第17話 防衛線

 グリーンベルトが見えてくる。

 エクリウス市の外縁、豊かな森が細長く続く、僕たちの生活になくてはならない、実り多き場。

 あの樹々の上方には、弓兵が待ち構えているのだな。有利な高所からの攻撃で、火竜を叩くのだろう。

 もともとグリーンベルトの外側には、放し飼いにしている豚が外に出ないように簡単な柵が立ててあったり、起伏を利用して掘や小山を作ったりはしていたが、竜出現の一件で補強作業がおこなわれたようだ。

 樹海まわりの草原地帯との境界一マイル程の部分に、森の樹を利用した防護柵。

 街道がグリーンベルトを貫く場所には、一週間前にはなかった開閉式バリケードが設置してあって、今は僕達を迎え入れるために開け放たれている。

 再び、歓声を持って迎え入れられる。士気が高い。

 街道のバリケードが、がっしりと閉じられる。

 午前中から最前線で動いていた監視所部隊と合流していた農兵には、大休止が命じられる。援軍部隊は小休止。飲物や軽食が振舞われる。

 しかし皆戦意旺盛で、竜がすぐそこまで来ていることもあるが、各員配置の采配が早く、ものの十分もしないうちに動き出す。

 監視所隊長は、隊員に呼集をかけて言う。

 「我々は、街道バリケード守備隊の後方に展開、危機に陥る場所があらば即座に弓を持って出撃し、そこに展開する部隊の支援をする」

 「遊軍じゃな」

 「今はゆっくり体を休めておくように」

 街道バリケードは、移動式とはいえかなり堅牢なもので、これ自体は鉄竜の体当たり程度で破られることはないが、両側の森の部分のバリケードはそうしっかりしたものではない。

 矢は豊富に用意してある。

 各部署に矢を供給する役目の農兵が、そこここを走りまわっている。火災消火用の水桶が、馬車でどんどん運ばれる。

 ここにも市の農民が多数参加中。まだ年端もゆかない子供でも、騎乗出来れば連絡役として各隊に配置される。

 ドゥワーフ工房の家族は、彼らの作る武器の質の高さやエクリウス市民には卸値販売(彼らの武器は他の市でも売られているが、間に武器商が入っている)を続けている心意気などに敬意を表し、客人として領主の館に保護されていた。

 「こりやぁワシらも大いに働かねばならんなッ! 最前線はどこじゃッ!」

 対竜防衛作戦を指揮する騎士団長は、弓を持たないドゥワーフ族に困惑しつつ言う。

 「火竜との近接戦闘は危険ですので、クロスボウをお貸ししましょう。街道バリケードの後方で展開する監視所隊と行動を共にしてください」

 そんなわけで、混成軍が出来上がった。

 竜の動きは物見櫓で見極めるので、僕の探知スキルはとりあえずお役御免、休憩となった。

 地響きと咆哮が近づいてくる。


 充分にひきつけての樹上からの弓攻撃は、効いた。

 一の斉射で八頭の火竜が倒れる。かなりのダメージを与えたようだ。致命傷とまではなっていないように見えるが、さて、これから毒の効果がどう出るか。

 残った火竜は森に接近、火を吐いて青々と茂っている樹々を焼き始める。樹上の弓歩兵は、これはたまらんと即退避、かわって樹の陰に潜んでいたクロスボウ農兵と火縄銃隊が近距離射撃。

 二十ヤードを切るような距離からの火縄銃弾の破壊力はすさまじく、火竜三頭がほぼ戦闘不能となった。但し、銃の数は三本、炎の近くでは危険であり玉込めにも時間が掛かるので、かなり慎重に運用せざるをえない。

 二頭残った鉄竜は、街道に設置された移動式バリケードに体当たりを繰り返すが、これはびくともしない。街道横に臨時で建てられた物見櫓からも矢をどんどん打ち込むが、鉄竜にはあまり効かず。ただし、この矢にも毒が塗ってあるはずだ。

