第13話 神とは何者なりや
ミサキは進められるままに食事をとっていた。
味がしないと思いきやそれなりに旨かった。
「どうだい、お味のほうは」
「……おいしいです」
「そうそれは良かった」
もはや老人と呼ぶべきか、アフロディと呼ぶべきか。悪魔と呼んだほうがいいのか。アフロディの姿をとっている悪魔は、さぞかし嬉しそうに頷いていた。
「いくつか質問してもいいですか」
「うん、好きなだけいいよ」
「お父さんとお母さん、あと祭りの人たちをなんで殺したんですか。そもそもなんで私なんですか」
「キミは人によって自分を変化させられる。僕たちにあり方が似ていると思ってね。キミの知り合いを殺したのはごく単純。君が困っていたからさ」
アフロディは屈託のない笑顔をミサキへと向けた。
「私は困ってなんていませんでした」
「そう? でも親子関係がこじれていたんじゃない? 僕たちの目にはそう見えたよ」
「……なら、なんでダレルさんの部隊を殺したんですか?」
「それは勘違いだね。殺してはいないよ。僕たちを増やす手伝いをしてもらったんだ。ちょうど暴力を振るう危ないやつらがいると聞いてね。そんなやつらなら僕たちが仲間にしても問題ないんじゃないかなと思って」
アフロディがベルをテーブルに置かれた鳴らす。数名の黒服を来た者達が部屋に入ってきた。
ミサキが目で彼らを追っていると一人の女性に目が留まった。
「キャロルさん?」
席を立ち、キャロルに駆け寄る。
キャロルはミサキに目もくれず、直立不動の大勢だった。
「キャロルさん、ダレルさんが待ってますよ。ねぇ!」
「ああ、キャロルって娘とは違うよ。僕らは便宜上人の姿もとれるけど、それは皮にすぎないから「少し黙って!」」
ミサキは涙を浮かべながら、キャロルの肩を揺さぶる。必死に名前を連呼する。しかしかえってくるのはただの無言だけだった。
「な、なんでよぉ」
「悲しませてしまったかな? ごめんね」
アフロディは、さぞ申し訳なさそうにしている。だが作りものめいた豊穣からは彼の本心はわからなかった。
「ゆっくりでいいから考えておくれ。部屋は自由に使っていいよ」
アフロディは優し気な言葉を投げかけると部屋を後にした。ミサキもこれからまた食事をする気にもなれそうにないため、部屋へと戻ることにした。
ミサキは食事の部屋から出る。すると、なにか魔神たちの様子がおかしかった。
浮足立っており、せわしないく動きている。
近くをとりかかった魔神に声をかける。
「あの、どうしたんですか」
「侵入者だ。あなたは部屋にいなさい」
「え、あ」
侵入者。ダレルの顔が浮かんだ。
胸にこみあげてくるものを感じていたが、魔神たちはミサキの感情は興味がないと数名で取り囲む。
「悪いですが、部屋にいてください。すぐに終わりますので」
ミサキが後ずさる。
部屋に閉じ込められてはダレルの状況を悪化させるだけかもしれない。
自分がはここ数日何を学んできたのだ。こういう危機的状況を打破するために学んできたのではないのか。
ミサキはぎゅっと握りこぶしを作って構えをとった。
メリーの霊気は抜けてしまったがあいにく動きは体が覚えているようだった。尋常ならざる魔神に対してどこまで有効かはわからない。
ただ、自分を押し込めて楽な方向へ逃げるのだけは間違っていると感じられた。
「私のただしさを貫かせてもらう。魔神が何。想いなら負けないんだから!」
本来召喚術とは召喚主がいて初めて成立する魔術だ。召喚者に対する負担は大きく。魔神を使役するともなれば数名がかりで呼び出すこともある。
今魔神たちには召喚者と呼ばれるものがいない。暫定的にアフロディを喰った者、通称「バエル」が主となっている。
誰もかれもが思想が形をとった者たちだ。思想とは方向性の定められた強い感情に他ならない。思想ごとに定められた魔神を呼び出す。召喚された者へその想いの力を貸し与える。
自分たちの存在理由はただそれだけだ。そして今ここへやってきている者こそそのただ一つの願いを打ち砕かんとする悪魔に他ならない。
