第6話 新しい出会い、新しいビジネス

 生産施設の外に出て空を見上げると、いつもの青空がわたしを見下ろしていた。

 【ルインズエイジ】にも天候の要素はあるから、曇りの日や雨模様の日もあるけれど、およそ七割は晴れ空だ。それに年間の天気予定も発表されている。だから、今日の空が晴れているのは予定通りのことでしかない。

 だけど、わたしには今日の青空が、

「元気を出せよ。落ち込んでたって金は貯まらないぜ」

 と、爽やかに笑っているみたく見えた。

 ありがとう、慰めてくれて……なぁんて、わたしは空を見上げて、唇の片端で微笑む。

「……うん、そうだね。落ち込んでてもお金は貯まらないし、他の方法を探してみようか」

 わたしは両手を挙げて大きく伸びをすると、市街中心の円形広場に向かって歩き始めた。一応、次なる金稼ぎの当てがないわけではないのだ。

 広場に出てからは人波に逆らわないで歩いていく。すると、広場の一角に設けられている、縦に十メートル、横に二十メートルはあるだろう大きな掲示板の前に出た。

 これはプレイヤーが自由に書き込んだり閲覧したりできるもので、プレイヤー間の交流に用いられている。なお、掲示板の上部には、

『運営チームは原則として、プレイヤー間でのトラブルには関与しませんし、責任を負うこともありません』

 という例の文言が金文字で記されていたりする。

 掲示板の前はいつも人集りが出来ているので、その存在はわたしも前から知っていた。だけど、他人と関わってまた面倒事に巻き込まれるのは御免だよ、と思っていたので、意識して近づかないようにしていたのだ。でも、最近になって攻略サイトを眺めていたときに、取引所を使うのではやりにくい取り引きは、この掲示板を使って行われているのだ――という情報を目にしたのだった。

 掲示板で取り引きされるのは、取引所に登録できないもの――つまり、アイテムではなく、無形のサービスだ。

 ……という話だったのだけど、実際のところ、それがどういう意味なのかはいまいちピンと来ていなかった。でも、こうして掲示板の前に立ってみると、意味がよく分かった。

『探索手伝い・熟練度上げ等、手伝います。1h/800G~』

『各種素材、Pで買います。連絡よろしく!』

『換金屋。レート:100C/80P。交渉応じ升』

 掲示板にはこれらの一行広告みたいな書き込みが、びっしりと敷き詰められている。どれも暗号めいた文章だけど、おおよその意味はなんとなく察せられた。

 最初の書き込みは見ての通りだろう。過去に団長がわたしに対してやってくれた“養殖”を時給八百通貨ギアで引き受けますよ、という内容だろう。

 二番目の書き込みにある『P』はちょっと悩んだけれど、銀貨プラチナのことだと分かった。つまり、素材アイテムを銀貨で買いますよ、ということだ。

 じゃあ三番目のは? Pがプラチナなら、Cはクロムだろう。だからこれは、銅貨と銀貨を交換してくれる為替屋の宣伝書き込みだ。最後の『升』は『ます』で、『交渉応じます』だ。

「なるほど、こういう使われ方をしているわけね」

 掲示板を前にして、一人、腕組みをして頷くわたし。

 ……あれ?

 でも、例えば三番目の書き込みの人に連絡を取りたかったとして、どうすればいいのかな……。

 周りにちらちら視線を走らせると、わたしと同じように掲示板を見上げていた人々が、空中に指先を滑らせていた。それを真似して、わたしも掲示板を指さしてみる。すると、掲示板に犇めいている書き込みのうち、指さしていたものだけが拡大表示される。指を上下にずらすと、それに合わせて拡大される書き込みも別件のものに上下する。

 書き込みを拡大させた状態で、ボタンを押すようにして指先を前後させると、その書き込みが拡大表示のままで固定される。そうしてから書き込み主の名前に指先を滑らせると、送信用メッセージの作成画面が開いた。

 ――なるほど、なるほど。こうやって連絡を取れるというわけなのね。

 わたしはひとまず、いま開いた作成画面を閉じると、ふぅむと唸って考え込む。

 掲示板を見に来た甲斐はあった。いまざっと眺めただけでも、探索の手伝い稼業、銅貨と銀貨の為替屋というお金稼ぎの方法を一気にふたつも知ることができた。

 わたしにもそれらの稼業ができるだろうか……?

「ふぅむむむ……」

 探索の手伝いをするには強くないといけない。でも、その強さが伸び悩んでいるから、もっと良い装備を買うためのお金が欲しいわけで……。

 為替屋をするにも、まずは元手となる銀貨が必要になるだろう。上手いことすれば、最初に例えば銀貨を十枚買って、それを銅貨十五枚と交換して、さらにそれを銀貨十二枚と交換して、さらにさらにそれを銅貨十六枚と交換して……と、雪球を転がすようにじわじわと利鞘を膨らませていけるかもしれない。

 まあ……しょせんは机上の空論だ。そんなに都合良く、こちらに有利な比率レートで交換してくれる為替屋ばかりが見つかるとは思えない。というか、そんな金融漫画の主人公みたいなお金の膨らませ方が自分にできると思えなかった。

 もっと、わたし向いていそうなお金の稼ぎ方ってないだろうか? ……いや、そんな甘っちょろいことを言っているうちは、お金を稼ぐなんて無理だ。損失を恐れては、利益を掴むなことなんて出来ない。いまの為替屋の話、真面目に考えて挑戦してみるべきなのではないか!? わたしもいまや大学生だ。もはや社会人のようなものだ。学内にも、日計り取引デイトレードで稼いでいる学生がいると聞いたことがあったような気もするし、それと同じだと思えば、わたしに出来ないと決めつけることもないじゃないか!

