終 章『すべてが過ぎ去って』
「分かっているよな、榊原」
彼は今、渉によってお説教を受けている。当然だ。ガーディアンの事務所で、しかも無断で違法プログラムの制作者に会いに行って倒したのだから。このあまりにも危険な行為は、ガーディアンとしては見逃せない。
「…………」
結城は何も答えない。いや、なんて言えばいいのか分からないだけだ。
その渉の問いかけの答えが見いだせない。何が『分かっているよな』なのだろう。
それすらも分からなくなるくらいに、今の結城は狂っていた。
「分かっていないようだから教えてやる」
バンッ!! と大きな音を立てて机を叩き付け、真っ直ぐ結城の目を見た。
「いいか? 確かにお前は今まで街中のチンピラをのしていたのかもしれない。だがな、今回はそれとはわけが違う。犯罪のレベルが段違いなんだよ! 今回のジョーカーと名乗っていた男は個人で違法プログラムを作っていたらしいから良かったものの……これが組織の犯行だったらどうするつもりだった!?」
今回、結城が捕まえたジョーカーこと
だから今回は運よくこれで済んだ。めでたし、めでたし、で終わったのだ。
「犯罪組織が絡んでいたらお前の身が危なかったんだ! いや、お前の身だけじゃない。お前の周り――色川さんも巻き込まれるかもしれなかったんだぞ!」
「!?」
結城は目を見開く。自分が仕出かした重大さにようやく気が付くことが出来た。
あまりにも愚かな行為に悔やむしかない。終わったことは、もう取り返しがつかない事なのだから。
だけど、自分の中にある信念を曲げることはできない。どんな事があろうとも、咲楽が幸せな世界を壊すわけにはいかないのだ。この世の中はやさしいものでなければなれない。
この信念を捨てずに済むにはどうすればいい?
「じゃあ……」
ようやく結城は口を開く。
「俺がガーディアンに入っていれば、今回のジョーカーの逮捕は……正式なものだったのか? 咲楽に危険が及ぶことはなかったのか?」
「それは……そうだろうな。きっと色川さんも、ガーディアンによって守られるだろうさ。もし、そういう状況に陥ったときはね」
「そうか」
今まで、咲楽の傍に居続ける事で彼女を守り続けて来た。だから彼女から離れない様にとガーディアンに誘われてもなることはなかった。本来なら、尊敬する父親と同じく世界の秩序を守る仕事に就けるのだから、この誘いはとんでもなく嬉しい事なのだ。
だが、結城は咲楽の傍から離れない様にと、それを拒み続けてきた。
「なら――」
それは今まで拒否してきたこと。
だけど、今回ばかりは仕方がないと、結城は心苦しく選択した。
「ガーディアンになる。この世界を……俺は守りたい」
◆
そして、
「今回の実験、色々と邪魔は入ったけど……これは全体的に見たら及第点か?」
「そうね。最後は仕組まれた場じゃなくて、実戦的なネクスト狩りをさせてみたけど、彼は見事にネクスト能力者を倒すことが出来た。これを成功と言わずなんて言うのかしら?」
「嬉しそうだな、紅炎。あいつのカッコいい姿が見れて満足なのか? てか、見てるだけでいいのかよお前は」
「彼にはあの子が……咲楽がいるから。てか、彼は咲楽しか見ていないようだし」
あはは、と紅炎が笑う傍らで、ジト目で彼女のことを明雷は見ていた。
「な、なんなのよ、その目は!」
紅炎は座っていた椅子をガタガタと揺らしながら言った。
「別にぃ。ただ、その彼こと榊原結城とはどうなのかなぁ~って思って。ほら、紅炎って榊原にケンカ売ってるわけっしょ? 例のプールでさ」
「あ、あれは仕事だし! バレてないからオーケーなの!」
「なにそのバレなきゃ犯罪じゃないんですよ的なやつ。まぁ、俺らがやってることほとんど犯罪なんですけど」
「まぁ、もう彼に攻撃はしないと思うし。あとは遠くから見ていればいいし」
「あれ、やっぱり遠くから見てるだけでいいんだ? そんなダイナマイトセクチーなお身体を持っておきながら小心者だなぁ」
「うっさい。わたしだって――いや、彼の隣は咲楽がお似合いだからさ」
「でもさ、連絡先だって交換したんだろ? 名前呼びまでいかなくとも苗字で呼んだっていいんじゃね?」
「まぁ、それは、あれよ。……なんだろ?」
このとき、明雷は悟った。絶対に彼女一人の力では榊原とお近づきになることはできないと。誰かの力を借りなければ、マトモに言葉を交わすことすらも難しそうだ。まずは普通に会話することから慣らさせることが大事だと、明雷は思ったのであった。
◆
そして、
あの事件の後、君島海崎はアイドルを辞めた。偶像としての
またインターネット上に出回った海実と結城の写真画像だが、ガーディアンの専門家による巧みな情報操作によって騒ぎは収まりつつあった。
そして海実は、少しずつだが流暢に喋れるようになってきた。
海実の専門医曰く、精神的に分離してしまった二つの人格が、一つに戻ったことによって、彼女から失われていた要素が元に戻った……とのこと。
傍から聞いていた母親はいまいち理解できず、とにかく回復したことに喜んでいた。
そして、海実自身は医者に言われたことが何となくだが理解することができた。
自分の中に、君島海崎がいるのが何となくだが分かる。それは溶けて一つになり、もう認識することのできない人格ではあるが、記憶、というものによって、彼女の中には間違いなく君島海崎が未だに生きている。
あくまで感覚の話でしかないが、西條海実という人物を構成するものに欠かせない存在になっているのは間違いない。
だから彼女一人、ぽつりと、こう呟いた。
「おかえりなさい、もう一人の西條海実さん」
◆
『ガーディアンになってくれたと思ったら早速違法電子ドラッグの商売人を見つけ出すなんてね。あなた、これ天職よきっと』
「まぁ、俺は違法なプログラムには敏感だしな。ノイズとしてはっきりと感じ取れちまうし、そういう違法売人にとっちゃ、俺は天敵だな」
『そうね、アンタの登場にひやひやするでしょうね』
彼女は笑い、そして言葉をつづけた。
『それにしても、すごい手のひら返しよね。今までなんであんなにガーディアンになるのを渋ってたのか不思議よ』
「それはまぁ、色々あんだよ」
あまり人に言えない理由がそこにある。他人に言えば、きっと引かれてしまうような事実がある。それはいわば……依存に近いのだろうか?
『まぁ、何となく変わった理由は分かるけど、あまり詮索しないでおくね』
「助かる」
『じゃ、さっさと商人を捕まえて仕事を終わらしましょう』
「了解」
ガーディアン、それは電脳世界の秩序を守る電脳世界の守護者。
近年増加しているサイバー犯罪の勢いは衰えることを知らない。
そして、榊原結城はガーディアンの一員となり、今日も
「この世界を脅かす奴を、俺は絶対に許さねぇ!!」
電脳世界のクリミナル 加藤あきら @kato_akira
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