Track-9 打ち上げはライブの後で

「俺に味噌カツ食わせろ~味噌の風味が、俺をhigh にするぜ~」


 名古屋市内の小料理屋。テーブルを囲むボクらの輪の中であにきが意味不明な歌声をあげていた。


「あにき呑みすぎだって」

「そうだよ。明日早いんでしょ?」

「うるせぇ!これが呑まずにいられるかってんだ!!」


 あにきが4杯目のビールジョッキに手をかけた。「と、見せかけて~」そういうとあにきは隣のマッスが飲んでいたコーヒーカップを手にとった。


「嗚呼 コーヒーを飲むよ

タバコも飲むよ 飲むよ

お酒も 飲むよ 飲むよ

何だって飲むよ


人を物真似した 後先とか考えちゃ駄目だよ

だってそもそも今日(こんにち)の自分なんて初めから無いも同然だからね


もういいかい? そりゃそうだよ

例えばそれがむちゃくちゃな要求だろうが

例えばそれが傲慢(ごうまん)な女のわがままだろうとさ

飲むよ 飲ませてちょうだいよ


いいねぇ 飲む達人になりたいね

ある意味もう憧れに近い感じがあるよ

赤塚不二夫にキースリチャーズねぇ 野坂昭如に藤原組長でしょ

粋だねぇ 下町情緒だよね


あぁ それはちょっと違うか 脱線しちゃったね 脱線だねぇ

でも僕はね、脱線はいいけど惰性で生きちゃ駄目だねぇ

これ僕のポリシーよ 惰性で生きちゃ駄目 これ僕のポリシー

上手い事言った! 上手い事言った! 」



「ダメだこりゃ...」完全にラリってるあにきを見てお手上げ、って感じでボクと三月さんは両手をあげた。


「くはー!」カップの中身を飲み干すと今度はうなだれるようにあにきはテーブルに頬を擦りつけた。


「せっかくわざわざ名古屋まで来てよぅ、出演全部カットとか、おまえら悔しくないのかよ!?ああん!?ちゃんとキンタマついてんのか!?おおん!?」


「あにきさん、迷惑だから」マッスが席を立ってあにきを介抱しようとすると後ろの席でガタン!とジョッキをテーブルに叩きつける音が響いた。


「うっせーぞ!!こらぁ!!!イキってんじゃねーぞてめーらぁああ!!3.11思い出せこらぁああああ!!!」「へ?」「はひ!?」


 急な怒声にボクのキンタマが縮み上がる。


「こんなトコで飯食わせんじゃねぇ!クソが!!」


 真っ赤な顔をした金髪の青年がテーブルに札を叩きつけるとボク達を一瞥して店の外に出て行った。


「な、なんだったんだ一体」嵐が去った後にボクが汗を拭うと速攻でいびきをかき始めたあにきを抱きながらマッスが言った。


「どうせパチやスロットで有り金全部スりましたって感じのクソ野郎だろ」

「あんまり気にしないほうがいいよ」

「そ、そうだな!せっかくだからもっと食べ物頼もうぜ!」


「あれ~キミ達今日の『We Row』の収録に来てた子じゃなーい?」


 ボクらが振り返ると入口に身長180オーバーのイケメン風のふたりが手をかけて立っていた。


「俺らの事知ってるー?」

「えっと」

「フォークデュオの『アメージング・アメジスト』のコージとジョエルさんですよね!?」


 あつし君が彼らに向かって声を出した。するとジャギジャギした前髪の方があつし君の体をてっぺんからつま先まで見て言った。


「うわーキミ、ファッションセンスゼロだなー。よくそんなカッコで外歩けんね、マジで」


 ふたりがゲラゲラと笑うとあつし君が恥ずかしそうにうつむいた。笑いが収まると坊主頭の方がボク達に言った。


「収録の後大隈さんからキミらのブイ見せてもらったけど、笑い過ぎて死ぬかと思ったぜ」「おい」

「ちょっと」立ち上がるマッスを三月さんが止める。


「今時そんな泥くせーロックなんか流行んねーって。てかロックって欠陥音楽じゃん?コードはあらかた出尽くしてるし、気持ちのいい響きってのは限られてくる。

表現の幅が狭すぎてみんな似たような曲になるんだよね。それに演奏はヘタだし何がしてーんだか、ほんと理解不能って感じ」


「何が言いたいんだ。おまえ達は」


 マッスが尖った目を向けるとふたりは少しだけたじろいだ。


「おいおい、待ってくれ。何も喧嘩をふっかけようとして言った訳じゃねぇよ」

「女にモテてプロとしてやりたかったら俺達みたいに要領良くやってオシャレな音楽演ってけばいいじゃん、ってアドバイスしに来たって訳よ」


 薄ら笑いを浮かべるとジャギジャギ頭が坊主にこう言った。


「行こうぜ。こんな貧乏臭い所で飯なんか食いたくない」

「そうだな。ここに居たらだっさい空気が移っちまう」


 そう言うとふたりはヘラヘラした顔をしながらドアを閉めて去っていった。


「あいつら、ちょっとスタイルいいからって調子に乗りやがって」


 マッスが椅子に座ると店のおばちゃんが料理をテーブルに運んできた。


「ごめんね。貧乏臭いとこで」

「いやいや!そんなことありませんよ!ささ、あんなヤツらの事なんて気にしないで早く食べようよ!」「そうだな」


 あつし君が場の空気を取り持ちボクらは名古屋名物のひつまぶしや手羽先に舌鼓を打った。あにきが目を覚ますと彼に会計を支払ってもらいボク達は店を出た。



「で、これからどうする?」


 いたずらっぽい顔であにきがボク達に聞いた。

「そりゃ、もっと練習していい演奏をして...」