 ――よし、そうだ。やるべきだ、やるぞ!

 わたしはすっかり自分の世界に入り込んで、自分で自分を鼓舞していた。だから、肩をぽんと叩かれるまで、背後に誰かが立っていることに気がつかなかった。

「やっ、お姉さん」

「ひゃはぇ!?」

 気配にまったく気づいていなかったわたしは、自分でもびっくりするほど裏返った悲鳴を上げた。

 わたしの驚きっぷりは相手にとっても予想外だったようで、背後からも軽い悲鳴が上がる。

「うわあっ、びっくりしたなぁもう!」

「びっくりしたのは、こっちだっての!」

 反射的に、混乱と照れ隠しで叫びながら振り返ったわたしが見たのは、可愛い女の子アバターだった。

 淡い桃色のもこもこロングヘアと、わたしより頭ひとつ分以上も低身長なのに、ぼいぃんと効果音が聞こえてきそうなほど張り出している巨乳。零れ落ちそうなほど円らな瞳と、少し小さめの鼻に、ふっくら柔らかそうな頬。そして、ぽってり桜色の唇。

 ここまで徹底して男性向けに調整された女性アバターを、わたしは見たことがなかった。

 ピンク髪の彼女は二、三歩ほど下がって体勢を立て直しながら、咎めるような上目遣いでわたしを見上げてくる。

「もう……あたし、ちょっと声をかけただけじゃない。それでそんなに驚くって、あたしに失礼じゃない? ってか、失礼だわ!」

 艶っぽい唇を尖らせて怒る彼女を、わたしはまだ呆気に取られたままで見つめる。怒り方まで計算し尽くされた可愛さ……いや、あざとさがあるな、とか思いながら。

「あ……」

 そのとき、わたしは遅ればせながら気がついた。彼女の耳は人間のそれではなく、髪と同じ桃色をした柴犬っぽいそれだった。もこもこ桃色ロングヘアの彼女は獣耳が特徴の種族、コボルトだった。

 さらにいまさら描写するなら、彼女が身につけているのは濃紺のダブルジャケットと、ふんわり広がった格子柄のミニスカートに、黒いサイハイソックスと軍靴……っぽい装備だ。布系装備ということは、彼女の戦闘スタイルはたぶん、魔術か弓を武器にした後衛型だろう。

 ちなみに、防御力重視の前衛型なら金属系を、回避力重視の中衛型なら革系を装備するのが一般的だ。敏捷重視の中衛アタッカーであるわたしは、黒いシャツとスパッツの上に、自然色をした革の胸当てとホットパンツ、同じく革のサイハイブーツっぽいものを装備している。

 黒地に焦げ茶色のわたしと、濃紺と柄物を合わせた桃色髪のコボルト少女。どちらも黒っぽい色合いの装備だというのに、彼女のほうが断然、可愛らしく見えた。

 スカートの格子柄が良いアクセントになっているのが、可愛さのポイント? いや、黒い膝上ソックスとスカートの間のいわゆる絶対領域というやつも絶妙なのかも……まあそもそも、顔立ちや体型からして違うのだけど。いや、一番の違いは、そういう外見的なものではなく、立ち振る舞いの端々から滲み出ている“あざとさ”だろう。

 そう――このコボルトの少女は一から十まで狙いつくした可愛さで出来ていた。可愛いを通り越して、あざといとしか思えないほどに。

「……お姉さん?」

 観察眼を走らせていたわたしに、彼女は少し戸惑ったように眉根を寄せる。その仕草も、計算なのか天然なのか、すごく可愛い。それなのに、可愛いと思うのと同時に、なぜか警戒心が呼び起こされる。

「あっ、もしかして……お姉さん、あたしに一目惚れしちゃいましたとかぁ?」

 彼女は困惑顔から一転、きらきらした湖のような瞳を悪戯っぽく細めて笑いかけてきた。

 うん、可愛い。でも、罠の匂いがする可愛さだ。

 わたしの表情が硬くなっているのに気づいたのだろう、少女はふいに笑いを引っ込めた。

「うん、やっぱり。思った通りね」

「……え?」

 聞き返したわたしに、少女は鼻で笑うようにして言ってくる。そんな顔でも可愛い。

「まわりくどいのは面倒だし、ずばり聞くね。お姉さん、お金が欲しいんでしょ?」

「えっ」

「はい、図星って顔、いただきましたぁ。あっ、何で分かるのって顔してるわね」

 少女は思わせ振りな顔で、軽く背伸びをしながら、わたしの顔を覗き込んでくる。わたしはその分だけ微妙に仰け反りながら、少女が期待しているだろう返事をした。

「……何で分かったの?」

 すると少女は、待ってましたとばかりにVサインを掲げた。

「理由はふたつ。ひとつは、ここが掲示板の前だということよ」

「掲示板の前にいると、お金を欲しがっていることになるの?」

「もちろん。だって、掲示板の書き込みなんて、友達募集や団員募集みたいなお仲間捜し関連か、為替屋や支援屋みたいなサービス業関連だけ。で、お姉さんが真剣に見ていたのは、主に商売関連の書き込みが集まっている右側だった」

