7.冒険者とラッド、鍋を囲んでうどんをすすっている。


◆(ラッド視点)



 冒険者二人の手際は大変良かった。探索に疲れ切っていたラッドは準備の間休ませてもらっていたので、その様子がよく見えた。

 たちまち花瓶を片付け、フローリングを四角く引っぺがして囲炉裏のようなスペースを作った。代わりばんこで居なくなったり戻ったりしながら、薪を用意し(「第二階層の小部屋群の家具を割ってきた」という)、火を起こし(「室内で焚き火なんかして大丈夫か」と聞くと「一酸化炭素中毒にはまだ一回しかなったことないのでたぶん大丈夫」という)、食事を作り始めた。

 マリウスがうまい具合に木材とチェーンを組み合わせて大鍋(「これも第二階層の台所から持ち出してきた」という)を吊り下げるポットを作り、カエルは水洗いした板材をまな板に包丁で大量の食材を切っては鍋に放り込んでいく。言葉少なに、戦闘中と同じように息の合った連携だ。きっとラッドが手伝う方が手間になるに違いない。

 こう人心地着いてしまうと、ラッドは少し眠くなってきた。欠伸を噛み殺して、独り言まで出てきてしまう。


「この日は、まだ夏の終わりだった気がするんだけどなあ」


 火のある部屋にいることで、初めて自分が肌寒さを感じていたことに気付く。よくよく思い出せばダンジョン内では妙に空気が清浄だった。やはりダンジョンは異界であり、現実の家より相当気密性が低いのだろう、焚き火の煤も煙もどこかに消えていく。たぶん大丈夫とはこういうことかと彼は得心した。


「ブランチさんも一緒にどうですか?」


 腕時計が二十時半を指した頃、うつらうつらと舟を漕いでいたラッドにカエルが声を掛けてきた。


「ありがとう」

「たくさんありますので」


 ラッドは先の食卓のイベントでザックを失くしてしまっていた。これから先彼らに飲食の面倒までかけてしまうことになったが、カエルのリュックはその巨大な見た目よりさらにたくさんのものが入っているらしく、彼らにとってはさほど問題が無いようだった。

 焚き火に掛けられた鍋にはうどんが煮立っていた。

 うどんが盛られた器と箸を受け取り、ラッドも火の前に坐る。それで冒険者二人はもう食べ始めたが、同棲している彼女に矯正された習慣で手を合わせる。


「いただきます」

「……?」


 カエルたちがジロリとこちらを見る。どうやら食事前に言う習慣が無いらしい。

 二人はつと顔を見合せて、またこちらを見ながら物珍しそうにラッドを猿真似した。


「いただきまーす」


 うどんの汁は味噌ベースだった。甘みの強い味付けで、具はニンジンとベーコンだけだった。しかし、これでもかと刻まれた生姜と厚切りのベーコンの脂がよく溶けて、大味だが上手く仕上がっている。


「結構美味いな」

「んだね」


 『ランスレーの迷子達』は先ほどいきなり喧嘩しそうになっていたのもどこ吹く風で、和気藹々と箸を進める。

 この奇妙な少年たちにラッドは一日中振り回された。知識はあっても常識が迷子だったり、ずっと無表情かと思えば火のように激しく感情を見せたりとアンバランスさばかりが目につくが、今は案外普通の子供なのだと思うことができた。


「おい、このニンジンまだ固いじゃねえか。ちゃんと見てたのか」

「生でアタるもんじゃないし、いいだろ別に」

「俺はグズグズに味が染みたのが好きなの」

「グチグチうるさいなあ、お姑さんかよ。大体お前の切りがデカすぎんだよ。いけませんねえ、カエルさんはやる事が雑で。あらお箸の握りも間違ってる。お上手ですけど食事は曲芸を見せる場でなくてよ」

