第14話 最前線
一旦街道に出ると、十人の騎士と教会魔術師が待機していた。
ヒタスキが大きく手を振る。
隊長が先頭に立って馬を走らせ、こちらに向かってくる。
「ドゥワーフの衆、大事無かったかっ?」
「全員無事じゃぞ!」
騎士団が盛り上がる。
「よかった!」
「もうすぐ援軍が到着するぞ!」
「来るぞ農民クロスボウ部隊!」
「お前だって農民みたいなもんじゃろうが!」
皆で笑っている。元気がいい。
最近はどこの領主も兵農分離を進めていて、農民から武器を取り上げ生産に専念するように仕向けているが、この地域は状況が違う。
王国の北の端、北西に魔物の住む巨大な樹海、北から北東の広大な寒冷地には、蛮族の国があると言われている。
人の住んでいなかったこの地を今の領主の先祖が賜り集団で移住した経緯があるので、元々住民の結束は固いが、領主も領民に皆兵思想を浸透させている。
農家は特に気概が強く、騎士になりたがっている若者も多い。また、どの家にもクロスボウがあるし、複数持っているところも珍しくはない。
そのような訳があり、有事の際には武装した農民が驚くべき早さで集結する。
「竜は、森を離れて追ってくることはなさそうですね。今のところは」
「そうだね。しかし用心を怠ってはならない」
ヒタスキが隊長に言う。
「我は監視所に戻りたい」
ドゥワーフたちだけが狙われるのを避ける意図もありそうだ。
「生命反応感知スキルを持っている。危険ならすぐに撤退する」
「僕も一緒にゆきます」
「夜はどうする?」
「感知スキルは寝ている間も発動させられます。もっとも竜は昼行性なので、夜の危険度はかなり低いとみます」
「了解。監視所と街道の中間地点に野営地を作る。そこからも交替で人を送る」
「私も、ゆきましょう」
いつもの仮面のような顔で、教会魔術師が前に進み出る。
続いて隊長以外の九人の騎士たちも我も我もと名乗りを上げたが、隊長は五人を選抜して許可を出す。
ドゥワーフ避難団の護衛についていた二人の騎士はそのまま引き続き任を務め、彼らを市街へ送ることになる。
「しゅっぱーつ!」
ヒタスキが気合を入れるかのように大声を出し、走りだす。騎士たちと僕、魔術師も続く。
監視所がかなり近くに見え始めた頃、先頭を走っていたヒタスキが突然巨馬から飛び降り、草原の中をざざっと走った。
ぱっと立ちどまってしゃがみこみ、なにかを抱きかかえて立ちあがる。
子豚だ! 生き残っていた!
皆、一旦馬をとめる。
ヒタスキはうれしそうに子豚と鼻をこすり合わせている。
「よう生きてたの」
巨馬がヒタスキのところにやってくる。ヒタスキは子豚を抱いたまま巨馬に飛び乗る。
再び監視所の方向へと走り出す。
かなり息が合っているようだが、どうも急な方向転換はまだ上手く指示出来ないようで、それでヒタスキは巨馬から飛び降りたのだろう。
数分で監視所に着く。
ゆっくりと騎馬を走らせ、皆で近辺を見てまわる。
寝るための小屋は無傷だが、詰所となっていた建物は豚がまわりを逃げまわったらしく、鉄竜によって半分壊されている。
柵(といっても丸太を等間隔に地面に突き刺しただけだが)は十数本ほど倒されただけで、意外と残っている。
二つの鍋はひっくり返されていたが、詰所の食糧は荒らされていない。
子豚を放してやると、早速地面に転がっている煮物の具を食べ始めた。
美味しそうだ。
騎士の面々も、そう感じたらしい。
「とりあえずあるもん食うかー」
「うん、もう全部食っちまおうぜー」
まだ昼前ですけど……。
より一層風通しのよくなった詰所も屋根はなんとかもちそうだったので、皆で中に入ってテーブルに座る。
ヒタスキだけは巨馬から降りずに言う。
「我はちょっとドゥワーフの工房に行って来る。メルリウスはここに残ってくれ」
「うん。了解」
皆、しばらく黙々と飲食をする。食べられる、ということはよいことだ。肝が据わっている。さすがに渡せなかったエルフへの贈り物には、誰も手を付けようとなしないな。当然か。
三十分ほどで皆動き始める。一人は現状報告で一旦隊長たちのところへ戻ることに。
「食いもんいっぱい持って帰ってくッからなー」
「よろしくー」
二人組が森の際に沿って騎乗偵察。あとの二人の騎士は柵の復旧などを。
「錬菌術師殿はゆっくりしてくれい! 探知スキルだけ宜しくお願いしまっす!」
「了解です」
とはいえ座っている気にもなれず、あたりを歩く。
教会魔術師が、監視所の柵と樹海の間の空き地でなにかしている。小石を拾って、それを配置しているようだ。
声を掛けてみる。
「どうも」
魔術師は、相変わらずの無表情な顔を向けて答える。
「やあどうも」
「なにか、描いているように見えますが」
「わかりますか?」
多分、神代文字を使った魔術だ。
「魔法陣ですか?」
「はい。使うことのない魔術ですが、たまに試さないと技術も錆びつきますものでね」
「小石を使うなんて、珍しいですね」
「そうですね。少しアレンジを加えています」