「え……あっ、本当だ」

 言われてみれば確かに、掲示板は右側と左側とで書き込み内容が大別されていた。そんなことにも気がつかないくらい、わたしは視野狭窄に陥っていたということなのか。

 少女は滔々と続ける。

「そして、ふたつめの理由。それは……」

 そこでいったん言葉を切って、少女は悪戯っぽく微笑んだ。

「あたしってものすっごく勘が良いの。お姉さんを見て、びびぃーって電気が走ったのよ。あ、このお姉さんはお金に困ってる。お金を欲しがってる。わたしでも楽して稼げる美味しいお金の稼ぎ方がどこかに転がってないかしらぁ、と思っている……って、直感したのよ。うふふっ」

 最後のうふふは、猫の手みたいな握り拳を顎にくっつける、ぶりっこポーズの仕草付きだった。

 わたしはといえば、いまのが笑うところなのか感心するところなのかを判断しかねて、目をぱちくりとさせるばかりだ。少女にはそれが不満だったようで、ぷくっと頬を膨らませる。

「何よ、その顔。お姉さん、あたしの超宇宙的直感を信じてないでしょ!」

「と言われても……」

 初対面の相手にそんなことを言われても、返事に困るのが普通だと思う。……いや、もしかして初対面ではないとか? じつはどこかで話したことがある? そうだとすれば、少女がびっくりするほど馴れ馴れしいのも納得なのだけど……ううん、やっぱり初対面だと思う。このアバターになってから他人と会話するのは、ほとんどこれが初めてくらいのはずだし。

「まあいいわ」

 何が、まあいいわ、なのか……少女はふふんっと鼻息で笑って言葉を繋げる。

「何はともあれ、お姉さんはお金を稼ぎたいなと思ってる。そうよね?」

「え、まあ……」

「だったら決まりね」

「え、何が?」

「あたしと組んで一山当てましょー!」

「……え?」

 少女は拝むように両手を合わせて、にこにこ微笑んでいる。わたしはさっぱり、ついていけない。だから、とりあえずお断りした。

「……ごめんなさい、遠慮します」

「ああっ、待って!」

 まわれ右して逃げようとしたわたしの片手を、少女がひしと握ってきた。その途端、視界の隅に、これを迷惑行為ハラスメントとして対処するかどうか訊いてくる吹き出しが浮かぶ。これに触るか叫ぶかすれば、わたしの手を掴んでいる少女の手はシステム的に撥ね除けられることになる。少女もそれが分かっているのか、わたしの手を掴んで引き留めるなり、早口で捲し立ててきた。

「待って待って、お姉さん! 話を聞いて、色々あるの。お金儲けのプランが、本当に! あるの!」

 少女があまりにも必死だったから、わたしもちょっと絆された。

「……どんな?」

 続きを促した途端、少女の丸い瞳はきらきらに輝いた。

「あのねっ、長話になるかもだから、茶店にでも行きましょうっ」

 少女はそう言うと、わたしの手を掴んだまま早くも歩き出す。

「あっ……」

 わたしも引きずられるようにして、少女の後に続いた。

 少女に連れられて入ったお店は、わたしがいつも行く喫茶店とはまた趣の違った、和風な雰囲気の茶店だった。甘味処と言ったほうが合っているかもしれない。大通りから角を何回か折れ曲がった奥まったところに店を構えているせいか、店内には空席が目立つ。でも雰囲気はけして悪くないから、知る人ぞ知る隠れ家、みたいな印象のお店だ。

 そう思いながら改めて店内に目を走らせてみると、ちらほらと席を埋めている客たちの姿も、粋で通な人たちのように見えてくる。

 それはともかくとして、わたしと少女は窓辺の席に向かい合って腰掛ける。

「それで話の続きなんだけどね、」

 腰を落ち着けた途端、食卓に身を乗り出して話しかけてくる少女を、わたしは片手を突き出して黙らせる。

「まずは注文しましょう」

「あ……そうね」

 わたしと少女はしばし無言で、それぞれの手元にあるお品書きに目を落として、注文したい品目に指先をなぞらせる。注文した品は、割烹着姿の店員NPCが即座に運んできてくれた。