「姑はテメエだ」

「はは」


 露骨に自分が死んでも半金は出ることを強調された時は真っ青になった。勝手に近親相姦をしていることにされた時は思わず激情に駆られそうになった。しかし、結局彼らは自分の命を賭けてラッドを守ったし、どこかユーモラスな彼らをラッドが嫌いになることはなかった。


「ブランチさん、どうしました?」

「いや、何でもない」


 無意味な観察は忘れて食事を続ける。

 麺はスーパーで見かける一袋三玉で八十円ぐらいの安い生タイプ。あっという間に柔らかくなるのでついつい食べるペースが早くなる。たまに脂身の多いベーコンを噛むとこってりして中々飽きが来ない。

 うどんはどんどん空きっ腹に収まっていき、無くなるたびに次々お替りが投入された。冒険者たちも大変な健啖家で、八袋あった麺は全て消費され、間に汁が二回継ぎ足された。


「あー食った」


 食べ終わって、カエルが側面まで真っ黒になった鍋を火から降ろそうとすると、ぐっとマリウスが彼のジャケットを引っ掴んだ。どういうわけかラッドを指差し、顎でカエルに座らせるよう促す。


「ああー」


 それで大人しく座ったカエルと二人でラッドを射竦める。

 ラッドは何がいけなかったのかよくわからずしばらく静止せざるを得なかった。だが、やがて二人が自分の手を見ているのだとわかり、両手を合わせた。


「ごちそうさまでした」



 夜はカエルとマリウスが交代で番をするという。

 夜襲があるのかとラッドが聞くと、まずないと言いながらも二つの理由を提示された。

 一つには、「ランダムエンカウントのダンジョンでは寝返りでも歩数がカウントされることがあるから」だそうで、これはラッドにはよくわからなかったが、「ほとんど有り得ないバグみたいなもの」らしい。

 もう一つも、可能性は低いと言って二人は言葉を濁したが、おそらく他の冒険者が襲ってくることを示唆しているのだと彼は思った。冒険者の厳しさが垣間見える。


「まあボクらは強いから、安心してお休んでくれ」


 そう言ってマリウスはブランチに寝袋に入るよう勧めた。とは言っても食べ過ぎたのか、眼がさえてしまい横になる気になれない。後番のマリウスもまだ起きていたので、なんとなく三人で火を囲んだままボーっとする時間が生まれた。


「トイレ」


 不意にマリウスが口を開き、第二階層の方に戻ろうとする。

 ダンジョン内での排泄は見えないところで適当に済ませるのが基本だ、とラッドはカエルに教えられた。もちろんラッド一人で歩くわけにいかないので、トイレに行きたいときはカエルが同伴した。

 「恥ずかしいんですか? トイレや屋外じゃなくて壁・床に直接いたすのは倒錯的で新鮮だと興奮を覚える者も業界には多いんですよ」と無表情で手本を見せる彼は正直気持ち悪かった。それはさておき、ちょうど彼も小用を催していたので着いて行こうとした。


「私も一緒に行こうかな」

「ダメだ。何言ってるんだ」


 ところが返ってきたのはすげない返事だった。マリウスは冷たい視線でラッドを硬直させながら、衝撃の事実を言い放った。


「ボクは女だぞ。いくら何でもデリカシーってもんがないのか貴方は」

「ええっ!?」


 と、目を剥いて大声を挙げたのは、なぜか相方であるはずのカエルだった。

 確かにマリウスは美しい顔立ちで声も高い。しかしマリウスは男の名前で格好も所作もあまりに男らしかったので、ラッドには全くわからなかった。まだ信じられないが、長年の相方まで騙されていたというのだろうか。


