第18話 急変

 明け方、地を擦る重い音が聞こえてきて目覚める。天幕から顔を出すと、車輪つきの移動式投石機が荷馬に牽かれて街道を進んでいる。

 起き上がって天幕から出る。

 ヒタスキはもう巨馬の体をブラッシングしていた。

 「早いね」

 「うむ。気が立ってな」

 「戦闘はどんな感じかな」

 「竜の動きはかなり鈍くなっているようだぞ。さっき聞いてきた」

 「一晩中攻撃かけていたみたい?」

 「ああ。竜もたまらんだろうな」

 薄明の空を見上げる。今日も一日、晴天となるだろう。

 「新手が来ないといいね」

 「うむ」

 夜戦に参加していた戦士以外は、もう皆起床しているようだった。


 「出撃準備だ」

 隊長が、監視所隊を集めて言う。

 投石機二機が、街道バリケードの手前で停止している。

 「竜が集まっている丘の手前百ヤードまで投石機と共に騎乗のまま前進、竜が動き始めたら弓攻撃をかける」

 投石機の射程にあわせての進軍。

 騎士百数十人が弓と槍を持って前進、歩兵、農兵はバリケードを固める。

 僕は、 臨時で騎士団長、副長の傍の配置となる。何故か弓を持たないヒタスキも、神妙にしてついてくる。

 残っている竜は十七頭。

 皆、無言で進む。音を立てなくても竜は気づくはずだが、慎重に歩を進める。

 射程内まで進んでも、竜に動きはない。

 投石機固定。

 騎士は前方に展開、横に広がり弓を構える。

 準備完了、騎士団長が合図を出す。

 重い音を発して発射された灰白色の石弾は、明るくなった空に放物線を描く。

 低い丘の稜線を越えて、竜のいる辺りに着弾、鈍い音と竜の叫び声が響く。

 同時に二頭の火竜が街道に飛び出しこちらに向かってきたが、待ち構えていた兵団の射た百数十の矢が集中、瞬時に戦闘不能となる。

 続いて火竜三頭が鈍い動きで姿を現すが、騎士隊は淡々と遠距離攻撃を続ける。

 前に出ることも出来ずに地を転げまわる火竜。

 二弾目の準備が出来た投石機が、すぐに石弾を発射。

 生物反応感知スキルで竜の動きを把握、報告する。

 「竜集団が樹海方面へ移動し始めました。動きは鈍いです。丘の向こうでは五頭の竜がほとんど動いていません。統率は全く取れていないように見えます」

 「よし。騎士団前進!」

 横列のままゆっくり進軍、右翼の数十人は竜の展開していた丘の北側をまわってゆくルートを取る。

 投石機は役目を終えてバリケードまで後退。

 進軍中に二頭の火竜が向かってきたが、難なく戦闘不能に追い込む。

 丘の死角に残されていた竜五頭は、生きてはいたがほとんど動けない状態だった。

 可愛そうに思ったのか、ヒタスキが走っていってまだ息のあるすべての竜の首を斬った。

 「残り五頭ですが、皆樹海に向かっています」

 「よし、進軍停止!」

 深追いはしないようだ。

 ただ、竜が樹海に帰るか確認するために、十騎選抜され追跡斥候として進軍を続けることになる。


 あ……。


 僕は、頭をおさえた。

 敵意なのか、怒気なのか、強い感情を持った大集団が迫ってきていて、物凄いプレッシャーを感じる。一旦、感知スキルのレベルを下げる。

 騎士団長、副長に報告。

 「かなりの数の竜集団が向かってきているものと思われます」

 「距離は?」

 「まだ遠過ぎて、判断出来ません」

 副長が監視櫓の兵に手を振り、大声で聞く。

 「おーい! なにか見えるかっ?」

 監視兵は首を横に振り、大声で返す。

 「見えません!」

 一旦街道に出てから、などというまわり道ではなく、樹海から一直線にこちらに向かってきているようだ。起伏のある草原なので、低地を走ってこられると監視櫓からはまだ見つけにく距離かもしれない。

