一年前

第七話

 ある日、政府系研究機関の末端に勤務していた生物学者が、姿を消した。

 独創性には欠けるものの分析と合成の能力に定評のある彼は、一定期間の特殊任務と称して高額の報酬を約束され、秘匿されたラボの高価な機器を好き放題使う権利を与えられた。

 与えられた住まいは一流ホテル並みの設備ながら、外出の自由はない。

 供される食事も一流ホテル並みのクオリティながら、選択の自由はない。

 自分がどこにいるのかも不明なままで、彼はとある生物の血液中の酵素活性を、さまざまな変数から調べ続け、その酵素の合成を試みた。

 そして、ある日、結果がまとまって報告できるようになった段階で、寝ている間に別な場所に連れて来られた。

 ベッドしかない殺風景な部屋で、研究時の服装のまま寝そべっていた男は、目覚めた途端に長い廊下を連れ回されて、混乱したまま最終的に会議室に入った。

 そこには、極めて珍しいことにリアルな出席者が十二名いた。

 擬似人格通信による出席がほとんどのご時世に、わざわざ人を集めていることの不自然さを感じつつも、彼は結果を報告した。

 途中、出席者の一人が口を開いた。

「つまり、簡単に言うと、どういうことかね」

「つまり、テロメラーゼ活性酵素が環境変数の悪化にしたがって活性化――」

「簡単に言うと、どういうことかね」

「――細胞の寿命を伸ばす酵素がありました」

「ほう、そうかね。ご苦労だった」

 簡単なお褒めの言葉を賜った後、彼は会議室から出された。

 その後、政府系研究機関の末端に勤務していた生物学者の姿を、見た者はいない。

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