第4話 憧れのマイアジト

 翌日の午後、お昼を食べ終わって少し読書した後、わたしは【ルインズエイジ】にログインした。

 世の中的には平日だけど、わたし的には夏休み真っ最中の休日だから、昼間からネットしていても良いのだ。というか、ネットに繋がなければ読書もできない世の中だから、ネットしていないほうがおかしいのだ。

 読書というのは、メタバース内の本屋で買った文章ファイルドキュメントを、自分用の敷地内パーソナル・クラウド図書室フォルダで閲覧することだ。昔ながらの書籍も流通しているけれど、あれはデータを買うよりお高いし、嵩張るし……で、愛書家の御用達品だ。

 まったく関係ない話だけど、小学校と中学校ではなぜか紙の教科書と参考書を使わなくてはいけなくて、毎日わざわざ鞄に入れて持ち運びさせられていた。学校に置きっぱなしにしておきたくとも、宿題が出されると持ち帰らないわけにもいかず、みんなでぶーぶー不満を言い合っていたものだ。

 高校では教科書、参考書、問題集と一切合切が電子書籍だったのに、どうして小中では、そうではなかったのか。義務教育は紙じゃないと駄目、なんて法律でもあるのだろうか。

 ともかく――わたしは読書に飽きたところでリンクを呼び出し、【ルインズエイジ】にログインした。

 降り立ったのは昨夜にログアウトした場所、ファンガスのうろつく森林だ。

 わたしはまず真っ先に周囲を見まわす。そして、団長がいないのを確認して、ほっと安堵の溜息を漏らした。あの人は二十四時間いつでもログインしている印象があったけれど、そんなことはないらしい。

 ……と思ったら、いた。

 操作盤を呼び出して団員名簿を表示させてみたら、団長の表示欄にはログインを示すマークが点灯していた。ということは、もう二十秒もしたら個人会話ウィスパーが飛んでくるんだろうな……。

「はぁ……」

 今度の溜息は、憂鬱の溜息だった。

 そんなふうにして俯いていたら、いつの間にか背後から突進してきていたファンガスに攻撃されて、あれよという間に倒されてしまった。

 生命力がゼロになると、アバターに力が入らなくなって、どさりと倒れ伏す。意識はあるのに身体は動かない。経験ないけれど、たぶん金縛りになったのと同じ状態だ。でも、それも数秒のことで、わたしの意識は倒れているアバターから、すぅっと抜ける。幽体離脱の感覚だ。

 生命力がゼロになって死亡状態になってしまうと、自分で作ったアバターから追い出されて、白い煙で作った人形とでも言うべき幽霊アバターにされてしまう。

 幽霊アバターには戦闘力がないし、他の物体を素通りしてしまうので、倒れている自分のアバターを街まで運んだりすることもできない。幽霊にできるのは移動、会話、ログアウト、再起リポップの四つだけだ。

 わたし自身、死んでしまったのはこれが初めてのことだから、幽霊状態などという中途半端な状態にどんな意味があるのか、よく分かっていない。

 人のいるところまで移動して助けを求めると良いでしょう、ということなのだろうか? だとしても、わたしには助けを求められる相手がいない。団長にこれ以上の借りを作るのはなんだか怖いし、他の団員とは未だ会ったこともないし。それに、助けてもらった謝礼として出せるほど高価なものを、わたしは持ち合わせていない。もちろん、お金もない。

 結局、わたしはリポップを選択した。これは、装備を除いた所持品全てと熟練度の一定割合を捨てる代わりに、蘇生した状態で街まで瞬間移動させてくれる機能だ。

 リポップを選択すると、目の前に『転送を開始します』の吹き出しが浮かんだ後、景色がすぅっと溶けるように切り替わって、わたしは街中に立っていた。初めて降り立ったのと同じ場所だ。

「あ、戻ってる」

 両手を軽く持ち上げてみると、アバターは幽霊から生身のものに戻っていた。ついでに確認してみると、所持欄が空になっていて、せっかく上げた【筋力増強】技能の熟練度が微妙に下がっていた。まあでも、予想の範囲内。消えたのはあんまり高そうじゃない素材アイテムばかりだし、熟練度の下がり幅も養殖で一気に上がった分と比べたら微々たるものだ。

「うん。全然、黒字だね」

 この分だったら、今日中に目標の熟練度に到達する。そうしたら、団長のセクハラに我慢して熟練度上げする必要もなくなる。さっさと強い剣を貰って、後はどうとでも、だ。

「……あれ?」

 そこでふと、わたしは首を傾げた。

 まだ団長から個人会話が飛んでこないのだ。もう一度、名簿を確認してみたけれど、団長はログインしている。

「ふむ……さすがに飽きたのかな?」

 熟練度が実際にもりもり上がっていくわたしと違って、団長のほうはご褒美なしの単純作業だ。そんなのを二日間続けてやってくれたのだから、飽きていても不思議ではない。というか、わたしが団長の側だったら一時間で飽きている。

 そう考えたら、二日も付き合ってくれた団長がとても良い人のように思えてきた。ちょっとくらいのセクハラトークは許せる、かな……うん。まあ、ちょっとなら。

 何にせよ、団長に付き合ってもらうのも今日が最後だ。個人会話が飛んでくるまで、回復剤の補充をしておこう。

 わたしは各種アイテムの販売NPCが集まっている区画、商店街へと足を向ける。けれど、広場を出てすぐのところで、ふいに背後から呼び止められた。

「すいません、ちょっと。もしかして、君はうちのチームの新人じゃない?」

 声をかけてきたのは、両耳の上から二本の角を生やしたトロール種の青年アバターだった。

 わたしは驚きつつも答える。

「えっ……もしかして、同じチームの人ですか!?」

「うん、そうだよ。チーム名、同じでしょ」

 彼は自分の頭上を指さす。そこに視線を上げると、彼の名前と生命力を示すゲージ、それにチーム名が列んで表示されている。そのチーム名は確かに、団長の頭上に表示されていたのと同じ名前だった。たぶん、わたしの頭上にも同じチーム名が浮かんでいるのだろう。

「ずっと話したいと思っていたんだよ。だから、いま偶然見かけて思わず声をかけたというわけなんだけど……いま、時間ある?」

「え、ええ……」

 頷きはしたものの、わたしの顔にはきっと疑念と警戒の色が表れていた。

 時間があるか? 話をしたいってこと? ずっとわたしを無視してきたのは、あなた方のほうじゃないですか――!

「なんだか怖い顔だな。やっぱり団長が言っていたことは本当だったのかな……」

 トロールの彼がぼそりと呟く。その言葉に、わたしは妙な引っかかりを覚えた。

「それ、どういう意味ですか? 団長が、わたしのことを皆さんに何か言っていたんですか?」

「え?」

 トロールの彼はきょとんとした顔。わたしたちはしばし往来で見つめ合い、互いに食い違いがあるらしいことを確認し合った。そのうちに、彼のほうから、

「ここじゃ何だし、場所を変えようか」

 と提案してきた。

 わたしも賛成だった。

 彼の案内で、わたしたちは喫茶店に場所を移す。広場から放射状に伸びる通りの一本に面した、オープンカフェだ。ちゃんと飲み物と軽食のメニューもあって、トロールの彼が奢ってくれたアップルパイは普通に美味しかった。これで食べても太らないのだから、ほぼ満席なのも大いに納得だ。

「そろそろ話を聞きたいんだけど、」

 トロールの彼がコーヒーを一口啜ったところで、切り出してきた。

「まわりくどいのは苦手だから、さっくり聞いちゃうけれど……君、本当に団長の愛人なの?」

「……」

 脳が、投げかけられた言葉の理解を拒否した。いや、拒否した時点で理解してしまっているわけだけど。

 沈黙しているわたしに、彼は言い訳するような口調で言い募る。

「いや、だって君、チームに加入してからずっとチーム会話を拒否モードにしたままだろ。団長にどういうことなのかって問い質しても、俺が何とかするからおまえたちは手を出すな、の一点張りだし……だから僕たち、まるで愛人みたいだよね、って言い合っていたんだ。団長以外の団員と話すつもりはないけど、団長と同じチームには入りたいっていう乙女心――みたいなことなのかな、って」

 彼は言うだけ言うと、唇を湿らせるようにコーヒーをちびりと啜りつつ、ちらちらとわたしを見やってくる。

 わたしは驚愕していた。彼の言葉には思いも寄らないな点が幾つもあったけれど、何よりも心外だったのは、そこだ。

「すいません、ちょっと待ってください。チーム会話の拒否モードって何ですか? わたし、そんなものを設定した覚えはないんですけど」

 わたしの言葉は予想外だったようで、トロールの彼は目を瞠らせた。

「えっ、君が設定したんじゃないの!?」

「してませんよ。わたし、入団してから何度も、団員の皆さんにチーム会話で話しかけていたんですよ。でも、誰も返事をしてくれないから、無視されているんだと思っていたんですけど……違ったんですか?」

「違うよ!」

 彼はいっそう大きく目を剥いて続ける。

「僕たちこそ、ずっと君に話しかけようとしていたんだよ。でも、君はずっと会話拒否モードだったし、溜まり場にも来ようとしなかったし……君のほうこそ、僕たちを無視していたんじゃないの?」

「違いますよ!」

 わたしと彼はしばし見つめ合った。お互い、何が何やらさっぱり分からない、という顔をしていたけれど、お互いに決定的な行き違いがあることだけは理解できた。

 それからも対話は続き、わたしたちは事の真相を概ね推測することができた。

「――つまり、チーム会話を拒否するように設定したのは、君ではなくて団長だったんだな」

 トロールの彼が出した結論に、わたしも頷く。

「わたしはそんな設定をしていなくて、本人以外に団員のそういう設定を弄れるのは団長だけ……つまり、そういうことですよね」

「そしてその目的は、君を愛人扱いするため」

「そういうこと、なんですかね……」

 言ったと同時に、わたしの口から大きな溜息が零れた。

 トロールの彼と話したことで初めて知った事実なのだけど、このチームは【アジト】の獲得を目的にしていた。アジトというのは、チーム所有の家みたいなもの、なのだそうだ。チュートリアルでは教えてくれなかった要素だ。トロールの彼が言うには、アジトがあると、アジト内に団員共用の倉庫や工房を作ったり、畑や牧場を始めたりといった色々なことができるようになるのだという。

 聞いているだけで楽しそうな施設だと思うけれど、アジトを手に入れるには、まず土地を買って、それからアジトを建てることになる。そこまでの時点ですでに、個人では用立てるのが厳しいほどの大金が必要になる。その上さらに、家具を揃えるのにもお金がかかるし、工房や畑を作るとなれば、さらに多額のお金が飛んでいくことになるという。

「大金って、具体的にどれくらいなんですか?」

 わたしがそう聞いたとき、彼は少し考えてからこう答えた。

「拡張性のない最小の家を最小の土地に建てるので、だいたい十万ギア。工房か倉庫か、どちらかひとつ造りたいとなると、だいたい十五万ギア。両方造れる大きさだと三十万。そこに畑か牧場をつけたいなら四十万。でも、これは必要な規模の土地と建物を用意する分の額だから、実際に内装を整えたり改築したりすることを考えると、最終的にはその倍額くらいが妥当な想定必要額ってところかな」

 わたしは半開きになった口を閉じられなかった。

 一銀貨プラチナは日本円で一円だから、銀貨だけでアジトを建てようとすると、現金で十万円から四十万円は必要になるということだ。建てただけでなく各種の便利な施設を建て増ししようとすれば、その倍になるわけだから……。

