、その時に丸腰だと危険だ。そう思って『術具』を持ってこさせた。話が長くなったけどこれで満足か?」

 アリシアは「結構」と頷く。そのあと、再び口を開いて、言う。

「でもさ、負傷してるんでしょ? その人。まだ手当て受けれてないなら、危ないんじゃないの? 命的な意味で。これ以上死人が増えるなんて嫌よ私」

 アルフレッドは「それなんだよなあ」と夜空を見上げながら言った。

「一応町医者に聞いてみたけど、そんな深傷の患者は今のところ来ていないって言ってたっけな。まあ、『魔術師』なら何とかなるんじゃないかな? 何しろ、とんでもなく高位の使い手っぽいし。―――ま、明日になれば何かわかるかもしれん。ここの役人は普段から荒くれ者を相手にしてるぶん優秀だからな」

 まるで自分のことのようにアリシアはふんぞり返り、「お父様のご威光の賜物ね」と鼻息を荒げた。

「でも、本当に凄まじい術者ですよね……。私も結構色々な魔術を見てきたけど、生身の人間を一瞬にして灰にするなんて。なんだか、怖い……。まるで―――」

「まるで『魔法』みたい? じゃあ犯人は『与え姫』? アルフレッド、ご本人来てるってよ。書けば来てくれるってやつ? でも『与え姫』が相手だったら、いくら私でも太刀打ちできないよ。困ったな」

「何だよ、俺の作品への当てこすりか? ろくに読んでもいないくせに」





 

 その寵愛を受け、その力を得ることができれば、己の欲する全てを手にすることが出来る。

 たとえ、この世界でさえも―――。



 今より600年前。世界の存亡を賭けた人間と魔物の戦い―――『第二次討魔大戦』。

 世界を破壊しつくしたその戦いを終結に導いたという大英雄にして、この世で最後の「魔法」の使い手として、今もなお大陸を彷徨しているという、伝説の「魔法使い」。それが―――「与え姫」である。大陸各地に残る、あまりにも突飛で荒唐無稽すぎる武勇伝と逸話の数々から、未だに実在は疑問視されており、この「与え姫」という名も、後世の民が勝手につけたあざなで、そのほんみょうは伝わっていない。

 その彼女の寵愛を得た少年達の英雄物語―――『与え姫奇譚』。それが今、アルフレッドが執筆している小説のタイトルだ。舞台は約500年前のアルマー王国。登場人物はほぼ全て、実在した歴史上の英雄、将軍、軍師達だ。

 主人公は三人。一人は、アルマー王国の「暗黒時代」を打ち破った、王国史最大の英雄王・エドワード聖武王。

 続いて、少年時代から彼に付き添い、幾多もの戦で勝利に貢献したとされる、最近の研究でその名が明らかになるまでは全くの無名だった、伝説の斬り込み隊長・アレックス。

 そして最後は、少年だった彼らを戦士として育て上げ、聖武王の戴冠までを影で見守り、支え続けたという、正史にその名は残れど資料らしきものが全くといっていいほど残っていない、謎の人物―――しかしそれは、世を忍ぶための仮の姿という設定の、「与え姫」である。役割は、少年時代のエドワード聖武王、アリス聖武妃、アレックスの庇護者にして、武術と魔術の師匠。成年後、出征軍の中にあっては、彼らの精神的支柱にして、軍師であるエリオット=アークライト伯爵の補佐という立ち位置である。

 現在は二巻までが刊行されており、あと少しで三巻の〆にこぎ着けることができるというところで、時代考察に悩まされ、執筆が停滞している。

 伝説の人物でしかない「与え姫」を、古今無双の武勇をもつとされるエドワード聖武王の師匠、それも直接の師としたのには、勿論、理由がある。だが、その設定に賛否のどちらが多いかというと、圧倒的に否が多数だ。なまじ時代考察を徹底しているせいか、「伝説の人物が居なければ国も統一できないような凡夫だったと、実際の聖武王を侮辱する気か」などという書評もきている。一巻、二巻は、まだ聖武王の少年時代でしかないというのに。

「ねえねえアルフレッド、参考程度に聞くけどさ」

「んー? 何だよ」

「『与え姫奇譚』に出てくる『与え姫』って、どんな感じなの?」

 へ? と素っ頓狂な声を上げるアルフレッド。

「どんな感じって、お前、それは実際に本を読めばいいじゃん。よりによって作者の口から内容を語らせる気か」

「あー、内容とかじゃなくってさ。見た目とか性格とかどんな感じなのかな」

「そんなこと聞いてどうするんだよ」

「いいからいいから。いいでしょ、それくらい教えてくれたって」

 アルフレッドはぶつぶつ言いながらも、自身が描いている「与え姫」の姿を脳裏に映し出しながら、言う。

「少年達にとっての『大人の女性』かつ『師匠』で、成人後は『よき理解者』だからなぁ。見た目の年齢は20ちょっとくらい。で、長い髪に、すらりと高めの身長。露出のあまり無い衣装。魔術式が書かれたローブ風の衣服を身にまとった、色白の、細身の美人。口調は長年生きてるせいかちょっと古風で中性的。性格は―――って何ニヤニヤしてんだよ」

「ほうほう、それがアルフレッドの好みの女性ってワケか。そういう女の子、いると良いけどねー。―――あっ、どうぞ続けて続けて。それで性格は?」

 こいつ、とアルフレッドとアリシアは、まるで緊張感なく小づきあう。それをシャーロットは、ほっこりとした笑顔でみつめていた。




 ◆◇◆◇◆




 激痛、という感覚をこんなにも長く味わうことになるのは久方ぶりだ。

 一体、何者で、何が起こったのだろう。

 突然のことに驚き、迂闊にも腹を一閃されてしまい、やむなく使わざるをえなかった。




 ―――「魔法」を。




 ひとまず、走れる程度に回復はした。

 飛び出す寸前だった臓物も無理やり押し込み、元の位置に戻したあと、なんとか傷口も塞いだ。

 それでも全身を巡る痛みと吐き気はおさまらず、目がくらむ。

 追撃は執拗そのものだ。撒いたつもりが、また包囲されそうになっている。なかなかの手練だ。それに、鬼気迫るものを感じる。

 「魔法」が使える以上、ここで全滅させるのは容易い。だが、こんなにも人目があるうえに、関係のない者を確実に巻き込んでしまう。

 無駄な騒ぎを起こしたくないのは、相手も同じだろう。だが、このまま動かないでいれば、包囲を完成させ次第、痺れを切らせて奴らは必ず突っ込んでくる。そうなれば、目撃した者の命の保証はない。

 人気のないところに移動しなくてはならない。そこで一気にカタをつけるのだ。

 道行く人間にぶつかるたびに、酔った罵声が聞こえてくる。が、意に介している暇はない。

 口の中は乱れる息に混じって血のにおいがする。

 早く 

 早く

 人気のないところに―――。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る