第三十話 午前三時 川島芳子
ゲルトルート王女が合流して以降、宇宙港の外れにある格納庫は最前線の様相を呈し始めた。
「やることは分かっているわね!」
と、ゲルトルートが檄を飛ばすと、
「「「へい!」」」
と、HIM全船が呼応する。
アロンゾとイエーガーが指揮していた時でも、配下のHIMの動きには無駄がなかったが、それがゲルトルートの指示となると、全員の目の色が変わった。
――姫様にいいとこ見せなきゃ!
これが、この宇宙港を
ゲルトルートは出入国管理官であるとともに、この宇宙港の責任者でもある。実際の管理者は芳子だが、彼女もゲルトルートの判断を常に尊重していた。
ゲルトルートはHIMを決して軽んじないし、裏切らない。
寄港する船舶の管理者HIMの中には、港湾労働用の専門HIMを明らかに差別している者もいるのだが、そのような言動がゲルトルートの耳に入るやいなや、彼女は宇宙港の公用回線を全開にして、
「ふざけたこと言ってると出禁にするぞ!!」
といった趣旨のことを、実に上品な言葉遣いで、その割には誤解の余地なく、相手に伝えるのが常であった。
それゆえ、港湾労働HIMの彼女に対する敬意は、一種の信仰に近い。彼らにとってゲルトルートは女神である。
一方、管理者である川島芳子は、管理者として厳しいことは言うけれども、困ったときには必ず助けてくれるので、こちらは『頼りになる姉御』扱いである。
しかも、管理機能を専門とする生粋の管理HIMであったから、状況は速やかに進行し始めた。
格納庫の中には通信回線接続用のプラグが、所狭しと設置されてゆく。
その線の一部は格納庫外まで延伸されており、その先にも多数の接続プラグが設置されていた。
その様子を船尾にあるカメラで監視しながら、船頭にあるカメラでアロンゾは芳子を見つめていた。
(無事で良かった)
アロンゾがそう送ると、格納庫のデッキに立ち、アロンゾが伸ばした有線通信回線を両の手でしっかりと握り締めながら、芳子は微笑んだ。
「何? 心配していたの?」
茶化すようにそう音声発信する芳子に、アロンゾは「落ち着き」スタンプ付きで送る。
(当たり前だ。すごく心配した)
リソースを二つのカメラに振り分けているせいだろう。
アロンゾの自制回路が緩やかになっているため、思わず本音が出る。
それを聞いた芳子は真顔になって、少し顔を赤らめた。
さすがは最高品質の擬体、芸が細かい。
「――有り難う。実は私もすごく心配してた」
そして、彼女は有線通信回線を握った手に、力を入れた。
*
川島芳子からの情報によると、治安維持軍の一斉放送と同時に、宇宙港は伊藤の管理下に置かれたという。
緊急事態の措置としては正しく、管理規定の中にもそのように明記されていたから問題はないのだが、芳子は違和感を受けた。
「まあ、彼のほうが指示命令系統の上位にあるからね。これは仕方のないことなのだけれど――」
芳子は奥のほうに鋭い光を宿した目で、アロンゾの船外監視カメラを見つめた。
「――しかし、これは彼らしくないやり方だと思う。どんなに緊急であっても、彼からは先に一言あるはずなんだけれど」
(それほどの緊急事態、ということなのか? 全く余裕のない?)
アロンゾは有線経由でそう訊ねる。
「それは確かにそうなんだけど、でも、やっぱり何かが違う」
芳子が頭を横に振ると、項から伸びた有線通信回線が揺れた。
この時、回線は芳子の脳に直結されていた。
話の内容が微妙になってきたので、盗聴を避けるためにそのような措置をとったのだが、間に安全装置を挟まない非常用の回線である。もしアロンゾがよからぬことを考えたら、芳子の精神領域は保護されない。
それでも、先程、彼女は眉を動かすことなく、当然のように旧式のユニバーサル・プラグを項に差し込んだ。
芳子はアロンゾに絶対の信頼を置いているし、アロンゾもまた決してそれを裏切らない。
立場の違いから時には激しく意見を交わすことはあっても、お互いのお互いに対する敬意は決して変わらない。
その思いに、最近は別種のものが付け加わっていることもお互いに承知してはいたが、それを表だって口にすることは避けていた。
ただ、さっきのアロンゾの送信のように、そのニュアンスが思わず表に出てしまうことはある。その時の芳子も、同じような素の自分を表に出した状態であった。
彼女は格納庫に浮かぶアロンゾの船体を見つめながら、眉を潜めて言う。
「お願いだから、無理はしないでちょうだいね」
回線を直結しているので、別に送信しても問題はないのだが、彼女はその言葉を音声出力した。本音を口にする時の彼女の癖である。
「そいつは――」
アロンゾは船体後部にある推進エンジンのノズルを少しだけ振るわせると、音声出力した。
「――なんだか死亡フラグっぽくないか?」
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