第六章
第1話 嵐の発生
私は操舵室に一人でいた。
とても静かな午後で、波の音以外は何も聞こえてこない。微かに揺れる地面は、私に軽い浮遊感すら与えていた。
その整ったリズムに、うとうととしていた時のこと、突然室内にサイレンの音が鳴り響いた。
私は叩き起こされたみたいな勢いで目を覚まし、同時に立ち上がった。
一瞬、何が何だかわからなくなり、錯乱した常態で辺りを見回した。
サイレンはやがて鳴りやみ、警告灯の赤い光だけが残されて点滅していた。
私はゆっくりと現実に戻り、その意味を知った。
「気象警報だ!」
早速、私はそのことを父に知らせるため、部屋を
そもそも、私がたった一人で操舵室にいなければならなかったのは、仮眠を取ると言って自室に引っ込んでいた父の代わりに、今こうして起こっているような事態に対応するためだ。
この場合、私にできる最も良い対応は、眠っている父を起こして、気象警報の発令を知らせることだ。
父の部屋にノックもなしに入るなり、私は声を荒げた。
「起きて父さん!」
寝付きが良くて寝起きが悪い父だが、この時ばかりはどういう訳だか、直ちに目を覚ますと言う快挙を成し遂げた。それは、私の方が面食らってしまう程だった。
「どうしたんだ、冬海。緊急なのか?」
その言葉に、やっと私は通常時の心を取り戻した。
「そうなの。気象警報よ」
海上で生活する私たちにとって、大自然が時折差し向ける嵐という名の
一旦発生した嵐に対して、できることは唯一つ。地理的な回避。
幸い、船とは本来海上を移動するための乗り物である。後は、嵐に対する正確で詳細な情報があればいい。その情報を提供してくれるのが、七海連合が設置した『気象情報センター』だ。
センターは、世界各地に点在している有人及び無人の気象観測船と、人工衛星とを繋いだネットワークシステムを駆使し、必要としている人に対して気象情報をさまざまな形で提供している。
しかし、緊急の事態ともなると、今回のように一方的に情報を送り届けてくれる。
気象警報という単語を耳にした父は、ベッドから
部屋に入ると、すでに父は送られてきた情報をじっくりと眺め、唸っていた。
私は大きな父の背中越しに、画面に表示された情報を見た。それは、宇宙から捉えられた気象衛星のリアルタイム映像を、わかり易くCGエフェクトで加工したものだった。
中心よりやや下辺りに、白くて大きな渦が巻いていた。その大きさたるや、並大抵のものではない。
「これ……この間のに似てる」
私はそう呟いた。
この間、私たちが遭遇した巨大な嵐。後に『アスタロテ』と名付けられたことを聞いた。
「確かに、似ているな。あの時の奴と」
父が応えた。
「大丈夫だよね」
「ああ。まだ距離もあるし、上手くすれば逃げられるだろう」
父は画面を操作し、今この船のある位置を表示した。彼の言う通り、まだかなりの距離があった。
「予想進路を入手しないとな」
そう言って、父は気象情報センターへ問い合わせを始めた。
予想進路について言えば、勝手に送られてくることはない。何故ならば、そこには大きな責任が生じるからだ。
もしも、予想される進路から退路を割り出し、その情報を提供して、その情報が結果的に間違いとなった場合、センターは責任を問われてしまうこともある。それを回避するため、センターが予想した嵐の進路予測は、その情報の正否に関する責任をセンター側が一切負わないという条件を承諾した者にだけ、
しばらくして、センターから予測進路図が送られてきた。図の中の嵐は、まっすぐ北上を続けていた。それをじっと見つめ、父はまたも唸り声を上げた。
「どう? どうするの?」
なかなか出ない結論に
父は、それでも少し沈黙を置き、厳しげな声で言った。
「北西だな」
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