　結論から言うと、私と多季さんには血の繋がりがない。私から見て、彼女はいわゆる継母（ままはは）だ。

　本当の母は、私が多季さんに合うよりもさらに以前、当時甲斐性無（かいしょうな）しだった父を捨てて船を出たと聞いている。

　父自身この話題はずっと避けていたのか、ほとんど話したことはない。逃げられた云々（うんぬん）のこの話だって、酒を飲んでとても機嫌のいい時の父に、執拗に聞いてようやく喋らせたのだ。確かに、あまり名誉な話ではない。

　だから、血縁関係のある方の母について、私が語ることはほとんどできないに等しい。

　しかし、多季さんについては少しだけ思い出がある。

　あの人がこの船にやって来たのは、私が今よりもずっとずっと幼かった頃で、物心付くか付かないかの瀬戸際（せとぎわ）だった。だから、その当時のほとんどが夢か何かのように曖昧で、しっかりとした形で記憶に残されてはいないようだ。

　だが、多季さんが法律上、私の母親になった時のことは、一つの出来事として何とか思い出せた。

　私の父と夫婦となる前から、私は多季さんのことを知っていた。何故なら、多季さんは海洋考古学者で、海から引き上げられる過去の遺物を調査するという仕事をしていた。

　そして、それらを引き上げる仕事を主に請け負っていたのが、私の父だったことから、父の仕事の毎に何度も会っていたのだ。

　多季さんは感じの良い人だったと思う。だから私も、彼女に懐いていた筈だ。

　けれども、その人が自分の母親になるとなれば、話は全く別物になってしまう。

　ある日突然、私は無神経極まりない父親、入日に、昨日まで何となくそこにいたお客さんを、母親になる人として紹介された。

　その時の私の心情がどういったものであったのか。さぞ混乱したに違いないのだが、あまり記憶に残ってはいない。

　もしかしたら、頭の中が真っ白になってしまったので、案外何も感じていなかったのかもしれない。少なくとも、その時点では。

　多季さんがやって来てからの生活は、やって来る前の生活とそれほど変わったものではなかった。繰り返すことになるが、何せ彼女は以前からよくクライアントとしてやって来ていたのだから。

　しかも、サルベージの作業は数日に及ぶことがほとんどで、その間は私たちの船で寝食を共にするのが普通だった。

　確かに、多季さんと私との関係は、悪いものではなかった。しかし、それはあくまでも法的に他人である二人の間においての関係であり、親子としての関係ではないのだ。

　私は、そんな多季さんを、やはりお客さんとしか見られなかった。

　その名残（なごり）が、今でも、私に彼女を『多季さん』と呼ばせている。

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい