第四章‐7『自己満足の果てに』
8
ガーディアンが情報窃盗の罪を犯した
そのメールの差出人は、
ついこの前、連絡先を交換したばかりの彼女から早速メールが送られてきた。そのメールのタイトルは――『君島海崎の個人情報流出について』だった。あまりにもタイムリーな話題に、結城は間髪入れずにそのメールを開封した。
その内容には、結城たちしか知り得ないような情報が羅列され、それに加えて西條海実の個人データを抜き取ったプログラムの制作者の情報がずらりと並んでいた。
ガーディアンでも知り得ない情報が、そこにあった。
(なんだ? こんな情報を与えて、俺にどうしろと?)
結城はただ困惑するしかなかったが、そのメールの最後には、こんな文章が書き綴られていた。
――咲楽の笑顔を奪った奴をぶん殴るチャンスだよ?
その文章を見て、結城は静かに笑う。
「ど、どうしたのゆうくん?」
その笑みが不気味だったせいか、咲楽は心配してきた。
「いや、何でもない。ただなぁ、日村って奴があまりにも面白いメールを送って来やがってさぁ。笑っちまった」
「え? どんなメール? 見せて見せて!」
「嫌だね。これは咲楽でも見せるわけにはいかないな」
「えー、ケチぃ」
「うっせ。人のメールを見るなんて悪趣味も良い所だぞ」
「それもそうか。ごめんね」
「いいよ。それが咲楽だもんな」
「ちょっ、それどーゆー意味ぃ!?」
「そのまんまの意味だ。とりあえず俺はトイレに行く」
「そこはお花摘みに行って来るって言いなよ!」
「言わねーよ」
結城は一人トイレに入り、鍵をしっかりかけて便座に座る。
別にウンコをするためにトイレに入ったわけじゃない。鍵がかけられて一人になれるような場所が、このガーディアン事務所ではトイレしか思い浮かばなかっただけだ。
(日村の情報が確かなら、奴はあそこにいるはずだ)
メールの中に書かれていた情報の中には、今現在、そのプログラム製作者がどこにいるのかも記してあった。そんな情報、どこから仕入れたのか不思議でたまらないが、そんなことはどうでもいい。
「パルスイン」
静かに目を閉じ、宣言する。
今から始まるのは、色川咲楽を悲しませる原因を作った奴が許せない、一人の男の復讐劇だ。
9
少しばかりアウトローな奴らが集まる危険区域に結城は足を踏み入れた。
電脳世界においても夜というものは再現されており、街中はネオンで煌々と輝いているのだが、ここはそこから離れていて薄暗かった。
ここは違法プログラムを持つ不良どもの巣窟で、常にガーディアンに監視されているのだが、やはり悪い奴らというのはそういう監視を上手くすり抜ける術を持っているもので、中々現行を捉えることが出来ないでいる。
「おいおい、ここはお前みたいな――」
「黙れ」
鉄パイプのような棒を振り回しながら脅しにかかるスキンヘッドの男に、結城は臆することなく言葉を吐く。手を後ろに降りながら、それを硬化させて黒く染め上げた。
「頭カチ割られたくなかったら黙って道を開けろ。俺はここいらで有名な違法プログラムを作ってる奴に用があんだよ」
「んだとこのガキィ!!」
どこにいたのか、スキンヘッドの他にナイフやら拳銃やらの危険な違法プログラムを手に持っている男たちが現れ、一斉に結城に襲い掛かった。
「そんなもんでビビると思ってんのかよクズがァ!!」
拳銃から放たれた銃弾を硬化された腕で弾き、まずはその飛び道具を持った厄介な奴に飛びかかって頭をカチ割る勢いで殴りつけた。
当然、殴られた男どもは眠るようにして気絶。
その直後、後ろから鉄パイプのような鈍器を持った男が後ろから殴りつけてきたが、結城はその動きが見えていた。
なぜなら、違法プログラムはノイズとしてそれを感じ取れるからだ。
真後ろに違法プログラムがあるのはまる分かり。だから後ろに目でも付いているように反応し、鉄パイプを握りしめて受け止める。それを拉げさせ、使い物にならなくしてから腹に蹴りを一発お見舞いし、バランスを崩したところに硬い拳をそのスキンヘッドへと叩きつけた。