 わたしの前には、アイス天こ盛りのクリーム善哉。少女の前には、心太の黒蜜がけだ。

 甘味が揃ったところで、わたしから話を促した。

「それで、話って?」

 注文を理由にわたしのほうから遮った話題を、わたしのほうから催促する。これぞ、会話の主導権を握ったまま相手の話を聞くという高等会話術である……なんて。

 少女は、心太をちゅるるっと啜りながら話し始める。

「つまり、お金稼ぎのお話よ。お姉さんも掲示板をあんな飢えた狼みたいな目で見ていたんだから言うまでもないだろうけど……真っ当なやり方じゃ、既得権益に食い込んでいきゃあせんのぜよ」

 語尾がよく分からない方言になる理由はさっぱりだけど、言わんとすることは、まあ分かった。わたしがさっき掲示板を睨みながら思っていたこと、そのままのことだ。

 支援屋や為替屋のような、既に大勢の人がやっていることで儲けようとしても難しいだろう、ということだ。

 わたしも善哉……というか、ジョッキのなかにごろっと詰め込んだアイスクリームの隙間へ善哉を流し込んだものに、柄の長いスプーンを突っ込んで、アイスを削り取りながら質問を投げかける。

「その言い方だと、お金儲けは無理だから諦めろ、って言われているみたく聞こえるんですけど」

「そうじゃないわ。あたしは、真っ当なやり方じゃ無理、って言ったの」

 少女は箸をちっちっと左右に振る。

「それって……真っ当ではない、邪道なやり方なら出来るって?」

「そういうことっ」

 少女は箸でわたしを指して言う。

「もうとっくに誰も彼もがやっている手垢べたべたの商売をいまから始めたって、一攫千金は無理難題。だったら、どうすればいいと思う?」

「どうすれば……?」

 わたしがほとんど鸚鵡返しに聞き返すと、少女は箸を器用にくるくるまわしながら、にんまりと微笑む。

「答えは簡単。まだ誰もやっていない商売を新しく作っちゃえば良いのよ!」

 少女は言い放つや、得意げに胸を反らす。きっと、わたしにも賞賛の顔をして欲しいのだろうなと予想はついたけれど、生憎と、わたしにとっては期待外れの答えだった。

 その気持ちは顔にも出ていたようで、少女は不服げに唇を尖らせた。

「ええっ、なんで!? いまのは感心するところよ!?」

「いやいや、頓知じゃないんだから。真面目に聞いて損した……」

「頓知じゃないわよ! 本気よ、本気!」

「本気? じゃあ本当に、新しい商売を作るつもりなの?」

「そうよ」

「具体的には?」

 わたしがそう聞いた途端、少女はまたも円らな瞳をいっそうきらきらにさせて意気揚々と語り出した。

「これは最っ高のアイデアよ! でも、早くしないと他の誰かが思いついて実行しちゃうかもしれないわ。だからその前に、あたしたちが真っ先にサービス開業して儲けちゃわないといけないわけよ」

「うん、それは分かった。で、具体的には?」

「あっ……ごめん。ええとね……ほら、現実リアルでもあるでしょ。メイド喫茶、メイド整体屋、メイド家政婦……って、普通のよくあるサービスをメイドさんがやってくれるっていう商売が」

「……え、つまり、ゲームのなかでメイド喫茶を開こうっていうの?」

 目を丸くしたわたしに、少女は鈴を転がすような声で笑う。

「喫茶店は開けないわよ。だって、お店を出せるような持ち家がないもの。やるのは喫茶店じゃなくて、メイドさんのほう……つまりね、ただの支援屋じゃなくて、メイド支援屋をやるの。ねっ、ナイスアイディアでしょ?」

「ん……」

 にこにこと本当に得意げな笑顔で見つめてくる彼女に、わたしは即答しかねた。メイド支援屋というのが、少女が思っているほど良いアイデアだとは思えなかったのだ。

「一応聞くけど、その……メイド支援屋っていうのは、普通の支援屋とどう違うの?」

「うんとねぇ……雇い主さんを支援するのがお仕事なんじゃなくて、いちゃいちゃするのがお仕事なの」

「……?」

「だからね、一人ソロで探索するのって人恋しくなるじゃない? 誰かとお喋りしながら探索したいときって、あるじゃない? そんなとき、あたしたちを雇えば、いちゃいちゃ楽しくお喋りしながら探索ができるっていうわけ。ね、これならあんまり強くなくても、支援屋が出来るでしょ」