 追跡斥候に、伝令が出される。

 総員バリケード内へと撤収、歩兵が竜の遺体を回収し始めていたが、中断して騎士と共にバリケード強化作業につくよう指示が出される。

 「練菌術師殿、一緒に櫓に登ってもらえるか?」

 「了解です」

 副長といっしょに急ごしらえのはしごを登る。良い晴天となっていることもあるが、やはり眺めが良い。

 来る方角はわかるので指し示すが、特になにも見えない。

 「……あっ、今チラッと見えました」

 「うん」

 かなり距離がある。

 「数はわからないか?」

 僕は、頭に手を当てたまま言う。

 「まだちょっと。離れ過ぎていて」

 ちらちらと竜集団が見え始めた。

 「二マイル以上と思われます」

 「警鐘!」

 敵接近の鐘が鳴らされ、臨戦態勢に入る。

 歩兵の一部は、バリケードが燃えにくくなるように水掛けを始める。

 豚の膀胱に水をたっぷり詰めたものも、多数用意されている。投げつけるのだろうか。冬前とはいえ、ずいぶんと屠殺したものだ。いや、昨日おなかいっぱい頂きましたけれど。

 「どこを攻めてくるか、だな」

 「竜族は生物反応を感知する能力が高いので、僕たちが多数展開している街道バリケード周辺を目指してくるものと思われます。彼らの目的は、食事ですから」

 「うむ。そうだな」

 副長は少し考え込んでから言う。

 「君は樹海の住人のことを、よく知っているな」

 「……まぁ、エルフと交流していますので」

 「昔は、あそこに住んでいたのだろう」

 「……ええ。少しだけ」

 「よく、沢山のきのこや木の実を売りに来ていたのは、憶えているよ」

 チェックされていた。

 ずいぶんと汚い格好で納品していたので、目立っていたかもしれない。

 「君の採ってくるポルチーニ茸は、実に美味しかったな」

 「針葉樹林帯に生えているやつなんですよ。ここらへんに生えているものとは少し違います」

 「そうか」

 会話が終わる。一旦地上に降り、防衛本部に戻る

 ヒタスキも、感じ始めたようだ。

 「なにか来るな」

 「うん」

 弓歩兵が木に登っている。まずは高所からの攻撃だ。

 竜集団の発する感情の圧力にも慣れてきたので、生命反応探知スキルの探知範囲を少しづつ広げてゆく。

 密集してこちらに向かってきている。戦線が長くなるよりはいい。集団の構成も感じ取れてくる。

 騎士団長に報告にゆく。

 各隊の隊長も集合。

 「竜集団、八十頭程度のようです」

 「うん。そうか」

 皆、一様に厳しい顔を見せる。

 「小型種の火竜と鉄竜の混成集団です。速度が遅いです」

 「ありがとう」

 皆が注目する中、騎士団長は強い口調で言う。

 「バリケードを突破されるまではここで戦うが、突破され次第撤退、市城内に篭る。皆、逃げ遅れないよう準備をしておくように。以上」

 各隊隊長が騎乗、自隊に走り戻ってゆく。

 監視所隊長と隊員二名、僕、ヒタスキ、ドゥワーフ鍛冶の長と二名の側近が、騎士団長のいる防衛本部に組み込まれた。

 ヒタスキは最前線で暴れたそうにしていたが、監視所隊長の命で加わることになった。ヒタスキの超人的な戦闘能力を既に確認している隊長だが、なにか考えがあってのことなのだろう。

 するりと、副長が僕の隣に来る。

 「テングタケ酒は必要なかった。皆気合が入っているし、竜に恐れをなしている兵士など、一人もいない」

 「ですね」

 徐々に近づいてくる竜集団。

 地響きが聞こえてくる。

 櫓の物見が、敵のおおよその距離を定期的に叫ぶ。

 「距離約五百ヤード!」

 緊張が走る。

 と、敵の接近を感じさせていた地面の揺れがやむ。勢いよく突っ走ってきていた新手の竜集団が、一旦行軍を中止した。

 撃破した竜集団が今朝方までいた、小高い丘のある場所だ。物見櫓からも死角になっているところに集まっている。

 感知スキルでは難なく把握出来るので、報告する。

 「完全に進撃をとめて、たむろしています」

 「うん。突っ込んでこないか……」

 「厄介かもしれないね」

 「群れのリーダーが、ちょっと頭がまわるようです」

 一頭の火竜が丘の上に登って、こちらをじっと見始める。さすが、中々の威圧感だ。斥候役が火竜ということは――。

 「火竜集団の長が全体を仕切っていますね」

 「ふむ」

 「本来は火竜と鉄竜は一緒の群れで行動することはないのですが、今回はたまたま近くにいて、僕らのような食糧が目の前にあるから行動を共にしているだけだと思います」

 「なるほど」

 「構成は、火竜三十八頭、鉄竜四十一頭です。逃げた鉄竜二頭と火竜三頭も合流しています」

 「多いな」

 「まぁ、危険なら無理はせず城内に篭ろう」

 「何故また人里に出てきたのか……」

 「大昔は色々な場所に竜が出たようだけれどね」

 「そうですね。多分、樹海の外に出ないように統率するほうが、不自然なのではないでしょうか」

 「上級竜は人間のことをよく知っているようだからなぁ。衝突は避けたいと思っているはずだ」

 「はい。そのように聞いています」

 「上級竜はえらく賢くて、いい奴だったぞ!」

 ヒタスキの言葉に、その場にいる戦士が皆驚きの声をあげる。

 多分、この中には上級竜の姿を見た人間はいないのだろう。僕も、同じだ。

 いたとしても、偶然遠くの空を飛ぶ空竜に気付いた、くらいなものか。

 「会ったことが、あるのか?」

 「大山脈の深いとこで、ばったりな!」

 一同、唖然としている。

 「……今度ゆっくり話を聞かせてくれ」

 街道バリケード内側に投石機がセットされる。

 これは近づいてくるところに一射で終わりだろう。

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練菌術師と竜国の騒動 言枝謙樹 @koto

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