Track-8 イジメられっ子の詩、んC

「演奏はオールカットだ。洋一」


 テレビ局の廊下の角を曲がるとあにきが腕を組んで壁にもたれ掛かってボク達に言った。


「せっかく出してもらったのにすいません。ティラノのお兄さん」


 あにきに顔を向けられないでいるボクの横を通ってマッスがあにきに頭を下げた。


「いいよ、別に」あにきは眼鏡を指で押し上げるとふー、とひとつ息を吐いて天井を見つめた。


「ま、残念だけど仕方ないよな」「鱒浦くーん、ジュース買ってきたよー」


 ボクらが振り返ると三月さんがコンビニ袋に缶ジュースを詰め込んでこっちへやってきた。


「『We Row』、出られなかったんだって?」三月さんに訊ねられてあつし君がしどろもどろになる。


 ボクらが10数分前に演奏したBスタからは観客のアンコールに応える『サブカルチャーテレビジョン』の演奏が響いていた――



 DHK放送局のBスタジオのステージにあがるボク達を待ち構えていたのは地元音楽ファンの冷たい視線だった。


「おいおい、誰だよこいつら」「早く『サブテレ』観たいんですけど」楽器を手に取るボクらを嘲笑うような会話が途切れ途切れに聞こえる。


 こういう態度をお客さんに取られる事は以前にもあった。でもこういった事態はある程度予測していたしこの時はボク達の演奏でその悪口を歓声に変える事が出来ると考えていた。


 ディレクターにキューが出るとボクはマイクを握りしめてステージの上から一段低い所に座る観客に向かってMCを始めた。


「やあ!オレ、向陽タウンのティラノ!」

「向陽タウンってどこだよ」

「いきなりスベってますけどー」


 最前席でボクにメンチを切っていたヤンキー二人がボクを冷やかすと伝染するように乾いた笑い声がスタジオに響いた。ベースのマッスが何やってんだよ、という顔でボクを見る。わかってるよ。ボクはAカメの位置を確認するとそれに向かってピックを握った右手を突き出した。


「ネバダから来ました、向陽町を代表するロックバンド『T-Mass』です!今日は『ザ・テレビジョン』に負けないようなアツイ演奏をしていきますんでよろしく!!」


「は!?」

「『ザ・テレビジョン』じゃねーよ、『サブカルチャーテレビジョン』だっつの!!」

「おまえらホントにロックなんか出来んのかよ!?」


 予想通りボクのバンド名間違いに噛み付く観客を前にボクらは演奏のスタンバイをした。メンバーと歌いだしのカウントを確認するとボクはマイクに向かって金切り声をあげた。


「イクぜ!!『DQN撲滅大作戦』!!!」


 アンプからボクが弾くじゃぎじゃぎした音色がスタジオに響くと観客が一気に怒鳴り声をあげた。その合間を縫うようにマッスのベースとあつし君のドラムとボクのボーカルがスタジオに響いていく。



「昔ボクをいじめてたヤツがこないだテレビに出てたよ。彼の横にはきれいな嫁とたくさんの子供。泣かしたボクの事なんて気にせずに整体師なんかで生計たててんの


ドキューン、ドキューン。むかつくぜー 発売日に予約して買ったゲームソフト さっさと返せよコノヤロー


ドキューン、ドキューン。なぐりたいぜー こんなの絶対おかしいよー


チンピラ、DQNは今すぐ死ね!今すぐ死ねよ!! die dye だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」


 ボクとマッスが拳を突き上げると前にいたヤンキーが立ち上がってボクに殴りかかろうとしてきた。しかし彼はクマ面のディレクターに体を掴まれて退場した。


 冷や汗を拭うとボクとマッスはタイミングを合わせて飛び上がり空中で弦を引き下ろした。ジャーン!という残響音の後にあつし君がシンバルをミュートする。


 血気盛んな若者がボク達を見て野次をとばす。


「おーい、おまえらふざけてんのかよー」「バンドごっこは家でやれよー」「そうだそうだー」「ロックを舐めんじゃねー」


 ブーイングを浴びるボク達を見て目の前でしゃがむディレクターが「もう1曲!」のカンペを出した。ボクらは顔を見合わせてうなづくとボクは目の前の客にこう言い放った。


「みゃあみゃあうるさいみゃあ!!!」


「!?」


 ボクの怒鳴り声に一瞬客がひるむ。ボクは次の曲のタイトルをコールした。


「聴いてくれ!『ロッキン・ドッキン・ホース』!!」


「ずっきゅん、ばっきゅん、つーいてーる!よつになって、ハイになって

ロッキン・ドッキン・ホースで踏んでけ ボクの心のアイアンホース


バケツ1杯分の愛情でキミと混じりあいたいな ベイベ!!」


 間奏中、うぉら!と言わんばかりにボクは左足を上げて客を挑発した。


「はぁあああ!?舐めてんじゃねーぞ!てめー!!」


 モヒカン刈りの少年が立ち上がるがまたもクマディレに制止された。はは、いい気味だぜ。ボクは必死に演奏するマッスの顔を見てニヤけるとサビのフレーズを歌った。



 新曲を立て続けに披露したボクらはそれなりに満足感はあった。「T-Massの皆さん、ありがとうございました!」大柄のディレクターがボク達をかばうようにして入場した場所とは別の退路を示した。


 ステージに向かってゴミを投げる客がいたからだ。


「やれやれ...おんなじ音楽ファンとして嘆かわしいね」

「おまえが挑発するからいけないんだろ」


 後ろにいたマッスがボクの背中を小突く。「イヤー、いい演奏デシタ」ボク達の演奏を見ていたガショーが一定のリズムでぱん、ぱんと手を叩きながらボクらに気味の悪い笑顔を向けた。


「決着は次あった時に着けようぜ」「いえ、もう勝負はついてるはずデース」「なにをぅ!?」「やめろって」


 エキサイトするボクの肩にあつし君が手を置いた。「オンエア、楽しみにしようぜ」マッスがそう言うとガショーがドアを後ろ足で蹴り上げてボク達に手を振った。


「それではブラウン管でお会いしましょう。また来週!」

「ふん、とんだピエロ野郎だぜ!」


 ボクらはふんがいしながら楽屋に繋がる廊下を歩いた。その途中であにきと出くわしたのである。



「なにがいけなかったのかな?」


 廊下の真ん中であつし君が呟いた。「気にすんなよ。単に編集上、尺が足りなくなっただけだって」


 マッスがあつし君を励ますように彼の肩を叩いた。ボクらは誰も口にしなかったがなぜ自分達のライブがオンエアされないのか、わかっていた。


 ボク達T-Massは他の演者たちと比べて圧倒的に演奏技術が足りていなかった。T-Massはテレビに出演したがその映像はお蔵入りとなってしまった。


 こうして不完全燃焼のまま、T-Massの全国ツアーの1日目は終わった。


 ボクらは受付に入館証を返却すると悔しさを滲ませながらハイエースに乗りこんだ。


「ちくしょう。ゼッテーリベンジしてやっからんな」


 名古屋の空に向かってそびえ立つビル群を見ながらボクはくちびるを噛み締めた。



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