「……」

 わたしは、少女の述べた言葉の意味をしばし、舌の上で転がしながら考える。考えて……結論に至った。

「って、それキャバ嬢!?」

「違うわよ。メイドさんだってば、メイドさん。エッチなことはなしで、いちゃいちゃするだけ」

 少女はけらけら笑って頭を振るけど、その説明では納得がいかない。

「……やっぱりそれって、キャバ嬢なんじゃないの? わたしにはさっぱり違いが分からないのだけど」

「ええと、だからぁ……一言で言うなら、キャバ嬢はえっちぃので、メイドさんは可愛くいのが仕事なの。これでどう? 分かった?」

「……ごめん、さっぱり」

「えーっ」

「あっ、メイドさんとキャバ嬢の違いはさっぱりだけど、メイド支援屋というのがどういうものなかは、まあだいたい理解したと思う」

「うん、じゃあもう、それでいいや」

 少女は、これ以上の会話は不毛、とばかりに両手を合わせて、話を締めにかかった。

「とにかくそういうことだから、これからよろしくお願いしますね……お姉さんっ」

「え、何が?」

 眉根を寄せたわたしに、少女また長い睫をぱちぱち揺らして不思議そうにする。

「え……だから、あたしとお姉さんはこれから一緒にメイド支援屋さんをしていく仲間なんだから、よろしくお願いしますね……って」

「え……?」

 頭のなかが一瞬、完璧な真っ白に染まった。少女が何を言っているのか理解できなかった。いや……理解したくないから、思考が空白になったのだ。

 わたしが、このコボルトの少女と一緒に、メイドな支援屋をやる……? 支援屋の存在すら、さっき初めて知ったばかりだというのに、その上さらにメイド要素を盛り込んだものをやれと? そんな難しそうなこと、わたしに出来るの? キャバ嬢とは違うって言うけど、どちらにせよ接客業なんだよね? やっぱり、やれる気がしないんだけど!?

「むっ……無理だって、無理! わたしには支援屋もメイドも無理!」

 顔を真っ赤にして頭を振るわたしに、少女はあっけらかんと笑って言う。

「まあまあ、そう難しく考えないで。楽しくお喋りしながら探索のお手伝いをして、それでついでにお金が貰えてラッキー……くらいに軽く考えちゃってよ」

「そんなこと言われても……というか、どうしてわたしなの? メイドっていうなら、もっと可愛らしい見た目のほうが良いと思うんだけど」

 これは、もっと早く思い至るべき疑問だった。いまわたしと話しているコボルトの少女が、男性誌のグラビアを飾る巨乳系アイドルのような見た目ならば、わたしは女性誌かファッション広告でポーズを取っていそうな見た目だ。

 メイドはキャバ嬢と違うと言っても、対象が男性なのは同じだろう。だとすると、わたしなんかよりも男性受けする容姿の子を誘ったほうが良いと思うのだ。

 そんな疑問への答えは明快だった。

「可愛いの成分はあたし一人で間に合ってるから、相方には違う方向性の子が欲しかったの」

「……引き立て役が欲しかった?」

 そう言ってから、我ながら僻みっぽいことを言った、と恥ずかしくなった。

「そうじゃないわよぉ。だってほら、あたしは引き立て役なんか必要ないくらい可愛いもん。ね?」

 少女は唇の隙間から舌をちろっと見せて、悪戯っぽく微笑む。

「……そうね」

 わたしは苦笑いしつつ頷いた。いまの発現は、わたしを気遣ってくれたのだろう。この子は案外、いい子なのかもしれない。

 少女はにこにこと続ける。

「可愛い方面はあたし一人で十分だから、凛々しい方面を担当してくれる相方が欲しかったのよ。それともうひとつ、お姉さんに決めた理由があるんだけど……」

 そこでいったん言葉を切ると、少女は豊かな睫を見せびらかすように緩りと瞬きをする。そして、わたしを見つめながら言葉を繋げた。

「お姉さん、中身リアルも女の子でしょ」

「えっ……」

 わたしは息を飲んだ。性別なんて基本的に男か女かの二択でしかないのだから、当てずっぽうに言っても半々の確率で正解する。だから、アバターだけでなく生身も女性であると当てられたこと自体は、さほど驚くことではない。絶句させられたのは、少女の表情にも口調にも、自分の言葉が絶対に正解していることへの確信に満ちていたからだ。

 一瞬、この少女はわたしの友人知人の誰かなのか、とも疑った。でも、かりにそうだとしても、このアバターがわたしだと分かるわけがない。

 わたしは少女と会ってからいままでの数十分間、自分自身のことを毛ほども話題に挙げていない。アバターの造形だって、わたし自身の三次元情報を叩き台にしているとはいえ、印象はまったく違っている。声だってもちろん、変えている。

 出会って数十分で、わたしがわたしだと見抜ける要素はない。これは断言できた。

 でもじゃあ何で、この少女はこんなにも確信に満ちた態度で、わたしが女だと言ったのか……?

「あ、あれ? なんか変に怖がらせちゃったかにゃ?」

 少女が少しばかり慌てた顔をする。

「べつに、変なツールを使っているとか、お姉さんの私生活リアルを知っているとかじゃないのよ。あたしの特技なのよね、相手の中身リアルの性別当て」

「特技って……つまり、勘?」

「ざっくり言えば、まあそうね」

「あ、そう……」

 ちょっと拍子抜けした。まあ確かに、相手の利用者アカウント情報をぶっこ抜く違反ツールを使ったりすることなく十割の確率で現実の性別を的中させられるというのなら、それはまあ確かに凄い勘だと思うけど……結局、ただの当てずっぽう、ってことなんだよね……。

