Track-6 モリさん、お疲れっした!…えっこれからOA?

 守谷和善の音楽ターミナル『We Row』は1993年にスタートした名古屋ローカルチャンネルDHK(でらおもしれぇー放送局)を代表する音楽コンテンツである。


 番組の成り立ちは当時女性問題や事務所とのカネのトラブルで東京での仕事を干された守谷氏が再起のきっかけとして地元である名古屋で友人ディレクターと一緒に始めたのが最初。


 スーツにサングラスというマトリックスのエージェント・スミスを彷彿とさせるスタイリッシュな守谷の外見とゲストに対するつかみどころのない司会っぷりが視聴者に受け、すぐに人気番組に成長。90年代後半には国内外の有名ミュージシャンを番組に招くなど名古屋のみならず全国の音楽ファンのマスト番組となった。現在は音楽業界の冷え込みと番組経費の削減によって地元ミュージシャンを主にゲストとして取り上げる構成に変化

(番組自体も土曜のゴールデンタイム1時間から夕方スタートの25分番組に縮小)。


 それでも新しく新米バンドやアイドルを取り上げるコーナーを生み出すなど絶え間なく進化を続けている。


 総合デパート栄Liftの最上階の一室、ツリーレコーズ制作のステージに立ち、モリさんの曲紹介で演奏を始めるのは全ての新人ミュージシャンにとっての憧れであり、夢である。



「ども~『かふぇもか☆ふらぺち~の』で~す」

「よろしくお願いしまーす」

「うおおおおぉおおお!!!」シコシコシコ


 DHKテレビ局のスタジオ。ここでは今日の18時に放送される『We Row』のリハーサルが行われていた。スタッフ十数人に囲まれてステージで踊るのは現在売り出し中のアイドルユニット『かふぇもか☆ふらぺち~の』だ。


 ステージ横の大型スピーカーからポップでキュートなミュージックが弾け出す。ボクは背景のセットに紛れこんで彼女らのダンスを真近で眺めていた。


「ヘイボーイ、私のお肉を食べてねダーリン。野菜も食べなきゃダメよ(栄養が!)ターリン。彼氏いない歴17年、私のジュースも飲んでよダーリン ロシアの政治家スターリン。生まれはゴリ(ウホ!)


みらくるはじける魔法のロリポップガール」



「うほほほほぉほほほ!!!」スコスコスコ


 アウェイクン・ザ・サン。ボクの息子が目を覚ますと小道具の発泡スチロールをオナホ換わりに息子を突っ込んで彼女らの太ももやパンチラなんかを眺めながら手早くしごき始めた。


 え?オナ禁?そんな事関係ねぇよ!私は今しか知らない。貴方の今に閃きたい。吐き出された精子は一瞬の光となってプラスチックに焼き付いた。


 写真機はいらない。股間を持っておいで。これが最後だって光って居たい。


「はい!ありがとうございましたー」


 カントクのオッケーサインが出ると音楽が止み、広島からやってきた3人組の女の子達は無言で舞台袖に引っ込んだ。おほ、遂にきたぜ。このトキがよォー。


 人気女性雑誌シックスナインティーンの専属モデルはるのさんを先頭に彼女らはボクが駆け足で向かった先の廊下に歩いてきた。


 ここで会ったも何かの縁。サイン頂くしかないっしょ?いや!そんな受身でどうする洋一!ここはいっちょ、将来人気アイドルになろうであろうはるのちゃんに手をつけておくしかあるまい!


 人気ロックスターと国民的アイドルのビッグカップル。週刊誌的に見ても話題に不足はないはずだ。よし!


 平野洋一、人生初ナンパ、行ってきますっ!ビシィ


「あ、あの!『もか☆ぺち』のはるのさんですよね!シックスナインティーン、毎月読んでますっ!すげぇファンなんで、よかったら握手してください~」


 まずはボディコンタクトだ。ちんこをしごいた手を差し出すボクの声にはるのさんがちらっと目を向けると彼女の口からシンジラレナイ言葉が口をついて飛び出した。


「は?なんだテメ?話かけんな。このじゃがいも」


 予想外の言葉にボクは一瞬ひるんでしまう。くっ、くじけるな洋一!ここはマッスを見習ってチャラ男トークだ!