「おい、まだ続ける気か? 俺は付き合ってやってもいいぜ」
スキンヘッドの男の頭を踏みつけながら言う結城に臆した男たちは、持っている違法プログラムを地面に落として手を上げた。
「利口だな。で、気を失っていないお前らに質問なんだが……ジョーカーっていうプログラマーを知らないか? 教えてくれれば痛い目に合わなくて済むけど」
「お、教えるから、その物騒な腕を下げてくれ!」
「ダメだ。お前らみたいなクズを信用するわけないだろうが。大丈夫だよ、情報さえ吐いて、大人しくしていてくれれば殴らないからさぁ」
「あ、あのビルの三階にいるよ」
「へぇ~情報通りじゃん。あんがと、お前は嘘をつかない正直者みたいだ」
手を振りながら、そのビルへと向かう結城。そして、後ろにいる男へ一言。
「言っとくけど、お前らの動きは分かってるからな。賢いお前さんなら、どうすればいいのか分かるよな?」
後ろで、カラリと、ナイフが落ちる音が聞こえた。
どうやら賢い不良さんは大人しくなってくれたようだ。
さて、なんてことない障害を越した結城は、指定されたビルの三階へと上り、朽ちたオフィスに足を踏み入れた。そこはとても薄暗い。
「おや、このような好青年が来るとーは珍しいですね」
おどけた様に話すその特徴的な口調は、少しばかり苛立ちを助長させた。
真っ黒なローブを身に着けていた彼の顔は、薄暗さもあって確認できない。
「お前がジョーカーつープログラマーか?」
「そうです。ワターシがぁ、ジョーカーでございますよ?」
「へぇ……じゃあさ――」
結城は再び右腕を硬化させて言った。
「電脳世界の人から個人情報を抜き取るプログラムとかある?」
沈黙。
しばらくの間の後、ジョーカーは静かに、そして不気味に笑いだす。
「アナータも、ネクストなのですね。ワタシもなんですよッ!」
その黒いローブの顔の部分から、白い光線を出した。突然のことだが、結城は間一髪でその攻撃を回避。
奴の顔を見てやろうと、顔を上げるが……見えなかった。
ローブの顔の部分はどこまでも、吸い込まれそうなほどに漆黒だった。
それはそういう効果を持つローブなのだと理解した結城は立ち上がる。
「質問に答えてもらってないぞ。個人情報を抜き取るプログラムはお前が作ったのかと聞いてんだよ」
そのローブを引き剥がそうと、結城は飛びかかるが……それは幻の様にすり抜けてしまい、その姿をくらました。
「ッ!?」
「質問に答えてあげーましょう。アナータの友人である西條海実の情報を抜き取った男に、そーのプログラムを売ったのはこのワ・タ・シッ! そしてそれを作ったのもー、このワ・タ・シッ!」
「ご親切にどうもジョーカーさん。それを聞ければ十分だ」
後方から、違法プログラム独特のノイズを感じた結城は走り出した。彼は光線を発射し、それ焼かれない様にジョーカーを中心に円を描く様に回り込んだ。
椅子やテーブルといった障害物を飛び越え、再び懐に入り込んだ結城はもう一度そのローブを掴もうとしたのだが……やはりすり抜けてしまい掴み取ることが出来ず、またも姿をくらました。
(これが奴のネクスト能力なのか? 日村の情報によれば、これが『幻影』という能力なのか)
むやみに突っ込んでも同じことを繰り返して、体力を奪われるだけだと思った結城は少しばかり距離を置きつつ、奴を観察する。
「……なぜワタシが後ろに回り込んだことーに気づけたのでしょうか?」
少々の焦りを見せるジョーカーに、結城は不敵に笑いながら言う。
「分かっちまうんだよ、俺には。お前の能力は『幻影』だろ?」
「ッ……ご察しーの通り、ワタシの能力は『幻影』でーす」
ジョーカーは少しだけ言葉に詰まる。その声は、少しばかり震えていた。
「なるほどね。厄介だけど、突破口がないわけじゃないんだろ? そんな完全無欠な奴だったら、こんなところで違法プログラム売ってる訳がねぇもんな」
