第二十五話 午後三時 アロンゾ
宇宙港の港湾管理システムを迂回する欺瞞工作を施し、さらに宇宙港の監視カメラから死角となるドックの出入口を抑えたとはいえ、そこから大々的に設備を持ち出したりすれば、惑星上にある光学観測機器によって感知される危険性がある。
そこでアロンゾ達は、ドック内に設置されている工作機械を分解して六番資源衛星まで運ぶことにした。
ただ、船舶が六番資源衛星とドック搬出口の間を、数珠繋ぎに並んで頻繁に往復していたのでは、これまたいかにも怪しげである。だから大半のHIMには、観測可能な空間で思い思いに動き回ってもらうことにした。
また、現状は都市管理者の監視下にあるだけで活動そのものを禁止されているわけではない。従って燃料補給は自由に出来るものの、そのたびに船体情報照合プログラムが走るので行動経路がもろばれになる。
ゆえに隠密活動に従事するアロンゾやイエーガー、配下のサヘッジ、サダム、トーメらは直接の燃料補給を行わず、仲間の船から少しずつ燃料を分けてもらうことにした。
そもそもHIM船は無補給でも一週間は行動可能であるし、今回は出入りの前であったからフルに補給してある。しかし、それでもこれから何が起きるか分からないので、用心するに越したことはない。
治安維持軍の駐留がどのくらいの期間に及ぶことになるのか、それも分からなかった。
今、彼らは第六資源衛星まで宇宙港の陰にに隠れて、工作機械と部品を運ぶことに専念していた。いろいろと制約が多い中での作業なので、進行が非効率になるのはやむをえないことであったが、あまりの単調な作業に、
「こんなの、何人かで一気に運べばすぐに終わるのによ」
そうサダムが愚痴を零すと、すかさずトーメが、
「いっそのこと、兄貴の船体に全部装備したらどうですか」
と言い出した。
それを聞いていた周囲の者が面白がって、サダムの船体装甲を丸ごとはがして接続用ユニットをフル活用し、工作機械を接続し始めた。その上から装甲を仮設すれば、確かに地上からの監視では分からないし、比較的効率が良くなる。
「でもよ、旋盤を体中に貼り付けたこの姿は、親が見たら泣くぞ」
サダムは盛大に溜息をついたが、拒否することはなかった。
彼も現在の状況はちゃんと理解している。
*
「しかし、アロンゾ。お前のところの連中は面白い奴ばかりだな」
作業の進捗を監視カメラで追いながら、イエーガーが接触通信経由で送ってきた。
そこで僅かばかり間があってから、イエーガーが話を続ける。
「それから、先日の件は悪かった。うちの若い連中が先にちょっかい出したのは記録を見りゃ明らかなんだが、その、なんだ……」
「その先は言わなくても分かっているよ。お互いに似たようなもんだからな」
「そうか。じゃあ、そういうことで」
イエーガーがムードスタンプ『苦笑』付きでそう答えてきたので、アロンゾも『苦笑』で返す。状況に応じて臨機応変に対応できるところが、イエーガーのよいところだ。
――とはいえ、彼にしても俺にしても、このままでは力不足なんだよなあ。
アロンゾは考えた。
彼もイエーガーも、確かに自分のチームを率いる能力は申し分ないが、さらに大きな組織となると準備が整っていない。これは「出来ない」という意味ではなく、「それ用に最適化されたアルゴリズムを実装していない」という意味である。
単純な話、現在のスペックがHIM船向けであるから、組織統括には不向きなのだ。今、この宙域で行動可能な連中はHIM船ばかりであったから、事情は全員同じである。
対応するためには、大規模組織連携機能プラグインをいくつかダウンロードして実装すればよいだけなのだが、そうすると間違いなく都市管理者の知るところとなる。
イエーガーも似たようなことを考えていたのだろう。
「俺とお前で役割分担して、チームを動かすしかないな」
と送ってきたので、アロンゾも、
「ああ、確かにそれしかないんだが……相手が治安維持軍だと力不足は否めないな」
と答える。
これが似たようなHIM船相手の出入りならば、負ける気はしない。しかし、今の相手は大規模組織連携に特化した治安維持軍だ。それに惑星IHAD〇五四三Dにはもともと軍組織が存在しないから、長距離専用の武器もまた存在しない。
工作機械をフル稼働して近距離専用武器のカスタマイズを急いでいるものの、それでも『近代自動戦闘兵器に対して、日本刀を手にして群がる山賊』といったところだろう。
――他に何か手段はないか?
アロンゾは、ドックの壁面に仮設されたディスプレイを眺めた。
映し出されていたのは、やはりサダムが宇宙港のメインシステムを迂回して手に入れている映像で、宇宙港側からドックに入るための通路である。
メインシステム側にはループする映像情報が送り込まれているので、監視カメラが普通に生きているように見えているだろうが、ナノレベルで空中浮遊粒子の流動解析をされたら確実にバレる。
だから、万が一にも都市管理者の注意を引かないようにしなければいけない。
アロンゾは、自分の船体に設置されている船外監視カメラの感度を上げた。
無論、本来のカメラが映している映像以上の解像度にはならないが、念には念を入れておいた方がよいと考えたからである。それに直接接続は出来ないので、これが今できる精一杯の警戒だった。
今、ディスプレイにはドッグ内部と外部の様子が分割画面で表示されている。
――ん?
感度を上げていたおかげで、アロンゾはおかしなところに気がついた。
宇宙港側のドック出入口、セキュリティ解除パネルが設置されているところを拡大する。
――やはり!
パネルが反射している風景と、実際に写るはずの風景との間に、微細な差が認められた。誰かが光学迷彩を施した状態で、扉を開けようとしているのだ。
即座にアロンゾは、光モールスをドック内の全船舶向けに拡散送信した。
(お客さんだ)
ドック内の全船舶が、手持ちの武器を携えてドックの出入口付近を取り囲む。
しばらくすると、気圧差によって生じる溜息程度の音とともにドックの扉が開き――
扉の向こう側に宇宙服を着た人影が二つ現れた。
それを目にしたアロンゾ達は絶句するとともに、自船の警戒システムを最大レベルまで引き上げた。
――マジでやべえよ、こいつは!
全員が同じ思いを共有する中、二つの人影が前に進み出る。
そして、背の高い方が声を張り上げた。服に取り付けられたスピーカがそれを増幅する。
「出迎えご苦労!」
ゲルトルートである。
そして、その後ろに付き従っていたのはお芳――正式名称『川島芳子』、役職名称『宇宙港統括管理HIM』――だった。
宇宙服を着ているのはゲルトルートに合わせてのことだろう。
しかも、二人とも明らかに怒り心頭に発している。
宇宙服のヘルメットの下にある二人の顔は、同じように笑っており、同じように憤怒に燃え上がっていた。
ゲルトルートはアロンゾを、その燃えるような瞳で見据えると、言った。
「アロンゾ、出入りの準備はどうなっている!」
「はい、順調です!」
アロンゾは即答する。同時に、彼はムードスタンプ『顔面蒼白』を生まれて初めて使うことになった。
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