第5話 想うこと、信じること
空は紅から群青へ。夜間は出歩く者も少ないためか、星明かりだけが夜道を照らす。見かける人といえばワシントン大聖堂の騎士か、魔術連盟の警備だけだった。
ダレルとミサキ。そしてジェシーは廃墟で少し休んだ後、旧警察署に連絡。道端でのびている獣人達の保護を任せることにした。
彼らはここら一体を根城に活動していたグループであり、窃盗や暴行などの余罪が相当な数上がっている。ダレル曰く、少しの報奨が出るらしかった。
とはいえ食べられた食材などは戻ってこないし、ダレルの使った弾薬や
静かな道のりを戻り、アパートメントへと戻る。部屋に入るなり、ダレルはミサキの頭をはたいた。
上からの重みに、ミサキの喉から「ひぐっ!」と声が漏れる。
「い、いたい……! あ、とごめんなさい。以後気を付けます……」
「おう、ぜひそうしてくれ。たかが十ドルやそこらで俺の命を毎回ベットされたんじゃたまらん」
「ワン!」
ジェシーがダレルを叱るように吠えるが、意に介さず。仕事場へ入ったダレルは缶詰の入った袋を持ってきた。
「ま、今日もとりあえず夕飯はお前の賄い料理にでもするか。せいぜいマシなメシ作って機嫌とるこったな」
ダレルは挑発するように鼻で笑うと、袋をキッチンにおいてソファに座り込んだ。ラジオをチューニングして小気味いいジャズを流すと、古びた雑誌を読む体勢になる。
「ああ、そうだ。泥だらけのままメシ作られちゃかなわん。仕事場の奥にシャワーあるから入って来い」
「え、シャワーあったんですか!? わ、私てっきりないものと思って濡れタオルで拭いてたのに……」
「聞かねえからだ。さっさと行って戻って来い。誰かさんのおかげでハードな運動させられたからな。腹が減って仕方ない」
ミサキは挑発にカチンときたが、いちいち気にしてもられない。こちらも怒涛の二日目を終えたばかりなのだ。あっかんべーと舌を出すだけにして、ジェシーと共にシャワーへと行った。
シャワーから出た後、ミサキは夕飯にとりかかる。いつの間にか外はにわか雨が降っていたらしく少し肌寒かった。
夕飯のメニューは手早く、かつ暖かいものにしよう。
ミサキはよしと気合を入れると手際よく料理していく。
ボイルチキンの缶詰があったのでトマトと一緒に煮ものを。スープは煮物のソースを薄めてコンソメやミックスベジタブルをいれた具だくさんのスープに。主食のパンはカリカリに焼いてスープに浸して食べるスタイルにした。
隣の部屋から余ったテーブルをもってきて、食卓にする。
並べられた料理の数々を見渡して、ダレルは早々にチキンへ一口かじりつく。
「えっと、お味どうでしょう」
「……お前な」
「も、もしかしてトマトお嫌いでした?」
ダレルは首を縦に振る。じゃあなんでトマト缶なんてあったのかと問いかけたくなるミサキだったが、ダレルの様子が少しおかしかった。チキンを一口食べては首を傾げている。
「俺が言うのもなんだがお前の方がよっぽど魔法使いじゃないのか。なんでトマトなのにうまいんだ」
真剣に料理を眺めるダレルの顔をみて、ミサキは呆けてしまう。思いもよらない言葉に、くすくすと笑いを零した。ダレルがミサキの様子に眉間のしわを深める。その様がさらに笑いを呼んで、次第にお腹を抱えて笑っていた。
ダレルがふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ガキの時から嫌いなんだよ。悪いか。まとめ買いした缶詰の中にたまたまトマト缶が紛れてたもんで処理に困ってたんでな。ま、ゴミにするよりかはマシだったな」
不貞腐れながらも、フォークはトマトソースのかかったチキンを口に運んでいく。ジェシーも気に入ったらしく勢いよく食べていた。皿についたソースまでなめとっている。
「いや、ごめんなさい。そうじゃなくて。なんか可愛いところもあるんだなって」
「か、かわっ……! お前な!」
声を荒げるダレルだったが、ミサキをみてその矛先を収めた。
ミサキは涙を浮かべていた。笑みが入り混じった泣き顔を浮かべている。俯いて、皿のふちをきゅっと握りしめる。
「ごめんなさい。おいてもらってるのに、二日目から迷惑をかけてしまって」
