第13話 来襲

 五日目。

 ヒタスキは今日は巨馬とたっぷり遊んでやるとのことで、ソロ樹海入り。浮揚茸狩りに精を出す。

 毎日伺ったりするとエルフがよい顔をしない(ような気がする)ので、果物類は一日おいて届けることにする。

 樹海に入っても竜族の気配を全く感じないし、きのこはよく採れる。

 このまま大事にならずにすめばいいのにと思う。

 樹海の少し奥の、なじみの巨石のところまでゆく。

 今年も生えていた。

 浮遊茸。

 本来は高山帯にある巨大な岩石の陽当りのよい岩頂部にほんの少ししか生えない珍奇なる菌で、非常に採集の困難なものだが、ごくまれに平地の巨石にも菌糸が入り込んできのこを形成することがある。

 そんな巨石は稀有な存在で、王国近辺だと僕の知る限りこれしかない。多分、僕以外は誰も知らない。

 いや、浮遊茸が平地にも生えるということ自体、知られていないと思う。

 絶対内緒。

 浮揚茸は水中で浮力をアップさせるが、この浮遊茸は大気中で物質を浮かせる力を持っている。厳密に言うと胞子がそのような効果を発揮するのだが(胞子をより遠くまで運ぶためと推察)、そのメカニズムはいまだ謎で、只今個人的に解明中。魔力が関与していることだけは、わかった。

 浮揚茸と同じく、魔素を持った希少な菌類だ。

 ただ、人体ほどの重さのものを空中に浮遊させるにはとてつもない量の胞子が必要で、手に入れられる範囲で出来ることはそうはないのだけれど……。

 それと、この胞子の魔力は岩とか鉱物、金属の類に対しては発揮されず、例えば人間を浮かせるだけの量の胞子を集められたとしても、手にそのような物を持っていると、浮かない。

 巨石のそばに生えている樹に登って採集。特別な袋に入れて大切に持ち帰る。

 今日はここまで。


 二日連続の浮揚茸大収穫に、商人もとても喜んでくれる。

 「すごいねぇ。中央の市に持ちこむと、えらい注目を浴びてしまうよ」

 「そうなんですか」

 「うん。とにかく供給量が落ちていてね。それに今、かなり必要とされているからね」

 「そうみたいですね」

 「造船技術も航海技術も、どんどん進歩しているからね。東方辺境への海路が開かれるのも、そう先のことではないよ」

 ヒタスキが話に食いつく。

 「そうなのか! 陸路よりも楽かの?」

 「いや、そうすぐには安全な航海が出来るようにはならないと思うよ」

 「そ、そうか」

 しゅんとなるヒタスキ。

 今現在は、この国から最も近い東方の国の港への航海すら、ままならぬ状態だ。

 「剣士殿の持っている剣は、こちらではなかなかお目にかかれないものだね。私も図版でしか見たことがない。東方辺境でも極東に位置する島国の産物ということはわかるけどね」

