第16話 火竜

 何事もなかったかのように、巨馬がヒタスキの横にゆるゆるとやってきた。エクリウス市騎士団監視所本隊は、進軍を始める。

 数分で最後尾の竜を捕捉。かなり疲労しているようだ。こちらに気づいているはずなのに、向かってこない。

 これはもう、逃げているのだろう。

 隊長は六~七人組の分隊を五つ作り、各隊ごとにターゲットを指示して攻撃開始。瞬く間に三頭の竜を仕留め、続いて後尾の竜を一頭一頭狩ってゆく。

 ずっと先を走っていたまだ元気な竜が二頭、こちらの動きを察知して引き返してきたが、隊長は分隊を上手に動かし、難なく撃破。

 「あと二頭です」

 「しかし、離れているな」

 隊長と騎士二人、僕、ヒタスキ、農兵三人が指揮部隊のようなかたちとなって、戦闘には参加せずに状況を見る。

 「あっ……」

 「どうしたね?」

 「新手が来ますっ……、樹海の方角から高速騎馬隊に向かっています」

 「鉄竜か?」

 「……いや」

 まだかなり距離がある。

 「速いです」

 意識を集中する。

 「多分、小型種の火竜です。十八頭認識しました。距離約一マイル」

 火竜は鉄竜と同じような体高、体長で四つ足歩行だが、スリムで装甲が薄い分足が速い。

 「高速騎馬隊の動きは?」

 「今、街道から南に外れました。火竜に気づいたものと思われます。今の彼らの速度なら逃げ切れるはずですが、馬の疲労が気になります」

 隊長は前進を続けつつ、城市からこちらに向かっている援軍騎士団に伝令を出す。

 火を吐く火竜との近接戦闘は危険すぎる。この部隊は盾を持っていないし、矢もかなり消費してしまっている。

 それでも、前進をやめない。

 「練菌術師殿、火竜がこちらに向かってきたら言ってくれ」

 「はい」

 ヒタスキが言う。

 「火竜か。厄介だな」

 「さすがにやっつけられない?」

 「いや、一対一ならやれんことはないが……」

 「本当?」

 「ああ。奴ら始終火を吐いているわけではないからな。息を吐くように火を吐く。吸う時を狙うんだ」

 「それはそうけど……。うーん、ヒタスキなら、大丈夫なのかな」

 「いや、一歩間違えば丸焼けだな」

 「だめだから!」

 と、そんなことを言っている間に火竜が進行方向を変えた。

 「火竜十八頭、こちらに向かってきます!」

 「よしっ!」

 隊長はうなずいて大声を上げる。

 「全員反転っ!」

 総勢、一瞬で方向転換。

 「退却っ!」

 街道を城市方面へ走る。

 「火竜十八頭、鉄竜二頭、合流しています」

 「うむ」

 「高速騎馬隊、逃げ切りました」

 隊長は軽く笑みを浮かべる。

 「ありがとう。君がいてくれて、本当に助かる」

 街道を二十分も走ると、援軍騎士団が弓を構えて展開しているのが見える。農兵も加わってか、総勢八十名は超えているようだ。

 一騎、こちらに来る。伝令だ。騎士の中でも位が高そうな感じ。

 隊長と挨拶を交わし、並走。

 「ひきつけて一度斉射、その後グリーンベルトまで後退します。貴部隊は射撃には加わらず、このまま走り抜けてください。替えの馬が七百ヤード向こうに待機していますので、必要であればそこで」