「そ、そ、そんなことっ、ありえん!」


 カエルはどもりがちに立ち上がると、マリウスの胸に手を当てた。ガシガシと揉みしだき、そして顔面を蒼白にした。


「……わずかだが、それでもおっぱいだ。おまえ、お」


 口上を言い切ることなく、ガアンと何かが爆発するみたいな音がして、カエルは寝室のドアに叩きつけられていた。相方の回し蹴りが腹に当たったのだ。


「オ、オウチ君!」


 くたりと床に倒れ込んだカエルは腹を抑えて身を震わせた。ラッドは最初、それを痛がっているのかと思ったがすぐに違うことが分かった。


「ぶっ……ぶはははははははははっ!」

「何回同じ事を繰り返すんだこのキチガイ!!」

「だーはっはっはっは!」

「面白くないんだよ! 死ね! 死ね! 死んでしまええ!!」


 顔を般若のように歪めたマリウスはひとっ飛びに倒れているカエルに駆けつけて、何度も踏みつける。その一発一発でフローリングが割れていき、ものの数秒でカエルは動かなくなった。

 その様子を観察しているラッドは確かに穴だらけになったパーカーやカーゴから覗ける肢体が女性的な丸みを帯びている、ような気になってきた。本当に女の子だったのだ。

 報復を終えると、怒髪天の彼女は伏したカエルの後頭部に唾を吐きかけて第二階層に消えて行った。


「……オウチ君」

「なんでしょう、トイレならあいつが戻って来てから付き合いますが」

「何故、あんなことを?」


 ボロボロのカエルはすっくと立ち上がると、天を仰いで目を細めた。


「私には信念があります」

「うん」

「権大納言の若君、祝英台、オスカル。古今東西、男装系ボクっ娘が最も輝くのは女バレの瞬間です。揺らぐジェンダー、動揺する友情、『おまえ、女だったのか』……。黄金の時でしょう? 女の幸せですよ。

 だからこそ、なるべく派手で目立つシーンにしてあげたかったのです。例え何度目であってもあいつが最高の瞬間を味わえるように私はベストを尽くしているんです」


 グッと拳を握りやり遂げた顔をする少年を見て、ラッドは初めて彼の心の内を見通した気がした。


「おっぱいを触りたかっただけなんだね」

「はい」


 夜は更けていく。



 トイレから帰ってきてラッドたちも行って戻ってくると、マリウスはもう機嫌が直っていた。靴を脱いで寝袋に入り、マンガの続きを読んでいる。カエルも悪びれもせず火の前に戻った。わりと重大なセクハラだったが二人の中ではありふれた一コマだったようだ。

 ラッドは二人に断ってから煙草を吸い始めた。

 一息肺に入れるとふと思いつくことがあった。


「実家で煙草を吸うのは多分私が初めてだ」

「ブランチさんのご両親は煙草を吸わなかったんですか?」

「ああ。父さんなんかは見るのも嫌がって、私たちには散々『健康に悪い』って言ってたのに」


 おかしい気持ちを抑え、深く吸って、ぷかりと紫煙を吐く。龍のように細くたなびいて、まっすぐに立ち続ける子供時代の幻影にかかり見えなくなった。


「悪いことだろうと、良いことだろうと、親の言いつけを守るのは難しい」


 そんな、なんの含蓄も無い人生訓まで出てきてしまう。すぐに言ったのを後悔するほど恥ずかしくなってきた。


「金言ですね」


 ラッドはこのまま無かったことにしたかったのに、カエルが拾って意地悪い笑顔を相方に向ける。


「おい、らしいぞマリウス。良いママの言うことはよく聞くんだぞ」

「うるさい。 ……聞いてるわ大体は」


 ごにょごにょ小声で応答する彼女にニヤニヤして、カエルは小声で「マザコンなんです」とラッドに告げる。

 平素のぶっきらぼうな喋り方とのギャップでラッドも笑いそうになるが、この時になって彼らにも両親・兄弟、帰る場所があることを思い出した。

 こんなことをしていて本当にいいのだろうか。


「二人とも、プライベートなことを聞いてもいいかな」

「はい」「よかろう」

「君たちはどうして冒険者を、ダンジョンに入っているんだい?」


 先に答えたのは少女の方だった。


「ボクは金だな。自分で言うのも何だけど魔法と暴力ぐらいしかとり得が無い。一次関数もわからない」


 ラッドにはこの答えが今一ピンとこない。

 ダンジョンによって親を失い、自分も経済的な問題とは直面したことがある。その時は、すぐに働くか、防衛大学校のように学費・生活費の支給されるところに進学するか、など色々と調べた。