「結局ただの当てずっぽうじゃない、とか思ってるでしょ」

 少女にずばりと言い当てられた。でも、そんなことはお首に出さず、わたしは話を先へと進ませた。

「そんなこと思ってないよ。それよりも、どうして中身も女性だと思ったことが、声をかける理由になったの?」

「だって中身が男だと、あたしに惚れちゃうじゃない」

「あ、なるほど……」

 少女があまりに自然な口調で言うものだから、わたしも普通に納得してしまった。

 実際、この少女だったら、狙った男を落とすくらい、息をするようにやってのけそうだ。可愛らしい子猫は、可愛らしさを損なうことなく獲物を仕留める生き物なのだ。

「あたしがお姉さんに声をかけた理由のもうひとつが、それなのよ」

 少女は黒蜜をまとった心太をちゅるんっと啜ってから、箸を振りつつ言葉を続ける。

「中身が男だと、あたしにその気がなくても勝手に惚れてきて、勝手に騒いだり空回りしたりした挙げ句、最後は勝手に怒るか泣くかして勝手に消えちゃうのよね」

「だから、中身も女だと思ったわたしに声を?」

「正確には、中身もさばさばしてて、ゲーム内恋愛とかさっぱし考えてなさそうな女の子だーって直感したから、ね。あたし、普通の女子にはなぜか速攻で嫌われちゃうから」

 少女は揺らすように肩を竦めて苦笑した。普通なら嫌味にしか見えないだろう台詞と仕草も、彼女はやると不思議に可愛い。

「ほら、それ!」

 少女がいきなり言った。

「え……何が?」

「お姉さん、いま、あたしのことを可愛いなぁって思ったでしょ」

「う、うん」

「普通の女の子はそう思わないの。なによこいつ、ぶりっこしちゃって。最悪ぅ……みたいに思ってくれやがるの!」

 少女は箸を振りまわして語気を荒げる。それまでにない興奮っぷりに、これまでよっぽど同性から嫌われてきたんだろうな、と窺い知れた。

「でも、いまはそんなこと、どうでもいいの。あたし、お姉さんとなら上手くやっていけるって直感してるから」

 少女はころっと表情を和らげて、にこにこ笑いかけてきた。屈託のない輝くような笑顔だけに、わたしはかえって苦笑を誘われる。

「そういう勘もよく当たるんだ?」

「ううん、よく外れる」

「ええっ!?」

「なぁんて嘘だよぅ、あははー」

「……」

「やだなぁ、もー。ちょっとした冗談ですってばぁ。そんな怖い顔しないで、お姉さん」

「……はぁ」

 わたしの口からは溜息しか出なかった。でもたぶん、その口元はわりと楽しげに緩んでいた。


 すっかり食べるのを忘れていた善哉のなかのアイスクリームは、まだ溶けていなかった。山盛りのアイスを最後まで冷たいまま楽しめるのは、仮想現実ならではだ。食べ過ぎでお腹を壊すこともないしね。

 わたしがクリーム善哉を食べきって、コボルトの少女が三杯目の心太を食べ終えた後、わたしたちはまた円形広場の掲示板へと向かった。メイド支援屋の広告書き込みをするためだった。

 だけど……。

「あ……」

「なんとぉ」

 掲示板に書き込む文面の参考にしようと、二人で改めて掲示板を埋める書き込みを眺めていたら、結構な数を見つけてしまったのだ。メイド支援屋の広告書き込みを。

 実際にメイド支援屋と呼ばれているのかどうかまでは分からないけれど、普通っぽい支援屋の広告に混ざって、それとは明らかに毛色の異なった支援屋の広告記事が散見できた。

 さっきはごく普通の支援屋が出している広告だと思って見逃していたものも、自分たちの広告を出すための参考にしようという視点で見てみると、普通の支援屋とメイド支援屋とでは明らかに強調される点が異なっていた。

 普通の支援屋は、自分たちの得意な武器や熟練度、相性の良い敵やマップ、回復剤などの経費をどうするか……など、自分たちの能力や実利的な点を列記している。

 それに対してメイド支援屋は大抵、自分たちの顔や胸から上、いわゆるバストアップの画像を添付している。スリーサイズを載せているものも多い。他には、自分の趣味やチャームポイント、一言メッセージなど……およそ探索に必要とは思えない無駄情報ばかりが記載されていた。そのくせ料金は、普通の支援屋と同等か、事によってはそれ以上に高い。しかも、

『現在、一ヶ月後以降の予約のみ受付です』

 となっている書き込みもあった。

「……ねえ、これってさ、」

 わたしは掲示板をぽかんと見上げたまま、隣で同じように突っ立って、同じような間抜け面をしているだろうコボルトの少女――いまや、わたしの相方であるところの少女に話しかけた。

「これってさ、わたしたちがやろうとしてたことだよね……」

「うん……」

「まだ誰もやっていない商売なんじゃなかったの?」

「誰もやってないと思ってたの。でも、ごめん……あたしが甘かったわ……」

「事前に下調べしていたわけじゃなかったんだね」

 と、わたしはちょっぴり皮肉。

「あたし、勘と思いつきで生きてるもん。下調べとか、するわけないじゃん」

 そう答えた相方ちゃんの声にも、力が籠もっていない。強がったことを言いつつも、さすがに堪えているようだ。わたしが黙っていると、彼女はさらにぽつりぽつりと話し始めた。

