七月六日
第二十九話 午前零時 治安維持軍
治安維持軍の物資輸送艦『ドヴォルザーク』に在籍する戦略物資運用班のユージン曹長は、目の前にある共用ディスプレイに表示された船外活動の様子を眺めながら、もう何度目になるのか分からない問いを発していた。
「それにしても、なんであんな大げさなものが必要なんだろうな」
同僚のミハイロフ曹長が、それにいつもと同じように答える。
「艦長が上から押し付けられたんだとよ」
その時の彼らの役目は、治安維持軍の艦船間で行われている物資補給を監視することであったが、それをしていると嫌でも『それ』が目についた。
*
治安維持軍による査察実行宣言の後、この星域に常設されていた
彼らはその運用を完全に停止しており、それゆえこの星系への外部からの侵入は事実上出来なくなっている。
もちろん移動式の虚数空関門を使えば不可能なことではなかったが、実体化したところに別な物質が存在しているリスクを冒してまで、誰かが侵入してくるとは考えにくい。
ただ、それは治安維持軍自身にもいえることで、他の部隊による増援が期待できないことを意味していた。
そこで、待機している間の艦隊の主な活動は、艦隊に参加している物資輸送艦からの補給となる。
個々の艦艇にも物資保管用のスペースはあったが、余裕があるわけではない。
単艦での長期間に渡る作戦行動というのは、この時代には考えられないことであったから、戦闘艦には三日分ほどの保管スペースしか準備されていなかった。
そのため、空いた時間でこまめに補給をうける必要がある。
戦闘艦は、戦闘に直接関係しないものは極力持たない――これがミニタリーロジスティックスの基本だ。
また、現在行われている物資補給の大半は艦艇に対する燃料と物理兵器の補給である。
どれほど巨大な艦船であっても、自動化が進んだ昨今、人間がわざわざ手を使わなければならない業務はさほどない。
艦船の操舵手は、都市管理可能な実務遂行能力を有する管理者HIMであったから、実際に必要な作業員の数はごくわずかであった。戦艦クラスの運用でも、HIM一人に対して作業員百名というのが相場である。だから食糧補給はさほど大変ではなかった。
燃料補給の方はそれではすまない。
作戦行動に入ってしまったら途中での補給は不可能である。だから、常に燃料はフルに補給されている状態でなければならない。
ただ、浮かんでいるだけに見える艦艇であっても、船内の各セクションは稼働しているから、それによる燃料消費はゼロではない。
また、レーザーなどのエネルギー兵器は船舶の航行に使われる燃料を流用するので、短時間の戦闘以外には不向きである。
時間がかかりそうな場合には、出来ればそれ自体に燃料が搭載されている物理兵器のほうが望ましい。
そして、物理兵器は個別の重量があるため、作戦宙域までは最小限の保管数量にとどめ、到着後に状況を見ながら補給を受けるというのが、原則である。
逆に物理兵器は、迅速な行動が求められる奇襲による拠点制圧には不向きだった。
今回の任務は奇襲ではなく、まずは交渉や示威行為による拠点制圧が目的であったから、艦船の推進エネルギーを消費しない物理兵器が適している。
ゆえに、ディスプレイの中を運ばれている貨物のいくつかは、そのような物理兵器であったが、彼らはそれを見つめていたわけではない。
彼らの関心はその向こう側の、艦隊中央部に配備されていた物体に注がれていた。
それは巡洋艦とほぼ同じぐらいの大きさだった。
ラグビーボール状の楕円形で、後方に推進用のエンジンが設置されているために、そこだけ断ち切られたようになっている。葉巻型と言えなくもない。
前方から後方に向かって等間隔に溝が走っている。
その溝と溝の間、前方と後方に姿勢制御用のバーニア孔がある他は、何の装飾もない。
しかし軍用の、しかも兵器の潔さと狂気が漆黒の本体の中に充満しているのが分かる。
また、それにはメインの推進エンジンと進路修正用のバーニアはあるが、細かく操舵するためのシステムを内部に有してはいなかった。
目標物を定めたところで、それに向かって微修正を施しながら直進するだけの、純粋な兵器である。
正式名称を「プラネット・デストロイヤー」という。
だが、そのものずばりの独創性のかけらもない名称で呼ばれることはほぼなく、略称「PD」で通っていた。
いずれにしても惑星全体を鎮圧することに特化した究極の実用品であることには変わりない。