「おい、まじめか。おまえ」


 マッスがニヤケながらボクの胸を肘でつつく。「せっかく名古屋に来たんだぜ?夜を楽しまないとなぁ。フヒヒ」


「はい!わたし、映画観に行きたい!」口からヨダレを流すあにきをよそに三月さんが勢い良く手をあげた。


「おい、どうしたんだ急に」マッスが驚いたように三月さんに訊ねる。


「わたし、旅行したらひとりで映画観にいくのが夢だったの。なんかオトナって感じでカッコいいじゃない?」

「は、はぁどうも。これ、ホテルのカギ。三月さんは個室とってるから」

「サンキューね。ティラノ君のお兄さん!」


 あにきから鍵を受け取ると三月さんは弾むような足取りで繁華街を駆けていった。


「さて、邪魔者はいなくなった」あにきが2010年ワールドカップで奇策が的中した岡田監督のようにカッコ良く手のひらで眼鏡を押し上げた。


「あ、あにき...」「ひょっとして...」「ヤル気ですか?」ボクらが恐る恐る訊ねるとあにきは縦に小さくうなづいた。


「そ、そんな!いままで28年守り抜いてきたモノをどこの馬の骨かわからんヤツに捧げてもいいっていうのかよ!?あにき!?」

「いいんだ。そろそろ現実リアルと向き合う瞬間トキがやってきたのさ...」


 ボクが必死に諭すがあにきの決意は固いようだった。「それじゃ、イってくる」ボクらはあにきに敬礼すると彼の勇姿を人ごみに紛れて見えなくなるまで見つめていた。



「おまえのあにきさん、大丈夫かなー」繁華街を歩きながらマッスがボクらの先頭に立って呟いた。


「せっかくだからオトモしてやれば良かったのに」ぼんやりあつし君が呟くと「あ、キミ達ちょっと、ちょっと!」と言いながらボク達の前に女の子2人組がやってきた。


「キミ達今日の『We Row』でライブ演ってた人でしょ!?」

「は、はいそうですけど」


 ショートカットのパンクっぽい格好をした女の子が目を輝かせながらボクらに訊ねると、後ろにいた背の高い凛々しい顔をしたベリーショートの女の子がボク達に言った。


「今日、こいつと『We Row』の収録観に行ったんだよ」

「そう!私ロックのライブ初めてだから興奮しちゃった!」

「そ、そうなのですか!?それはどうも!」


 ボクが声を裏返すとあつし君がちょいちょい、とボクの肩をついた。「ひょっとしてバンギャってヤツなのかな?彼女達」


 ば、バンギャってもしや、あの。バンドマンとおファックするために全国を行脚してるヤリマン集団の事ですか!?


 ボクがカオスの渦と化している頭の中を整理していると女の子ふたりはマッスとすっかり打ち解けていた。


「私、二川えみこ!で、こっちが友達のかるまちゃん!」「野原駈馬」

「えみこちゃんとかるまちゃんか。俺はT-Massの鱒浦でーす。えみこちゃんはどんな音楽が好きー?」

「ローリングストーンズのジャンピングジャンクブラッシュかな!」

「...ジャンピンジャックフラッシュだろ。にわかが」「かるまちゃんひどーい!」「ははは!それよりこの後2人共暇?」


 マッスが彼女らに聞くとボクとあつし君は唾を呑み込んだ。「え、暇だけど」「よし、じゃあダーツバー行こうぜ!おまえらも来る?」


 振り返るマッスを見てボクはなぜか彼らに嫌悪感を抱いた。


「いや、ボク、ホテルで曲書かなきゃいけないから」

「えー?すごーい!作曲出来るんだ?」


 二川えみこさんがボクを見て目を輝かせた。でもその輝きがなんか一過性の、本音でない気がしてボクはこの場から立ち去りたかった。


「それじゃ、マッス明日遅れんなよ」「ういーす」「お、おいティラノ!」


 繁華街を抜けるボクの後ろをあつし君がついてきた。「い、いいのかよ!チャンスだったじゃん!今の!?」


「チャンス?」ボクは呆れてあつし君を振り返った。


「ひょっとしてキミ、彼女らと深夜のデートに繰り出して、あわよくばその後おまんこできるんじゃね?とか考えちゃったワケ?」


「恥ずかしながら...」「あのさぁ...」ボクは額に手を置いて彼に言った。


「ボク達がなぜ名古屋に来てるのか考えろよ。向陽ライオットで良い演奏をして優勝するためだろ?女にのめり込むのはその後でいいだろ」


 ボクの言葉を聞いてはっとしたようにあつし君は表情を変えた。


「そ、そうだよね!遊びに来たわけじゃないもんね!よーし、ホテルで自主連してマッスに差をつけてやる!おかげで目が覚めたよ!ありがとうティラノ!!」


「うむ、気づけばよろしい」


 ボクらはその後ホテルにこもって新曲の歌詞を考えたり演奏の意見交換をした。そして1時頃就寝するとその1時間後にあにきが石鹸の匂いを漂わせながら部屋に入ってきた。


「洋一、遂に、終わったよ」ボクは布団を被ってあにきの言葉を聞かなかった事にした。


 おめでとう!あにきはこの日、バージンブラザーからエクストラバージンブラザーに進化した!


 こうして長い長い名古屋での激闘の1日が終わったのである。続く!



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T-れっくす まじろ @maji

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