「そんな大金、払おうって思う人がいるの……?」

 わたしには理解不能の価格設定だった。その言葉に、トロールの彼は肩をすくめる。

「ちょっとやそっとで買えるようじゃ、最終目標エンドコンテンツにはならないからな。でも、べつに購入費用を全額、現金で買う必要はないし、一人で支払うわけでもない。チーム全員でこつこつ時間をかけて銅貨を貯めれば良いんだ」

「……なるほど」

「そもそも、ネトゲの目標なんて、それを達成することよりも、達成させるまでの過程を楽しむためにあるようなもんだ。アジト建設資金を稼ぐって名目で、チーム《みんな》で希少品レア探しするのが楽しいんだ」

 トロールの彼は懐かしそうに目を細めて語る。けれども、その眼差しはやがて、物憂げに伏せられていく。

「楽しかったんだけどな、最初は」

 彼は、わたしから促すまでもなく、ぽつぽつと語り始めた。わたしはほとんど合いの手を入れることもなく聞いていた。彼の長い話が終わっても、彼のカップに残ったコーヒーはまだ湯気を燻らせていた。冷めないコーヒーは、ここが現実ではないことを思い出させてくれるものだった。


 団長は一言も言っていなかったけれど、このチームはいま、アジト購入を目指して一丸となって資金を集めている最中だった。

 毎日のように団員同士でパーティを組んで遺跡に潜り、持ち帰った素材をそのまま、あるいは加工してから売り捌く。そうして稼いだお金をアジト購入資金として、こつこつと貯めてきていた。

 資金の集まり具合は微々たるものだったのだけど、トロールの彼を始めとした一部の団員たちはとくに不満を感じていなかった。彼が自分で言っていたように、彼らにとってのアジト購入は、チームでの探索に張りを持たせるための方便でしかなかった。

 しかし、団長はそうではなかった。購入資金が遅々として貯まらないことに業を煮やし、資金集めに関する規則を次々と増やしていったのだ。

 まず、それまでは参加自由だった資金集めのためのチーム探索を義務化させた。探索での行き先も、色々なところを歩きまわるのではなく、換金効率のいい素材が手に入るマップしか選ばなくなった。さらに、団員の装備や技能構成にも口を出すようになった。

「【料理】技能をそんなに上げても、探索の効率は上がらないぞ。そんな技能を上げる暇があったら、もっと強い武器を装備できるようにしろ。それから、見た目だけで装備を選ぶな。そんなだから、おまえはずっと弱いままなんだ。おまえがもっと使える奴だったら、俺たちはもっと効率のいいマップに行けて、もっと効率よく金を稼げるんだ」

 そこまでなら、言われたほうもまだ我慢できていた。けれども、黙って言わせていたことが団長をますます増長させることになった。ゲーム的な強さよりも見た目ファッション要素のほうにお金と時間を費やす団員たちを、公然と貶すようになっていった。

「あいつらはチームに貢献しようとしていない。貢献する気があったら、実用性のない装備や技能ばかり揃えたりしない。あいつらはチームのお荷物だ。いや、チームの寄生虫だ!」

 言動がそこまで過激化すると、それまでは「口論なんて大人げない」と鷹揚に構えていた面々も黙っていられなくなる。

「どんなプレイスタイルで遊ぼうと、個人の勝手だ。団長といえど、外野からどうこう言われる筋合いはない!」

 そう反論するのだけど、団長もまったく退かない。

「チーム一丸となってアジトの購入資金を貯めているときに、金策効率より自分のことを優先しているのは、おまえらだろ」

「僕たちだって、ちゃんとチームでの探索に出席しているじゃないか。でも、行き先がいつも同じ場所で飽きるんだよ。ゲームやってるのに義務を押しつけられるなんて、まっぴらなんだよ!」

「資金繰りを俺たち真面目なプレイヤーに押しつけて、後でアジトが建ったら、自分たちにも使わせろ、と言っているのか。義務は嫌だけど権利は主張するって、おまえら何人なにじんだよ。俺たちと人種が違うよなあ!?」

「黙れよ、勘違いナルシスト。前髪ふぁさあって馬鹿かよ。臭いんだよ、髪が」

「なっ……なんだとおぉ!!」

 口論はあっという間に、聞くに堪えない罵詈雑言の浴びせ合いになった。

 トロールの彼を含めた中立派というか穏健派というか、どっちつかずグループは、さすがに無関心を決め込んでもいられなくなり、団長一派とその対立グループを仲裁した。その結果、

『金策目的のチーム探索は、義務ではなく任意参加』

 となった。そして、その代わりに、

『団員は一週間ごとに一定額を納めること。納める金額は、装備や技能に依らず、総プレイ時間に応じて定める』

 ということに決まった。すなわち、時間的拘束から上納金制度に切り替えたというわけだ。

 かくして、この諍いは決着した。

 上納金制度にしてしばらくは問題なかったのだけど、またも団長が暴走を始めた。上納金の額は最初は、いわゆる趣味装備や趣味技能にプレイ時間リソースを費やしている団員でも無理なく納められる程度の額だったのだけど、あるとき突然、団長が増額を決めたのだ。

「この額では、アジトが建てられるまでに時間がかかりすぎる。アジト用の土地は有限だから、早くしないと一等地が他に取られてしまう。だから、増額する」

 この決定に、団長一派は賛同した。団長一派は効率重視のプレイヤー揃いで、装備も技能もガチガチの最適解で固められている。そんな連中にとっては、増やされた上納額でも問題なく払えたからだ。

 その逆に、最適解からはほど遠い装備と技能の、いわゆるお遊びカジュアル層に属する団員からは大反発が起きた。

「こんな大金、毎週払えだって!? そんなの無茶苦茶だ! いくら団長だからって勝手に決めるな!」

 そうした反対意見を、団長は今度も喧嘩腰で迎え撃った。

「じゃあ、いいよ。払わなくても。ただし、払わなかったやつらにはアジトを使わせないから」

「そんなの横暴だ! 僕たちだって、これまで資金提供してきたんだ。アジトを使う権利はあるはずだ!」

「端金しか出していないくせに生意気を言うな!」

「だったら、僕たちがこれまで出した金を全額返せよ!」

「嫌だね。これはもう、チームの金だ。返す義務なんて、ないね」

「だったら、その“チームの金”を作った僕たちには、アジトを使える権利があることになるよね」

「あるかもしれないが、今後は上納金を納めないというのなら、その権利を放棄したものとみなす、という話をしているんだろ。頭が悪いな、おまえらは」

「頭が悪いのはどっちだ!? 殺すぞ!!」

「はい、脅迫いただきました。おまえら、運営に通報してログイン禁止BANしてもらうから。あーあ、これでおまえらはアジトを使えなくなったな。おまえらの自業自得でな!」

