14.カエル「(喜色満面) おいおい、ミリーたん」

「それじゃー、今日も張り切っていきましょう!」


 俺の一声で三日目の探索が始まる。

 コウモリテントが無くなると殺風景に広い部屋での昨晩は退屈極まった。せめて気分だけでも盛り上げていきたい。

 部屋には俺たちの入ってきた口以外にもう一つ道があった。進むことにし、ようやく灯りのついた状態となりエンカウントも再開した。


「ついてくるなー」


 探索の最中、相棒がチラチラと俺の後ろを伺う。

 俺の後ろには黙々とついていくるブランチ兄妹がいた。すっかりレイプ目になってしまったブランチ氏と、さらにその背中をセーラーミリーの〈NPC〉がちょこまかしているのだ。イベントに絡むんだろうが、気にする対象が増えてしまった。


「あれだな、ド〇クエのパーティみてえだな俺ら」

「勇者、遊び人、商人、妹は……何?」


 マリウスが指折り面子の職業を考え出す。俺が遊び人とはふてえ奴だ。


「しれっと自分を勇者にすんな。お前のジョブは不登校児だろ」

「それならお前は不法滞在の外国人だ」

「うっ」


 不法じゃないし、偽造在留カードあるし! いちいち人の弱みを突いてくるな。



 異変に気付いたのは、狭く長い直道に進入してからだった。


「ミリーたん!」


 中学生だったミリーが見ぬ間に初めて見た時の幼女に戻っていた。

 セーラー服もよかったが、これはこれでパーフェクトだ。


「やめろよ気持ち悪い」


 肩をすくめる相棒はどうでもいいが、この道に入ったことでフラグが立ったのは明らかだ。

 ミリーはニッコリ笑顔で俺たちを追いたてる。


「ああー、癒されるぅ。一度女に追われてみたかったんだ俺」

「そうか。もう死んでいいぞ」


 昨日の一件から空気が暗く沈みがちの俺たちであったが、良いことだってあるのだ。ブランチ氏もいつまでもくよくよすべきではないと思う。面と向かっては言えないが。

 しばらく歩くと、道が急に欠けた。


「ちょっと深いなー」


 立ち止まった相棒が欠けた道の下を覗くと、二メートルの下にまた道が続いていた。

 俺がリュックから取り出したボルトを投げても特に変化なし。

 いざ降りるかというところで、マリウスをミリーが横切った。


「あ、ちょっ、ちょっ」


 俺が止める間もなく彼女は飛び降りて先に行ってしまう。


「おいおい、ミリーたん」

「うわあ」


 急いで後を追い、ミリーの前に立つ。ミリーは俺にぽてっとぶつかると踵を返して後ろに戻っていく。

 その進行方向を塞ぐマリウスにぶつかるとまた引き返して進む。


「……これは」


 相棒の顔が引きつる。俺もその理由が痛いほどわかった。

 ブランチ氏がのそのそついてくるのを見届けると、俺たちは嫌々ミリーの脇をすり抜けて先行する。やがて予想は確かな裏付けとともに現れた。

 壁。当って引き返すミリー。

 相棒がしゃがみんで床に手を突っ込めば、木材のはずのそこはさくりと削れ落ちて消滅する。掘り進めるとまた同じデザインの床が見える。下に進め、ということだろう。

 ダンジョンマスターのやりたいことがはっきりした。


「レミリーングス、か」


 マリウスにしては面白いことを言うと思った。

 列をなし、ゲート目掛けて行進しつづける緑髪二足歩行なバケネズミをご存知だろうか? かつて集団自殺の習性があると考えられていた旅鼠の名を持つPCゲームの系譜がここにあった。ただし、プレイヤーは彼らが死なないように導く側でなく、導かれるネズミ側だが。間違いなく集団自殺させる気だ。

 しかもこのか弱い幼女が死なないように気を配らなければならない。

 俺たちに拒否権などないのでブランチ氏には魔法の知覚範囲ギリギリまで後ろに行ってもらい、涙の旅路を始めることにした。



「あれー、どうするんだこれ?」


 一面開始から三十分。横に斜めに掘り、崖を登りつ進んできた俺たちは難所に差し掛かっていた。

 道が途切れて数メートル向こう、斜め上に道が続いている。

 これが原作レ〇ングスならば、ネズミに指示できるコマンドの中にBridge Builderというものがあり空中に階段を建設できるのだが、俺たちにそんなことはできない。


