七月一日

第一話 午前十時 フローラ

<筆者註>

 本著の記述には言語プラグイン(PI)『日本語 二〇十四年版』を使用しております。

 当時存在していない概念は、可能な限りそれに近い概念に置き換えられておりますが、その詳細を確認したい方は筆者公開PI『補遺』をご参照下さい。

 また、恒星系および惑星系の呼称には標準天体分類記号を使用しております。

 固有名称への変換は統合政府公式PI『天体名称辞典』に最適化致しました。

 なお、冒頭からいきなり括弧や略称の頻出で大変申し訳ございません。

 以降の記述を最適化するための止むを得ない措置であり、しばらく続きますので気を長くしてお付き合い下さい。


 *


 時は未来、ところは宇宙。

 私は惑星DAAA三四一七Dの衛星軌道上にある宇宙港(インター=プラネット・ポート、IPP)から出航した、星間連絡船(インター=プラネット・シップ、IPS)『TWO-GIRLS』の中にいました。

 目的地は、その恒星系の惑星公転軌道面からわずかに離れたところにある虚数空間門ゲートです。

 IPSは操縦席や動力部などの航行に必要な部分を『串』として、その周囲に旅客室(パッセンジャー・エリア、PA)が巻きつけられたような構造になっています。また、PAは四つの区画に別れており、交互にファミリー旅客用と個人旅客用が配置されています。

 私がいるのは個人旅客用の第三PAで、一人掛けタイプのシートが通路を間に挟んで一列に九席、前から二十列設置されており、私は第三旅客室の船首方向から三列目の、一番右側に座っていました。

 船内安全マニュアルには「シートは緊急時には、そのまま脱出ポッドとして射出されます」という記述があります。

 隣は空席。いやいや、ひと区画に百八十席もあるIPSなのに、十一人いるかどうかも怪しいぐらい客の姿がほとんどありません。

(まあ、ローカル路線はどこもこんなものかしら)

 とは思うものの、この寂しさに「辺境」という言葉が頭に浮かびます。私はぼんやりと右側の壁を見つめました。

 IPSの壁面には、よく次の目的地の観光情報がランダムに表示されていますが、この船でもさきほどから行き先である恒星系IHAD〇五四三の情報表示がされています。とはいっても、主惑星IHAD〇五四三D以外に人類が居住する地域はないので、当然のことですが主惑星の紹介だけでした。

 次から次へと「すばらしい自然」を強調した観光案内を見せられると、余計に寂しさが強くなってゆきます。

 IHAD〇五四三Dは、惑星本来の環境(空気組成や植生、動物など)を維持したまま、テラフォーミングを施すことなく人類が居住することになった稀な例です。そのために遺伝子保存やクローニングにより保存された種ではなく、原生種がそのまま見られます。

 そのような動物たちの記録映像がひとしきり流れた後、画面が切り替わって、生まれたばかりの性別もわからない、でもとても可愛らしい乳児の顔が大きく表示されました。

 ふいのことに、私の中の母性という機能が瞬間的に起動し、胸部にあるセンサーを微弱な電気信号で刺激します。そして、世界を何のフィルタや翻訳機も使わずに見つめる眼差しに、私は今度は大人として少し居心地の悪さを感じて身動ぎをしました。

 画像は五秒間隔で次々と切り替わり、次第に乳児から幼児、幼児から男児、男児から少年へと移っていきます。

 一年毎の成長過程を記録した画像を順番に表示しているらしいのですが、容姿が次第に男の子らしく大人びていくのに対して、彼の眼差しだけは変わりません。それを見ていると、なんだかくすぐったいような恥ずかしいような感覚が、また戻ってきます。

 十七枚目に、少年以上青年未満の男の子が雪景色の中に立って笑顔で手を振っている写真が表示されました。その上に「誕生日おめでとう」という文字がフェードインします。その文字の下には、目を凝らさないとわからないぐらい小さく「07060357」という八桁の数値が書かれていました。

(何の数字かしら。日付ならば桁があわない。何かの回数だとして、生まれてからの経過日数だと小さすぎるし、経過分数だとしたらわざわざこんなところに載せなくても……)