「アホか。BANされるのは、おまえだ。この詐欺師! 泥棒!」

 以前のものより遙かに激しい罵倒合戦は、その場ではそれ以上に発展しなかった。しかしその一週間後、上納金の増額に反対していた団員のなかでも特に声の大きかった数名を、団長はチームから追放した。追放理由は、彼らが今週分の上納をしなかったから、だった。

 それまでずっとアジトの購入資金を提供し続けてきた者を、ただ一回、お金を出さなかったからという理由で、団長は彼らに釈明の機会を与えなかったどころか、上納の催促をすることすらせずに、有無を言わせぬ強権発動で追い出したのだった。

 この蛮行で、残った反抗的メンバーは黙らされてしまった。彼らだって、これまでの時点で少なからぬ額をアジト獲得資金として上納している。追放されて上納金を無駄にするよりは、諦めて大人しく従ったほうが損しなくて良いよな、と妥協したのだった。

 かくして、団長を始めとした効率主義グループと、その反対派グループとの対立は、団長グループの勝利で幕を閉じたのだ――というのが、少し前までの、このチームの現状だった。けれども、そこにわたしという新人が加入したことで、消えたかに見えていた火種が再燃したのである。

「なんだ、この新人。誰が加入させたんだ?」

「加入権限を持っているのは、いまは団長とそのシンパ数名だけだ」

「でも、団長の腰巾着どもも、こいつ誰だ、って言い合っているのを見たぞ」

「ということは、団長が入団させたのか?」

「そういうことになるのかな……」

「そんなの本人に聞けばいいじゃん」

 一人が言って、わたしにチーム会話で話しかける。けれども、わたしは答えない。

「あれ、聞こえないのかな?」

「いや……これ、チーム会話を拒否設定にしているんじゃないか?」

「僕たちと話したくないということ!? だったらなんで、このチームに入ったんだよ、こいつは!?」

「案外、団長の無理矢理連れてこられた……とかだったりしてな」

「え? どういう意味だよ、それ」

「そんなことより、この子はアジト資金をちゃんと上納するのか?」

「あ、そうか。かりにこれから毎週きっちり上納したとしても、上納する総額は僕たちよりずっと少額で済むことになるんだよな。それってなんか、釈然としないな……」

「だったら、俺たちがこれまで払った分と同額を、この新人にも払わせようぜ」

「え……それ、即金で払えるような額か?」

「俺たちは払ってきたし、払わなかったやつは追放されたんだ。だったら、無理でも何でも、こいつにも支払う義務があるだろ。違うか!?」

「そう言われると……」

「でも実際、僕らってこれまで何ギア、積み立てていたっけ? 僕、ちゃんと計算したことなかったんだけど、みんなは?」

「俺もどんぶり勘定だな。でも、だいたいは覚えているぜ」

「俺は、自分が払った分は全部、記録しているよ」

 そんな流れで、団員たちの会話は、自分たちがこれまでアジト購入用の資金として積み立ててきた金額の自己申告大会になった。話していた全員が自己申告を終えたとき、一人がふと疑問の声を発した。

「……あれ?」

「どうした?」

「いや……いま、みんなが言った金額を合計したので、だいたい目標額の七割くらいだよね」

「おう、そうだな」

「その金額に団長たちが積み立てた額を足したら、もうとっくに目標額に達しているんじゃないかな……? ほら、団長たちって僕らより効率よくお金を稼げる技能構成だし……」

 その言葉に、全員の息が止まっていた。息をするのも忘れて、ぽかんとしていた。

 直後、全員が全員、一斉に喚いた。

「そうだよ! 考えてみりゃ、その通りじゃないか!」

「稼いでは上納するのが日課みたいになっていたから、感覚が麻痺していたのか!?」

「とにかく団長に問い詰めるぞ!」

「おう!」

 もとから団長のやりように対して反抗的だった団員たちは、ただちに団長を問い詰めにかかった。団長はちょうど、腰巾着たちと一緒に探索へ出ようとしていたところだったのだけど、そこに反対派の一同が詰めかけたのだ。

「アジト購入用の積立金について、重要な話だ。さっき俺たちで計算したんだが、もうとっくに目標の金額が貯まっているはずだよな!?」

 いきなり喧嘩腰の発言だったけれど、動揺したのは団長だけではなかった。

「えっ……本当なんですか、団長?」

 団長に問い質したのは、取り巻き連中の一人だ。

「嘘に決まっているだろ。あいつら、金を払いたくないからって言いがかりをつけてきただけだ」

「でも、改めて考えてみると……俺たち、もう十分すぎる額を稼いでいるんじゃないですか?」

「そんなことない。積立額は公表しているだろ。それを見れば、まだあと少し足りないのが分かるだろ!」

「だから、その公表額が嘘なんじゃないかって聞いてるんですけど」

 最初に疑惑を口にしたのとは別の取り巻きも、疑いの目で団長を睨む。どうやら、彼らが団長とぐるになっている、というわけではないようだった。

 反抗的な団員と、味方だった団員との双方から囲まれた団長は、

「俺が積立金を使い込んだとでも言いたいのか!? いままで資金の徴収も管理も何一つ手伝おうとしなかったくせに、いまさら憶測だけで騒ぐな! この寄生虫どもが!」

 この一言が、本当は誰に対して向けられた言葉なのか、団長本人でなければ分からない。でも、その場に居合わせた団員たちには、自分たち全員に等しく言われた言葉だと思えた。すなわち、反抗的な連中だけでなく、団長のシンパだった面々も、罵倒されたと思ったのだった。

