第十九話 午後六時 ハリソン教授
画面に治安維持軍の紋章が表示された途端、ハリソン教授は彼にしては珍しく、厳しい声で言った。
「プリシラ、情報統括管理官権限を緊急行使」
「承知しました」
ハリソン教授の秘書を務めるマリア・ササキ嬢=プリシラの顔から、いつもの穏やかな笑みが抜け落ちる。
彼女が右腕を振ると、人差指の爪の下からケーブルが伸び、研究室の照明スイッチの隣に敷設されていたコネクタに刺さった。
「
「メイン・サーバ独自運用のため、外部干渉可能な経路をすべて切断。それを優先しつつ、
「承知しました」
プリシラは指先のケーブルから大学のメイン・サーバに接続し、情報統括管理官権限で保護プログラムを実行。
同時に全身から無数のケーブルを射出する。それらは研究室の床にあるコネクタに入り込んで、大学全域に分散配置されている
「状況説明」
ハリソン教授は、マクシミリアン司令官の話を聞きながら指示を出す。
「第一サーバ、ネガティブ。第二から第五サーバ、ポジティブ。第六サーバ、ネガティブ。第七から第十サーバ、ポジティブ。独自性の確保には十分なユニット数です。メイン・サーバ、押えました。第一サーバから侵入あり。情報統括管理官権限で排除。同じく第六サーバからの侵入を排除。都市管理者から説明要求あり。いかが致しますか?」
「情報統括管理規程の第三条から第五条までを適用する。そう伝えたまえ」
「承知しました――都市管理者承認、これよりメイン・サーバの独自運用を開始致します」
マクシミリアン司令官の言葉と、プリシラの報告を聞きながら、ハリソン管理官は笑みを浮かべた。
――承認とは笑わせてくれる。
確かにセキュリティ・レベルの高い兼務任命だったが、彼が知らないわけがない
「プリシラ、大学全域に発令。これよりL&L大学の全情報機能は、情報統括管理官ハリソン・クライスラーの管理下に入る。一時間後に第七十二講堂で情報共有のための会議を行うので、各自個別に情報収集にあたられたし。現時点で分担の振り分けは行わない。外部回線には、専用線である第五十七衛星回線、第百三十一海底ケーブル回線、そして、軌道エレベータケーブル内の秘匿回線が、セキュリティ・レベル七で利用可能であるから、それを前提として各自の得意分野に深く静かに進入せよ。なお、管理者権限を直接有するのはハリソン研究室直属秘書のマリア・ササキ嬢、管理者としての名称はプリシラである。従ってこれ以降、プリシラの指示は情報統括管理官命令と同レベルの優先事項であると考えて頂きたい。情報統括管理官に関する詳細は、大学のコンフィデンシャル・フォルダ五〇三七を開放するので、それを参照のこと。以上」
「承知しました――発令完了。これで起動シークエンスがすべて完了致しましたので、これよりマリアとプリシラを人格統合します」
そこで、プリシラの顔にマリア・ササキ嬢の表情が戻った。
「初めまして、ハリソン・クライスラー管理官。お会いできてとても嬉しいですわ。マリアはそろそろ秘書業務に飽きてきたところでしたから、ベストのタイミングです。なにしろ、前回の私の起動は先々代の頃でしたからね」
彼女は明るい声で言った。それを聞いて、ハリソン管理官の表情が和らぐ。
「祖父から君の話は聞いているよ、プリシラ。いつか会いたいと思っていた」
「その言い方、お爺様にそっくりですよ」
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