序
午後三時 フローラ
<注釈>
この物語における年月日、時刻及び度量衡などの単位系の表記は、特に指定がない限り、惑星IHAD〇五四三Dの公転・自転周期による日時と、その重力影響下における数値を指しています。
全天標準時間および全天標準単位系への換算については、度量衡委員会が定める換算手順に従って下さい。
*
状況は最悪でした。
どう好意的に考えても、アルバートの力だけでこの劣勢を覆すことは不可能でした。
そして、誰よりも責任感の強い彼にとって、自分が守るべきものを守れないこの瞬間は耐え難い屈辱だったと思います。一方的な通告の最初から握ったままの彼の拳は、ずっと震えていました。私は声をかけることができずに、斜め後ろに立ち尽くしながら、その拳を彼の意思表示のように見つめ続けていました。
強く握り締められて赤から青に変りつつまる拳からは、彼がそれでもなお、その後に彼を襲うであろう残酷な未来には一片の拘泥も見せることなく、この瞬間も、
「この星の民にとって最善の方策とはなにか」
を考え続けていることが、伝わってきます。
ふいにアルバートは、息をひと吐きして強ばっていた肩の力をすっと抜くと、顔をあげて背筋をまっすぐに伸ばしました。それから、一歩前に踏み出しながら、拳を開いて上着のはしをつまみ皺をのばし、真摯な眼差しで語りかけました。
「みんな、ごめん。僕ではみんなを守れなかったよ。こんな悔しいことはないよ」
そして彼は、全身を微かに、細かく、小刻みに震わせながら、深々と頭を下げたのでした。後で聞いたのですが、彼は映像を見ている星の民ひとりひとりの姿を想像し、その姿に正対しているつもりだったそうです。
さきほどまでこの部屋の中をさまざまなつぶやきで満たしていた住民たちのコメントウィンドウも、その瞬間だけはすべて途絶えて、アルバートの謝罪の言葉だけが静かに全世界に浸透して拡散していきます。
それは、とても静かな瞬間でした。
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