第4話 ルーンとブードゥー
ビルが倒壊する。ミサキは背筋が凍る浮遊感を感じてダレルにしがみ付いた。高さは五階。普通であればただでは済まない。
ダレルはミサキを抱きしめると、自身のブーツを蹴り鳴らす。音に反応して、ブーツの底に彫られた三又の木の文字が怪しく光る。
『アルジズッ! その意味のなす所、我が身を保護せよ!』
ダレルのブーツが地面に着く。ダレルの脚がひしゃげて潰れることはない。代わりに逃げ場を失った衝撃が地面を凹ませた。
魔術は続く。ダレルは一枚の木片を取り出すと宙へ放り投げた。木片には傾いた「H」の文字が見られる。
『H《ハガル》。その意味の為す所、暴風よ吹き荒れろ』
呪詛を紡ぐ。木片はただちに四散。風がダレルを中心に吹き、降り注ぐガレキを吹き飛ばした。
子供達は暴風に巻き込まれながらも、各々の身のこなしで地面へ降り立った。虎の男の子もしなやかな身のこなしで音もなく着地する。
ダレルは固く目を閉じたミサキを地面に下ろして頬を叩く。
「いてて! あ、あれ? 生きてる?」
「あんなことくらいでくたばるか。ミサキ、お前はこれ持ってそこで観とけ」
一枚の木片を渡してダレルは子供達へ向かう。ミサキの手には三つ又に分かれた木のようなマークと歪んだ「F」が書かれていた。
ダレルの前には、その身を虎に変えた男の子が立つ。虎と人間が混ざり合った、獣人と呼ぶに相応しい容貌だった。その他の子供達も、体に宿る獣の姿に変化している。ざっと数えただけでも十人ほど。
残る十数人の子供達は、離れた位置で暴れまわるジェシーを群れなして翻弄している。規則正しくジェシーを囲み、せめては引きを繰り返す。
ダレルはその様子にへぇと驚きを漏らした。
「なかなか様になってるじゃないか。よく統率された群れだな」
「俺が仕込んだ。生き延びるためだけにな」
虎の男の子、もとい虎の獣人は眼光鋭く睨み付けて牙をむく。
ダレルはその敵意に対しても平静のままだった。脱力して、虎の獣人を観る。
瞳にだけ厳しさを湛えていた。
「そりゃいい。そんじゃ俺もちょっくら戦い方を教えてやるかね。あっと、戦う前に名前を聞いてもいいか? 戦うときには名前を聞いてるんでな」
「俺に名などない。生まれ落ちた時から俺はただの亜人であり、一匹の虎にすぎない」
虎が空に吠える。肉体が二回りほど大きくなる。その体躯はゆうに二メートルを超えた。
雄叫びを皮切りに、獣人達がダレルへじりじりと詰め寄る。牙、爪、巨体。そのいずれにも凶悪な威力があることは目に見えて明らかだ。
一人の猫の獣人――キティと呼ばれた少女だった。彼女はダレルの喉笛めがけてその顎で食らいつかんとする。
ダレルは腕を出し、盾にした。そのままキティは腕に噛みつく。獣人達はそれに続かんと殺到しようとした。しかし、咄嗟に違和感を覚えて静止した。
様子がおかしい。鋭い牙によって、ボロのジャケットなど血肉とまとめて噛み千切れるはず。
キティも冷や汗を流して爪を立て顎の力を強める。だがいくら噛みつこうともただのボロのジャケットすら歯が通らない。
「おいおい、お手製のジャケットだぞ。噛みつくならこっちにしな嬢ちゃん」
キティの目の前に黒く冷ややかな鉄の塊が置かれる。
ダレルの手には武骨な自動拳銃が握られていた。
「な、やめーーっ!」
制止は銃声によってかき消される。キティは脱力し、頭から地面へ落ちた。
情け容赦のない一撃。キティが動く様子はない。血が出ていないのは弾丸が脳内で止まっているからか。
「レッスン・ワン。相手を観察すること。ダメだと思ったらすぐ退くこと」
獣人達は仲間が一人やられたことにおびえる様子はない。それなりの場数を踏んでいるのか、警戒心を高めてキティの穴を埋めるようにダレルを囲んだ。
再び虎が吠える。獣人達は声に応じて陣形を変えた。