「召還系ですか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えます」
無い知恵を絞って考えるも、どのような魔術かいまひとつ読めない。魔術師は、僕の目を覗き込むように見つめ続ける。
「うーん、降参です」
「短時間ですが、擬似生命体を生成します」
「……ゴーレム?」
「さすが。正解です。石のゴーレム。三体分です」
「あー、魔物を召還する類の魔法陣とは、似ているようで異なりますね」
「確かにそのようなものとは違いますが、ゴーレムを動かすための魔のエネルギーを引き寄せますので、技術的には共通する部分も結構あります」
「短時間と仰いましたが、どの程度の時間稼動出来るのですか?」
「私の腕ですと、十分が限度です」
「どれくらいの強さなのでしょう?」
「硬い装甲の鉄竜なら一対一で互角といったところでしょう。火を吐く火竜ならば防御が弱いですし、石のゴーレムに火は通じませんから、有利になるでしょう」
「素晴らしい」
「まぁ……使わないに越したことは無いのですがね」
「そうですね。大きな衝突にならないとよいのですが……」
魔術師は、僕の心まで覗き込むように見つめて言う。
「どうも嫌な予感がしましてね」
多分、僕はとても渋い顔をしていると思う。ここで嘘をついても仕方がない。
「……私も、よからぬ空気を感じます」
「やはりですか」
魔術師は僕から目をそらして樹海を見つめる。
僕は魔法陣を目でなぞる。
魔術師が、ふとこちらを見て言う。
「あなたのその弓、よろしければ見せて欲しいのですが」
「どうぞ」
背負っていた弓を手渡す。鬼才といわれている魔術師の目には、この弓はどう映るのだろう。
「世話になったエルフの形見です」
「はい……」
「僕に練菌術を教えてくれた方で」
魔術師はたっぷり五分程かけて、弓の端から端までゆっくりと見続ける。
「うーん」
「なにか、見えますか?」
「……その方は、あなたの事を、とても大切に思っていたのだと思います」
「はい。多分」
「一度だけ、こういったものを見たことがあります。中央教会秘蔵の神器でした」
「あ、あるんですね。人間の世界にも」
「はい。ただ、どういった経緯で教会が所持することとなったのかは、不明です」
「人間の技で出来上がったものではない可能性も?」
「そうですね。死した後も、身につけていた魔力を一部とはいえ特定の物質に憑依させ続けられる者は、エルフといえどもそうはいないはずです」
「……私のようなものが、持っていていいものかどうか」
「あなたにそれを託したエルフは、あなたがそれを必要とすると見ていたはずです。エルフ族での生活では魔弓は必要ないかもしれませんが、人間族の中で生活するには、ね……」
「一時ずいぶんとお世話にはなりましたが、エルフ族にとっては僕は仲間ではなくて、異人でした」
魔術師は、軽く一礼をして弓を僕に戻す。
「あなたは人間族の世にいるほうがよいと思いますよ」
僕の顔を見つめながら言う。
「私達はあなたを拒絶しません」
無表情だが、魔術師は僕のことを気遣ってくれているようだった。
「ありがとうございます」
魔術師はぱっと顔を背けて、また樹海を眺める。照れの表情なのかもしれない。そして、話を逸らすように言う。
「……ヒタスキ殿」
「はい」
「あの方は、凄いですね」
「はい」
「もの凄い量の魔力を内包しています」
「え?」
「但し、そのほとんどは、筋力と神経系の強化に当てられているようでしてね」
「あー」
「体力にしか見えない魔力と言うか、肉体的に大変強靭な人間、という感じなんですね。いや、人間の体では不可能な程の能力を発揮していると思います。しかし、念動は使われていないようですし、治癒・鎮静系技術にも魔力は全く振られていないように見えます。肉体を損傷した時には発動させるのかもしれませんが」
「……魔力を持っているのは、わかっていましたが」
「生命反応感知スキルなどは、認識しやすいですね。あなたよりもかなり劣るはずですが」
「感服しました。そこまで見えますか」
「いや、でも、私も正直ちょっと、あの方のこと、よく理解出来ていないのです。こういったケースは聞いたことがありませんので」
「うーん、その、意識して魔力をコントロールすることは、いくらかは出来ているとは思いますが……」
「はい。ただ、その魔力を、通常の状態では感知スキルと肉体強化にしか使えていないんですね、彼女は」
ヒタスキの魔力を見極めきれずにいたのだが、少しはっきりした。
「まぁでも、私なんかは幾らか魔力を身につけていますが、総量はあなたがたの足元にも及びません。純血の人間族ですので」
「あなたの神代文字を駆使した魔術には、敬服します」
「教会の集合知の賜物ですよ。所詮は『術』ですが……」
魔術士は、僕を見つめていた目を、また樹海に向けて言う。
「まぁ、そこで頑張るしかありませんのでね」
「すみません、お仕事をストップさせてしまいました」
「いえいえ、肩慣らし程度のものでしたのでどうぞお気になさらず。それより練菌術師殿、魔術を研究しようとは思いませんか?」
