第15話 激突

 小高くなっている丘の上に決められた野営予定地に着くと、監視所にいたメンバーも集まっていた。全員無事だ。

 「おお! 子豚もいるの!」

 ヒタスキが喜んで豚のところへ走ってゆく。

 クロスボウ所持の騎乗農民兵が、もう四十人以上は集まっている。彼らのほとんどは騎士予備軍で、士気は高い。

 援軍第一隊が到着していた騎士団は総勢約六十騎、鉄竜が相手なので長槍を準備してはいるが弓も所持、防御は軽装。槍がなければ、他の市の兵士にはほとんど見られない弓攻撃専門の軽騎兵のような感じだ。

 ドゥワーフ族、約二十人。

 完全に戦士の顔になっている隊長が、僕に質問を投げかけてくる。

 「竜はどんな動きを?」

 「監視所付近を徘徊しています。三十二頭です。すべて小型種の鉄竜と思われます。体の小さい竜が八頭、春産まれの子竜のようです」

 小型竜くらいの大きさで魔力持ちだと、能力を最大限に上げれば一マイル離れていても動きを感じとることが出来る。竜たちも、ここに人間が集まっていることがわかっているはずだ。

 隊長が軍団から少し離れて、声を上げる。

 「皆聞いてくれ。現在竜集団は鉄竜三十二頭と推測、監視所付近に展開している。樹海を離れてこちらに向かってくるかどうかはわからない。竜族が森を離れる決断を下した場合、我々はどこかで戦わねばならない」

 隊長は整然と作戦を説明し、役割分担を決める。騎士たちは、すでに戦い方を理解していたようだった。

 ドゥワーフ族は戦力に組み込まれてはいなかったが、本人たちの強い希望により終盤に動いてもらうことになり、また、後続援軍でばらばらと到着する農兵に作戦の説明をする担当ともなった。

 「無理攻めは厳禁。落ち着いて行動するように。市にはまだ百名の騎士がいるし、援軍五十騎がこちらに向かっている」

 僕も非戦闘員扱いだったが、弓を使えるので攻撃隊に加えてもらうことに。

 「無理はしないでくれ。状況把握のために君の能力をお借りしたい」

 隊長はそう言った。

 竜の動きがないので、待機。

 ヒタスキがそろそろと近寄ってくる。

 「どうじゃ竜は」

 「うろうろしてるよ。子竜もいるね」

 「この距離で大きさまでわかるのか」

 「うん。まあね。ヒタスキはなんか役割あるの?」

 「うしろのほうで騎士の戦い方をしっかり見てろだって」

 きれいな唇をちょっととがらしているヒタスキが、可愛い。

 丘から少し離れた場所で謎の作業を遂行していた教会魔術師が、隊長のそばに来て言う。

 「少し、つつきましょうか」

 「むっ?」

 「監視所のそばに岩のゴーレムの術式を仕掛けてあります。短い時間ですが竜と戦わせることが出来ます。それで彼らが奥地に戻ってゆくもよし、こちらに向かってくるとしても何頭かの竜の足を遅くすることくらいは出来るかもしれません」

 隊長は力強くうなずいて言う。

 「宜しくお願いします」

 この距離で術式を作動させる技は、大変興味深い。

 魔術師の動きをじっと見ていると、また丘を下りあらかじめ描いておいたらしい魔法陣のもとへゆき、なにかを詠唱しはじめる。

 竜がうろついているそばの、ゴーレムの魔法陣のあたりに魔力が固まり始めるのを感じる。

 二体のゴーレムがすぐに立ち上がる。

 一体はだめだったようだが、凄い腕だ。二体とも、きちんと竜に襲い掛かっている。と思ったら、あっという間に竜に囲まれて総攻撃を受け終了。ゴーレムは元の小石に戻ってしまった。