 「うむ。この大陸とは少し離れた海国の産じゃ」

 「ここまで来るのに大変だったでしょう」

 「いや、聞くほどたいしたことはなかったな。こちらの言葉もすんなり頭に入ってきたしな」

 「さすが、ハーフエルフは様々な面で能力が高いですな」

 ヒタスキは、困惑した表情を浮かべる。

 「んー、我にはよくわからん」

 話をずらそうとしたのか、市に納める売上の二割の額を預かる隊長が、帳簿に記述を終えてにこやかな顔で言う。

 「ふぅー。なんだかこんなに貰ってしまって恐縮だなぁ」

 商人も笑顔で返す。

 「なにか特別報酬みたいなものをあげてはいかがですかな?」

 「いやいや、僕も樹海まで通うための費用が必要なくなったので、助かっていますし」

 「うん、馬の代金くらいは出そうだな。ちょっと上申してみるよ」

 ありがたし。

 「いいなー」

 今日は樹海にゆかずに巨馬と遊んでいたヒタスキが、イチジクを頬張りながら言う。

 「ははは。剣士殿の馬も、値段が決まったら考えてみよう」

 「うーむ。しかしあのお馬はどうしたものか……。仲良くはなれたが、軍馬として教育することなど我には出来ぬ」

 「まぁ、まずは剣士殿が騎乗戦闘を習ってからかなぁ」

 ヒタスキがさびしげな表情を浮かべる。

 「……うむ、そうであろうな」

 「でもね、あの馬はそばに置いておいたほうがいいよ。きっと剣士殿の良いパートナーになるよ」

 「我もそうしたいのじゃがなぁ。我のものではないしな」

 「上手く身請け出来るといいねぇ」

 「うむ。しかし先立つものがないとな」

 「この市で騎士の職に就くのはどうかな?」

 「な、なれるかっ?」

 「大丈夫だと思うよ。その意志があるなら上に伝えるよ」

 「ある! 超ある!」

 その場にいた騎士全員が歓声を上げる。

 「了解です」

 「わーい!」

 「やったぁ!」

 騎士たちとヒタスキは、杯を掲げ合ったりイチジクをぶつけ合ったりしだす。食べ物は大事にしましょう。

 「落ち着いたら騎乗戦闘や集団戦の訓練をしよう」

 「うむ。宜しく頼む」

 ヒタスキは、今日は巨馬と野宿した。


 六日目。

 本日も気持ちの良い秋晴れ。

 監視所に来て、もうすぐ一週間になる。

 今日はエルフ族への贈り物を届けにゆくことにする。ドライフルーツがたっぷりと入った、甘い香りのする袋が二つ。

 三時には帰還したいので早めに食事を済ませ、八時前に出発。

 ヒタスキに菌のベレイ帽をちょっと斜めにかぶせてやると、可愛らしさが大幅アップすることが判明。ついニヤニヤと眺めてしまう。

 「なんじゃお主、ヘンな顔をして。おなか減ったのか?」

 「今食べたでしょ!」

 浮揚茸をテンポよく収穫しつつ、奥地へ。引っこ抜いた浮揚茸の匂いをくんくんと嗅ぎながらヒタスキが言う。

 「ところでこのきのこ、食えるのか?」

 「食べることは出来るけど猛毒があるからやめてお……」の「出来る」まで聞いて、ヒタスキは速攻で握っている浮揚茸を口に放り込もうとしたが、猛禽類並の反射神経でその手をストップさせて、それを僕に投げつける。

 「ちょっと、大事なものだから投げないで!」

 にらむような目つきも可愛らしかった。ちなみに猛毒ってほどではなくて、半日くらいおなかが痛くなる程度らしいです(笑)。

 しかし、ヒタスキはどうにも口がさびしいようで、食べられる果物や木の実を見つけてはすぐに口に入れている。もぐもぐとしつつ、ヒタスキが渋い顔をする。

 「うーん」

 「なに?」

 「……腹がよう減る時は、ろくなことが起こらんのじゃ」


 んっ。


 嫌な感覚。

 この前と同じだ。

 生物反応感知範囲を広げる。

 いた。

 十頭はいる。

 やばい。

 こちらに向かって来ているのは七頭。

 「むっ!」

 ヒタスキの感知スキルにもひっかかったらしい。

 「走るよっ!」

 「おうさ!」

 ヒタスキが僕の荷物を奪い取る。

 「我が持つっ!」

 「ありがとっ!」

 フルスピード!