「僕は、菌類研究をもっと進めたいと思っているのです」
「ああ」
「菌類は、まだまだ見つかっていない新種が沢山あると推察されますし、認知されているものでも、それらがどのような働きをするか未解明な部分が多々あります」
「ふむ。やりがいを感じますね」
「はい」
「一人では、辛くないですか?」
僕は、すぐには言葉が出なかった。
長いこと、一人のような気がする。
「……気に掛けてくれる人もそこそこいますし、なんとかやっています」
魔術師は、僕を見てうなずいた。
「魔術でわからないことがあったら、お力になりますよ」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げて、御礼の意思表示をする。
「菌類についてでしたら、なんでも聞いてください」
「ありがとうございます。では、そろそろ作業に戻ります」
「はい」
なんとなく、そこらへんをとぼとぼと歩きまわってみる。
っと。
探知スキル反応。エルフだ。
魔術師も気配を感じ取った。
「これは……」
「エルフです」
「ああ……」
「私が話をします」
「はい」
樹海の際まで迎えにゆく。
魔術師は柵の向こうへと退いてゆく。教会がエルフに嫌われていることを理解しての行動だろう。
際に立つと、エルフが薄暗い奥からこちらに歩いてくるのが見える。いつもと変わらぬ、美しい無表情。樹海から外へは出ずに静止する。
「こんにちは、森の人」
「こんにちは、練菌術師よ」
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
「なにか、ありましたか?」
「三十二頭の鉄竜集団が樹海の際に接近しています」
……。
「彼らには樹海からは出ない方がよいと忠告しておきましたが、どこまで理解出来ているのか、わかりません」
食べる物がなければ、来るだろう。
「樹海から離れたほうがよいでしょう」
「ありがとうございます」
「森の加護を」
エルフは、煙が空に吸い込まれるようにして帰ってしまった。
僕は、立ちすくむ。
神妙な顔をした魔術師と騎士たちが、すぐに集まってくる。
「どうかしましたか?」
エルフに聞いたことを話す。
騎士の一人が、隊長へ報告するために馬を走らせる。
「ヒタスキとドゥワーフの衆にも、伝えなきゃ」
「よし、俺がいく」
すぐに騎士の一人が、その役目を買って出てくれる。
「一旦退くにしても、とりあえずはここにいて様子を見たほうがよいですね」
残った騎士も同意する。まぁ、いざとなったら逃げればいいさ。
でもどうか、農地や市街までは来襲しませんように。
「ほい」
騎士の一人がリンゴをくれた。
僕は、小さく礼をして受け取り、軽く口に含む。すっぱい味が、口の中に広がる。
皆、黙々と持ち場に戻ってゆく。
少し、樹海に入ろう。
樹海にいると、落ち着く。
昼尚薄暗く、言葉のない空間。
ほんの二年前まで、僕はここで、一人で暮らしていた。
両親が死んで、
ゆき場がなくなって、
南方の市から何十日もかけて、ここまで歩いてきて、
一人で樹海に入った。
ここで二回、冬を越した。
よく生きていられたなと思う。
何人かのエルフが、時々様子を見に来て、食べものをくれたり、森のことを教えてくれた。
浮遊茸の生える巨石を見つけたのも、この頃だ。
少し感傷的になる。
考えるのをやめて、樹海の中をかさかさと動きまわる。
落ち葉が増えている。
と、急に背筋が寒くなる感じが。
生命反応感知スキルを最大限に上げてもひっかからない。
圏外にもかかわらず、嫌な感覚に襲われる。
……来る。
数がかなり多いに違いない。
走って樹海から出る。
僕は叫ぶ。
「来ます! 多数!」
騎士の一人が櫓に登り、警報の鐘を鳴らす。際を見てまわっていた二人が大急ぎで戻ってくるのが見える。
「ヒタスキたちにも……」
僕は、傍にいた魔術師に言う。
「皆さんに樹海から距離をとるように伝えてください。僕はヒタスキたちのところへゆきます」
「わかりました。ご無理なさらず」
あ、、、豚。
「子豚も避難させましょう」
僕の視線を瞬時に読み取った達眼の魔術師が、詰所のそばでころころとしている子豚を抱き上げた。
「宜しくお願いします」
竜集団は近づいてきてはいるが、まだまだ探知スキル圏外、落ち着いて行動すれば危険度はそう高くはない。
ドゥワーフの工房への途中、やっと探知スキルに引っかかり始める。多分、鉄竜だ。二十頭以上を認識したあたりで、工房が視界に入る。
皆、表に出ているようだ。馬も用意している。
「竜が沢山きます! 避難です!」
すでにドゥワーフの衆も、隊長たちが野営地とする場まで一旦退避することを決定していた。
「竜族の生物反応感知スキルはエルフ以上ですし、生物がいないとわかれば建物を壊すことはないと思います」
「うむ。そうあって欲しいものじゃ!」
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