 この瞬間、団長は味方を失った。

「金はどうした!?」

「使い込んだんだな!? 最近、装備を買い換えたりして妙に羽振りが良かったのは、そういうことなんだろ!!」

「返せ! 俺たちの金を返せ!!」

 四方八方から浴びせられる罵声と糾弾の嵐に、団長はすぐさま遁走した。同マップ内のランダム座標に瞬間移動できるアイテム『ハーピーの羽』を使ってその場を離脱したのだ。団長のあまりにも潔い逃げ足に、団員たちは呆気に取られて次の行動が遅れた。その間に、団長はチーム機能の一切を拒否設定にして、会話も所在地表示もさせないようにしてしまった。

「あっ、しまった!」

「逃がすな! 追え!」

 時代劇かヤクザ映画のノリで、団員たちはそれまでの確執も忘れて協力し、手分けして団長の捜索を開始した。トロールの彼もそうして、門の近くに張り込もうかとしていたところで、わたしと出会したのである。

 おそらくは団長が独断で入団させた謎の新人。

 彼女なら団長の居場所を知っているかもしれない――と、そう考えて、トロールの彼はわたしに声をかけてきたというわけだった。


「それで、もう一度聞くけど……君は本当に、何も知らないんだね?」

 長い話を終えた彼は、冷めないコーヒーに手を伸ばしつつ、窺うような目つきで尋ねてきた。

「はい、全然。アジトとか積立金とか、いま初めて聞きました。それに、拒否設定のこともです」

 そう答えたわたしのことを、トロールの彼は黙ったまま見つめてきた。表情はさっぱり読めなかったけれど、それでも言いたいことはよく分かる。彼からすれば、わたしはどう見ても団長の愛人だったであろうから。

 やがて彼は、表情を緩めて言った。

「分かった、信じよう。君は何も知らなかったし、団長と“ぐる”でもなかった」

 口ではそう言っていたけれど、彼の顔には、“これ以上の面倒事は御免だから、そういうことにしておいてやるよ”と書いてあった。

「共犯者じゃないんだったら、協力して欲してくれるよね」

 トロールの彼はにこりと口元だけで笑いかけてくる。わたしに、それを拒否することはできなかった。


 トロールの彼との会話は、小一時間ほどで終わった。喫茶店で彼と別れた後、わたしは石畳の通りを徒然に歩いていた。

 まだ遊んでいる時間はあったけれど、そういう気分でもなくなってしまった。それに、ログインしてからもう大分、時間が経っている。いつ団長が声をかけてきてもおかしくない。

「……って、わたしに声をかけてくるような暇はないか」

 団長は今日、逃げまわるので精一杯だろう……いや、何もログインしたまま逃げまわる必要もない。とっくにログアウトしているだろう。

 と思っていたら……

『やあ、新人ちゃん。あいつとの話は終わったようだね』

 団長からの個人会話が飛んできた。しかも、その内容からして、わたしとトロールの彼が話していたところを、どこからから監視していたみたいだ。

 いや、いまもまだ近くにいるのかもしれない――。

 わたしはそう思って、辺りを見まわす。

『あはっ、そこじゃないよ。こっちさ、こっち』

「……あっ」

 わたしがいま立っているところから少し行ったところに、路地への曲がり角から顔と片手だけを出して、こちらに手を振っている団長の姿があった。

 わたしは一瞬ばかり迷ったけれど、そちらに向かった。団長はすぐに路地の奥へと引っ込み、わたしもそれを追いかける形で表通りから遠ざかる。

 路地をしばらく歩いたところで、団長は片足の踵を支点にして、こちらにくるりと向き直った。

「いやぁ、何だか妙な言いがかりをつけられていてね。困ったものさ、あいつらの嫉妬にも。あははっ」

 団長が何を言わんとしているのか、すぐには理解できなかった。困惑しているわたしに、団長は白々しい笑顔を向けてくる。

「それで……あいつら、新人ちゃんにどのくらい、俺の悪口を吹き込んだんだい?」

「え、ええと……アジトを買うために貯めていたお金を勝手に使っちゃっていた、とか」

「言いがかりだ!」

 団長はいきなり声を荒げる。でも、わたしが思わず息を飲むと、はっと我に返って笑顔を取り繕う。

「あ……あはっ、ごめんよ、驚かせて。でも誤解なんだよ、新人ちゃん。着服だとか横領だとか、そんな卑怯なこと、俺は大嫌いだから!」

「……はあ」

 わざとらしい真剣な顔で言われても、曖昧に頷くことしかできない。だって、本当に疚しいところがないなら、問い詰められて逃げ隠れしたりはしないと思うからだ。

 そんな疑いの気持ちが目つきに表れていたのか、団長は口早に言い訳を続ける。

「いいかい、新人ちゃん。横領や着服というのは、みんなで貯めたお金の一部を勝手に使って返さないことだ。でも、俺はちゃんと返すつもりだったんだ」

 ……おや?

「良い装備が相場より安く売っていたし、俺が強くなったおかげで、それまでよりも敵が強いところへ行けるようになって、結果的に金策もしやすくなっていたわけだし……それに、後でその装備を売れば、お金はそっくりそのまま返ってくるんだ。ほら、どうだ!? 俺は返す計画だって、きちんと立てていたんだ!」

 最後のほうは怒鳴り声だった。

 わたしとしてはそんなことを言われても、わたしに八つ当たりされても困ります、としか言いようがなかったし、

「でも、お古の装備をわたしに譲ってくれるつもりだったんですよね。それって、いまの装備を売る気がなかったことの証拠になるんじゃないですか?」

 と指摘する気にもなれなかった。

 何を言っても火に油を注ぐだけなのは、団長の顔を見れば分かりきったことだった。

 わたしが黙っているのを、団長は好意的な意思表示だと受け取ったらしい。

「……いや、ごめんよ、新人ちゃん。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、君にだけは、俺が無実だって分かって欲しかったんだ。でも、君は――君だけは、俺を疑わないでいてくれた。俺を信じていてくれた!」

 言葉をひとつ発するたびに、団長の声は感極まったものになっていく。自分の言葉に酔っているのがよく分かる。

「君は俺を信じてくれた。俺もその信頼に――いや、愛に応えたい!」

 ……ん? 愛?

