第10話 VRネトゲは事もなし

 【ルインズエイジ】史上、最大規模とも言われる市街戦のあった日から、早くも十日ほどが過ぎている。

 情報サイトではまだ、市街戦の発端となった酒場でのいざこざの経緯について喧々と議論を戦わせたりしているけれど、ゲーム内ではもうあまり話題にされなくなってきている。

 その理由として挙げられるのは、酒場でシュバの団員に喧嘩を売った例の彼が、その日のうちに引退したからだ。アバターを削除したときの動画も彼自身の手で投稿されていた。

 それでもなお、

「どうせ、あらかじめ資産を別アバターに移しておいてから削除したんだろ」

 という声はあったけれど、アークは「彼は自主的に脱退した。新アバターを作っていたとしても、我々の関知するところではない」という声明を発して諸処の噂を黙殺した以上、それでもなお追求しようという者は、少なくとも表面上はいなかった。

 そのおかげで、彼がシュバの団員に喧嘩を売ったときに口走った『あの子』についての詮索もされなくなった。相方ちゃんの存在も、どうやら明るみに出ることなく済みそうだった。

 いま一番熱い話題は、PKチーム、PKKチーム複数による最強決定リーグ戦だ。アークとシュバの決闘で大量の通貨が動いたことに目をつけた資本家たちが合同で企画した一大イベントである。おそらく、プレイヤー主催の非公式イベントとしては、これまた【ルインズエイジ】史上最大規模のものになると目されている。

 リーグ戦の総合優勝チームには結構な額の賞金が贈られるそうで、それを目当てに普段は表に出てきたがらないチームも参加すると発表されている。そうした話題性もあって、運営主催の賭けは早くも盛況だそうだ。

 現実でもゲームのなかでも、話題の賞味期限は生菓子よりも早い。結果論になるけれど、わたしの心配は全くの杞憂に終わったと思って良さそうだった。

「あーあ、こんなことなら、お姉さんのお願いなんか聞くんじゃなかったよぅ」

 相方ちゃんがぶーぶーと文句を言ってくる。

「いまさら言わないでよ。そっちだって、あのときは納得してくれたことでしょ」

 わたしが言い返すと、相方ちゃんはますます唇を尖らせる。

「だぁって、お姉さんがあんまり必死に言ってくるんだもん。あたしもついつい、そうしなきゃヤバいかな、って思わされちゃったんだもん!」

「……じゃあもう、わたしが悪かったってことで良いから、真面目にやってよ。ほらっ」

「やってるけど単純作業は飽きるんだよぅ!」

「わたしのほうが飽きてるっつの!」

 ……わたしと相方ちゃんがいま何をしているのかというと、相方ちゃんの熟練度上げである。いわゆる養殖というやつである。相方ちゃんのほうがプレイ歴が長いのに、どうしてわたしが相方ちゃんを養殖してあげることになっているのかというと……。

「あっ、お姉さん。この敵、もうそろそろ倒し終わるよ」

 わたしを標的にしていた敵性MOBを横からばしばし攻撃していた相方ちゃんが、攻撃の手を休めることなく言ってきた。

「はいはい、了解」

 わたしは返事をしながら、次なる敵MOBはどこにいるか、と辺りを見やる。

 ぐるりと巡らせた視界に、ほとんど惰性で敵MOBをぺちぺち叩いてる相方ちゃんの姿が入ってきた。

 わたしと初めて会ったときの相方ちゃんは、桃色のロングヘアにダブルジャケットにミニスカートといった装いの後衛職だった。可愛いを通り越して、あざといとしか思えないほど可愛いコボルト種族の柴犬っぽい耳をした少女だった。

 いま、わたしの目に映っている相方ちゃんの姿は、桃色の髪をした柴犬っぽい耳のコボルト少女だというのは共通していたけれど、それ以外はまったくの別人になっていた。

 長かった髪は首筋を見せるショートカットになっているし、目の色は緑から青に変わっている。そして何よりも、男の欲望をそのまま形にしたかのようなグラビアアイドル体型だったのが、空気抵抗を感じさせない未来型流線型フラットボディに一変していた。