 そして、鉄竜が他の戦線に向かわないように、バリケードの内側から長槍で適当に突いて挑発。

 火竜たちは森のバリケードの突破を狙っているが、手まどっている間に、騎士、歩兵、農兵に僧兵まで参戦して内側から矢を雨霰と射かける。

 街道より少し北に設置された魔法陣に魔力が凝集し、三体の石のゴーレムが立ちあがる。

 生物とは違うその存在感に警戒心がないのか、火竜は気にせずに放火を続けるが、その背後から石の拳で殴りかかる、魔道傀儡。ゴツゴツと肉と骨を打つ音が響く。稼働時間は短いとはいえ、敵の体力を確実に削いでいる。

 森のあちこちからは少数の騎兵が出撃、火竜の背後を突いて弓攻撃をかけ、注意をひきつけてバリケードから剥がしては高速で走り去る。

 徐々に疲弊してゆく竜集団。

 しかし、一の斉射で地に伏していた火竜が、何頭か動き始める。矢毒が効いているのかどうかわからないが動きは鈍く、とはいえ火は吐けるようで、森に接近して放火を開始。

 街道南側の一区画から僕たちの隊に助力要請が来た。隊長の指示でまず十名派兵。

 ヒタスキが悔しそうにしている。

 「くそう、大事な森がどんどん焼かれてしまうぞ!」

 と、大き目の荷馬車が数台やってくる。

 「豚がたくさん……」

 隊長が言う。

 「もうそろそろ夕暮れだ。竜も夜は寝たかろう」

 「いけにえ作戦ですか……」

 まずは街道のバリケードの内側から、豚を四匹ほど外へ放り出す。鉄竜は即座に喰らいつく。

 「入れ食いだな」

 「ま、ゆっくり寝かせる気はさらさらないけどね」

 続けて豚をどんどん投げる。豚は逃げまわる。

 炎でもって森を蹂躙していた火竜は、生物反応感知スキルの高さから、当然それに気づく。奴らは気が抜けるくらいにあっさりと戦闘を放棄し、豚を追い始める。

 こちらも一旦攻撃中止、消火活動に集中する。

 監視所隊も隊長、僕、ヒタスキ、ドゥワーフ工房の長と数人を残して現地に向かう。

 豚を平らげて満足したのか、竜達がグリーンベルトから遠ざかってゆく。かなりの数の竜の動きが、緩慢になっている。

 三頭の竜がほぼ動作不能となり、地に伏している。商人に売れるので、とどめをさしたのち、歩兵が回収。

 陽がかなり傾いてきた。

 竜集団はグリーンベルトから五百ヤードほど離れた小高い丘のふもと、こちらからは死角になる場所に固まって休み始めた。

 「ああ、そのまま樹海に帰ってくれないかなぁ」

 「だいぶ疲れているようだね」

 「毒も効いているのではないかな?」

 消火活動の一環として、各所で延焼しそうな樹をコンコンと切り倒し始めた。

 「なんじゃ、樹を斬ればいいのか。我なら一撃じゃぞ。ちょっといっていいか?」

 飛ぶようにして駆けだす、ヒタスキ。

 隊長は、苦笑いしながら言う。

 「すごい人だなぁ」

 「なんだか、どう扱っていいやら、という気がしますね」

 「破格だからね」

 ヒタスキが走っていった先を見ると、森の上部の緑が一定の間隔を置いて大きく揺れているので、背の高い樹がバンバン切り倒されているのだろう。

 歓声が聞こえてくる。

 「まぁでも、もう彼女の市軍の中での立ち位置は、ほぼ決まった」

 「あ、採用されそうですか?」

 「勿論。あの才能を抱えない手はない。ただ、かなり特殊な職になるな」

 教会魔術師も、水魔術を駆使して消火活動にあたっている。直接の行使だとかなりの水量を出せるようで、ゆく先々でものすごい水蒸気があがっている。

 森の火がかなりおさまってきたのを見て、騎士団が動く。

 二十騎程で疾駆、竜集団に矢を射かけては離れてと、休ませない作戦。竜は、騎士がやってくるのがわかっていながら攻撃に出ず、攻撃されれば多少は向かってくるものの、深追いをせずすぐに集団に戻る。

 騎士団は人を交代させつつ間断なく攻め続ける。

 一方的な攻撃となっていた。

 