 魔術師はまた丘に登ってきて隊長に言う。

 「早いですが、終わりました」

 隊長は丁寧に頭を下げる。

 「ありがとうございました」


 引き続き緊張しつつ待機。

 ここに僕たちのような食糧が多数集まっているのだから、鉄竜が殺到してきてもおかしくはない。

 彼らがなにを躊躇しているのかはわからないが、それが自然だろう。

 動き始めた。

 即、隊長に報告する。

 「竜集団、全員こちらに向かってきます」

 「よしっ! 射撃準備!」

 竜たちがここに到着するまで二十分程度の時間はあるが、弓、クロスボウ隊はすでに臨戦態勢を整えている。まずは全員騎馬から降りての遠距離攻撃。

 ドゥワーフ族は街道方面へゆっくりと後退。

 不思議な絵面だが、教会魔術師が豚を抱えて馬に乗っている。もう彼の仕事は豚を避難させることだけになったのかもしれない。

 竜集団が地響きと共に姿を現す。

 ゆるく起伏した草原を一直線に駆けてくる。

 一部の馬が動揺している。

 竜の咆哮が聞こえ始める。


 「てぃっ!」


 無数の矢が一瞬で鉄竜に襲い掛かる。塊となって突撃してきた竜集団の勢いが弱まり、密集隊形が崩れる。

 「退却ッ!」

 全員、丘を駆け降りて騎乗、街道に向かって焦らずに速度を上げて後退。竜集団はすぐにまた猛追し始める。

 竜の叫び声が大きくなっている。ムキになって追ってきてくれれば好都合だ。

 退却しつつもクロスボウ、弓で遠距離攻撃を続ける。集団となって走っている竜が分散し始めた。

 初射は騎馬を降りてのものだったのでそこそこの打撃を与えたようだが、退避しながらの馬上クロスボウ・弓攻撃は、かなり精度が落ちたようみえる。それでも、全速で追ってくる鉄竜の先頭集団からは早くも遅れをとり始める竜が続出している。

 生きてはいるが初衝突の地点で三頭ほどの竜が動きをとめている。

 僕の矢は、馬上からにもかかわらずよく当たった。

 「やりますな。練菌術師殿」

 僕と同じく矢の準備が少なくて、余裕を持って射ているらしい農兵に声をかけられる。

 「いや、致命傷とはいきません」

 「それは、みんなそうでしょう」

 街道に出る。

 引き続き遠距離攻撃をかけつつ、東方向の市街に向かって退却。さすがに街道は走りやすく、少し楽になる。

 竜の速度は走る人間よりも遅いくらいなので、馬の疲弊は少ない。

 二人、三人と続々合流する農兵が矢のストックを持っているからか、クロスボウ部隊の元気がいい。

 鉄竜集団は、個々の身体能力の差もあろうが、その戦列がかなり伸びている。

 「無理をするなよ!」

 気を引き締めるように隊長が叫ぶ。

 小一時間ほど射ては逃げを繰り返す。

 先頭集団が二十頭を切り、隊長はここが潮時と見る。

 大声をあげて指示を出す。

 「散開ッ!」

 事前の打ち合わせ通り、農兵はクロスボウ攻撃をやめて街道から外れ、北東方面へひたすら逃げ走る。

 ドゥワーフ族も街道を外れて南東方面へ転進。

 同時に騎士六騎が高速で竜集団の南側をかすめ、後方に遅れている竜のほうへ疾駆する。

 本隊騎士団五十四名は引き続き街道を東へ退却。

 いきなりの目標分散に、先頭竜集団がばらけ始める。

 南東のドゥワーフ族のほうには三頭、北東の農兵集団へは四頭の鉄竜が向かってゆく。

 「後続の竜、高速騎馬隊に釣られて本隊から遠ざかってゆきます!」

 隊長に報告すると、今日始めて薄っすらと笑みを浮かべ、力強くうなずく。そして、ヒタスキのほうへ向いて言う。

 「剣士殿、これからが本当の騎士の戦闘だ。よく見ておくように」

 本隊は予定通り数分退却をしたのち、一気に攻勢に出る。

 「全員反転っ!」

 総勢一瞬にして騎首を転じる。

 「並列展開っ!」

 騎士団が突撃してくる竜集団に向かって一列に並び、槍ぶすまを作る。

 その先頭とぶつかると見られる部分では、特に体の大きい馬に乗った騎士十人が横にぴったりとくっついて、巨体を持つ敵の体当たりに備える。

 しかし、鉄竜も状況を見て動きを変える知力がある。先頭を走っていた四頭が左右に広がり、速度を落とし始める。続いてそのうしろを走っていた竜も足をゆるめだす。

 「包囲展開!」

 騎士団は両翼先端から前進。

 竜集団を包み込むかたちに移行し始めると同時に、密着していた中心部の騎士も徐々に横に広がる。

 竜集団はスピードをかなり落としたが、散開が追いつかない。密集を維持した形での激突。

 馬上、高所から長槍刺突攻撃は鉄竜の頭部へダメージを与えることを容易にし、選りすぐられた騎士の技量が高かったせいもあるが、ファーストアタックで五頭の竜を地に倒し悶絶せしめる。