 相方ちゃんはこれまでのアバターを削除して、ショートヘアで“すらり”として“ぺたり”とした体型の、少年みたいな少女姿のアバターに生まれ変わっていたのだった。ちなみに名前も変えている。

 追及の手が及ぶことを恐れてこそこそ遊ぶくらいなら、こっちから削除してやろうというわけだった。だけど、こっそりと削除してもらったわけではない。大手の掲示板サイトに、例の彼がやったのと同じようなアバター削除時の動画を、以下の文章を添えて投稿した上でのことだった。

『彼に悪いことをさせてしまったのは、わたしが原因なんです。わたしが彼の気を惹きたくて、シュバの人に意地悪されたと嘘を吐いたんです。まさかあんなことになるなんて思っていませんでした。本当にすいません。悪いのはわたしです。どうか、彼のことを責めないであげてください。彼にも、みなさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当に申し訳ありませんでした』

 この書き込みに対する反応は、話題に便乗した愉快犯なんじゃないのか、というもののほうが多かったけれど……ともかく、これでけじめは付けた。わたしの胸に蟠っていた後ろめたさもちょっとは消えたし、追及を恐れる必要もなくなった。万々歳だ。

 ……まあ、この動画と文章を投稿してすぐに最強決定リーグの開催が発表されて、話題はそっちに移ったから、わざわざアバターを削除することもなかったのかもしれないけれど。

 アバターを新しくしたことで、相方ちゃんがそれまで上げていた熟練度はふいになってしまった。だけど、それまでの所持品と所持金は、アバター削除する前にわたしが一旦、預かっていたから、そっくりそのまま残っていたし、わたしが養殖してあげることもできたから、ふいにした熟練度を取り戻すのには一ヶ月とかからないだろう。

 一ヶ月後といえば、その頃にはわたしの長い夏休みも終わる。リハビリも終わって、普通に大学通いが始まるし、ゲームをする時間がどれくらい残るのかは、いまのところ不明だ。

 できるなら、休みが終わってからも、相方ちゃんとこうしてだらだら遊んでいたいものだけど……。

「お姉さん、ちょいちょい。倒し終わったんだけど、次はまだぁ?」

 相方ちゃんに腕をつつかれ、催促された。

「あっ、ごめんごめん」

 わたしは近くを歩いていた敵MOBを攻撃して、標的タゲを自分に固定させる。それを確認して、相方ちゃんがぺちぺちと攻撃を始める。

 実際のところ、養殖は単純作業だ。熟練度が伸びていく実感のある相方ちゃんが飽きると言うのは解せないけれど、タゲを取った後は相方ちゃんが倒し終わるのをただ待つだけのわたしは、すっっごく暇だ。

「……ごめんね、とか言わないからねっ」

 ぼんやりしていたら、いきなり、相方ちゃんにそう言われた。

「え……?」

「あたしが熟練度レベル上げしないといけなくなったのは、お姉さんにも責任があるんだから、感謝とか謝罪とかしないんだかんねっ」

「はいはい、分かってますよ」

 言われるまでもない。わたしは肩を竦めて苦笑する。その態度が不服だったのか、それとも文句を言い足りないのか……相方ちゃんは敵をぺちぺちやりながら、目を逸らしながら唇をごにょごにょと尖らせる。

「なぁに?」

 わたしが促すと、相方ちゃんはようやく、わたしのほうに目線を戻す。

「あたし、今月中にはお姉さんと並んで戦えるくらい強くなるから、そうしたら今度は養殖じゃなくて一緒に探索しよう。んで、希少品レアが出たら、最初の一個はお姉さんに進呈してあげるから、それで貸し借りなしねっ」

「……うん、了解」

 わたしは笑って頷きながら、後期の講義が始まった後のログイン時間を如何にして捻出するか、考え始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VRネトゲにおいでませ♪ 雨夜 @stayblue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