Track-5 れっくす、名古屋上陸...!

 親戚の山上家を出たバンドワゴンは峠を下り、狭い路地を抜けて名古屋市街に繰り出した。駅前は賑やかに人が行き来してて大きなビルやホテルが立ち並んでいる。


「おー!ついに来ました!T-Mass名古屋上陸!俺達の想いの丈をぶつけてやろうぜ!ブラザー!!」


 車内でボクが声を張り上げた。決戦の舞台が近づいてきた事を感じ、メンバー達が落ち着き無く体を揺らし始める。マッスが運転席のあにきに訊ねた。


「それにしてもよく栄Liftに出れるようなアポが取れましたね?」


「Liftって結構有名な所なんでしょ?」


 助手席の三月さんがこっちを振り向くとあにきが眼鏡の上からかけるタイプのサングラスを外してボク達に呟いた。


「おまえら、ホントに俺のコネなんかでLiftでライブが出来ると思ってんのか?」

「え?」

「それはどういう...?」


 ボクらが聞き返すとミラーの中であにきが口を横に開いた。


「当たったんだよ!番組のニューカマーバンド出演枠!T-Massのデモ音源をツリーレコードに送ったら偶然今回のライブの出演権が貰えたんだよ」


「そっか、だから全国ツアーなんてやろうと思ったのか!」ボクが納得して手を叩くとあにきがボク達を振り返った。


「おまえら今回のライブ、ちゃんとやれよな」真剣な顔をするあにきを見てボクらは唾を呑み込んだ。


「守谷和善の音楽ターミナル『We Row』っていったら名古屋で20年続く伝統ある番組だ。

ここで恥晒すような事があったら向陽ライオットで優勝どころか、今後のおまえらの学校生活やバンド活動に支障が出る事になる。

番組はローカル中継だが今はネット配信があるからな」


「もう学校裏掲示板で叩かれるのはコリゴリだぜ」ボクが手を広げると「シャキっとしなさいよ。ホントに」と三月さんが釘を刺した。


「着いた。ここだ」あにきが車を停めるとボクらはバンを降りて目の前のテレビ局のビルを見上げた。


「うおー、スゲーなぁ」

「都会に来たって感じがするな」


 マッスが日差しを手で避けるとバンの後ろのドアからあつし君が荷物を取り出した。


「あつし君、ドラムだろ?何持ってくんだよ?」

「スネアとペダルだよ。これだけは自前じゃないと心配なんだ」

「へぇー地味なキミにもそういうポリシーがあるんだー」


「地味とか言うな!」大事そうにバッグを肩からかけるあつし君を見てボクらもバンから荷物を運び出した。


「あ、やべ。フランジャー持ってくんの忘れたわ」

「おまえ、『Monig Stand』のソロどうするんだよ?」

「大丈夫、コーラスで代用するから」


「ねー、何の話ー?」「ああ、ティラノがエフェクター忘れたって話」


「おーい、おまえら早くしろよー」


 守衛所で受付を済ませたあにきがボクらを呼んだ。


「あにきの為にも頑張らないとな」ボクは手のひらをぎゅっと握り締めた。



「へー、すげーな。隣のビルと繋がってるんだ」


「隣はたしか栄Liftで、こっちはDHKのテレビ局なんだっけ」


「ここがティーマスさんの楽屋です」

「うおー、スゲー!」

「楽屋まで用意してもらえんのかよ...」


 案内のお姉さんがボク達に楽屋を紹介した。ボクらは中に入ると楽器を置いて座敷に腰をおろした。


「あ~、ずっと車の上だったから尻が悲鳴をあげてるわ~」


「くつろいでる場合かよ。演奏曲はどうする?」マッスがボクに聞いた。ボクはあにきに顔を向けた。


「あにき、出演時間はなんぷん?」


「10分だ」


「え?テレビでしょ?普通1曲演るだけじゃないの?」


 三月さんがあにきに訊ねた。「その事なんだか...今日はおまえらに重大な事実を伝えなくてはいけない」


「えっ!?あにき、もしかして童貞じゃないの?」

「えっ、そうなの?...その年でそれってヤバくない...?」

「チャチャを入れんな洋一!」


 ドン引きする三月さんを間に挟んであにきは説明を始めた。


「『We Row』は実は録画なんだ」


「え、確か生放送のガチンコライブって触れ込みじゃ...」あつし君がテーブル上の新聞を広げてテレビ欄を眺めた。


「正確に言うと半分生放送で半分録画。おまえらが出演するニューカマーバンド枠はよかった所だけ使われてダイジェストで放送される予定になっている」


「なんだ。そんな事かと思ったぜ...」


「なんだ、って事はないだろ洋一」ボクが仰け反るとあにきが話を続けた。


「少しの間でもT-Massがテレビに出た!っていう既成事実が作れるんだ!これで向陽ライオットを勝ち抜ける可能性が広がるだろ?」


「なるほど。それは大きいですね。俺達のプロフィールに泊がつく。メディアの露出が増えればその分話題性で票が稼げる...!」マッスがうなづくとボクは体を立て直して今日の朝刊が置かれているテーブルの上に飛び上がった。