「っていうかね、あたし、じつはこのゲームを始めて三ヶ月くらいなのよね。色々あって、いままでは一人ソロでやってきてたのよ。ほら、あたしって人付き合いに支障が出るレベルでもてまくっちゃうじゃない? だから、掲示板なんて見たこともなかったのよね。というか、掲示板なんてものがあるのに気づいてから、まだ四十八時間も経っていなかったりなのよね……」

「あ、なんだ……」

 世慣れというかゲーム慣れしている印象があったけれど、相方ちゃんもそこまでプレイ時間が長いわけではなかったのか……。“色々あって”という言葉の中身もたぶん、わたしが色々あってアバターを作り替えたのと似たようなことがあったのだろう。

 相方ちゃんに対する親近感は沸いたけれど、メイド支援屋で一山当てようという試みは、たぶん失敗に終わったのだった――。

「ううんっ、まだよ!」

 おっと……相方ちゃんはまだ諦めていなかった。拳を握って闘志を燃やしている。

「資本力勝負じゃ勝てる気はしないけど、可愛さ勝負だったら、あたしが勝つもん!」

「ねえ、勝ち誇っているところ悪いんだけど……これ見て」

 わたしは書き込みのひとつを指さす。

「え、どれ?」

「ほら、これ。自己紹介のところにリンクがあるでしょ。リンク先、見てみなよ」

「どれどれ……」

 相方ちゃんは指を空中に滑らせると、直後、ぴたりと動きを止めた。

 いま、彼女の知覚はゲーム内アバターから汎用アバターに移って、リンク先の部屋サイトを見ているのだ。

 相方ちゃんの行動停止は十秒ほどで終わった。そして、動き出したかと思いきや、わたしを見上げて目を瞠った。

「あ、あんなの……ありなの……!?」

「わたしに聞かれても分からないよ。でも、自己責任の範疇ということなんでしょうね」

 書き込みからリンクした先は、メイドさんの個人部屋サイトだった。花柄とレースとぬいぐるみとで誕生日ケーキみたいに飾り立てられたその部屋は、確かに【ルインズエイジ】内でやっている支援屋の宣伝用サイトだったけれど、なんと、支援屋メイドをしているアバターの中の人プレイヤーが映っている動画まで用意されていた。

 ゲーム内掲示板の書き込みにもアバターの画像が載せてあったけれど、その画像のと同じメイド衣装を着た生身の女性が鼻にかかった甘い声でお喋りしたりポーズを取ったりしている立体映像だ。わざわざリンクを貼って顔出ししているのはたぶん、個人情報の扱いに関する【ルインズエイジ】の規約だとかが関係しているのだろう。

 わざわざ外部サイトを使ってまで顔出ししていることの意味は明白だった。

「わたしは外見アバターだけでなく、中身リアルも年頃の可愛い女子なんですよ♪」

 と、お客に向かって宣伝しているのだった。それはまた同時に、メイド支援屋というのはそこまでしないと顧客獲得のできないくらい競争の熾烈な稼業だ、ということを物語っていた。

「メイド支援屋を本気でやると言うからには、この人たちみたく生身リアルを晒す覚悟があるわけだ?」

 わたしは相方ちゃんに横目で問いかける。

「うっ……それはぁ……」

「まあ、いいんじゃない? アイドルになったつもりで頑張るのも。でも、この子たちと過激さ合戦になって公然猥褻しちゃうのだけは気をつけてね」

「それが怖いのよぉ!!」

 相方ちゃん、両手をぶんぶん振って喚く。仕草からいちいち可愛らしさが滲み出ているけれど、嫌がっているのは本当のようだ。急に項垂れると、自嘲めいた声で話し始める。

「お姉さんにだからぶっちゃけトークしちゃうけど、あたし、経験あるのですよね……」

「経験?」

「だからぁ……過激さ合戦の経験よ」

「すっぽんぽん!?」

 思わず、声が裏返る勢いで叫んでしまった。

 周りで掲示板を見ていた数名が怪訝そうに振り返る。わたしと相方ちゃんは乾いた笑いで誤魔化した。周りからの視線はまたすぐ掲示板に戻っていく。

「……すっぽんぽんまでは行かなかったわ」

 相方ちゃんがふと、小声で言ってきた。

「じゃあ、その手前までは行ったとか?」

 相方ちゃんは、聞き返したわたしの目を見ないで答える。

「通販で買った紐ビキニを試しに着てみたところで我に返ったのよ。もう少しで黒歴史をネットに拡散させちゃうところだったわ……」

「……あんまり深くは聞かないほうがいい感じ?」

「うん。察してくれると嬉しい」

 そう言って自嘲する相方ちゃんの顔に、これまで痛いほど発散されていた可愛らしさは見つけられない。アバターの表情がこれほど微妙な変化を出せることに小さな感動を味わいながら、わたしは相方ちゃんの肩をぽんぽんと叩いて、親愛の情を示したのだった。


 メイド支援屋は結局、お流れになった。

 わたしはゲームのためにまで、現実で化粧したり着飾ったりしようと思わなかったし、相方ちゃんも過去の苦い経験が歯止めをかけたようで、大分悩んではいたけれど、最終的には断念した。