魔神が三柱出る。一人は騎士姿のエリゴル。一人は二つの角が生えた美男子ボティス。一人は獅子面の戦士ハルバス。
どれもが屈強な騎士の姿をとり、屈強な肉体に武器を所持している。
物理攻撃に特化した三人であり、その異常な膂力はただの剣の一振りですら人間を殺してみせる。
「いいか。容赦せずに殺せとの命令だ。仲間に加える必要もない」
「へぇ、いいのか。まぁそれはそれで楽しいがな」
エリゴスは鉄仮面をしており、表情はわからないがお堅い軍人の口調だった。ボティスはあくまで軽く、状況を愉しんでいる様子だった。ハルバスは会話にすら興味を示さず、今か今かと獲物を待っているようだった。
病院廃墟一階で三柱は客人を待っている。と、カタカラと音がした。
「なんだ?」
気になったボティスが部屋を覗くと、死霊が乗り移ったのだろう。骸骨がかたかたと骨を鳴らして立っていた。
「おい、お前らもう死霊を呼んだのか。早くないか?」
ボティスが精気の無駄遣いとばかりに死霊へ帰還の命令を下す。
が、死霊は言うことを聞く様子はない。そしてあまつさえ魔神に襲い掛かってきた。
「ハァ?」
ありえないものをみて、苛立った声を上げながらボティスはその手に持った剣を振りかぶる。容易く骨の兵隊は死ぬ。
死ぬ、はずだった。
「なっ、こいつ…!」
崩れた骨は崩れた端から再生していく。
次から次へと再生しては兵隊の数を増やしていく。
死霊たちは基本的に自身たちの支配下に置かれる。だというのにこの反応。
つまるところ敵の攻撃を受けているに他ならなかった。
背後ではエリゴスたちも応戦している。兵士を呼び出しては骨の兵士と戦っていた。
ボティスがハァ!と高らかに叫ぶ。
「客人」はずいぶんと手品がお好きなようだ。
ボティスの肉体が肥大化する。
『我をボティスと知ってのことかァ? 魔術師』
ボティスは敵対者との仲を一時的に仲直りさせる能力を持つ。つまるところ、敵の支配下に置かれた死霊であろうとも自身の兵として加えることができた。
『死霊よ、我が軍門に』
ただの端的な命令。骸骨はそれだけで一瞬ではあるがボティスの命令に従って動きをとめた。ボティスはしかし自身の行使する力に違和感を覚える。
そして、その違和感の正体はすぐにわかった。
ボティスたち目の前にシルクハットの骸骨が現れた。折れ曲がった鉄パイプをステッキのように振り回す。スーツはボロボロの三つ揃え。
ボティスたちの蓄えた知識が正しければ、眼前のこれもまた神。
それもブードゥー教における主神クラス。墓守の主、死をあやつりトリックスター。陽気に人の死で遊ぶバロン・サムディだった。
この主神を操れるとなれば話は変わってくる。ここへと攻め込んできた魔術師の力量が伺い知れた。
「ハッ、なんとも戦いがいのある魔術師だことだ」
ミサキは三人の魔神と相対していた。生憎相手がミサキを傷付けんとしているためもあってか。そもそもあまり戦闘面に特化している者達でもないからか。ミサキはあまり手傷を追わずに病院内を逃げ回っていた。
魔神たち。くねくね踊る者、ヒトデのような者、なにか得体のしれないアメーバのようなもの。もはや戦いづらいというより気持ち悪さの方が先行していた。
ただ面倒なのは占術や索敵に特化しているらしく、どこへ逃げても追いかけてきていることだった。
は、早くダレルさんに追いつかなくては。ミサキは必死に足を動かして逃げる。
不思議なことに、どこへ逃げても外へはたどり着けない様子だった。結界、というものが作用しているかもしれない。
そんな考えで走っていると行き止まりにたどり着いた。
肩で息をしていると三柱の魔神たちがミサキを取り囲む。
比較的無害そうに見えて、こいつらも魔神に相違ない。ミサキは一か八かだが賭けに出る事にした。
「わかった。あそんであげる。探しものゲームよ。ただ探すのは人。見つけられるかな?」
三柱の魔神たちは我こそはと腕を上げる。
「それじゃ、ここに今来てる人を探して! 見つけた人の主人になってあげる!」
高らかにそう叫ぶミサキ。わーわーと楽し気にしていた魔神たちがぴたりと止まった。
