第11話 物書きの憧憬

 魔術連盟は各魔術組織を便宜上束ねている。その土地毎の管轄は結社の手にゆだねられているが、基本的な運用は任せきりにしていた。

 しかしここワシントンDCはそうもいかない。元々災害前より様々な国際機関が軒をつられていた独立した地区だ。どこか一種の魔術結社が管轄したとあっては角が立つ。よってここワシントンDCを初めとしたアメリカの旧主要都市は魔術連盟が管轄することになっている。


 ミサキは数日前、昼に魔術連盟の職員と教会側の騎士が同時に見回りしているのを思い出していた。利権関係は疎いが、あまりいい雰囲気ではなかったのをもしやお役所仕事のせめぎあいみたいなものが発生しているのではと考えたのだった。

 事実その通りだった。直接的な利権では魔術連盟がトップだ。しかし魔術結社がひしめき合うここでは「実地での管轄はうち」というような現場での軋轢も生じていた。実際小さな小競り合い程度は起こっている。

 そこに、ミサキは自身から魔術連盟へ名乗り出た。曰く。


『私を捕まえようとした魔術師たちはこらしめました。なので魔術連盟の管轄する場所に収容を求めます』


 ゴエティア連中は歯噛みした。魔術において人柱などは暗黙の了解として行われているところも多い。しかし表立っては禁止されている。呪物の詳細は魔術連盟側に伏せているものの、人が呪物ですなどと公に言えばゴエティアの失脚は免れない。

 どさくさに紛れてミサキを誘拐しようと計画していた結社員たちはまさか自分自身が名乗り出て保護を求めるとは思いもよらなかったらしい。

 旧ワシントン警察署は魔術連盟の管轄だ。おいそれと理由もなく中を歩き回ることなど不可能だった。

 結社のトップである首領からの捕縛命令は絶対だ。何が何でも遂行しなければならない。

 ゴエティアが誇るソロモンの悪魔72柱が1柱。失せ者探しと狩人の悪魔であるバルバトスを使役する許可を受けた部隊長は焦っていた。これではさらなる昇進は望めない。それ以前に偉大な最初の魔術師たる首領の命令に背くことは悪魔に魂を撃ばれわれることより避けなければならない。


「どうする。どうすればいい」


 部隊長が頭を抱えている時だった。バルバトスが口を開いた。発声はせず、声は自身の内より響いてくる。その声は自身が信奉してやまない人物の声だった。

 なるほど。やはり貴方様のお考えは素晴らしい。慈悲に感謝いたします

 悪魔のささやきに、魔術師は耳を傾けた。



 旧ワシントン警察署は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。まさかゴエティアから捕縛願いの出されていた一味が自分たちから来たなどとは誰も思い至らない。それも自首、ならばまだしも自身がゴエティアの呪物ですと名乗る少女が引き連れてきたのだ。

 ジェームズ署長は拘束したダレル一同とミサキを所長室に招き入れていた。室内には署長の信頼のおける部下しかいなかった。ダレルの顔見知りも数名いる。

 ジェームズ署長はデスクに座って頭を抱えていた。一目見て明らかにいらついていおり、指で規則的にトントンとデスクを叩いている。 


「おい、ダレル。これはどういうことだ。昨日今日でどれだけ私の胃を痛めつければ気が済む。先日の変死した魔術師の件もニューヨーク本部から大目玉を食らったところなんだぞ」

「こりゃすまん。これで貸し残り1だな」

「黙れ! これで返し終えたわ! むしろこちらが貸し1だ!」


 怒鳴る署長に、部下たちが憐みの目を向けていた。

 ジェームズ署長は深く息を吐くと、眼鏡を取って念入りに拭き出す。


「で、トーノ・ミサキさんだったか。ダレルの話したことは本当なのかね。キミが過去から、死んだと思われていたゴエティア首領に時間を飛ばされてきたとか。にわかには信じがたいのだがね」

「本当です。あえっと。とはいってもこれくらいしか証拠ないんですれど」


 ミサキはダレルの事務所から魔術連盟員伝いに持ってきてもらったカバンを取り出すと中を開ける。まだ真新しいスマートフォンや教科書などが視られた。

 ジェームズはよくわかった、もういいとばかりに「ありがとう」と端的に述べると、手で払う仕草をした。眼を閉じて眉間の皺を揉む。


「相変わらず神経質ねぇジェームズゥ?」

「黙れ吸血女。まさかシェイプシフターまでも仲間にしているとは……。ほとほと呆れて物も言えん。私の信条は平和第一なのだ。キミらはよくよく私の平和を乱したがるらしい。……それで、要件というのはアフロディ・メイザースの遺体の閲覧だったかね」