その『幻影』が誰にも捉えられない幻を作れるものだったのなら、もっと良い使い方はいくらでも思いつく。ここで籠っていなくとも、外に出れば、もっと多くの人に違法プログラムを売りつけることができる。しかも自分はネクスト能力で逃げれるのだから、ここで売るメリットがない。
こんなアウトローで、人の出入りが少ない場所で商売する必要性が感じられない。
「なんでお前はここで籠って商売をしているんだ? 外に出ればもっと稼げるだろうによ」
「何を言っているのでーしょう。ワタシは外でも――」
「ウソだッ!!」
これから結城が言おうとしている言葉という武器は、日村紅炎から授けられた情報でしかない。それが間違っていたら、この勝負……負ける。
「お前は外で商売したことがない!」
「何を根拠にそんな――」
「言っただろ? 俺には分かんだよ……俺にはこの《変質》の他にも特殊な能力がある。世の中の不正を暴くことが出来る能力がな。お前の言葉はノイズとして伝わってくるよ、その言葉は嘘だとな」
もちろん、これこそ嘘だ。
だが、先ほど結城は『幻影』という能力を暴き、ジョーカーの動きを読んだ。
そのインパクトは彼にとって強かったようで、結城の嘘はすんなりと彼の中に溶けて行ったようだ。
「だが、それが分かったところーで何ができるって言うのでしょうね」
認めた。
彼は外で商売をしたことがないということを。それから導き出される解から、その『幻影』の攻略法が見つかる。
街中では、昼はプログラムによって再現された太陽光で、そして夜にはライトアップされるネオンの光で照らされている。おそらくそこではその能力を活用できない。だからジョーカーはこんな薄暗い空間に籠っているのだ。
奴の弱点はおそらく――。
チャンスは一瞬。
結城はとあるアプリケーションを起動し、左手で握りしめる。
「死ね!」
奴は再びローブの中から白い光線を吐き出した。何もかもをなぎ倒し、オフィスの壁は焼け焦げ、ガラスが割れようとかまわず掃射する。
オフィス内を駆けまわって何とか逃げ切り、結城はノイズを頼りに奴がいる場所を見つけ出した。
「これが答えだ」
左手に握りしめられたプログラムのスイッチをオンし、強い光を奴のローブの中を照らしてやった。
どこまでも黒く、吸い込まれそうなほどの闇の中に、ライトの光を当てた。
たったそれだけのことだが、奴にとっては強烈な一撃となる。
「ぐぅ、うぅ……」
彼の、あのローブの顔の部分から光を発射させることによって光が一切ない完全な暗闇を作り出す。それが奴の『幻影』を発動させるキーなのだ。
光のない場所から光のある場所へとワープし、元にいた場所には幻影として自らの身を残す。それがジョーカーの持つネクスト能力の正体。
暗い場所では、人は多くの光を取り入れようと瞳孔を開く。完全なる暗闇を作り出し、最大限に開いた瞳孔に強い光を当てれば、それは激痛として襲いかかる。
だから彼は光がある場所で商売をせず、こんな薄暗い場所で商売をしていたのだ。
能力が使えない場所で、リスクを負ってまで商売はしたくなかったのだろう。
ライトの光を当てられて、痛みによろめくジョーカーに向かって結城は言う。
「この世界を脅かす奴を、俺は絶対に許さない!!」
思いっきり引かれた右腕は、吸い込まれる様にジョーカーの頭に向かった。
「あ、アナタ、も、しか、してネクスト狩り――」
鈍い音が響き、バタリと、その身が倒れる。
榊原結城という男子高校生が、単独で犯罪者を、しかもネクスト能力を持つ厄介な人物を捕える事ができたのである。これはあまりにも大きな行き過ぎた行為であり、これが彼の、今後の人生を変えることになるとは、今はまだ知る由もなかった。
(俺の勝手な自己満足かもしれないけど、やってやったぞ、
今の彼は、満足感に支配されていただけだった。
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