 夕闇が濃くなってきた。

 しかし、月のあかりで真っ暗闇とはならない。竜にとっては不幸なことだろう。

 騎士団は、一晩中攻撃をかける計画を立てている。

 各所で野営用の天幕を張り始める。今日は皆ここで泊まりだ。深夜の交代要員は、もう寝ているよう。

 ヒタスキの巨馬は、街道の端の草っ原でのんびりと草を食んでいる。人通りは激しいのだが、ずいぶんと落ち着いているように見える。

 ヒタスキ用に、小さな天幕が用意される。

 「なんだ、我は野郎と一緒の天幕でも良いぞ」

 「……いや、他の兵士が緊張で眠れなくなりそうだ」

 超絶美少女だしなぁ。

 「女子は君しかいないし、これで一人で寝ておくれ」

 隊長の、ちょっと困惑したような表情がおかしかった。

 ヒタスキが僕の上着の裾をくいくい引っ張って、小声で言う。

 「お主は我と一緒に寝てもよいのだぞ」

 「うん」

 騎士団の副長がやってくる。

 「練菌術師殿、テングタケ酒を貰えないかな?」

 「……多くはないですが、すぐにお入用ですか?」

 「必要となるかもしれない。監視所隊長、練菌術師殿を少しお借りして宜しいでしょうか?」

 「ああ、どうぞ。物品の代金はそっちでね」

 「はは。勿論です」

 「工房にあるので、取ってきます」

 「うむ。よろしく頼む」

 あまり使いたくはないが、二本しかない特別製の矢も取ってこよう。

 馬を走らせる。

 新手の竜集団が来襲する可能性も、考えなければならないのだろう。

 テングタケ、ベニテングタケには、食べると気分が高揚する物質が含まれていて、それは毒素でもあるのだが、戦士の中には厳しい戦闘の前にそれを食する者がいる。ただ、テングタケは毒性が強すぎるので、ベニテングタケを利用するのが一般的だ。僕はテングタケを蒸留酒に漬け込み、効果のある物質を酒に溶け込ませて長期保存を可能にしたものを作っている。