 目を男の子に写真に戻して眼差しを確認します。そこにはやはり乳児の物怖じしない、そしてマイナス感情の伴わない澄んだ瞳があるのでした。

 また写真が切り替わって、今度は先ほどの画像の直後らしい、男の子が大きく手を広げて転んだ瞬間の写真に切り替わりました。今度は「王子様おめでとう」という文字がフェードインして、画面全体を跳ねていきます。作成者の王子に対する愛情が伝わってくるような、楽しげな文字の踊りを目にしながら、

(にしても王子様かあ……)

 と、私は嘆息しました。

 今回の渡航目的は、この「王子様」を取材することだったのです。


 *


 自己紹介が遅くなりました。

 私はフローラ・ベルモンド、『共同通信』の記者をしています。

 記者といえば、恒星系を縦横無尽に飛び回り事件と事件の裏に隠された真実を暴く――という姿を想像したくなるところです。私も当初はそうなろう、私も事件を追いかけて隠された真実を拾い上げる記者を目指そうとしていましたが、どうも記者としての基本的な闘争本能に欠けるらしく、事件現場で厚顔無恥に取材対象に食らいついてゆく肉食動物にはなれませんでした。

 その代わりに穴埋めに最適なほのぼのとした記事を書くのは得意なので、このような決してメインにはなりえない地味な取材がまわってきます。

 記事に対するビューとコメント、トラックバックの数で評価されて、それに応じた歩合の報酬が支払われる記者としては、非常に不本意な扱いでしたが、私はそれでもなんとか締切を守って実家の支援を受けることもなく、生活も守ってきたのでした。

 さて、今回の取材先である恒星系IHAD〇五四三は、今では非常に珍しい立憲君主制をとっています。政体だけでなくその成り立ちもかなり異例なものでしたが、後ほどそのことには触れるとして、まずは現在。

 君主であるカール・クラウス氏が急病で入院することになり、その間の代行者としてアルバート・クラウス王子が指名されたのが、かれこれ一年前になります。

 王子は十七才。

 今回はその間の治世に関して取材するために、共同通信社から「ほのぼの担当」である私が派遣されたのでした。


 *


 IPSはゲートを目指して慣性飛行しています。

 大昔の船には外の景色を見るための窓がついていたそうですが、宇宙空間を航行する船舶にそんなことをしたら、強度の問題もありますが太陽風で乗客が丸焼きにならないとも限りません。

 私は自分の席の右手側にあるアームレスト上に手をかざし、上下に軽く振りました。メニューが前方に表示されます。その中から船外表示を選択して実行すると、全方向ビューアが頭上からドット状に展開していきます。

 技術的には一度に展開するのも可能なのだけれど、利用者を驚かせないための演出でした。展開が完了すると、私は席に座ったままで宇宙空間を進んでいました。

 もちろん、表示された宇宙空間は生の姿ではありません。

 恒星からの直射光のような人体に悪影響を及ぼすものは補正がかけられていますし、また、IPSは重力を維持するために緩やかに回転しているはずなので、このような安定した映像にはならないはずです。なんの補正も演出もない状態であれば、私は大火傷を負いながら眩暈と吐き気に悩んでいます。

 船の前方には、私の手のひらほどの大きさで、六角形の光が微かに点滅を繰り返していました。明かりの間隔が緩やかに広がっていくのが分かります。

 ゲートでした。

 接近するにつれて、周囲はゲートへの入船待ちの行列と、ゲートから出船してきた大小さまざまの船舶でごった返しはじめます。ときおり進行方向を横切った船舶に対して、警告のサーチライトが発せられているらしく、短い断続的な光が見えました。

 宇宙空間での通信手段は、基本的には相互認証が成立した相手との短距離通信が中心となるため、認証していない相手との意思疎通ができません。したがって、とっさの警告にはサーチライトが使われるのです。

 船の外壁にある光センサーに対して訴えかけるのですが、ライトを細かく点滅させることで、全船標準装備の光モールス信号を使った文字通信が可能です。だから、さきほどの瞬きも