象の獣人がダレルめがけて突進してくる。巨体のわりにかなりの速度で迫る。
ダレルは何発か発砲するが弾丸は皮膚に小さな傷を作るのみだ。悉くが弾かれる。
「チッ! なんつー硬さだよ」
回避しようと足に力を込める。足にルーン文字の文様が浮かぶが、移動することはかなわなかった。みると蛇顔の青年が絡みついている。
――パォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ラッパのような叫び声を轟かせ、象の獣人は真正面からダレルに突撃した。突撃の瞬間、蛇の青年が飛びのく。ダレルはその一瞬の隙を縫って、咄嗟に掌を獣人へ向けた。
『エイワズ!』
不可視の結界が生じる。短い詠唱にも関わらず呪文は効果を表した。けれども象の突撃は止まらない。結界ごとダレルを押しのけて、隣のビルへと突っ込んだ。
柱を何本か叩き折って象の獣人はようやく立ち止まる。攻撃は止む気配と見せなかった。
「キティの仇ィイイ!」
象の獣人は涙を流しながら地団太を踏む。もはや、踏みつけなどではない。その巨体により圧死させるためだけに何度も何度も足を振り下ろす。あまりの衝撃に、コンクリートの破片と土埃が舞った。
十数回は踏んだだろう。象の獣人が肩で息をしながら足を退けると、もはやそこに人影はなかった。
「ハッハッハ! ぺちゃんこだぁ! 肉片も残こってないや!」
「そりゃよかったな」
上からの声が降ってくる。象が上を向くと眼前に靴の裏が見えた。
ダンッ!
鈍い音と共に象の獣人が地面に叩きつけられる。質量では圧倒的に獣人の方が上のはず。だが、ただ一撃の蹴りで地面へめり込み身動き一つ取れなかった。
「な、なんで。おかしぃよぉ!」
象の鳴き声混じりの悲鳴を上げて、体を動かそうとするが指一本すら動けない。
ダレルは膝を立てて象の獣人の頭を踏みつけていた。ぺっと地面へ血を吐き捨てる。
「そりゃこっちのセリフだ。くそ、これだから亜人は。ガキだろうがお構いなしにバカ力もってやがる」
再びダレルがダン、と強く踏みつける。ただの踏みつけは地響きを起こし、加重を増やす。あまりの重さに象の獣人は意識が薄れていく。
「な、んで――?」
「レッスン・ツー。西洋東洋問わず、踏むという行為は魔を払う意味がある。コツは祈りと精気を込めて力いっぱい蹴ることだ」
象の獣人はダレルが言い終わらないうちに白目を向いた。
ダレルは体から降りると、呼吸を整えて静かに次を待つ。ニュートラルな姿勢でぼうっと立つ。
敵はすぐさまやってきた。
翼を羽ばたかせて数人の獣人が飛んでくる。ダレルは拳銃を向けて何発か発砲する。しかし鳥の獣人達は翼を翻すとそれらをひらりひらりと躱していく。
ダレルの周囲を取り囲んで旋回する鳥類の獣人達。
数回廻ったところで、耳に突き刺さる声で鳴く。それを合図にして、一同に翼をはためかせた。翼から羽が舞い散る。それらは鋭利な光を宿してダレルへ飛来した。
『――散れッ!』
ダレルが叫ぶ。呪文ですらないただの命令のはず。しかし風に逆らってダレルを穿つはずの羽は、その言葉に従ってダレルを避けていく。勢いをなくして呆気なく地面へふわりと落ちた。
ダレルは懐からもう一艇、拳銃を取り出す。グリップの部分には反転した「U」の文字が描かれている。
『バインド――ラーグ、エワズ&イーサ』
端的な詠唱。流れと弓、そして停滞を意味する文字を銃口で描く。三つのルーン文字は回転・明滅しながら銃口に吸い込まれていった。
ダレルは無造作に銃を放つ。誰もいない方向に撃たれた弾は、敵を見つけた隼の如く切り返して獣人達の翼のみを穿つ。
地面へ落ちた獣人たちは起き上がることすら叶わない。弾丸を起点に生じた氷によって地面へ縫い付けられていた。
「ふいー、これで残りは一人か」
首鳴らすとダレルはビルから出た。残っているのは虎の獣人のみ。