「Diggerは、床は掘れねえのか?」

「ダメだ、普通のフローリング」


 うーむ。

 ミリーを俺たちでサンドイッチしてどこにもいかないようにしながら、しばし悩む。


 コロコロ……


「うん?」


 固いものが転がって俺のスニーカーに当たる。見てみるとそれは手榴弾だった。

 少し顔を上げると同じ手榴弾を三個抱えて幼女が笑っていた。


「ヌ、Nuke……」


 全員自爆のコマンド。

 ミリーたん、そりゃないよ。


「冗談じゃない。こんなもんポイしろ、ポイ」


 相棒は幼女の手からそれらをむしり取り、捨てようと下を覗き込んだ。


「あ、」

「なんだよ」


 俺も傍に立ち、見下ろして納得する。

 上の道を作る足場と暗さに遮蔽されているが、よーく見ると、ビルの二三階ほど下に道が続いていた。

 ユーザーへの配慮がなってない。一発ネタにしてももうちょっと考えてから作れ。


落下傘Floaterは?」

「持ってるわけねえじゃん」


 ムズがるミリーを脇に抱えて、ハーケンとロープでずるずると下に降りた。



 苦労して辿り着いたゲートの先は変わり映えしない通常マップ。


「あれ、またこの展開?」


 俺たちの目に飛び込んできたのは懐かしき幼少のラッド少年。年のころ七つ八つのガリガリ君だ。


「母親のリプレイと合わせてこれで三度目だぞ」

「これで最後だよ」


 相棒は何故か自信ありげにこちらを見ながら、少年の横を通り越す。

 そう、ラッド君は逃げなかった。

 俺は訳も分からず相棒の後を追いかける。


「どういうことだよ」

「あの最初のイベント、長男は何から逃げていたか」


 もったいぶる相棒はカツカツと進み、曲がり角を少し過ぎたところで止まった。

 角の向こうは直通でリビングのデザインだ。行き止まりということにもなる。


「母親じゃない。母親は後から気付いてやって来たんだ」


 しかし、ミリーは止まらず、更に前に進むとどこかから食用油のボトルを取り出した。


「ミリーたん……?」

「まだ気付いてなかったのか」


 彼女はいそいそと油を床に塗りつけた。次にまた空中からいくつものオモチャを、固くてかなり尖ったオモチャを出してぶちまける。


「母も父も兄もキャラを掘り下げられた。後は一人だけだ」

『おにいちゃーん!』


 あどけなく笑う彼女は笑顔で兄の〈NPC〉が待つところに戻り、鬼ごっこの誘いをするのが聞こえてきた。そして、のこのこやって来たラッド君はずっこけて倒れ込む。頭にオモチャが刺さって出血。


『ラッド!』


 仰天する母親の声がする。

 顔を下げたミリーがニヤリと笑う。

 そこでラッド君は消えてしまった。


「い、今のは、」

「まあ待て」


 俺の呻きを遮って相棒はミリーを指差す。


「まだ終わってない」


 相棒の言うとおり幼女は歩き出し、幼女の行く手に玄関のドアが出現。

 彼女の後に続いてドアをくぐると、そこは二日前に見た401号室前だった。

 朝日が目に痛い。


『本当なの、エミリアちゃん!?』

『うん』


 お隣のおばさんは、ミリーに目線を合わせて確認していた。

 ランドセルを背負うミリーは、ドアをくぐる前と着ている服が違った。また別の日ということか。


『お母さん、怖いの。いつも怒ってて、わたしばっかり……お兄ちゃんもおこられるけど……』

『もしかして、叩かれたりとか、してる?』

『う、ううん』

『エミリアちゃん、正直に言ってちょうだい』


 隣のおばさんはミリーをじっと見つめるが、ミリーは手を撫でさすりながら静かに首を振った。


『そんなこと、ないです』

『そうなの……』


 お隣さんが曖昧な表情になったのはそのさする手首に赤いみみず腫れがちらりと覗けたからだ。少し悩む素振りをみせてから、小太りのおばさんは重そうに腰を上げた。


『でもね、エミリアちゃん。相談したいことがあったらすぐにおばちゃんを頼ってね。またお家のお話しを聞かせて頂戴』

『はい!』


 二人は似たような種類の笑顔を向けあった。

 おばちゃんは消える。またミリーが歩きだし、外廊下に玄関のドアが出てきてそこを抜ける。


『ミリー!!』


 玄関前のスペースでは久方ぶりに元気な姿のオニババがミリーを叱っていた。


『どういうつもり!?』


 母親と二人になった少女は意外なほど落ち着つき払って対応する。


『何のこと』

『アンタがやったんでしょう。近所に噂を流したの、アンタに暴力を振ってるって』

『……ほんとうのことでしょ』


 幼女よりちょっと大きくなった彼女は通学用の黄色い帽子を脱いで、靴箱の上に置く。その余裕綽々の表情がオニババの逆鱗に触れる。


『アンタのせいじゃない!!』


 オニババがミリーの髪を引っ張る。しかし、彼女は泣いたりしない。


『ラッドを怪我させたのも、何度言ってもアタシの見てないところでゴミ袋に入れちゃいけない物入れたのも、パパやラッドの前で可愛い子ぶって有ること無いこと吹き込んだのも、全部アンタでしょう!?』

『……』


 迫真の追求を前にミリーはつぶらな瞳をパチクリさせて、口を開いた。

 それは高らかな笑い声。


『あっはっはっはっ』


 ミリーは母親を嘲笑う。今までの愛らしさからは想像もつかない意地悪な笑顔で、オニババが殴っても引っ掻いても止まらない。


『この、うるさい! うるさい! 笑うな笑うなああああ!!』

『あっはっはっはっはっはっ!!』

『何がしたいのよっ、アンタは!』


 母親は消える。


『あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!! ……ふう』


 ミリーは急に笑い止むと振り向き、ドアを開けて進もうとした。

 俺はドアの前に立ちはだかってそれを阻止した。

 ブランチ氏もますますどんよりしてしまったし、ここらでちょっと整理したい。


 こんなのありかよ!?


「あーん、ショックだ。ミリーたんだけはいい子だと思ってたのに、これじゃ清純派AV女優みたいなもんじゃねえか……」


 悲嘆にくれる俺に相棒はしら―っとした目をくれるだけだった。


「だから言ったじゃん。『誰かが悪いんじゃなくてみんな悪い』みたいなゴミメッセージで終わるって」

「んでもよお、本当ミリーは何だってこんなことしたんだ?」

「それは次の面でわかる」


 今度の玄関のドアの向こう、細く長い道のデザインはリノリウムの床、片側の壁に無数の窓、もう一方に無数の引き戸。

 レミリーングスのセカンドステージは小学校だ。


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