七月五日

第二十二話 午前零時 アロンゾ

 配下のHIM船による索敵行動で、治安維持軍の艦隊編成は緊急出動における部隊の最小単位、百隻であることが明らかになった。


 それはつまり、今回の出動が指揮命令系統の末端から気まぐれに出されたものではなく、治安維持軍内の正式ルート経由で発令されたものであることを意味している。それでアロンゾ達は、事態が容易ならざるものであると理解した。

 さらに、仲間内でもミニタリー・ロジスティックスの経験があり、治安維持軍の装備一式に詳しい佐平次――もとい、一般船名「サヘッジ・アスラム」が、艦隊の中央に船にしては異質な形をしたものがあることに気づいて、小さく呻いた。

「まさか……こんな辺境惑星相手に、あんなものまで持ち出してくるなんて」

 その声は有線接続していたアロンゾにしか伝わらなかったが、アロンゾはその声音に容易ならざる響きがあることを聞き取った。 

「どうした、サヘッジ」

「いえね――」

 続くサヘッジの言葉を聞いたアロンゾは、ムードスタンプ『腕組み』を返す。

「……そいつは、しばらく組の者には黙っていてくれないか」

「承知しました」

 そう言うと、サヘッジが配下のHIMと情報共有するために後方へ下がる。

 アロンゾはそのままその場に留まり、治安維持軍艦隊をじっと睨みながら考え込んだ。

 サヘッジの言葉が真実だとすると、治安維持軍は単に言いがかりをつけにきたわけではない。このような事案の場合、普通はまず調査団を派遣するはずだろう。

 ところが、彼らの装備は始めから交渉の余地がどこにもないことを示しており、要求に従わなければ惑星の住民を殲滅するつもりであることを誇示している。

 アロンゾはそこに強烈な違和感を覚えずにはいられなかった。

 それは、彼自身が王族に対して絶対的な信頼を置いていることから生じている違和感であったし、アロンゾ自身もそのことに気がついている。

 しかし、仮にその信頼を割り引いたとしても治安維持軍のやり方には納得がいかなかった。これでは、王族の不義に対して最初から確信があったようにしか思えない。

 最初からフルセットの艦隊に、おまけまで付けて派遣してくる性急さに、アロンゾは裏に隠された悪意を感じ取っていた。


 *


 午前一時。六番資源衛星の裏側にはアロンゾとイエーガーの配下それぞれ百隻余りに、たまたま外に出ていた他の組のHIMを含めた、三百を僅かに下回る船が集合していた。


「数で言ったら相当なもんだけどよ。装備がこれではなあ……」

 イエーガーが嘆息する。アロンゾも同感だった。

 彼らはサヘッジの船体にローカルで立ち上げた共有フォルダ上で、今ここにある得物の画像リストを眺めていた。

 出入りのために準備していたアロンゾとイエーガーの配下は武器を所有していたが、所詮は小競り合いであるから接近戦用の刃物が殆どである。

「標準仕様のレーザーナイフだけで人数の二倍はある。おお、こいつはサンライズ社のビームサーベルじゃねぇか。しかもロット入りの記念モデルときた。こんな廃船ぶったぎり用の大袈裟なもんを持ってきた奴は誰だよ」

「うちのサヘッジだよ」

「ああ、それなら分かるが、しかし奴のマニュピレータには適合しないだろ、これは」

「買ってから気がついたんだってよ。それで、今までお蔵入りしてたもんを、いい機会と思って持ってきたらしい」

「ふうん。だったらうちの『人斬り太郎』に貸してくれ。奴なら使える」

「後でサヘッジに言っとくよ」

「後で、か――有線通信に刃物じゃ、やっぱり無理があるな」

「ああ、確かにな」

 そう言ってアロンゾは宇宙港のほうを眺める。

「せめて、ドックが使えると助かるんだけどな」


 *


 午前二時。アロンゾとイエーガーは、宇宙港の隣に浮かんでいるドック付近を遊弋していた。


 行動拠点を六番資源衛星に定めてみたものの、結局のところ武器が全然足りない。

 軍を持たない惑星IHAD〇五四三Dであるから、そもそも治安維持軍に立ち打ち出来るはずもないのだが、せめてドック内の工作機械を使えたら多少はましになる。

 そう思って外部から宇宙港に進入する経路を探しているのだが、システムを経由せずに入り込む隙間が見つからなかった。

 無論、システムを経由したら中に入ることが出来るだろうが、都市管理者の知るところとなるから隠密行動の意味がない。

 二人は、数少ない宇宙港の管理システムから死角になっている場所に回り込んでみる。そこはHIM修理用ドックの片隅に放置されていた古い格納庫で、帳簿上廃棄済みのため管理者の監視範囲から除外されていた。

 そのため、普段はHIM船達の息抜きの場所になっており、こそこそ何かをするにはもってこいの場所なのだか、それでも外から無理にドックの扉をこじ開けようとすれば、アラームが鳴る。

 なすすべもなく二人はドックの壁面を見つめていた。

「誰か中から開けてくれないもんかね」

 イエーガーが、ムードスタンプ『苦虫をかみ殺す』付きで発言する。

「中から開けてもアラームかセンサが反応するだろうよ」

 アロンゾも、ムードスタンプ『憮然』付きで発言する。

「そんなに上手くはいかないってか――おや?」

 イエーガーのおかしな声に気がついて、アロンゾも同じ方向を見る。


 すると、格納庫の端にある旧式の搬出口が開いていくのが見えた。


「おいおい、これじゃあここも監視対象になっちまうじゃないか」

 若干の失望を含んだイエーガーの声と共に、ドックの扉は静かに開いてゆく。

 その向こう側には、HIM船の姿があり、それを見たアロンゾは驚きの声をあげた。

「あれは――うちの定と留じゃないか!」

ドックの扉が開き切ると中から、定――サダム・アリー・ジンナーと、留――トーメ・ステファンがこそこそと表に出てくる。

 二人はアロンゾの姿に気がつくと、一瞬、姿勢制御のバーニアをぴくりと動かした。

「あ、こりゃ親方。しかも親分さんまで」

 トーメが申し訳なさそうな無線通信で言う。

 そこでアロンゾは即座に二人に有線通信を伸ばした。これで四人だけの会話が可能になる。

 アロンゾは怒鳴った。

「親方じゃないよ! お前達は状況を知らないのか!? 大江戸プラグインは切っとけ! 後で説明するから、暫く有線以外の通信を使うな! それで、サダム! お前なにやってんだよ、何でそこから出てきたんだよ?」

 アロンゾの剣幕に押されながら、サダムが言った。

「あの、その、すいません。いえね、絶対安静モードで何の情報も入ってこないし、ただじっとしていると気が滅入るんで、この、ちょいちょいっと」

「ちょいちょいっと、なんだよ?」

「――その、気休めに逃げ出せるように、ドックの入り口に仕掛けをしやしてね。開いても管理者にばれないようにしておきましたんで」

「……するってえと、何か? 対管理システム用の欺瞞工作を、そこの扉に施してあるということか?」

「へえ、その、面目ねえ」


「「よくやった!」」


 この後、親方や親分から盛大に褒められて、サダムとトーメはわけがわからなかった。

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