第4話 同盟締結
アンデス海岸。
ここはかつて、南アメリカと呼ばれる大陸で、その大陸の中央を南北に走る山脈の名前が、そのまま海岸の名として残されている。初めはごつごつとした岩ばかりだった筈だが、それらが長い年月をかけて波に砕かれたりしているうちに、今のような砂浜が作られたということらしい。
私は、その砂浜に泳ぎ着いた。
歩くとじゃりじゃりとした砂の感覚が足の裏に当たる。珍しい感触で、心地良かった。ただ、日光に温められた砂はかなり熱くて、すぐに足を宙に浮かせてしまわなければ、やっていられない。
徐々に足が砂の温度に慣れてくると、私はしばらくの間、その珍しいじゃりじゃり感を楽しんだ。
その後、飽きると、なんとなくその場に腰を下ろした。照りつける太陽と、熱気を発散している砂との間で、私はまるでオーブントースターの中にいるトーストのような気分になった。
遠くに船の影が見える。ニイミヤ艇だ。
「冬馬のやつ」
呟き、後ろに倒れこんだ。
空の青さとこの海の色は、本当は似ていないんだな、そう思った。
私は、ほとんど発作的に、その場を横に転がり始めた。意味なんてなかったが、濡れた身体に砂がひたひたくっ付いて、全身砂まみれになるのは、理屈ではなく、無性に楽しかった。
その時、頭の上の方で小さな声が聞こえた。それは、予想していないものに突然出会った時発せられるような、驚いた様子が窺えた。
弾かれたように立ち上がり、そちらを見ると、私と同じくらいの背丈をした男の子が立っていた。男の子は、こう口にした。
「君、誰?」
まだ声変わり前の、甲高く、か細い声だった。
私はその時になって思い出した。この海域に入る前、査察官の人が口にしたことを。
『そういえば、他にも休暇を楽しんでいる家族が一組いますので、ご了承ください』
その家族の一人が、今ここに立っている男の子なのだと、私は理解した。
頭の中にいろんな思いが浮かんできて、少しの間私は、氷漬けにされたように動きを止めた。
ハッと我に帰って最初にしたのは、彼の質問に答えるでもなく、身体中に張り付いていた砂を払い落とす事だった。気の所為か身体の内部から熱さが込み上げてきた。
そんな私に対して彼は、答えない私に変わって自分の紹介をした。
「僕はアレックス。君は?」
慌てて私も紹介に入る。
「あ……私、冬海。あの船から来たの」
そう言って、沖の方を指差した。目を細めると、逆光の中、影となって船が頼りなく揺れていた。再び、アレックスの方に目を向けると、同じように目を細めて海の遠くを見ていた。
彼はアレックス=エヴァンス。歳は私よりも三つ少ない八歳ということだった。どちらかといえば、六歳の弟に近い年齢だ。
彼は、私とは違う金色の髪と白い肌をしている。目の色も黒ではなく、空や海と同じ青だった。
「いつからここにいるの?」
私はそう尋ねた。
「昨日来たばっかり。お父さんとお母さんの仕事が休みになったから、遊びにね。冬海さんは?」
一瞬背筋が寒くなったのは、決して身体が冷えてしまった
「やめてよ、さん付けなんて。とうみ、って呼んで」
「う、うん、分かった。それで、冬海……は何をしに来たの?」
私は躊躇いなく、本当のことを彼に言った。
「私は、弟を泳げるようにしようと」
「あ、弟さんがいるんだ」
「そ、馬鹿な弟がね。冬馬っていうんだけど。海で六年も暮しているのに、泳げないのよ。おまけに、今日は風邪で寝込んでるし。せっかく、泳ぎの練習させるためにわざわざ来たのにね」
「ああ、そうか。泳ぎの練習に来たんだ」
私たち二人は揃って船の方に目を向けた。波の関係で、さっきよりも近づいているようだった。
アレックスも私も、しばらくの間、黙って海の方を眺めていたが、突然彼は口を開いた。
「ね、僕も手伝おっか、冬馬君の泳ぐ練習」
「え、ホントに? でも、どうやるの?」
「僕も泳げない振りをするんだ。そしたら、一緒に練習できる相手ができるから、やりやすいかもしれない」
「あ、それいいかも!」
思わず私は立ち上がった。
身体中に残っていた砂が、パラパラと舞い、元あった場所に還っていった。
同様に、アレックスも立ち上がる。私は、右手を差し出して、彼にこう言った。
「じゃ、冬馬を泳げるようにする同盟、
彼は同盟の強引なネーミングに対して少し笑った後、頷いて私の右手をしっかりと握り返した。
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