「馬鹿野郎、どこに目をつけて飛んでんだよ」

 という罵詈雑言だったかもしれません。

 宇宙空間は音のない豊穣なおしゃべりに満ちているのでした。


 *


 さて、ゲートの技術的な始まりは、はるか昔人類がまだ宇宙空間におしゃべりの輪を広げる前、太陽系という揺籃を抜けだそうともがいていた時まで遡ります。

 恒星間を移動する段階まで至った時、そのための手段として推進力をどれだけ向上させたとしても、通常空間を物理的に移動している以上、光の速さを超えることはできませんでした。それならば、物理的な特性が異なる別空間を経由すれば問題は解決するはずだ、という発想は昔からありましたが、実際に使うことができるものとなるとなかなか難しく、異次元、超空間、亜空間など、アイデアは数多く提示されたものの、アイデア以上にはならないままでした。

 その解決策は、思わぬところから提示されました。

 まだ惑星規模で素粒子の研究が行なわれていた時のことです。衝突によって生じる反物質をなんとか保存しようと模索していた研究者が、そのわずか前に空間の揺らぎが生じていることに偶然気がつきました。宇宙空間に一千キロメートルの線形加速器リニアコライダーが敷設されるころになると、空間の揺らぎは空間の裂け目へと拡大し、ついにはその裂け目に反物質の楔を打つことに成功します。その楔を通じて観測された世界は、われわれの数学的地平とは逆の位相を持つ世界でした。

 そこで『虚数空間』という、ディラックの海が復活することになったのです。

 この虚数空間の楔は、その後「苗」と呼ばれる自己増殖型生体デバイスに置き換わり、その苗によって虚数空間側に演算装置を敷設して処理を行い、実数空間側で表示、インターフェイスすることが可能になりました。

 いわゆる虚数コンピュータ、正式には「虚数空間配置型コンピュータ」の時代です。

 これにより、実数空間では場所をとるアーキテクチャを虚数空間におくことで、コンピュータ本体の拡張性と携帯可能性を極限まで追求することができるようになりました。

 装置が敷設できるのであれば、それを連絡通路にできないか、と思うのは自然なことです。位相が逆であることを利用して、実数空間では遥か彼方の天体までの迂回路を作るのです。

 技術的な試行錯誤を無数に繰り返し、虚数空間の特性を把握し、それを利用可能なものに変換する。言葉ならば簡単に表現されてしまう課程の中に膨大な人々の悲喜こもごもを内包して、最終的に人類はゲートを作り上げました。

 ところで、虚数空間での処理は単純なものほど遅く、複雑なものほど早くなります。演算処理であれば簡単な処理は実数空間に、複雑な処理は虚数空間に振り分けるプロセスを経由させることで、最適化することができます。

 また、誤って簡単な演算処理を虚数空間に流してしまった場合の安全弁として、処理がある時間を超えた場合にその処理が強制終了される手順が必須で、ある事故の犠牲者の名前をとって「アメデオ条件」と呼ばれています。

 星間航行に虚数空間を利用する上で、このことは忘れ難い悲劇として、初期の虚数空間航行実験で人類が犯した過ちとして記憶されています。


 *


 実験では、一人乗りの宇宙船が火星軌道にあるゲートから虚数空間を抜けて、木星軌道にあるゲートに出現する予定でした。

 予備実験ではよりシビアな条件設定で検証が繰り返され、実機テストであればさらに複雑な演算処理が必要になるだろうから、問題はないはずだと思われていました。しかし、実験が開始され、宇宙船の先端がゲートに触れた瞬間、それが誤りであったことが分かったのです。

 実験室レベルで虚数空間を維持し、ゲートを維持することは困難でしたが、宇宙船が通過可能な規模に拡大すると、処理はむしろ単純になるのです。また、同一恒星系内の惑星間移動では近すぎて、十分な複雑さが得られませんでした。

 火星軌道上ではごくわずかに宇宙船が虚数空間に取り込まれていきますが、木星軌道では何も起こりません。通常空間側では「同時存在」が回避されなければならないため、虚数空間にはいった船舶は、入り口でその船尾が消え去る瞬間まで、出口では船首が現れることはなかったのです。

 また、宇宙船が通常空間から虚数空間に入り、また通常空間に現れるまでには時間が経過しているのですが、通常空間側ではその時間経過が観察可能であるにもかかわらず、虚数空間側での時間経過は観測されませんでした。部分的に虚数空間側に取り込まれた物体については、通常空間から観察した場合には動きを見ることができるが時間経過は行なわれず、すべてが通常空間に現れた段階でその間の時間経過が反映されてしまうため、老化や劣化が急激に進むのです。

 アメデオを乗せた宇宙船は、二百年を費やして木星軌道に現れると、次の瞬間には急激に劣化してしまいました。


 *


 さて、ゲートの手前に到着したIPSは、若干の時間調整の後、決められた時刻にゲートに進入します。

 定められた時刻に少しでも遅れると、ゲートは使えません。次にゲートを通過できるのは最短で三日後ですから、どの船も必死です。これは、出口側のゲートで実体化する際に、他のゲートからのIPSと重複することを避けるためです。ゲートの使用時間は、三日前までに申請することになっています。

 入口側のゲートは処理の複雑さを少しでも増すように、通過する船舶の大きさにあわせて拡大縮小するようになっています。

 大型船の通過した後なのか、ゲートの通過面が縮んでいきます。光を反射しない面は、ただ黒く滑らかでした。

 船が前進し、通過面が急速に迫ります。

 IPSの船首から静かに虚数空間の中に消えてゆき、躊躇うほどの時間もなく自分の目前に黒い壁が迫り――特に何の感慨もなく過ぎ去っていきました。

 昔の映像記録や文字記録を見ると、宇宙空間を跳躍するためには異空間の中を一定時間通り抜けることになるというのが、演出上の約束事でした。

 実際に虚数空間を利用して、離れた場所を移動することが可能になると、当然のことながら入口と出口は直結されました。

 いえいえ、むしろ虚数空間内に留まる方法がなかったのです。虚数空間は入口と出口をつなぐ接着剤として使用することはできても、人類に開かれた新天地にはなりませんでした。物理的特性が異なる空間内に、私たちが留まることが安全ではなかったのです。

 私は目の前に広がっている(はずの)空間を見つめました。

 星の配置が変わっているはずなのですが、よく分かりません。人類が居住可能な恒星系の大半は、赤色巨星や白色矮星ではないので、主星の色にも認識可能な違いは見出だせませんでした。

 同様に、先程潜り抜けたものと見た目が変わらないゲートが船尾方向にありました。出口側のゲートは、実体化する船の大きさを事前に把握できないため、大きく開いています。それがIPSの後方で(遠近法として)次第に縮んでゆくのでした。

 その一方でIPPへの接舷作業が始まります。作業用の小型船がIPSの周囲に群がって相対速度をあわせるために、しきりにバーニアを閃かせています。

 光警告の瞬きも加わった騒々しい光景の中で、ひとつだけゆっくりとIPSの側面を通過してゆく船がありました。

 回っている船体の側面は、突起物が次から次へと障害となって動きづらいはずなのに、その船はそろりそろりと、たいして回避しているとも思えない動きであるにもかかわらず、進んでいました。

 よく見ると船体の上部に文字らしきものが書かれているのですが、標準辞書にはない書体らしく、自動翻訳がされません。外部辞書にアクセスしたところ、その文字は「勘亭流」という書式であることが分かりましたが、名前だったらしく意味まではつかめませんでした。

 寒い冬の日に老人が降り積もった雪を避けながら進むような、静かな姿を見送っていると、到着前のアナウンスが流れてきました。


 *


 IPS自体にも大気圏突入の機能はありますが、そのような余計な経費がかかる運用をしてはいられません。

 そこで、通常は惑星の衛星軌道上のあるIPPに停泊することになります。

 セーフティ解除の合図が船内に流れると旅客室の半分を占めるポッド用のエリアから、ポッドの搬出が開始されるらしい振動が微かに伝わってきました。

 一般に、公共交通機関を利用して移動する場合には規格化されたポッドが使われます。乗り合いも可能なのですが、短距離であれば自家用、遠出であれば旅程や用途にあった旅客用のものが利用されています。

 規格品のいいところは、内装の汚損がある場合にはまるごと交換できるようになっているという点で、多少神経質な人でも安心して利用できます。自宅から目的地まで、全工程をポッドで移動することも可能なのですが、今回の取材は期間も短く、荷物がさほど嵩張らなかったので、乗り合いのほうにしました。

 私は手荷物を取って、第3PAの出口に向かいます。手荷物と言っても小さなボストンバックが一つ。身軽なものです。

 第3PAのシートの間を歩いていると、横から誰かが降りようとしたいたので、一旦止まりました。

 かなり高齢のお婆様です。この時代、腰が曲がっている老人はほとんどおりませんが、肌に現れる年齢は簡単には消えません。

「あらごめなさい、お邪魔をしましたね」

 白髪頭を品よく頭の上にまとめており、眼鏡をかけています。近視や遠視が治療可能な昨今、ファッションとしての眼鏡は再評価されています。これもそうなのでしょう。

「いえ、こちらこそ失礼いたしました、先にどうぞ」

「すみませんねえ」

 ゆったりとした動作で頭を下げると、お婆様は小さなカートを引いて歩きだします。足の運びもゆるやかです。私は威圧感を与えないように、少し離れて歩きました。

 IPSへの出入りは軸部分の後部から行われます。

 接続されたエアロックから衛星軌道上の宇宙港に移り、格納庫預りの手荷物を受け取ると、次は上陸手続きです。

 この惑星の手続きは念入りで、他の惑星から持ち込まれるウィルスの無効化と、上陸する惑星の固有ウイルスに対する予防接種や、大気の組成差を調整するためのナノマシン投与、体内時計の時差を補正するためのバイオメンテナンス措置を次から次へと受けます。予防接種後は、抗体ができるまで二十四時間の軌道上での待機が義務づけられていました。

 予防接種の担当者はやたら豪快な女性で、豊かな胸から下げた名札には「検疫官 ゲルトルート」と書かれていました。

「さあさあ、並んだ並んだ。黙って打てばピタリと守る。お代は観光税の中だって話だから、射たなきゃ損だよ」

 と言いながら、楽しそうに首筋への無針注入をこなしています。口上とは違い丁寧な仕事ぶりから、彼女が真剣に惑星の防疫をこなしているのがわかります。

 私の順番になり、髪をかきあげて首筋を出すと、検疫官はひゅっと息を吸い込み、しばらく何の反応もなくなりました。

 私が振り向いてみると、われにかえった検疫官は、

「あ、すまない。ちょっと近年稀に見る素敵な項だったもんで、ちょっと見とれちまったよ。この曲線がまた、なんともたまらないねえ」

 と言いながら、注射器を首筋に押し付けました。

 上陸に必要な処置が完了している目印として、予防接種の際に感染症予防委員会のマークが首筋に残されます。上陸後、三日経過するまで赤く表示されるこの印は、もともとの意味はよく分からないものの『ドナドナマーク』と呼ばれています。極めて評判が悪いのですが国際条約上の決まりであり、これに反することは当該惑星に対する侵略行為と見なされることから、不承不承ながらも皆黙って受け入れていました。

 予防接種の後、通関ゲートを抜ければ上陸の手続きは完了ですが、実際に軌道上から地表面に降りることができるのは二十四時間経過後です。そのまま待機場所である空港隣接のホテルまで、減菌処理された専用通路で移動します。

 もちろん、この惑星の住民であれば手続きの大半が省略されて待機の必要もありませんし、医学的措置が必要ない人型移動端末の場合も同様です。人によっては無駄とも思えるこの待機ですが、私は軌道上から見る惑星の姿がとても好きだったので、さほど苦になりません。

 眼下の惑星は、九割が水に覆われて静かに佇んでいました。

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