第12話 再会

 四日目。

 朝起きて外に出ると、ヒタスキの巨馬の真黒な体を隊長がブラッシングしていた。かなり仲良くなっているようだ。

 ヒタスキは首を下げた巨馬とお見合いをしていて、なにやらお互いの鼻をくっつけてこすり合わせている。

 僕が歩んでゆくと、すぐに気づく。

 「おう。メルリウス起きたか」

 「おはよー」

 すっかり調子を戻しているように見える。

 「おはよう練菌術師殿」

 「おはようございます隊長」

 「こいつぁ、いい馬だな」

 「人にはいくらか慣れてきましたか?」

 「んー」

 隊長はリズミカルな動作でブラッシングを続けながら、言う。

 「もう少しかな」


 さて、今日も樹海に。

 ヒタスキが通常に戻ったからか、巨馬はあとをついてこない。草原のあっちのほうで草を咀嚼している。

 今日はきのこ狩りをしながらゆこう。

 ヒタスキにも菌糸のマントを羽織らせる。整った美しい顔に、菌のベレイ帽がとてもよく似合う。

 北に向かって樹海を歩きつつ、さくさくときのこ狩り。普通に散策しているとまずお目にかかれない浮揚茸も、カモフラージュ技術次第では、もうそこらじゅうに生えているものだとわかる。