 わたしが、

「やるなら一人でやって。わたしは手伝わないから」

 と宣言したのも、断念した理由のひとつになっていただろう。

 メイド支援屋を諦めたわたしたちは、またもや隠れ家的な甘味処で、甘いものを箸やスプーンでつつきながら駄弁っていた。

「で、どうするの? 計画は開始前に頓挫ということで……解散?」

「えーっ、それは嫌ぁ! せっかくお姉さんと知り合ったのに、何もしないで解散なんて、そんなの勿体ないしぃ!」

 相方ちゃんは箸をぶんぶん振りまわしながら抗議してくる。ちなみに、相方ちゃんが食べているのはまたも心太だけど、今度は酢味噌に削り節という、もはや甘味でも何でもない味付けである。

 わたしの前にあるのは、賽の目に切られたわらび餅、羊羹、柿ゼリー、栗金団、パイ生地などが盛りつけられた和風アラモードだ。それをスプーンで掬って口に運ぶ合間に、わたしは相方ちゃんに言い返す。

「だったら、二人ペアで探索にでも行ってみる? わたしもあなたも大して強くなさそうだから、効率的には一人ソロとあまり変わらなさそうだけど、ここで甘いものをばくついているよりかは勿体なくないかもね」

「甘いもの食べてるのは、お姉さんだけだけどねー」

「甘味処に酢味噌ダレの心太なんてものがあることに、わたしは驚きよ」

「この店が客足いつも微妙な所以です♪」

 相方ちゃんは楽しげに笑うと、頬にかかる髪を片手で掻き分けながら、心太をちゅるんと啜った。妙にえろっちぃ仕草だった。

 本当、息をするようにエロい子だなぁ……なんて徒然に思いながら、わたしも華やかに盛りつけられた羊羹やわらび餅を口に運ぶ。

「んっ……でも実際、どうしよっか?」

 相方ちゃんが口をもぐもぐさせつつ言った。

「そうだね……」

 わたしも、口をもぐもぐさせつつ首を傾げる。

「解散以外の選択肢だと、普通に支援屋をやる……は、お互いに実力不足だよね」

「そだねぇ」

 わたしは【ルインズエイジ】歴一ヶ月未満で、相方ちゃんも三ヶ月ほどだ。しかも、チーム所属で効率的に育成していたわけでもなく、ほとんどの時間を一人で過ごしている。わたしは遺跡に到達することもできない程度だし、相方ちゃんも遺跡に入ってすぐのマップまでしか行ったことがないと言っていた。こんなわたしたちに探索のお守りができるとしたら、何の資産も知識もない本物の初心者くらいだ。でも、そんな初心者にも支払える料金設定にするくらいなら、普通に適性マップでソロ探索したほうが実入りを期待できるという本末転倒なことになってしまう。

「為替屋も、あたし、やってける展望がまったく見えないのよね」

 相方ちゃんの言葉に、わたしも頷いた。

「こんなことなら、経済とか金融関連の講義も取っておけば良かったかな……」

 ぽつりと呟いたわたしに、相方ちゃんが眉をひょこんと持ち上げた。

「あっ、お姉さんってば大学生なんだ?」

「え……うん、まあ」

 わたしは少しどもってしまいつつも、また頷いた。べつに隠しているわけではないけれど、ゲーム内でリアルについて言及されると、妙に身構えてしまう。きっと、団長とのことが、まだ記憶にこびりついているからだろう。

 わたしの緊張は顔に出ていたようだ。相方ちゃんが眉を曇らせる。

「……ごめん。あたし、マナー違反だったね」

「あ、ううん。べつにいいの。ただ……前に色々あって、ね」

「ああ……」

 色々あって、の言葉だけで、相方ちゃんは納得してくれた。あまり嬉しくない以心伝心だ。

「んでも、ちょっと意外だわ」

 と、相方ちゃん。

「意外って、何が?」

「お姉さんはクールビューティーって感じだから、男にセクハラされるイメージがなかったから……あっ、もしかして女の子に? 女同士で色々どろどろに!?」

「違う、違う。ちゃんと男にだって! これは二代目アバターなの」

「ああ……にゃるほどー」

 またしても、皆まで語ることなく伝わってしまった。相方ちゃんも、アバターを作り直した経験があるのかな……。

「あっ!!」

 唐突に、相方ちゃんが大声を発した。

「はいはい、今度は何?」

 わたしはいちいち驚くこともなく、抹茶ソースのかかった柿ゼリーを食べながら続きを促す。

「そうよ、男よ! あたしたち二人に共通する特技よ! それを活かせばお金稼ぎうっはうはの完璧な計画よぉ!!」

 相方ちゃんは円らな瞳を興奮でぎらぎらに輝かせると、思いついたばかりの“完璧な計画”を開陳してくれた。

 わたしは最初、和風アラモードを食べながら話半分で聞いていたのだけど、そのうちにスプーンを持った手を動かすのも忘れて、彼女の言葉に聞き入っていた。

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