「新人ちゃん、行こう! 俺と二人で、二人だけの新天地へ!」

 団長は歌い上げるような大声を出したかと思うと、わたしのことを思い切り抱きしめてきた。

「ぎゃ!?」

 突然のことに汚らしい悲鳴を上げてしまったけれど、自己陶酔している団長の耳には入っていない。

「大丈夫さ、俺には君がいればいい。他には何もいらない。だから、さあ!」

「いっ、いや! そういうの、いいですから!」

 両手を突っ張って、団長の肩を必死に押し返そうとするわたし。でも、こういう場面でも筋力の数値が影響しているのか、わたしの腰に両手をまわしている団長を引っ剥がすことができない。このゲームには、例えば女性アバターの胸を触ったり、唇と唇を接触させたりすることができないようにする接触防止機能セクハラガードが働いているから、抱きしめる以上のことをされる危険はたぶん、ない。だけど、だからといって好みのタイプでも何でもない相手に抱きつかれている状況で、心を穏やかにしていられるわけがない。

「ちょっと、いやっ……ほんと、離して……!」

「新人ちゃん、俺にはもう君だけなんだ」

「そんなことないですって。チームにも、団長を待っている人がいますって。だって、このチームは団長が作ったチームなんでしょう? みんな、団長のカリスマに惹かれて集まってきたメンバーなんですから、本当は待っているんですよ。団長がリーダーシップを発揮して、自分たちをばしっとまとめてくれるのを」

「……そうかな?」

「そうですよ! だから、わたしのことなんかより、いまはチームの再建を最優先でやってください!」

「でも……」

「チームのためにリーダーシップを発揮している団長って、すごく魅力的だなぁ」

「えっ、そうかな?」

「そうですってば!」

「ん……じゃあ、気をつけないとな」

「え?」

「俺の魅力で新人ちゃんが火傷しちゃわないように……さっ」

 ついに出た、前髪を掻き上げる決めポーズ。わたしは咄嗟に口元を引き締めて、喉元まで込み上げた失笑を飲み込む。

 団長は、わたしが息を飲むほど感動したとでも思ってくれたみたいだ。わたしにびしりと人差し指を突きつけて、歯を見せるように唇の片端を持ち上げて笑った。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ。一発ばしっと決めたら迎えに来るから、それまで良い子で待っているんだぞ、かわいこちゃんハニー・バニー

 団長は颯爽と前髪を掻き上げながら、さらにウィンクまで決めると、移動用アイテム『ハーピーの羽』を使って、どこかに瞬間移動していった。

 どうして飛んでいく必要があるのか分からなかったけれど、たぶん、そのほうが格好いいからだろう。団員名簿を開くと、ずっとログアウト状態だった団長の欄がログイン状態になる。諸々の拒否設定を解いたからだ。

 今頃は団長を捜していた団員たちが殺到しているのだろうな、と思いながら、わたしはアバター選択画面まで戻ると、アバターを削除した。

 初めて作ったアバターだから未練はあったし、この数日で得たお金や熟練度も消えてしまうけれど、これ以上の面倒事に巻き込まれることを考えれば、躊躇う余地はなかった。

「まあ、これも授業料ということよね。削除しても勿体なくないうちに、こういう経験をできたと思えば、むしろラッキーだったと思えなくもないし」

 我ながら空しい強がりだった。


 ●


 それから五日間、わたしは【ルインズエイジ】にログインしなかった。ゲームを始めて早々に色々と続いたため、気疲れしてしまったのだ。

 ゲームをしない五日の間、わたしが何をしていたのかといえば……。

「……飽きた」

 わたしは溜息混じりに本を閉じた。本といっても、紙でできた現実の本ではない。メタバース内に存在する、電子書籍だ。メタバース内での読書は、座りっぱなしのせいでお尻が痛くなったりしなくて済むけれど、文字情報を追い続けることから来る疲れは現実と変わりない。

 読書に飽きたら、アパレル系の通販サイトで気になったのを試着してまわったり、CPU相手にオセロをしたり、音楽サイトでライブの立体動画ホロムービーを流したりして時間を潰すのもいい。ただし――そのどれもを、この五日間で飽きるまでやり尽くしていた。

 十代後半の貴重な夏休みをこんな、部屋から一歩も出ない生活で費やしてしまっていいのか、と溜息が止まらなくなってくる。

「足を動かせないんだから仕方ないじゃない」

 自分に言い訳してみても、空しいものはやっぱり空しい。

「はぁ……」

 溜息が止まらない。

「……どうなったのかな、あれから」

 ふと、そんな呟きが口を衝いた。

 何となく手を動かしてリンクを呼び出し、大手の交流広場コミュニティに行く。看板やアドバルーンなどの広告が犇めく広場から伸びている路地のひとつへと抜ける。何度も来ている場所サイトだから、案内板を見なくても迷いはしない。

 路地を歩いているうちに、景色が変わる。四方をゲーム関連の広告やテロップに囲まれた中央に、どんと噴水が鎮座している。だけど、噴水から溢れているのは、水ではない。幾つもの吹き出しだ。