「オッシャー!新聞に載ったぞー!この野郎ー!!」


「なにやってるんだよ」


「バカバカしい...」


「物理的に新聞に乗ってどうする...」


「そうだ、そのいきだ。みんなもよろしく頼むぞ!」


 呆れるメンバーとは別に、あにきがボクらに声援を送った。


「じゃ、俺と三月さんは関係者室で待機してるから」

「えー、ちょっとー。私個室がいいんだけどー」

「...はいはい。じゃあ俺は車で待機してますよ」

「やったー!あにきさん、大好きー!」

「え!?いや!?そのっ」

「本気で言ってるワケないでしょー。ウブなんだからー」


 あにきと三月さんが部屋を出てバタンとドアが閉まった。


「三月のヤツ、ほんとにワガママだな」マッスが笑みを浮かべて息を吐いた。フォローの意味を込めてボクは言った。


「ずっと狭いカゴの中だったんだ。まぁ、少しの間お姫さま扱いさせてやろうぜ」


「そういえば出演者に挨拶しなくていいの?」


 あつし君がぼんやりとボクらに訊ねた。するとガチャリと部屋のドアが開いた。


「ちょっと...あんた達、来てくれる?」


「どうしたんだ?」怯えた様子で顔をだす三月さんにマッスが訊ねた。


「廊下に変なのがいるの...」それを聞いてボク達は立ち上がった。



「ほら、あそこ」三月さんが廊下の角で先を指さすとそこにはビートたけしのコマネチのような動きで屈伸をするおかっぱの少年が居た。


 少年はオイッチニ、イッチニ、と規則正しく体を曲げたり伸ばしたりしている。「あれはヤバイな...」「確かに...」「ガイジかな?」


 すると後ろをむいていた少年の耳がピクピクと動き、素早く振り返るとシャカシャカ走りでこっちに向かって猛スピードで直進してきた。


「ワタシは!障害児では、ありまセーン!」


「きゃああああああ!!!」三月さんの悲鳴が廊下に響く。


「何なんだおまえは!」マッスが三月さんをかばうように少年の前に立った。少年はボクらを見ると笑みを浮かべ、首をひと回しして肩を波のように動かした。


 それはまるでロボットや宇宙人のような人間味を感じない無機質な動きだった。パカっという擬音が付きそうなくらい不自然に少年は口を開いてボク達に言った。


「びっくりさせて申し訳アリマセン。ワタシの名前は平賀正太郎。苗字と名前から一文字づつとって『ガショー』と呼ばれてイマース。

今日の『ういろう』の出演バンド、『マスターベーションモンキーズ』のメンバーデース!」


「出演者!?」

「こんなヤツが!?」

「マスターベーションモンキーズって...」


 驚愕する3人の間を抜けてボクは彼に向かって人差し指を向けた。


「ひょっとして...うちゅうじん?」

「当たらずとも遠からずと言ったところデース」

「ダッハ!おもしれーな!キミー!!」


 ボクらは指をくっつけ合うと見つめ合ってケラケラと笑った。彼はボクと同じくらいの身長で(160cm 半ば)ハイスクール!奇面組に出てくる出瀬潔を実写化させたような顔をしていた。


「もしかして俺らと同じニューカマーバンド出演枠か?」


「ヒヒっ!そのとおりデース!」マッスが訊ねるとガショーと名乗った少年が口を三日月のように開いて笑った。


「ワタシ達『マスモン』は春休みの間、全国ツアーを決行してイマス!北は北海道、南は福岡!全国行脚の大興行デース!」


「そうなんだ!ボク達もキミらと同じで今日から全国ツアーでこの番組に出るんだよ!」


「おおッとなんと!それは奇遇の偶然のディスティニーデース!」


 ボク達はまた顔を突き合わせるようにして笑った。「そうでスネ、お近づきのシルシに」ガショーがポケットに手を突っ込んだ。


「同じ目標を持ったバンド同士。精一杯頑張ろう!」ボクはガショーの前に手を差し出した。ガショーはニヤリと笑うとボクの手を握り返した。


「では、ワタシはそろそろリハがあるのでスタジオに向いマース」


「おお、頑張れよ!」


 ボクはガショーの背中をぽん、と叩いた。その時に高速のサービスエリアで買ったパンの値札の「100円」をヤツの背中に貼り付けてやった。



「ちょっと、それはひどいんじゃないの?」ガショーの姿が見えなくなると三月さんが堪えていた笑いをぷっと吹き出した。


「そうだよ」

「あいつ、あのままステージに上がるんじゃないのか?」

「いや、あいつはキミらが思ってるようなそんなマヌケじゃないよ。これを見ろ!」


 ガショーを馬鹿にする3人にボクは握っていた右手を開いた。


「そ、それは!」

「...ああ。あの一瞬で対したヤツだ」


 ボクの右手にはべっとりと潰れたイチゴまんじゅうが張り付いていた。


「このライブ...なかなか骨のある夜になりそうだぜ...!」


 手についたあんこをペロリと舌で舐めとるとボクはライバルが通り過ぎていった廊下のムコウを睨みつけていた。


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