 「了解」

 エクリウス市農耕地帯のはずれ、草原との境目に帯状に細長く広がっている森まで後退、そこで迎え撃つようだ。

 グリーンベルトの幅は、短いところでも百ヤードはある。境界に急ごしらえで設置したらしいバリケードを突破されると、森の中での戦いになる。

 街道の左右に一直線に展開する弓の隊列は、道の部分に切れ目を作っている。

 僕たちの隊が近づいてゆくと、彼らは歓声とともに拳をあげる。僕たちも手を振り、そこを皆で通過。

 一分ほどで斉射。

 すぐに全兵騎乗し、退却。

 攻撃を受けた竜たちは何頭か動きが鈍くなったようだが、致命傷ではなさそうだ。しばらくはひたすら逃げ走るのみ。

 途中、北東方面に向かった部隊が戻ってきて合流。

 「負傷者は?」

 「おりません! 鉄竜全頭撃破!」

 「ご苦労です」

 竜との初突の場所には、ドゥワーフの部隊が待っていた。伝令でグリーンベルトまで退避を伝えたのだが、血気盛んな彼らはそれでよしとしなかったようだ。

 「負傷者は?」

 「全員無事じゃ!」

 「幸いです」

 「ワシらにもなにかさせてくれんかノウ!」

 隊長は苦笑しつつ言う。

 「グリーンベルトで敵を迎え撃ちます。十八頭の火竜が来ているので、厳しい戦いになるやもしれません」

 「火竜かっ! 工房なら火をも防ぐ盾があったのじゃがなァ!」

 「まずは森を利用して作ったバリケードをはさんで、竜と戦う作戦です」

 「ワシらも出来うる限りの協力をするゾイ!」

 「指揮は騎士団長がすることになりますが、まずは後方支援をお願いすることになるかもしれません」

 竜集団は、速度を緩めることもなく僕たちのあとを追ってくる。

 皆しばらく無言で馬を進めていると、街道沿いで一騎待っている。遠目からもわかる僧装、顔のペインティング、教会魔術師だ。

 軽く会釈をして僕の横について走り出す。

 「やあどうも」

 「戻ってこられたのですか」

 「火竜と聞いて、やってきました」

 「十八頭です」

 「ふむ。多いですね」

 「グリーンベルトで迎え撃つそうで」

 「ええ。外側に石のゴーレムの術式を仕掛けておきました。火竜が森のバリケードに取りついたらたら、うしろから攻撃をかけます」

 「さすがですね」

 「いや、さっきはあっさりやられてしまいましたからな。汚名挽回したいところです」

 「汚名だなんて、そんなことはありません」

 魔術師は、ふっと眼を逸らして言う。

 「それと、今、水魔術の護符を作らせていまして、バリケード沿いの樹に貼りつける予定です」

 「どんな効果が現れるのですか?」

 「樹に火がつくと、自動的に水を発生させるような術式を書き込んでいます。延焼を多少遅らせられるかな、程度の水量ですが」

 「術者がいなくても発動するのですね」

 「はい。ただ、貼りつける時に私がちょっと術をかけますが」

 「なるほど」

 ふと、思いつく。

 「そういえば、スイホウタケという、水分が沢山詰まったボールのようなきのこがありまして……」

 「ああ、草むらでたまに見かけますね。真っ白い大きな球のような」

 「はい。一晩で二十インチを超えるほどの大きさになるものもあります。地中の水分や空気中の水分が露となったものを溜め込むんです」

 「ふむ」

 「あれは栽培が出来るのですよ。食べられますが美味な菌ではないので誰もしませんが」

 「ふむ。こんな時だからでもありますが、興味深いですね」

 「水が貴重になる場合もありますからね。籠城などでも……」

 「面白そうですね。きのこは奥が深い」

 ヒタスキが目をキラキラさせて口をはさんでくる。

 「ポルチーニは栽培出来んのかっ?」

 やはり食べる方面だった。

 「あれは無理なんだよ。菌根菌っていう種類で」

 「最も好まれているきのこが栽培出来ないとは……人生ままならぬものですな」

 世の不条理をかみしめているかのような渋い顔を見せるヒタスキが、叫ぶ。

 「まったくじゃあ!」

 僕と魔術師は、顔を見合わせて笑ってしまった。

 「あ、そうそう、これ宜しければ」

 矢筒だ!

 「ありがとうございます! 残り少なくなっていたので」

 矢を取り出す。長さは丁度良い。

 「なんの変哲もない矢ですよ」

 矢はそれで問題ない。魔力は弓に宿っているからだ。魔術師もそれをわかっていると思う。

 魔術師は声を潜めて言う。

 「ちなみに、森の樹上で待ち伏せている弓歩兵部隊は、毒矢を使うそうです。竜にどれだけ効くかは不明ですが」

 ……出してきたか。

 領主が魔族対策の一つとして、矢毒の情報を集めているのは知っていた。内々に菌類の持つ毒素を利用出来ないか、という相談も受けた。

 乗り気がしなかったので、トリカブトの毒が即効性があって強力な上に入手しやすいですからそれでよいと思います、と答えておいた。

 テングタケ属の真っ白く美しいきのこの中には、食べるとかなりの確立で死をもたらすものもあるが、その毒は数日は生きのびられるくらいの遅効性だ。ただし、そのきのこは血管から入ると即効性を発揮する猛毒も含んでいるのだが、面倒くさくなりそうなので黙っておいた。

 「それと、えさをばら撒いておきました」

 あ、見えてきた。道沿いに生きた豚が十数匹、足を縛られて転がされている。……え、えさか。

 「あああ、あの豚はなんじゃ?」

 ヒタスキがうろたえている。

 「や、竜さんこれ食べて帰ってくれよ、って感じじゃない?」

 まず無理だ。数が少なすぎる。ちょっとした足止めだろう。

 「むう」

 「かわいそう?」

 「もったいない。我が食ってやるというのに」

 ヒタスキは、放し飼いにされている豚を「可愛いの」と言ってよく撫でているのだが、食べるのも好きだ。たまに撫でながら「大きく育つのだぞ」って言っている。

 「おなかすいた?」

 「さっき食った。朝、弁当を持って出たろう?」

 「いつの間に」

 「我は、食べ物を粗末にするようなまねはせんぞ!」


 二十分ほどの時間が稼げた。

 竜集団は豚に反応し、進撃を一旦中止した。明らかに物足りないランチを済ませたあとに、また僕たちを追い始めた。

 しかし僕たちは、かなりの余裕を持って走ることが出来た。

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