 「じゃあ、あっちお願い」

 「了解じゃ」

 二人、手分けして採る。

 しかし浮揚茸は、ヒタスキが近づいてゆくと何故か高確立で土中に引っ込んでしまう。目視は出来ているので、もぐってしまったやつを掘りおこしているようだ。

 「なんじゃこいつら! 我の気配が判るのか?」

 「なんだろね。採る気満々? 殺気?」

 「お主は何故気づかれんのじゃ!」

 薄桃色の唇を、少しとがらしている。

 「よくわかんないや。淡々と採ってるけどね」

 ヒタスキは文句を言いつつも、笑顔で浮揚茸をわしわしと引っこ抜いている。

 「なかなか楽しいな!」

 「よかった」

 「こんな仕事なら、いくらでも手伝うぞ!」

 「ありがと」

 「力仕事とかはないのか?」

 「ないなー」

 「ないかー」

 ヒタスキがしんなりとなる。

 「ないけどさー」

 「んー?」

 「この仕事が終わったら、うちにしばらく居候する?」

 ヒタスキがぴょんと飛び上がってこっちを向く。

 「い、いいのかっ?」

 「もちろん」

 「わーい!」

 超速で飛びついてくる。

 「ははは」

 思わず笑い声が出てしまう。お互いにぎゅってする。

 ヒタスキは、胸は大きいけど、手足も腰も細くて、お尻も小さめで、信じられないくらい軽い。とても愛らしい。

 こんな子のどこに、とてつもなく常人離れしたパワーが潜んでいるのだろうと思う。

 「ああ、お馬をどうしよう」

 「今ね、城外を考えてる」

 「ん?」

 「引越し。城市の内側はだいぶ混んできてるからね。外側の広くて安い土地を買おうと思ってるんだ。ちょっと浮揚茸や浮遊茸とか、魔素を持った菌類の研究もしたいし」

 「いいな! 我も騎士の職にありつけたらいいのじゃがな」

 手をつないで、てくてく歩く。きのこを見つけて、ぽいぽいと回収。

 三時間少々経過。


 来た。


 エルフだ。

 静寂を纏って、真っすぐに近づいてくる。

 並んで神妙にして待つ。

 昨日と同じように、三ヤードの距離で立ちどまる。

 「こんにちは。森の人」

 「こんにちは。錬菌術師よ」

 いつもと変わらない、無表情。

 「そちらの少女は落ち着きましたか?」

 「昨日は失礼を致した」

 ヒタスキが頭を垂れる。

 「お気になさらず」

 「今日はお聞きしたいことがあって伺いました」

 「竜族のことでしょう」

 「はい」

 「私も、それを伝えたかったのです」

 一層小さくなるヒタスキ。

 「すまぬ」

 「気にすることはありません。森の加護により今日また出会えました」

 「人間は竜を恐れています」

 「そう警戒することもないのです。下級竜とてきちんとコミュニケーションを取れば、襲ってはきません」

 「確かに、人間にも下級竜と交流出来る者はおりますが、一握りです。私にも無理です」

 「ほんの少し、感覚をずらせばよいだけなのですが」

 「人間族には難しいのです」

 「教えろと言われると、困難ではありますね」

 「だと思います」

 少しの沈黙。

 「竜族についてでしたね」

 「竜族の社会に異変あり、といったところでしょうか」

 「竜族の長が亡くなり、次の長を決めるのに難渋しています」

 「……」

 「今、この樹海を生きる場としている竜族の社会は、ほぼ二つの勢力に分かれています」

 竜も、人間みたいなことをしているのだな。

 「この地の竜族は、他種族との衝突を避けるために樹海からは出ぬようにしています。しかし、そういったことにはあまりこだわらない者たちもいます。竜の長がしっかり統べていれば、そういった者を抑止することも出来るのですが、今そのような状況にはなっていないらしいのです」

 竜族も人間と戦をすることを望んでいるわけではない。しかし、竜族にとっては人間は『食糧』でもある。

 いや人間族のほうも、下級竜ならば『獲物』とみているのだが。

 「残念ながら、我々には人間族のテリトリーまで出てくる竜をとめる力はありません」

 溜息しか出ない。

 「……情報ありがとうございます」

 「なにかありましたら、連絡しましょう」

 「感謝します。街でお入用の品がありましたら、なんなりと申しつけください」

 「ありがとう。樹海のほとりに、建物を建てていますね」

 「はい。ご存知でしたか」

 「勿論」

 「竜族の動向調査で、臨時の拠点を作りました」

 「あなたは常駐しているのですか?」

 「九月はおりますし、それ以降もしばらくいることになると思います」

 「では、危急の際はそちらにお伺いしましょう」

 「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 静寂に包まれる。

 エルフは、相変わらずの無表情で言う。

 「また、お会いしましょう」

 「はい。ぜひ」

 「よろしく頼み申す」

 エルフは、森閑を残して去ってゆく。僕たちは、監視所に帰ることにする。

 今日は途中でお弁当を食べる。

 「森の中で食べるごはんも、なかなかじゃな」

 ヒタスキは陽気に言った。

 僕は、すっかり顔に染み込んでしまっているらしい作り笑顔で、答えた。


 樹海から出ると、司祭が立ってこちらを見ていた。ちょっと驚いた。

 二人並んで頭を下げる。

 「いらっしゃっていたのですか」

 「うむ。様子を見に来たよ」

 司祭は柔和な笑みを浮かべている。

 「きのこの生育具合はどうかね?」

 「良い感じですね。来年も冷夏はないと思います」

 「うむ。拙僧の読みも同じだ。今の所は来年も豊作だね」

 僕はきのこの状態を見て、自然の変化をある程度推察することが出来る。

 司祭は多分、動物、植物、太陽や星、空気の動き、様々な要素から情報を取り出して判断を下しているのだと思う。

 お互いに少し沈黙する。

 「エルフに会って参りました」

 「うむ」

 聞いたことを話す。

 司祭は笑顔を変えずにうなずく。

 「ご苦労様でした。引き続き宜しくお願いします」

 「はい」

 「エルフへの贈り物として、南方の果物を取り寄せた。彼らのもとに持っていってくれるかね?」

 「承ります」

 詰所のテーブルにイチジクとナツメヤシを乾燥させたものが山盛り状態。いや、これは皆で食べる分で、エルフへのものは別袋で用意してあった。旬のものではあるのだがこれらは痛むのが早く、こんな北方までは生の状態ではもたない。

 詰所にいた騎士たちと軽い会話を交わす。

 皆とてもリラックスしていて楽しげだが、この人たちはいつでも臨戦態勢に入ることが出来るのだ。数日一緒にいただけでも、彼らが並の戦士ではないと感じた。

 イチジクはとても美味しかった。


 夜になったので寝ようとしたら、ヒタスキがやって来てもじもじしながら言う。

 「い、一緒に寝てもよいか?」

 「馬は大丈夫?」

 「うむ。そろそろよかろう」

 雨がぱらりときそうな雲ゆきだった。

 「じゃあ一緒に寝よ」

 灯を消して二人で服を脱ぐ。布団に入って手を繋ぐ。

 ヒタスキは小声でささやく。

 「いろいろすまなかったの」

 「ぜんぜん」

 「メルリウスは優しいの」

 僕はヒタスキの小さな手を握りながら言う。

 「いっぱい甘えていいよ」

 ヒタスキは返事をしなかった。

 もう寝ていた。

 うっすらと雨粒が屋根に当たる音が聞こえ始める。

 多分朝までにはやんで、晴天になるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る