 吹き出しに記されているのは、多岐に渡った話題についての表題だ。

『構想五年のVRMMO、ついに登場』

『オンゲとオフゲの境界とは?』

『大人気アニメがあのゲームとコラボ!』

『ここだけ二十三世紀の雑談板』

『ルインズエイジについて語るスレ』

 雑誌記事からそのまま転載したような表題から、ユーザー同士の雑談場所だと分かる表題まで、多岐に渡っている。

「検索ワード――ルインズエイジ、チーム……アジト、上納金、使い込み」

 わたしが思いついた語句を言っていくと、噴水から無数に湧き出ていた吹き出しが、それに応じて数を減らしていく。指をくいくいとやって引き寄せる仕草をすると、残った数個の吹き出しが、ふわふわと手元に寄ってくる。それらを順繰りに見やって、わたしは軽く息を飲んだ。

「うわっ……本当にあったし……」

 人差し指を前後させる仕草で目の前まで呼び寄せた吹き出しには、

『【ルインズエイジ】アジト購入を目指したとあるチームの末路』

 と書いてあった。

 その吹き出しに手を触れると、他の吹き出しが消えて、いま触った吹き出しから、新しい吹き出しが無数に溢れ出してくる。吹き出しはふわふわと動いて、噴水の上に配置される。一番手前に浮かんでいる吹き出しが、この吹き出し群スレッドで最初にされた発言だ。つまり、このスレッドで語り合いましょうと提示された話題テーマである。

 その話題とは、表題にも出ていたように、“アジト購入を目指していたとあるチーム”の――わたしが五日前まで所属していたあのチームのことだった。


 わたしが団長と別れてアバター削除した後、団長は団員たちの前に姿を現した。たちまち取り囲んで問い詰めてくる団員たちを……団長は問答無用で追放したのだそうな。

 以前から反抗的だった団員たちのみならず、アジト購入用の積立金を使い込んでいた疑惑で不信感を抱いた取り巻き連中の大半までもを、団長は何の言い訳も説明もなしに切り捨てたのだ。

 追放された団員たちは当然、いっそうの激しさで団長に詰め寄ったのだけど、ここは【ルインズエイジ】の街マップ内だ。相手のアバターに殴りかかっても、ダメージや痛みは発生しない。

「僕たちを追放したというのは、着服を認めたということなんだな!?」

「べつにもう、こんなチームに未練はねぇよ。けど、これまで上納してやった金は返してもらうぞ! っつか、返せ!」

「そうだ、返せ! でなかったら、運営に訴えるぞ!」

団員たち、もとい、元団員たちが口々に浴びせてくる罵声も、団長にとってはどこ吹く風だ。

「アジトの購入資金はチームの資金だ。従って、チームを辞めた奴に口出しされる謂われはないね」

 この言い分に、元団員たちの怒りはこれ以上ないほど燃え盛る。

「そんな言い分が通じると思っているのか!?」

「本当に通報してやる。おまえはゲームから追放BANだ!」

 団員たちは今回の一件を、【ルインズエイジ】を管理運営している会社に通報した。しかし、運営からの回答は、元団員たちの期待を裏切るものだった。

「運営チームは原則として、プレイヤー間でのトラブルには関与しませんし、責任を負うこともありません。規約にも書いてある通りです」

 この回答は、団長を大いに勝ち誇らせた。

「あはっ、どうだい! 運営様も、おまえらクレーマーに金を返す義務はないって言ってくださっているじゃあないか! あははっ!」

「ぐぬぬぬ……!!」

 運営にも裏切られた元団員たちは、それならば、と外部の掲示板コミュニティに一連の経緯を書き込んだ。その書き込みは今日までの五日間、現在進行形で書き込まれ続けた。また、追放された元団員による書き込みの他、チームに残ったごく数名の一人が内情を暴露する書き込みをしたりもして、あのチームを巡る書き込みは瞬く間に衆目を集めることになる。いわゆる“祭り”になった。

 爆発的に盛り上がったせいで、この騒動に関する書き込みの量は膨大なものになっていたけれど、自動整理機能オートソートで一連の流れだけを抽出した吹き出しだけを手前に呼び寄せる。それでも結構な量があるのだけど、気がつけばこうして、がっつりと読み耽っている――という次第である。

 さて――。

 運営が関与しないと明言したことで、団長はますます増長した。

 アジト購入資金の使い込み疑惑が持ち上がったときも、そしてその疑惑が真実だったことを団長自身が半ば公言したも同然になってからも団長を支持した筋金入りの取り巻きシンパ数名を引き連れて、堂々と正門を使って遺跡探索に赴くという太々しさを発揮した。

 しかも、その強気が強運を引き寄せたとでもいうのか、なんとその探索で、団長たちは超高額の超希少アイテムを入手したのだ。プレイヤー間の市場で売り捌けば、アジト購入資金なんて余裕で達成できる。

 団長たちは大喜びで街への帰路に就いたが、強運もそこまでだった。低レベル保護区間ともいえる街マップ周辺のプレイヤー攻撃PK禁止マップに戻る手前のマップで待ち伏せしていた元団員たちの奇襲を許して、団長らはろくな応戦もできずに全滅したのだ。

 プレイヤー間の戦闘で敗北した場合、装備品以外の所持品をランダムで一個、落としてしまう。一番安い回復アイテムを落とすだけで済む場合もあるけれど、そのときの団長はそれまでの強運が帳消しになるほど不運だった。ついさっき手に入れたばかりの超希少アイテムを落としたのだ。

 元団員たちは狂喜した。団長は激怒した。

「大勢で待ち伏せてPKするなんて卑怯だ、最低だ! 俺のレアアイテムを返せ! 返さないと運営に通報するぞ!」

 団長は、運営は自分の味方だ、とでも思っていたのだろう。すぐさま運営に通報したのだけど、運営の返事は、

「運営チームは原則として――」

 今度もまたお決まり《テンプレ》の文言だった。この回答に団長は激怒した。

「どういうことだよ! あいつら、強盗したんだぞ! それを野放しって何だよ!? 運営は仕事しろよ!!」

 運営が役に立たないと悟った団長は、それならば、と外部の掲示板サイトコミュニティに、元団員と運営を糾弾する書き込みを幾つも打った。そのうちの何個かは、いますぐに確認できた。