「とりえあえずこの女の子、部屋に連れて行かなイカ?」
まずい。まずい流れだ。ミサキは冷や汗を感じつつ。逃げる隙を伺う。
ただ腐っても魔神。幼い会話をしていても異形の者達。
ただの一人の新米に出し抜けるほど容易ではなかったようだ。
どうする。一旦部屋に連れていかれた後で抜け出す場所がないか探すか。
焦燥感と距離だけが詰まっていく。もうだめか、とあきらめかけたときだった。
『神の三字を重ねる。イングワズ・ティール・アンサズ。三字連結して意味を為せ!』
背後から声がした。ミサキが振り返る。背後の壁から光が漏れ、硬い壁を突き破って、光る拳銃をもったダレルが現れた。
『――――三字締結。射貫け
拳銃から放たれた銃弾は光となり、三柱の魔神を消し飛ばした。
「だ、だれるさん……!」
「おう、いい子にしてたか」
ミサキは涙を浮かべ、ダレルに抱き着いた。人目があろうとなかろうとはばかることない勢いで、抱き着いてしゃくりあげる。
「遅いです! もう、連れ去られてからくるとか昔のゲームですか!」
「う、うるせぇ。文句言うんじゃねえ。てかゲームなんざ知るか!」
ダレルはミサキの頭を軽くはたいたが、泣き止まない様子のミサキの頭をぽんぽんと撫でてやった。
「ま、よくやった。立ててた作戦が全部パーだがな。……とりあえず一旦帰るぞ」
「ま、待ってください。アフロディさん、多分どこまでも追ってきます。どうやら人じゃなかったみたいで。願い事が悪魔になって、それで私に主人になってほしいとか」
「はぁ? なんだそりゃ」
二人が状況を話しつつ、漫才を繰り広げているとふと拍手が鳴り響いた。
「いやぁこれはこれは。さしずめ白馬の王子様といったところかな?」
「王子様ってナリか。冗談きついぞ爺さん」
「ふふふ、こりゃ失敬した。ただ――ここから逃がすわけにはいかんな。その娘はボクたちに必要なのだ」
アフロディが指を鳴らすと魔神が集まってきた。72柱全員とまではいかずとも、かなりの数がいた。その中にはキャロルも混じっていた。
「さて、この数相手にどう対処するかな?」
ダレルはふん、と鼻を鳴らすと腰に手を当てて笑いを浮かべる。
ミサキを抱き寄せると、ダレルは不敵に笑った。
その表情に、アフロディは納得がいかないようで顔をしかめる。
「なにがおかしい」
「いや? お前らそろいもそろってガキ相手に主人になってほしいだぁ? バカもやすみやすみ言え。というか土台無理な話だ。こいつは先に俺んとこの居候として契約しててな。これが終わったら契約更新するか話あうんでな。どっか他を当たってくれ」
「ダ、ダレルさん?」
ダレルは笑いを収めるとミサキを背後にかくまう。
「ミサキ。やっぱ神なんぞ信じられん。やつらがこのありさまだろう。ただ、まぁ――」
背中のミサキに、ダレルは微笑みかけた。
「お前の言葉なら信じてやる。――おっさんに告白なんぞいい趣味してやがるな」
ダレルは懐から小石を取り出してミサキの足元へと転がす。小石に刻まれたルーンが結界を発動させた。
ダレルはミサキの表情を観ずに、魔神たちへと向き直る。拳銃を二艇取り出し、構える。
「おい魔神ども良く聞け! あーだこーだ言ってやがるが残念だったな。こいつは俺のものだ。ほしけりゃ俺と、俺の知り合いを殺してみるんだな」
ダレルが窓を打ち抜く。一つ、二つと割れていき、暗闇が解けていく。
病院の結界の外では魔術連盟並びにゾンビファクトリーのマイクなどが軒を連ねていた。
アフロディの顔が驚愕に歪む。ダレルの顔が笑顔に歪む。
「さて、それじゃあお前の願いごとを聞こうかアフロディ」
「だまれだまれまだまれ!」
壊れた機械のように繰り返し言葉を紡ぐアフロディの顔は、もはや元の人相からは遠く、魔神の本性たる蛙と猫の人間が肩に生じていた。
『我は、我はバエル。ただの人間風情に殺せるものか!』
「さぁな。やってみるか。バケモノが」
魔神との戦争は一晩続いたという。
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