音か獣の勘か。いずれにせよ状況を把握していた虎の獣人はダレルを静かに観ている。
「舐めた真似を。力を見せつけているのか」
「あん?」
ダレルは眉を寄せる。虎はその声に苛立ちを表しにした。
「ふざけるなッ! 貴様、誰一人として殺してないな。麻酔弾やら拘束魔術やらと……。本気でかかって来いッ!」
「あのな、俺ァ十分本気だ。本気で手加減、とか皮肉じゃねえぞ? 血気盛んなガキどもの相手をしてるのに手なんか抜いてられるか」
そう吐き捨てながらマガジンを交換する。虎の獣人は好機と見たか飛びかかる。右手に生えた鋭い爪で、ダレルを刻もうとした。
しかしダレルはマガジン交換の手を止めず。獣人の手を右足で蹴り上げてこれをいなす。蹴りの勢いを乗せ、左回し蹴りを虎の顔面に叩きこんだ。地面へ叩きつけられた獣人は起き上がろうとするが、体が鉛のように重い。ダレルの右足で体を踏まれていた。
虎の獣人は目だけでダレルを見上げる。眼前に突きつけられた銃口には目もくれず、ダレルの冷ややかな目だけを見ていた。ダレルは気持ち悪そうにぺっと血を吐く。
「あぁあああぁあああぁあああッ! くそがァぁあああぁあああぁあああぁあああぁあああ!」
「叫ぶな耳が痛い。そもそもの話だ。俺はガキや女を殺す趣味はない。殺すのはいい歳こいて人様に迷惑かけることしか考えてねぇ糞ったれ野郎だけだ」
「黙れッ! 余裕ぶっているのも今のうちだ。今すぐその体を引き裂いてメシの席に並べてやろうかッ!」
叫ぶ虎の獣人。その額に、ダレルは銃口を押し当てた。
「――俺とお前を分けているのはただの潜り抜けた戦場の数だ。戦闘能力だけならお前さんの方がはるかにセンスがある。数年後ならお前が勝つだろう。ただし、今は俺の方が強い」
虎の獣人は爪を立て、地面を削る。本来なら身動き一つ取れないだろう拘束魔術を力任せに解こうとしている。
「――ハッ、今に見ていろ。その首を町中で晒してやる」
「おう、やってみろ。……そうさな。レッスン・スリー。今俺を殺せる手段があるにはある。ただ死にもの狂いでないと無理だぜ」
ダレルは銃口を反らし、獣人の肩と掌を撃つ。血肉が飛び散り、血が滴る。たちどころに血液が凍りつき、止血すると共に体を縫い付けた。
「このおとぎ話みたいな世界になってから、一つだけ良いことがあった。想いが力を生むようになったことだ。気合だとか、情念が力になるんだよ」
虎の獣人は痛みにうめき声を上げる。ダレルはしゃがみ込むと、体毛を掴み頭を持ち上げる。虎の獣人と正面から視線を合わせた。
「ただし、それは混じり気があるといけねぇ。名もねぇ虎の坊主よ。初めの冷静さはどうした。それじゃただの虎だろうが。傲慢さに事欠いて人間を辞めんじゃねえよ」
虎は息荒くダレルを睨み付けていたが、その言葉に笑いを漏らした。
「人間を辞める? ほざくな魔術師。俺は亜人。端っから人間なんかじゃない。容姿は限りなく人に近い。だが決して! 人間じゃないッ!」
人間じゃないと語ったその言葉には、何通りの意味が込められているのか。
――どう足掻いても人並みの暮らしはできない。
――いくら生き永らえても、畜生と扱いは変わらない。
――どれだけ頑張ろうとも、蔑視は自分たちを突き刺し抉る。
渦巻く想いを一まとめに、虎の獣人は吠える。その気迫に応えるよう、筋肉が肥大して力を強める。
骨の砕ける音、筋肉の裂ける音。尋常ならざる呪詛を、ただ純粋な膂力と気力のみで振り払った。
ダレルは飛び退こうとするが、虎の獣人は自分を踏みつけていた足を掴んで力任せに横に凪いだ。異常な力に体勢を崩したダレルは、そのまま瓦礫の山に叩きつけられる。
「なん、つう力だよ」
額からどろりとした血が流れる。虎の獣人は止まらない。そのままダレルを天高く放り投げ、跳躍。宙で追いつくと狙いもつけずただ拳を叩きつけた。