 道々、農家の人たちが豚や馬、牛、鶏を連れて、高い城壁に囲まれた城市内へ避難しているのを見る。普段なら閉まっている時間の市門も、避難民のために開けられている。

 一週間ぶりの帰宅。こんなに家を空けたのは、初めてだ。

 馴染んだはずの自分の家なのに、少しよそよそしい雰囲気を漂わせている。

 「ただいま」

 人がいるはずがない家に、声をかける。

 必要な物を取ってすぐに家を出ると、近所の人たちに囲まれる。

 「おお、大丈夫だったかい?」

 「怪我はないかい?」

 「はい。なんとか」

 「竜はどこに?」

 「グリーンベルトまで来ています。今のところは撃退出来そうですよ」

 皆の不安げな表情が、少し和らぐ。

 「無理しないで、危なくなったら城内に戻ってきな」

 「近隣の市からも、援軍が向かっているってよ」

 皆、口々に自分の持っている情報や意見を言う。

 「ほら、これ持っていきなさい」

 お隣のおばさんが、リンゴをいくつか袋に入れて差し出す。

 「なんだい、遠慮するんじゃないよ」

 パンや干し肉などを持ってくる人まで出てきた。

 「皆で食ってくれよ」

 「いや、食べ物は豊富にありますので、いいですよ」

 「そうかい」

 「荷物になっちゃあいけねえな」 

 「すみません。ありがとうございます」

 適当な所でその場を辞し、再び最前線へ。依頼の品を副長に渡す。

 「かなりの少量でも効くはずです」

 「うむ。わかっている。君の工房のものは信頼している」

 「ありがとうございます。使わずに済めばよいのですが」

 「うむ。そうだな」

 「及ばずながら、僕も力になれたらと思います」

 「君は、弓がかなりの腕前と聞いたぞ」

 情報早い。

 「……まぁ、そこそこですよ」

 「はは。しかし噂に聞いていただけだったが、ハーフエルフはなんでも器用にこなすね」

 「自分ではよくわかりませんが……。ヒタスキはすごいと思いますよ」

 副長は、笑いながら僕の肩を軽く叩いた。

 「ははは。ところで君、嫁を貰う気はないか?」

 「えええ? な、なんですかいきなり」

 「いや、君ならもう所帯を持っても良いだろう」

 「まだ十七歳なんですけど……」

 「立派に働いているではないか」

 「まぁ、働かないと飢え死にしちゃいますので」

 「君がここに居を構えて、二年くらいになるかね?」

 「そうですね」

 「もう君の事を他所者と見る人間は、この市にはいないだろう。ゆっくり考えてくれ」

 「はぁ……」

 「そういえば、花屋の娘と親しくしていたな」

 「あー」

 僕は、首を曖昧にかしげる。

 「あれ、私の姪っ子だ」

 「あ、そうだったんですか」

 「仲良くしてやってくれな」

 「こちらこそ」

 少し顔がほてってきた。狭い世の中だなぁ。

 副長は、人のよさそうな笑みを浮かべて去っていった。

 街道沿いはいたるところでかがり火が焚かれていて、わりと明るい。

 ふと、ヒタスキの相方である漆黒の巨馬のほうを見ると、誰かが首筋を撫でている。馬農場の主人だった。

 近づいてゆくと声をかけてくる。

 「驚いたよ。随分と人を恐れなくなっている」

 「みたいですね」

 ヒタスキが、たかたかと走ってくる。

 「ご主人! どうされた?」

 「いや、ちょっと様子を見にね」

 ヒタスキも巨馬の傍らにつき、体を撫で始める。

 「随分と仲良くなったぞ」

 「うん。今驚いていた所だ。一体どうしたのだね?」

 「んー、一緒に寝てやったりしたが」

 「え? 厩舎で?」

 「いや、野宿じゃ。こやつは厩舎を嫌がってな」

 「ははは。馬具も嫌がったかね?」

 「いや、それはまだつけようとはしていない」

 「ふむ。もう少しでなんとかなりそうかな?」

 「どうであろうな。乗って走るのにはあまり不自由していないぞ」

 「……うーん」

 主人が、複雑な表情を浮かべる。

 「そういえば、エルフから森の加護を受けましたよ。その馬」

 「おお、そうなのか」

 「ご存知ですか?」

 「いや、よくは知らないけれど、祝福の魔術の一種と聞いているよ」

 「そういう部分もあるみたいですね。複雑な概念で、よくわからないのですが」

 「言い伝えでしか聞いていないが、素晴らしいものなのだろうね。見違えるように落ち着いているよ」

 主人は、巨馬の太い首筋を撫でながら言う。

 ヒタスキは、少し声のトーンを落として言う。

 「我はこの馬が気に入った。なんとか金額の折り合いがつけばよいのだが」

 「うん。竜騒動が落ち着いたら話をしよう」

 今、この最前線のすぐそばにある農場の馬を移動中とのことで、主人は早々に退散する。

 「ごはんを食べよう」

 「うむ。そうじゃな」

 二人で食事場所にゆく。

 監視所隊は、交代で歩哨をする数名以外は明日の朝までゆっくりするようにとの指示が出ていたので、皆リラックスしている。

 行動を共にしているドゥワーフ族も、一緒に食事。

 農家の人たちは、冬越しの前に豚をハム・ソーセージ化するのだが、こんな状況になって早めの屠殺を始めたのか肉が豊富に用意してあり、皆で美味しく頂く。

 生きている豚も、何十匹か森を徘徊してドングリなどを食べている。これから僕たちの食料になるのか、いけにえ用なのか。

 「新たな竜集団が来襲するとしても、明日以降だろう」

 「夜はしっかり寝るみたいですからね」

 「人間相手だと夜襲もありだけれど、彼らそんな考えはしなさそうだ」

 「ヤツら腹がいっぱいになったら、あとはどうでもいいんじゃよ!」

 「ま、油断はせずにゆっくり休もう」

 市軍歩兵や農兵の一隊が、暗い中グリーンベルトに設置されたバリケードの補修に従事している。夜通しやるのだろう。ヒタスキが斬り倒した樹々が、けっこう役に立っているようだ。

 食事を終える。

 ちょっと、ヒタスキの天幕に入るのは恥ずかしかったので、監視所隊とドゥワーフのために建てられたいくつかの天幕の一つに入って休もうかと思ったら、うしろから上着の裾を引っ張られる。

 「お主は我と一緒の天幕で寝るがよい」

 唇をとがらせてそう言うヒタスキと一緒に、手を繋いで寝た。

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