『俺は今日まで、我が儘ばかり言うくせに何の手伝いもしない団員たちのために必死で尽くしてきた。チームのため献身的に奉仕していれば、いつか皆にも伝わってくれると信じていた。だけど、あいつらには俺のそんな気持ちが伝わらなかった。金、金、金。同じチームとして苦楽を共にしてきた仲間だと信じていたのに、あいつらは金に目が眩んで、俺を罠に嵌めようとした。何の根拠もない言いがかりで俺に濡れ衣を着せて、俺から金を毟り取ろうとした。俺は最後まで話し合おうとしたけれど、あいつらは聞く耳を持たなかった。俺は仕方なく、あいつらを脱退させた。そうすることが、あいつらを金への執着から解放してやれる唯一の方法だったからだ。俺は泣いた。最後は酷い言葉で罵られたり、掴みかかられたりしたけれど、迷惑ハラスメント行為で通報する気は起きなかった。だって、あいつらは俺の仲間だから!』

 長い。長い、長い。

 超長文の書き込みはさらに続く。

『俺は遠くない将来、あいつらをチームに呼び戻すつもりだった。あいつらだって、しばらくすれば自分の行いを反省して、俺に謝りたいと思うだろうと思っていた。だから、それまでの間にアジトを獲得しておきたかった。だから、あの日も頑張って探索をして、そうしたら神様がご褒美をくれた。レア素材を拾ったんだ。これを売り捌けば、アジトが買える。皆で頑張って手に入れようとしたアジトが、ついに俺たちのものになるんだ。あいつらもきっと、喜んでくれる! ……だけど、あいつらは金の亡者に成り果てていた。長時間の探索で身も心も疲れ切っていた俺たちを、あいつらが奇襲してきたのだ。俺は寸前で嫌な予感がしていたし、反撃することもできたけれど、それはできなかった。なぜって? 俺はいまでも、あいつらのことを同じチームの仲間だと思っているからだ。どうして攻撃することができる!?』

 書き込みはまだまだ続く。

『俺たちは仲間を手にかけるよりも、無抵抗で全滅することを選んだ。あいつらは、俺がランダムドロップしたレア素材を持ち去ってしまった。俺は、“それがあればアジトが手に入るんだ。いままでのことは水に流してあげるから、帰ってこいよ”と手を差し伸べたのに、あいつらは聞く耳を持たなかった。俺への逆恨みで、頭がどうにかなっていた。誰が悪いとは言わない。でも、あいつらが逆恨みしなければ、俺たちはアジトを持つことができていた。あいつらの欲しかったアジトを、あいつらが邪魔したことで手に入れることができなくなった。それでも俺は、あいつらを信じている。あいつらが俺に謝罪して、レアを返してくれるのを待っている。なぜなら、俺はあいつらの団長だからだ』

 長くて長くて長すぎる文章は、これでようやく終わった。

 要旨を掴みにくい目眩のするような文章をどうにか読解すると、

「俺のレアを返せば、おまえらを許してやる」

 というような感じだった。

 団長が書いた他の書き込みにもざっと目を通してみたけれど、自己正当化と元団員らの糾弾を、言葉を換えて言い続けているだけだった。

 けれど、その弁明を肯定する返事の書き込みレスポンスは、ひとつもなかった。団長の書き込みが記された吹き出しメッセ枠から連なっているのは、団長の論理を真っ向から否定したり、あるいは揶揄したり嘲笑したりするものばかりだった。

 そうした否定的な内容の吹き出しが鈴蘭のように連なった後、また団長の書き込みが出てくる。

『仲間を信じることを忘れて私利私欲しか考えない連中にも、事なかれ主義で正義の行使を怠慢した運営にも、もう愛想が尽きた。俺は引退します。運営は、善良なプレイヤーが引退に追い込まれたという事実を真摯に受け止めなくてはいけない』

 その他の書き込みを見るに、掲示板のこの書き込みがなされた後、誰も団長の姿を見ていないという。

 アジト購入資金として積み立てられていた大金は、システム上は団長個人の所持金だった。団長がアバターを削除していれば、所持金も消去されている。アバターが残っているとしても、ログインしてこないのでは手の出しようがなかった。

 団長らを襲撃PKした元団員たちは、そのとき手に入れた超希少アイテムを売ったお金を山分けして、それなりの金額を回収できた。その一方で、団長がログインしなくなったチームに取り残されたシンパたちは途方に暮れていた。

 このまま団長が戻ってこなかったら、これまでの上納金は払い損だ。でも、団長はとっくにアバター削除している可能性が高い。そんな団長を待つのは馬鹿らしいけれど、チームを脱退してしまったら、万が一にでも団長が戻ってきたとき、アジト購入資金を返してもらえなくなる……。

 誰が先に抜けるのか、誰が待ち続けるのか――残されたシンパたちは最初、そんなチキンレースをしている精神状態に追い込まれたけれど、団長が姿を消してから一日以上が経った今現在、彼らも冷静になっていた。

「馬鹿らしい」

 結局、誰もチームには残らなかった。一名が装備を始めとした資産の一切合切をばらまいてログアウトした他、残りの者はおそらく、新しく作ったアバターに資産を移し替えて心機一転したのだろうと見なされている。

 シンパたちの新規キャラまで好奇の目が及んでいないのは、この話題が早くも飽きられているからだった。わたしはさらに幾つかの語句で検索をかけてみたけれど、信憑性のある話題は出てこなかった。


 ふと時計を確認してみると、掲示板のログを漁り始めてから、ゆうに二時間以上が過ぎていた。暇潰しという意味からすれば有意義だったけれど、はたして本当に有意義な時間の使い方だったのか……。

 あまり真剣に考えるのは止そう。空しくなる。

「それにしても――」

 わたしは取り留めのない考えを断ち切るべく、声に出して呟いた。

「もうチームは懲り懲りだぁ」

 ブラウン管時代のアニメキャラになったつもりで言ってみると、何だか笑えてくるのだった。乾いた笑いだったけれども。

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