「ヘ、ヘ~イ。そんな事言わずにさぁ~、ボクとちょっと遺伝子組み替えてみな~い?」

「ちーちゃんちょっと」「うっほ」


 はるのさんの後ろにいた身長189cmのパワータイプアイドル、ちーちゃんがボクの両脇を持ち上げた。


「な!なにをするんだ!?」「このゴミ、捨てといて」「うっほ」


 ちーちゃんはボクを抱え込むと一歩、二歩とドリブルし、燃えるゴミのカゴにボクの体をゴリラダンクで叩き込んだ。


「ウホ!」

「ははっおもしれ」

「ちーちゃんはパワフルかつダイナミックだね~まるで怪力の論理積だよ~」


 後ろから歩いてきた『もか☆ぺち』メンバーのパリューカ(本名:張本由香)がその姿を見て笑った。ボクはゴミ箱から顔を出すとムカついて声を張り上げた。


「この畜生アイドルが!せっかく有望なアイドルがいるからって見に来たのになんだこの仕打ちは!『彼氏いない歴17年~』なんて夢見させるような事言うな!!」


「は?別にそんな事言ってねぇし。歌と現実の区別くらいつけろや。このたまねぎ頭」

「誰がながさわ君だ、こらぁ!」


 ボクがゴミ箱から飛び上がるとはるのは防犯ブザーを引き、騒ぎに気が付いた警備員が走ってきた。「なんの騒ぎだ!?」警備員が声をあげるとはるのは猫撫で声でこう言った。


「きゃー、こんなテレビ局の中にまでストーカーがー。こわーい。なにかされてしまうのかしらー?再犯防止の為にも出来るだけ重い罪でしょっぴいてくださいなー」

「なに!ストーカーなのか、おまえ!?」

「ち、ちがいますぅ!出演者!今夜の『ういろう』の出演者ですぅ!」

「出演者?おまえが?」


 はるのがボクの方を振り返った。「ボクはT-Massのティラノ洋一だ!覚えとけ!この枕営業アイドルが!」

「ちょっとキミ、奥の部屋来なさい」

「ちょ、ちょっと~」



 …ボクはその後、警備員に連れていかれて尋問を受けた。テレビ局に入った時にスタッフ証のようなモノをもらうのだが、ボクがそれを忘れてきてしまったためちょっと面倒な事になった。


 スタッフルームで警備員二人が僕に質問を繰り返す。位置関係としては大体こんな感じだ↓



壁壁壁壁壁窓壁壁壁

壁           壁

壁 警机僕  警  戸

壁           壁

壁 モニター   壁

壁壁壁壁壁壁壁壁壁



「なにか身分を証明できるモノは?」

「いえ、財布もケータイも全部楽屋の金庫に置きっぱなんですよぉ~」

「本当に不審者じゃないんだな?」「はい!今日のライブの出演者です!」「そんな事言われてもね~」


 警備員のひとりが立ち上がって防犯カメラの映像を眺め始めた。「あっ!」思わず声が出た。モニターにはスタジオでリハーサルを始めたマッスとあつし君の姿が写っていた。


「早く行かないと!」「こら、どこへ行く?」ボクが立ち上がると警備員のひとりがドアを塞いだ。


「そんなぁ~ツアー初日からみんなして意地悪しないでくださいよぉ~!」ボクはまじで泣きそうになった。すると部屋の窓がこんこん、とノックされた。


「何の騒ぎだ?」


「は、はい!Aスタジオ前で不審者が現れたとの事で、尋問中です」

「開けてくれ」


 ドアが開くと背の低い初老の男性が部屋に入ってきた。「キミが不審者?」「いや、違います!T-Massのティラノ洋一です!」「だからそれを証明出来るものはねぇのかよ!」


 警備員が刑事ドラマのようにテーブルを叩いた。「まあまあ。おや、キミは...」老人がそいつをなだめると後ろの警備員を振り返ってボクの顔を眺めまわして言った。


「…うん!この子は不審者じゃない。ここから出してあげなさい」「で、でも!」「おい」ボクの目の前にいた警備員が入口に歩み寄ってもうひとりに耳打ちした。


「いいだろう。開放しよう」


「まじで!?ありがとう小さいおっさん!」ボクがおっさんの手を握ると「ちゃんと手は洗った?」とぱっとした笑顔でおっさんは笑った。


「はは、バレてたか」照れ隠しで頭を掻くと「早く行ってあげなさい」と言い、おっさんがモニターを眺めた。画面の中ではマッスとあつし君が困惑した表情で突っ立っていた。


「おまえら待ってろ!遅れてきたヒーローである俺がおまえらの世界を救ってやるからよ!」


 ボクは警備員の顔の位置を計算してドアを蹴り上げるとヤツの悲鳴を合図にテレビ局の廊下を駆け出した。まったく、どいつもこいつも邪魔しやがって。番組開始の時間が刻々と近づいていた。


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