 一同がうなづくとジェームズは眼鏡を装着しなおし、眉間の皺を深めた。

 ダレルが一歩踏み出す。

 

「ジェームズ。無理にとは言わん。しかしアフロディは部隊にしでかしたこと以上のナニカを企んでいるに違いない。お前も大事な仲間を失っただろう。これはチャンスだ。これが最後にする。頼む、協力してくれ」


 ダレルは後ろでに拘束されたまま、膝をついて頭を垂れる。ダレルがそこまでするとは思わなかったのだろう。ジェームズは言葉を詰まらせ、何度目かの溜息を洩らした。


「結論から言おう。私も協力したいのはやまやまだが、実をいうと私にはどうすることもできん。遺体安置場が地下にあるし、遺体もあるだ。だがそこの扉を開けるのは実質的にゴエティア結社の魔術師と私二名の血液がいる。やつらが協力するとは思えん」


 苦々しさに口を曲げ、ジェームズは目線を反らす。一同はここまで来てと思い至るがふと男シェイプシフターが声を上げた。


「そういうことなら、何かゴエティア連盟の方の物品はありませんか。返信すれば私の血が代用になるやもれません」

「……試してみる価値はありそうだな。おい、資料室からサンプルを取って来い」


 ジェームズは逡巡した後、部下に命令を下した。


「勘違いするなよ。バケモノの血で代用するなど試したことがないからな。開くと決まったわけではない」


 とはいえ可能性が出てきた。

 一同は真意に真意に近づいたと確かな実感を得た。


 それを打ち砕かんと、突撃の爆音と衝撃が響いた。建物全体が揺れ、室内の一同はバランスを崩す。


「一体なんだ!」


 ジェームズが叫ぶと、室内へ魔術連盟員が飛び込んできた。


「ジェームズ署長! ゴ、ゴエティアが攻め込んできました! 魔神の攻撃を受けています!」

「ど、どういうことだ。やつら悪魔に操られでもしたか」


 ジェームズはずれた眼鏡を直すと部下に命令し、ダレル達の拘束を外させた。


「緊急事態故やむなしだ。死体安置場へは私が案内する。着いてきたまえ」

「そういうことなら私たちは悪魔退治のほうに行かせてもらうわ。大所帯でいったところででしょうし」


 ジョーンズとメリーはそう語ると、通路を反対に走る。


「メリーさん!」

「大丈夫よミサキちゃん。こうみえて私たち強いもの」

「お前らはしっかり自分の為すべきことを為せ。特にそこのおっさん。しっかりしろよ」

「大きなお世話だ」


 二手に分かれ、一同は各々の使命を果たすべく行動を始めた。



 外では3メートルほどの巨人が弓をつがえていた。狩人然をした格好をしており、しかしその顔は青白く目は赤一色に染まっている。


『王の名のもとに』


 そう告げると、大弓を天高くつがえる。弓を引き絞り、放つ。

 ただそれだけにも関わらず弓からは膨大な呪力や霊気が発生し、暴風を伴って警察署の壁を抉っていく。魔術連盟の施設故かなりの結界を張ってはいるが数分持てばいいとすら思えるほどの威力だった。


『行け』


 狩人バルバトスの指揮のもと、地面から多くの悪霊たちが這い出てくる。骸骨姿のスケルトンやゾンビ、天使のような騎士までいた。そのどれもがまがまがしい気を放っている。

 魔術連盟員たちは必死の防戦で食い止めてはいるが相手はソモロンに名高い魔神と悪霊だ。

 メリーたちが駆けつけた時には既に半数以上が血だまりに沈んでいた。

 メリーは奥歯を噛み、悪霊たちを睨み付ける。

 

「魔術結社に名高いゴエティア! 貴様ら乱心したか!」

『ただ、王の命令のままに。平和のために』


 メリーの叫びも虚しく。悪霊たちが群を成して攻め込んでくる。

 メリーは懐から愛用のナイフを引き抜く。浅く息を繰り返すと、低い前傾姿勢を伴った。


「ジョーンズ。全力で行くわ。後ろは任せるわよ」

「了解した姐さん。魂にかけて守ろう」


 メリーはにやりと好戦的な笑みを浮かべると赤毛をたなびかせて走り出した。

眼が煌々と光るや否や悪霊たちは動きを止め、仲間を攻撃しだす。それでも進んでくる者達はメリーのナイフで斬り伏せられた。後ろからはライフルを構えたジョーンズが援護射撃をする。