「……別に。迷惑になるほど煩っちゃいない。というかホントよく表情のかわるやつだな。顔の筋肉がよく疲れんな」
「お、大きなお世話です」
ずびっと鼻をすすり、ミサキは笑顔を作って「いただきます」と食べ始める。出来に満足したのか顔を綻ばせながら食べ進める。
ダレルはその様子に口角を上げつつ、自分も黙々と食べ進めていた。
ふとダレルが「ん」と声を上げる。目をうつろにすると頷きを繰り返す。ミサキは横目で誰かと念話しているのかなとみていた。
二分ほど話して、ダレルが息を吐く。
「仕事のお話しですか?」
「ん、ああ。……そうさな。いい機会だ。明日仕事見学がてら俺に着いてこい。亜人の奴らとの戦闘だけじゃさすがに学ぶものもまなべんだろうからな。実地で体験しながら覚えた方が早い」
「え、でも――」
ミサキがチキンを飲み込む。返事を返そうとするも、言葉は口の中で転がるのみ。何を言うべきか言い淀んでいた。
自分はどうしたいのか、何をすべきか。確かにここ二日でこの街の現状は少しわかった。この荒廃した街では自分のできることなど限られている。荒事は元来苦手だし、家事手伝いの方が性に合っている。
それでは済まないということも頭の隅にある。帰るためには件の魔術師を探しださなければならない。ダレルに任せきりにする、というのはミサキの中では考えられない選択肢だ。
だが脳裏に過るのは、ダレルの滅茶苦茶になった体。ダレルを手伝うということはああなる可能性がある。現状であれば確実に足手まといになる。
ただ、一つ思う。ダレル自身、元々魔術師を探している風だった。そんなミサキなどに構っているより、彼を探すほうに専念するほうがいいはず。
それなのになぜ。
ミサキはダレルを見る。ふと疑問が口を出た。
「あの、ダレルさん」
「あん、なんだ」
「いえ、その。なんでダレルさんは私なんかによくしてくれるんですか?」
その質問に、ダレルが固まる。予想はしていたのだろうが、今それが来るとは思わなかったのだろう。目を少し伏せたあと「そうだなぁ」と妙に間延びした声を上げた。
「キャロルに似てるから、だろうな」
「もしかして、写真の妹さんですか?」
「妹?」
ダレルは怪訝な表情を浮かべていたが、ふっと噴き出した。
「妹じゃねえよ。まぁ妹分、とはいえるかも知らんがな」
「え、あれ? そうなんですか? てっきり私目元が似てるから」
「あいつも俺も割りと頑固者だからな。過ごした時間も十年そこそこだし自然と目付きが似てきたんだよ。まぁキャロルは俺と違って、……ちょうどお前みたいに表情がコロコロ変わるやつだった。雰囲気が似ててな」
ダレルは立ち上がると、ミサキの頭をぽんぽんとたたく。
「マイクも言ってただろう。護身のためだ。俺がいつもいるとは限らんからな。最低限の身を守る術だ」
食器をシンクに置くと「ごちそうさま」とカタコトの日本語でいって仕事場へと戻っていった。
ジェシーと二人、残されたミサキは胸にもやもやとしたものを感じつつ夕食をもそもそと食べていた。
「私に似てる、か」
翌日。しとしと降る雨は勢いを増していた。土砂降り、とまではいかないまでもかなりの雨量だった。
ダレルは教会でいくつかの装備を。ミサキは着替えや諸々の必要品をもらったあと。ダレルの依頼された仕事場へと向かった。
仕事はなんてことはない。廃棄された地下鉄道に逃げ込んだ妖魔を退治してくれとのことだった。
ミサキは動きやすいジャージで、腰には小太刀を下げている。念のためダレルの用意したジャケットを着こんでいた。ジャケットの裏地にはルーンの刺繍が施されている。
ダレルはいつも通りの服装で、銃の点検を済ませるとライトを点ける。
廃棄された地下鉄道は暗く、5メートル先すら見えない状況だった。肌寒い空気が流れ込んでくる。
「よし、それじゃ行くか」
「はい。えっとお手柔らかに。そういえばジェシーさんは?」
「あいつは散歩だ。それはそうと、そのセリフは敵に言うんだな」
二人と一匹は暗い地下へと潜っていった。
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