 ヒタスキが走りながら言う。

 「鉄竜かっ?」

 「多分そう」

 「何頭だっ?」

 「こっちに来てるのは七頭」

 感知スキルは、ヒタスキよりも僕のほうがかなり上のようだ。

 「転ぶなよ!」

 「うん!」

 僕の速度では余裕過ぎるヒタスキが、つぶやくように言う。

 「数が多すぎるっ……」

 樹海の切れ目が見えてきた。監視所方面から、異常を知らせる鐘を叩く音が聞こえる。魔術師が気づいたようだ。

 草原に出ると、すでに騎士が長槍を持って戦闘態勢。皆、さすがの厳しい表情。

 「鉄竜、七頭来ます」

 「一旦退却したほうがよいぞっ!」

 隊長が叫ぶ。

 「全員騎乗っ! 退避準備っ!」

 レンガの家を作っていた職人たちは、すでに荷馬車で退避し始めている。足の遅い鉄竜なので、あせらなくても大丈夫だ。

 僕は弓を取りに行ってから厩舎へ。ヒタスキは草原で草を食んでいる相棒の巨馬のところへ走り、腕をくるくる回しながら言う。

 「お馬! 緊急だ! 頼むぞっ!」

 続けて隊長に向かって叫ぶ。

 「ドゥワーフの衆の様子を見てきてよいかっ?」

 ドゥワーフの工房は、市街とは逆方向になる。

 「許可するっ!」

 瞬時に駆け出すヒタスキ。巨馬が勢いよく後を追う。巨馬がヒタスキに追いついたと同時に、ヒタスキは走りながらその背に飛び乗る。

 「僕も!」

 「よしっ!」

 騎士二人が前に出る。

 「二騎、続いてよろしいですかっ!」

 「よしっ!」

 四騎、馳せる。

 背に乗せているヒタスキ自体が軽量、軽装なこともあるが、巨馬が恐ろしく速い。見事にヒタスキの意志を汲んでいるのも驚きだが、そのスピードも尋常ではない。

 次に軽い僕が大分離されて追う。

 あっという間に鍛冶工房が見えてくる。数人のドゥワーフが長斧で鉄竜と戦っている。敵は三頭。

 ヒタスキが馬を飛び降りる。

 「抜刀っ!」

 シャキン、と音を立てて斬鉄剣を抜く。

 竜の後方へ、もの凄い勢いで走ってゆく。

 「その竜とったっ!」

 獣の速度からさらに加速、俊敏に振られる竜の太い尾をかいくぐって、後ろ足を一閃。

 片足を失った竜が倒れ、轟音とともに土煙が舞う。

 竜の重い尾の攻撃と硬い装甲に苦戦していたらしいドゥワーフの衆も、こうなれば柔らかめの腹部を突き放題だ。

 「次っ!」

 その向こうでも竜とドゥワーフがやり合っているのを見て、超速で地を蹴るヒタスキ。

 後方死角から襲う斬撃。

 なすすべもなく倒れる鉄竜。

 「次っ!」

 瞬く間に三頭の竜を横転させ、状況を一変させる。

 「ドゥワーフの衆、怪我はないかっ!」

 討伐を終えたドゥワーフが集まってくる。

 「東方の剣士よッ! 助力感謝するッ!」

 「大したけが人も出ずじゃ!」

 「警戒しとったからなッ!」

 巨馬がヒタスキのそばに寄ってゆく。きちんと後を追いかけていたようだ。

 「メルリウス! 竜探知!」

 生命反応感知スキル最大限。

 「四頭、こちらに向かって来てる」

 「監視所のほうに出た奴か?」

 「多分そう。やっぱり森から出て人間を深追いすることはないみたい」

 今、豚たちが竜三頭に追いかけられてごはんになっているのは、黙っておこう。

 精悍な顔つきの騎士が、厳しい表情を浮かべている。

 「ドゥワーフの衆、ここは一時撤退をしたほうがよいかもしれませぬぞ」

 ドゥワーフが協議を始める。

 「四頭なら、戦えるッ!」

 「新手が来る可能性もあります」

 「ここは、ワシらの暮らす場所じゃッ!」

 腕を組んで仁王立ちしているヒタスキが、叫ぶように言う。

 「助力致す!」

 「無理はせんでくれナ!」

 「大丈夫じゃ!」

 二人の騎士も言う。

 「我らも助力致しますぞ!」

 「恩に着るゾイ!」

 戦闘のプロフェッショナルである騎士が、即座にドゥワーフの長に作戦を提示する。

 ヒタスキが大回りして竜の後方に出て挟撃、竜がヒタスキに気づいて向かってくるなら、戦わずゆるく逃げて追わせる。四頭より増えた場合は撤退。

 「よしッ! それでいくゾイ!」 

 僕は本隊で生命反応感知スキルを発動、竜の動向を報告。

 ヒタスキが駆ける。

 本隊散開。

 僕は、工房の屋根に上って状況把握。

 地響きが近づいて来る。

 「四頭全部こっちに来ます! 新手はまだ感知出来ません!」

 「オシッ!」

 見えてきた。

 僕は弓を番え、眉間を狙う。

 竜、ごめん。


 キュンッ。


 矢が空気を裂く。

 狙った竜が膝を突き、頭を地面にこすりつける。

 大歓声が上がる。

 命中した。

 この弓では当たりは浅く致命傷にはならないが、足どめ成功。

 二射目。

 「ヨッシャ!」

 「やるノウ!」

 当った。

 「よしッ! まず二頭潰すゾイ!」

 ドゥワーフ二十人と騎士二人、僕の高所からの援護射撃もあって、あっさり片がつく。

 眉間に矢を打ち込まれた竜二匹は、他の二頭が討伐されたのを見てか、樹海の奥へと去っていった。

 「やったゾイ!」

 勝鬨をあげるドゥワーフと騎士達。

 監視所付近で豚を食べていた竜三匹も、食欲を満たしたらしくゆっくりと群れへ引きあげてゆく。

 「とりあえず近辺の竜は樹海の奥に戻ってます!」

 「練菌術師殿、ご苦労であったァ!」

 騎乗のヒタスキが、勢いよく戻ってくる。

 「剣士殿、お疲れじゃッたァ!」

 ヒタスキは鬼の形相で叫ぶ。

 「出番なしじゃったわっ!」

 どっと笑いが起こる。


 一段落して、騎士が言う。

 「ドゥワーフの衆、ご家族は市街に避難させてはどうか? 諸々手配致しますぞ」

 「……かたじけないッ」

 この工房には十家族五十七人のドゥワーフが暮らしているとの事。

 荷馬車で一時避難していた女房子供を戻ってこさせて、僕、ヒタスキ、騎士二人の護衛で市街に向かう事にする。

 ヒタスキがドゥワーフの長に言う。

 「すぐに戻ってくる。無理はしないでくれ」

 「おヌシこそ無理はせんでくれッ! ワシらも引くときぁ引くッ!」

 がしっと抱擁する。

 ヒタスキがドゥワーフの戦士全員と抱擁を交わし、避難隊出発。

 またもドゥワーフたちが彼らの言語を使って小声で話しているのが、聞こえてしまう。『神人』『英雄』を意味する言葉が混じっていることは、わかった。

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