 純粋な吸血鬼と錬金術師は悪霊と魔神と戦争を開始した。



 施設内地下に辿りついたダレル達。シェイプシフターがサンプルから取り込んだ情報をもとに変身する。女シェイプシフターはミサキに姿を変えた。

 ジェームズ、変身した男シェイプシフターは指先を切り、扉に文様を描く。

 奇妙なことに扉の封印は悪魔を封じるための文様に似ていた。

 しかして、血に反応した扉がいくつもの歯車の音を響かせ、かちりとロックを解除せしめた。


「開いたぞ」


 ジェームズが扉を開ける。一同が戦闘態勢になり部屋へと入る。ジェームズを戦闘に入っていく。小さな一室。部屋の中央に箱が置かれているのみ。ライトが自動的に点灯し、箱を照らした。


「な、なに?」


 誰が目に見ても明らかに、箱の封は開いていた。

 箱には幾重もの札が張られ、箱そのものにも呪文が刻まれている。

 厳重な封印が施されていたことがうかがえるはずのそれは、中が空だった。


「……リーディングじゃたしかにあると出ていた。おかしい」


 ダレルが額の汗を拭う。確認のため、慎重な足取りで箱へと近づくが確かにもぬけの空だった。

 もしかして、奴に気取られていたか。


「しかし、どういうことだ」


 計画と現実の齟齬に考えがまとまらない。

 いないのであればとにもかくにも立ち止まっているひまはない。ここから立ち去るのみだった。


「ミサキ、ここから出るぞ」

「だ、ダレルさん」

「どうした」


 ミサキは声を震わせ、焦点の定まらない目で壁を見つめていた。

他の面々も同様。壁にくぎ付けになっていた。一見して異変のない壁だが、ダレル以外は顔面蒼白で見つめている。


「なんだ。おいお前らしっかりしろ!」

「ダメだよ。今この子たちは幻術にかかっているからね


 紙を丸めたような老人の声。話し方が独特で、少年のよう。部屋全体から響く声にダレルの背筋が凍った。

 体が震え、唾を飲み込む。蘇るのは先日の変死した魔術師の体。そして殺されていった部隊の光景。

 

 そしていつどこから来たのかわからないが、腰の曲がった老人が天使のような魔神と共に部屋の中心にいた。

 白髪を束ね、小奇麗なローブを纏う好々爺然とした白人。

 初めの魔術師、現代のソロモン王と名高かったアフロディ・メイザースその人だった。


「よく守ってくれたねダレル・コーバックくん。感謝してもしきれないよ」


 あくまでも穏やかに、世間話をするように。老人はダレルに語り掛ける。

 ダレルは震える体に活を入れるために握りこぶしで自身の腕を殴り飛ばす。

 口の端から血を滴らせながらも、一歩前進した。


「おう、ようやく会えたな爺さん。だが感謝されるいわれはねえ。今すぐ帰って老人ホームでも探してな」

「アハハ、これは愉快だねぇ。うんでも今時老人ホームはないんじゃないかなぁ。あと面倒みてくれる友達なら彼らがいるしね」


 気安く友人と呼ぶ、傍らに控える天使。正確には元天使であろう悪魔をぽんぽんと叩く。

 ただ出てくるだけでこの場を制圧した。圧倒的な力。


「悪いがミサキは渡さんぞ」

「うん? それは違うねダレルくん。そもそもキミのものじゃない。僕のものでもないよ? あれはただ神に捧げる供物にすぎない」


 微笑む老人の手には二人のミサキがいた。二人は虚ろな眼でぼーっと呆けている。

 今しがた隣にいたはずのミサキがいなくなっていた。


「おい! そいつに危害を加えてみろ、地獄の底にまで叩き込んでやる」

「はは、神様を信じていないくせしてよく地獄なんていうね。面白い人だなぁ」


 老人はただ純粋に笑顔を形作る。粘土で自分の表情を形作るように、作り物めいた顔を浮かべる。

 そして、いらない果物をそぎ落とすように。片方のミサキの胸を天使の剣がつらぬいた。貫かれた体は緑の血液を部屋にまき散らしながら爆散した。


「ん、こっちがニセモノだったか。よかったよかった。それじゃあ、僕は儀式に戻るとするよ」

「おい、おい。待て!」

「来たかれば来るといい。お姫様を助ける王子様がいたほうが物語は盛り上がる」


 老人は不敵な笑みを残し、姿を靄のように消した。

 一瞬の出来事だった。なすすべもなく、ダレルはミサキを奪い取られた。


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