軌道上に静止し、楕円形の本体が溝に従って割れて、さながら花が開いたような状態になる。
その花弁からは固有振動共鳴波が放出され、その固有振動数に相当する物質を選択的に制圧あるいは粉砕することができる。
その上、最終的には物理的兵器として、惑星そのものを直接破壊することができるほどの破壊力を有していた。
*
「なんでも人間の脳細胞だけを選択的に破壊できるらしいな」
「ああ、俺もそんな話を聞いたことがある」
「思考能力を奪った上に、物理攻撃かよ。さっさと降参してくれないかな」
ユージン曹長はそう言って身体を震わせた。
艦隊司令官の発表によると、最後通牒は王族の罷免に関する住民投票後、その王族の意思確認を行った後だという。
その悠長な手順から、艦隊司令官の
司令官も、この無慈悲な物理兵器を最初は拒んだらしいが、上からの命令によって有無を言わさず持ってこさせられたというのが、
ユージン曹長とミハイロフ曹長は、画面を見つめながら時折コントロールキーで、物資搬送用のキャリアに設置された姿勢制御用のバーニアをこまめに操った。
荷物の挙動を安定させ、しかるべき場所に送り届けてゆく。
神経をすり減らすような作業をすすめながら、彼らは後方で監視にあたっている上司の視線を意識していた。
重要度の高い任務であればあるほど、必ず複数の関与が求められるものである。
今、彼らが行っている作業も、上司と管理者HIMが後方監視についていた。
いや、通常はその言い方で正しかったが、その時は適切ではなかった。
艦船内で階級がもっとも低い彼らが、直接の操作を担当するのは当然として、さらにそれを統括している上司は管理者HIMに監視されており、その管理者HIMは上司から監視されている、というのが正しかった。相互監視である。
「すべての貨物が所定の艦に配備されました」
ユージンが振り返って上司に告げる。すると、
「確認した。ご苦労」
という、感情を鋭利な刃物でごっそりとそぎ落としたかのような単調な声で、上司が作業完了を宣言する。そこに、
「作業精度誤差、許容値を下回りました」
という声が続いた。こちらは管理者HIMによる作業の完了確認である。
本来であれば、この程度の補給作業であれば上司の確認だけでよかったのだが、今回はそれが認められていなかった。
なぜなら、その上司は治安維持部隊が「王族の引き渡し要求」を突きつけている、あの惑星の大学を卒業した人物だったからである。
もっと言うと、管理者HIMもあの惑星の出身だ。
二人は長い間、コンビで抜群のキャリアを積んできた。
本来、今回の作戦行動自体から除外されてもおかしくないのだが、あまりの優秀さに特殊任務、しかも今回のような最小限の艦隊編成による隠密行動の場合、彼らの参画なしでは作戦全体の実現可能性がわずかながら低下する。
無論、他の者で代行できないわけではないし、そもそもそのような属人的な要因に左右されること自体、巨大組織としては致命的な欠点である。
それでも、作戦の実現可能性をコンマ以下であっても高めておきたい任務については、彼らの参画が必須条件といっても過言ではなかった。
彼らの優秀さは、一般業者にまで鳴り響いている。
過去に彼らの引き抜きを図った物流業者が、断られたことを根に持って彼らにトラップを仕掛けてきたことがある。
彼らはそのトラップを逆手にとって、逆にその物流会社を完膚なきまでに叩きのめして、公共事業の世界から追い出してしまった。
加えて、その当時の相手会社の役員は、辺境にある宇宙港の倉庫番として飼い殺しされているという噂がまことしやかに流されたため、以来、彼らにちょっかいをかける者は現れなくなったという。
彼らは軍から離れることを望んではいなかった。
ただ、今回の任務が発表されたとき、「彼らが治安維持軍を退役するのではないか」という噂が密かに流れた。
彼らの経歴からすると、そうなっても不思議ではないし、それに彼らは軍を退役してもなにも困らない。即座に一般企業の人事役員クラスが獲得に乗り出すだろう。
だから、彼らが何も言わずにこの任務を拝命したことに、むしろ違和感を感じる者は多いのだが――
しかし、いまのところ彼らの任務遂行はいつにもまして精緻を極めており、誰も口を挟むことができなかった。
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