半狂乱の亜人の力だ。いかな魔術師といえどもその防御は容易く破られた。ダレルは力をどこへも逃がすこともできず、地面へ叩きつけられる。骨が砕け、肺が破けたのだろう。鮮やかな血を口から大量に吐いた。地面に血だまりが広がる。
「祈りを込めて、踏むんだったなァ魔術師!」
虎の獣人は自由落下の衝撃を伴って、ダレルの上に落ちた。
もはや呪術がどう、という話ですらない。ただの重みによって、ダレルはつぶされた。
虎は肩で息をする。地面で潰れている魔術師をみると体を揺らした。
「クッハハハ! 余裕ぶっているからそうなる。そうだ。俺からも一つ良いことを教えてやろう。ここら一体はな、俺らが食った人間の死体が埋めてあるんだ。晴れてお前もそいつらの仲間入りだ」
虎の獣人はにやりと顔を歪めると、ミサキの方へと向いた。
「ダレルさん! ダレルさぁん!」
ミサキは必死に泣き叫んでいる。手に持った板を握りしめて名前を呼んでいた。
虎の獣人ははっとあざ笑い、近寄る。すると体長四メートルはあるかという大きな
狼が間に割って入った。狼は息が荒く、その体毛を血で濡らしてはいるが、まだ戦えるようだった。
「ふん。手負いの獣か。犬肉は好みじゃないんだがなぁ」
虎の獣人は拳を叩きつけて狼を退かせた。
「ジェシーさん!」
ミサキの叫びだけが木霊する。虎の獣人は地鳴りのような笑い声を漏らす。
「残念だったな。金ではなくなったが……。なぁに。俺らの腹の足しになるのに違いはない」
虎の獣人がミサキに触れようとすると、パチリと電光が走った。ミサキの手に持った板が外敵から守っていた。
そして、電光に反応してか。周囲の地面から幾多もの屍が現れ出した。
「小賢しいことを――!」
「レッスン・フォー」
虎の獣人の背後で声がした。ぞっと背筋に悪寒が走る。
首をゆっくりそちらへ向けた。
死んだはずの魔術師が立っている。亡者の如くふらふらとしていた。今にも倒れそうだがその眼に生気を宿している。ダレルは懐から一枚の割れた板を取り出す。板には三つ又の木の模様が描かれていた。
三又の木の名はイチイ。死と生を意味するルーン。
「殺るなら止めは確実に。やりすぎなくらいしろ。あーくそったれが。一回死んじまっただろうが。この術式めちゃくちゃ手間なんだぞ」
にやり、とダレルが犬歯をむき出して笑う。
確実に殺した。そう、殺したのだ。殺してもなお、目の前の魔術師は生きていた。
「ハッハハ! 魔術師というのは本当にバケモノだな。俺らなんぞよりよっぽどイかれてるぞ」
ここまでくると可笑しさがこみあげてくる。虎の獣人は姿勢を低くとった。
「いい。いいぞ、お前を殺せば俺はさらに強くなる。群れのリーダーとしてさらに格が上がる!」
ぐぐ、と力を溜めて駆け出す体勢を取る。相手は手負い。だが最後まで気は抜かない。目の前の余裕ぶった魔術師の言葉に従うようで癪ではあったが、それもこれから生きるための糧にしようと思った。
「感謝するぞ魔術師。お前の言葉は謹んでこの身に刻もう」
「そうか。あー名無しの虎くんのタメになるのなら光栄だ」
「……リチョウだ。あの汚い人間が言っていた。サンゲツキとやらの主人公。わが身を虎に変えて人を食らっても生きていく。彼の名がいい」
「リチョウか。いい名だな」
ダレルが血を吐き捨てる。初めと変わらずの脱力。
ニュートラルな体勢からどのような状況にも対応するための構えだろう。
にやり、と虎の獣人が笑う。そして――決死の一撃を叩き込もうとして足が動かなかった。
自分の脚をみると、幾多の骨の手がしがみ付いていた。
「まぁ、レッスンはこんなもんだな。ミサキよくわかったか?」
ゴホゴホと喀血しながらダレルはミサキに話しかけた。突然のことに獣人は唖然としている。ミサキはこくこくと顔面蒼白でうなづいていた。
