Track-7 開戦のフレンドリーファイア

「さあ、今週も始まりました守谷和善の音楽ターミナル『We Row』。司会のモリヤです」

「アシスタントの番場まりこです」「今週もよろしくおねがいしまーす」


「うわー、遂に始まりやがったぜー」Bスタジオの楽屋裏、ボクらT-Massがモニターの画面を眺めながら呟いた。


 隣にいたあつし君がぶるぶると震えだす。「どうしたあつし、くちびるが紫色だぞ?」


 マッスが訊ねるとあつし君はやっとの思いで口をぱっと開いて早口でまくしててた。


「お、おれたちがテレビに出れるなんて!それもあの有名な『We Row』にゲスト出演って!お、おれヤバイ。緊張してぶっ倒れるかも」「おいおい...」


 あつし君が下を向いておえぇ、とえづき出した。「そんなんで緊張してどーするんだよ」ボクは平静を整って汗まみれの手のひらを握り締めた。


「これからビッグになって徹子の部屋出たり満員の武道館でライブ演ったりするんだろ?こんなトコでいちいちうろたえててどうするよ?」


「あいつの言うとおりだぜ、あつし。ちっとはティラノの無神経さを見習えよ」


 マッスがあつし君の姿を見て笑った。ボクはモニターに目を移した。さっきボクを馬鹿にした『かふぇもか☆ふらぺち~の』の面々がモリさんに猫撫で声で話している。


 けっ、カワイコぶりやがって。ボクがひとつ舌打ちをするとスタッフがボク達に声をかけた。


「ティーマスの皆さん、まもなく出番です。スタンバイお願いします!」「おぇええええ!」あつし君が前かがみでえづき出す。


 彼の背中をぽん、と叩くとボクは二人に向かって声を張り上げた。


「よし!いよいよT-Massの全国ライブツアーの初陣じゃ!前置きが少し長かったけど俺達がモノホンの3ピースロックバンドだって事をみんなに証明してやろうぜ!

皮被りアイドルの化けの皮はがしに出かけようぜ!エブリバディー!!」


 エレカシ宮本のように叫ぶとマッスが不敵に笑いボク達に手を差し出した。


「よし、いつものやるか!」T-Massライブ前の儀式だ。ボクらは円陣を組むように輪になった。マッスが勢い良く声を張り上げる。


「いくぜ!」

「お、おう!」

「セックス!」


 ディレクターが呆れた顔でボク達を見つめるとボクらは既に撮影が始まっているBスタに向かって歩いた。



 『We Row』はモリさんとアシスタント、それなりに人気のあるミュージシャンが出演するAスタジオとボクらのような新人バンドマンが演奏するBスタジオの二つのスタジオで撮影が行われる。


 廊下を歩いている途中でマッスが壁のポスターを眺めながら呟いた。


「今日、番組のトリで『サブテレ』が演るらしいぜ。なぜかBスタジオで」


「『サブテレ』って言ったら今度、那須ロックにも出るカナダのロックバンドだろ!?」


 驚いた顔をしてあつし君が声をあげた。前を歩いていたベテランのスタッフがボク達を振り返った。


「『サブカルチャーテレビジョン』は今日の目玉出演者だ。そうだな、おまえらはさながらそいつらの前座、って事だ。せいぜい客を冷めさせないように頑張るこったな」


 いやらしい笑みを浮かべるそいつを見てボクはへっと笑った。


「サブカルがメディアに歩み寄ったらその時点で終わりだろうが。その瞬間にロックはロックではなくなるんだ!」

「なに言ってるんだおまえ」

「ただのバンド名だから...」


「よーし、おまえらは次の演奏者だ。ここで待ってろ」


 スタッフがスタジオの前でボクらを止めるとキーンとマイクのハウリングの音がなった。「始まったな」歓声がステージに上がる音楽グループを包み込む。


「あ、あいつ!」あつし君がDJブースについたガショーを見て声をあげる。


「なるほど、ガショーはディージェーだったのか!」


 ボクが手をポン、と叩くとハンドマイクを握ったボーカル二人が集められた観客に手をあげたて挨拶をした。


「どーも、『マスモン』でーす!」「聞いてください『TOKYO』」


 アシさんのキューが出ると舞台の照明が切り替わり後ろのスピーカーから音楽が流れ出した。気合の入った顔でステップを刻みながらボーカルの二人はハキハキとした発声で歌いだした。


「僕らは春になったら東京に行くんだ」「東京に行ったら夢を叶えるためにバイトをするんだ」


 都会に対する憧れや希望を綴った歌詞に変拍子のリズムが彩りを加える。

「なんかサカナクションっぽいよな」「いや、どっちかって言うとfriendlyfires に近いな」

「誰それ?」「イギリスの一発屋バンド」


 ダンサンブルな変調を聞いてボク達は曲の感想を呟く。「東京では楽しい事がいっぱいさ」曲が終わると歓声が鳴り、次の曲をガショーがスクラッチで繋ぐ。ステージ袖ではスタッフが慌ただしく動き始めた。


「はい、CMでーす」演奏が終わるとガショーを先頭に『マスモン』の3人がボクらの方へ歩いてきた。


「お疲れ様デシタ!」額の汗をタオルで拭うとガショーはボクの肩に「10円」の値札を貼り付けた。「さっきの仕返しデース」


 ボクがそれをはがすとにっと笑ってガショーは話を続けた。「アレはお口にあいまシタ?」「は、この野郎、舐めやがって」

「おい、やめろ。出演前だぞ」


 マッスがボクとガショーの間に割って入った。「はい!ティーマス早くスタンバイして!」スタッフがボク達に声をあげる。


 ボクは深く長い息をつくと胸の前で十字をきり、観客の入ったスタジオに向かって歩みを進めた。


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