 騎士団は巧みに長槍を振りつつ状況を見て騎馬を御し、集団の後方にいた竜の判断の鈍さもあって、二分掛けずに竜集団を完全包囲。

 鉄竜たちは硬く長い尾での攻撃で対抗することを選択し、騎士の壁に尾を向け円陣を組む。

 僕と並んで戦況を見ているヒタスキが、体をくねらせている。

 「なんだ竜め! そのまま突っ込んでくればこうも簡単には包囲されなかったろうに!」

 やはり戦いたそうだ。

 「ヒタスキは突っ込んでっちゃダメだよ。隊長の指示は守らなきゃ」

 「ううううう……」

 ヒタスキは巨馬の背の上で顔を赤くし、何故だか小刻みに飛び跳ねている。

 さすがに尾の攻撃をまともに受けるのはまずいので、巧みにかわしつつダメージを与えてゆく騎士たち。

 いかに硬い装甲とはいえ、鋭利で上質な刃によって徐々に傷つけられてゆく鉄竜。滴る血が地面を薄っすらと染め始めている。

 円陣から突出し始める竜が出ると、そこに集中し押し戻す。

 市街のほうから騎兵の一団が駆けてくる気配を感じる。さすがに五十騎の集団移動は、わかりやすい。

 数名の後続農兵が到着したが、隊長の指示は「待機」とのことだったので、それを伝える。

 南東と北東に流れていった竜が農兵やドゥワーフ族に追いつけずに戻って来るまでには、終わりそうな気がする。

 そう思っていたら、ドゥワーフ族が動きをとめた。

 屈強で自尊心の高い彼らは、そのまま逃げるように指示を出していたにもかかわらず、どうやら戦闘を開始するようだ。ドゥワーフ族のほうへ向かった鉄竜は三頭。多分、難なく倒すだろう。

 「ふー」

 僕は大きく息を吐いた。

 念のため二本だけ矢を残しているのだが、とりあえずは使わずに済みそうだ。

 「むっ」

 ヒタスキが声を上げる。体の動きがとまり、厳しい表情を見せる。

 不利を悟ったのか、数頭の鉄竜が一気に前に出てきた。

 あっ! と思った瞬間、騎士の壁に突っ込んできた竜の尾の攻撃を一頭の騎馬が受けてしまう。

 騎士が落馬。

 大怪我を負った様子はなく、転がりながら戦線を離脱、しかし……落馬した時にもう、ヒタスキは馬を飛び降り弾丸のように駆け出していた。

 突出した竜を押し戻そうと騎士数人が攻撃に入ったが、ヒタスキはその背後から縮地で加速し跳躍。

 騎士の頭を軽々と飛び越え、空中で抜刀。

 着地と同時に出張った一頭の竜の後ろ足を一閃。

 竜がバランスを崩して倒れる前に即座に跳ねる。

 瞬時に一番近くにいた竜の背に飛び乗り、その長い首の鉄の皮膚を一刀で斬り裂く。

 竜が血しぶきを上げた時にはもう、ヒタスキは超速で天空を飛翔、次の竜の背に着地し剣を振るう。

 獣の動きだった。

 猛禽類のスピード、鉄をも断つ刃。

 華奢な体、幼さの残る美しい顔。

 僕たちとは、別の生き物のようにも見えた。

 その緋色の長髪は流れるようにたなびき、ゆく先にいた竜は皆、体液を真紅の帯のように噴出する。

 鉄竜たちは、彼らの円陣にいきなり飛び込んできた、小さく俊敏でありながら驚愕の殺傷力を発揮する敵に、恐慌状態に陥る。

 お互いに体をぶつけ合い、弱っていた者は横転し、ある者は騎士に横腹を見せてしまい、長槍の格好の的となった。

 二分と掛からなかった。

 一方的な殺戮が終了した。

 隊長が僕のほうへ来る。

 「練菌術師殿、状況報告を頼む」

 「ドゥワーフが交戦中でしたが敵三頭はすでに動きがありません。退治したものと思われます。農兵隊を追っていった四頭は北東五百ヤード少々のところで徘徊しています。追いつけずにあきらめたようです。高速騎馬隊と後続竜集団は引き続き街道を西進中。竜集団は十頭、先頭と最後尾では三百ヤードは離れています。後尾の動きが鈍いです。援軍騎士団は正確な位置はわかりませんがこちらに向かっていると感じます」

 「ありがとう」

 てきぱきと配置を決める。

 二十名は農兵隊が撤退した北東方面へ。三十三名は隊長が率いる本隊として高速騎馬隊方面へ進軍。

 農兵の一人にドゥワーフ族へ伝令を依頼。

 落馬した騎士は騎馬が足一本折ってしまったため、農兵の馬に乗せてもらって援軍騎士団へ状況報告に。

 残った農兵は簡単な伝令を務める役として各隊に配置。

 本隊以外の部隊と伝令が、ざっと動き始める。

 隊長の指示が終わったのを見て、ヒタスキがしゅんとしてやってくる。僕は隊長に小声で言う。

 「すみません、とめる間もなく参戦してしまいました」

 隊長は憤怒と悲哀が入り混じったような表情を見せ、小声で返す。

 「……あれは、人間の動きでは、ないね」

 ヒタスキが隊長の横に立ち、しおらしくして言う。

 「すまない。仲間が一人倒されて頭に血がのぼってしまった」

 「今はもう集団戦の時代だ。指揮官の指示が聞けないようでは、なぁ……」

 ヒタスキは、一層体を縮こませる。

 「まぁ、まだ正式な兵士ではないからね。引き続き、練菌術師殿と共に私のうしろについてきてもらえるかな」

 ヒタスキが、ぱぁっと美しい笑顔を見せる。

 「うむ。了解である!」

 思わず隊長と顔を見合わせ、苦笑してしまった。

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