「……おい。舐めるなよ。こんなものまた振りほどいて」
「ああ、そりゃ無理だぞ」
虎の獣人は力任せに手から逃れようとする。
しかし。蹴ろうが、振り払おうが、後から後から骨が出てきては絡めとる。地面から湧き出してくる骨の群れは、数を増して地中に誘っているようだった。
「い、いつの間に呪文を――!」
「ん? ああ、別に呪文は吐かんでもいいのさ。そりゃまぁ威力やら精度は上がるが、基本的にルーン文字ってのは『力ある文字』を操る魔術だからな。それ自体が呪詛であり呪文みたいなもんだ。んで、魔術の起点はそれだ」
ダレルはミサキの持つ
苦々しそうにぺっと血液を吐き捨てた。すると、血のふれた部分が隆起してくると一人の骸骨が姿を現す。骸骨はボロボロの三つ揃えのスーツを纏っている。手には折れ曲がった鉄パイプをステッキのように持っていた。
「どうもバロン・サムディ。本日はいいお日柄で」
ダレルの黙礼に、骸骨は陽気にステッキを振り回して応えた。
「ああ。あとだ。あのレッスンは別段お前らにだけ言ってたわけじゃない。メインはそこのミサキに向けてだ。その
ミサキは怯えたようにこくこくと頷く。
虎の獣人は記憶を思い返し、身を凍らせていた。
目の前の男が戦闘中、深呼吸してはふいに黙っていたのはなぜか。――レッスンを確認するため少女と念話していたから。
しきりに血を吐き捨てていたのはなぜか。――触媒で骸骨を呼び出すため。
そもそも取引相手の姿に完全に成りすませていたのは。――取引相手を締めあげて、自分たちのことを調べていたのではないか。
疑問が焦燥と後悔に変わる。虎の顔が憎々しく歪む。
「謀ったなぁ魔術師があああああ!」
「人聞きが悪いな」
ダレルが鼻で笑う。三つ揃えのスーツを着た骸骨がカタカタと顎を鳴らして虎の獣人に近寄ってくる。近づくにつれてしがみ付く骸骨の数が次第に増えていく。
「ちょいと悪ガキに仕置きするだけさ」
虎の獣人は力任せに逃れようとするが――。
生憎と、神にはかなわなかった。
シルクハットをかぶった骸骨は、虎の獣人と共に地面へと沈んでいった。
ダレルは一仕事終わったと溜息を吐くと、ジェシーの手当てをする。懐から軟膏を取り出す。ふたを開けて中の軟膏をジェシーにつけた。たちまち傷がふさがっていく。
「はぁー疲れた。全く面倒事に巻き込まれやがって」
ダレルはミサキの頭を小突く。ミサキは涙目で自分の身を抱きしめていた。
「お、おい。どうした。そんなに怖かったか」
「怖かったに決まってるじゃないですか! な、なにも殺さなくても……」
ミサキが涙を浮かべていると、ダレルは首を傾げた。
「殺す? 誰が誰をだ」
「今目の前で! なんか死神っぽい骸骨さんが! 虎の人を!」
「ああ、バロン・サムディか。死神とは云い得て妙だな。あれはブードゥー教の墓守の神だ。死にゆくものなどを連れて行く役割を持ってる。ただ、少しばっか悪戯好きな神でな」
ダレルはめんどくさそうに頭をかくと、地面をおもむろに掘り出した。
数センチほど彫ると、獣人化の解けた虎の男の子が、顔を覗かせた。目は閉じており、深く眠っているようだった。
「ひぃ!」
「案外浅いな。仮死状態だが数時間もすりゃ息を吹き返すさ」
ダレルはふぅと力を吐くと、その場にしりもちをついた。
ありえない光景と事実にミサキは言葉を失っている。ぱくぱくと口を開閉しては何を言おうか迷っているようだった。
はぁとミサキも溜息を吐く。体育すわりになると膝を抱えた。
「食材食べられてごめんなさいとか、死んだと思って心配したとか言いたいことありますけど。とりあえず今はいいです」
「おう、帰ってから聞かせろ。ちょっと休んで帰るぞ」
ダレルとミサキはしばらく、廃墟の中で体を休めた。
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