 だが、冒険者などは考えもしなかったし、魔法と暴力がとり得と言うが、活かす選択肢は幾らでもあると思えたのだ。


「それならこんな危ない事しなくとも、陸自の高等魔術科学校を目指すとか他にもあるんじゃないかな?」

「ママから離れるのがヤーなんですよ、こいつは」

「黙ってろ!」


 マリウスがカエル目がけてマンガを投擲する。しかし、相方はそれを難なく受け取って投げ返した。少女は耳まで真っ赤に染めていて、目が合うと恥じらいいっぱいに顔を背けた。彼女は確かに母親が好きなのだとラッドは納得した。


「その、ご両親は、この仕事をやっていることをどう思って?」

「ん、えーと、うちはママしかいない。ママは……もう許してくれた」

「あっ」


 色々とコメントに困る回答で、大人なラッドはこれ以上踏み込むのは避けることにした。


「そ、そうだオウチ君は!」

「私ですか」

「お、キチガイトークが始まるぞ」


 するとどうしたことだろう、今度はカエルが眉間にしわを寄せ、マリウスが囃す。

 すっかり渋面になった少年はやがて諦めたように口を開いた。


「私は異世界から来たんです。ダンジョンに潜っているのは自分の家に帰るため」

「はははは!」


 確かに珍妙だった。


「そういえば君は今日、『元の世界』って言っていたけど、そのことを?」

「ええ。元の世界では、私もちょっと奇妙な名前なだけの普通の子供でした。中一のある日、自宅のリビングのドアを開けました。そしたら、どこかのダンジョンのどこかのドアにつながっていたんです」

「う、うん」

「モンスターがギャーギャー鳴いて、辺りは薄暗く。俺は怖くて、とっさに走って逃げました。地上へ、地上へと。それで気が付くとランスレー駅の南口ロータリーのベンチに座っていて、どこの街のどこのダンジョンから来たのかはまるで思い出せない。

 それから、魔法を覚え体を鍛えて、ダンジョンに潜り、自分の家のリビングに続くドアを探しているんです。もう五年になりますか……」


 本当に変な話だ。話の間中笑い続けた彼女もどうかと思うが、ラッドには到底信じられない。


「ははは、異世界人だったら、どうしてそんな流暢にこの国の言葉を喋れる? お前はどうせ帰化外国人二世か三世の頭がおかしくなったヤツだよ。何べんも言ってるのに」


 ゲラゲラ笑う相方のツッコミは全くその通りで、少年の返しも「そこはテンプレじゃん」と意味不明な上に覇気がない。ラッドも追従して話の粗をついてしまう。


「五年前に来たというなら、もうそのダンジョンは攻略されている可能性もあるんじゃ」

「かもしれません。それでもこれまでダンジョンに潜る中で、昼間の『ハバネラ』のようにこの世界に無いモノが見つかることがしばしばありました。戻るための何かしらの手掛かりになるかもしれません」


 ますます雲をつかむようだ。出まかせならいいが、これを本気で信じているとしたら、ラッドはカエルに対してあわれみを抱かざるを得ない。


「君の世界は、どんな感じだったんだい?」

「あんまり変わりませんね。ただ、魔法もダンジョンも無かったかな」


 それはうらやましいことだ、と彼は思う。


「では、君の家は、」


 気安く言い掛けて、ラッドは口を噤む。その時の少年の表情を見てしまったのだ。

 お棺の中の死体のような顔だった。死体の顔が化粧で飾られていてもわかるように、少年もまた温かい血で彩られた皮膚の奥に沈痛な孤独が凝っていた。

 なんにせよ、彼もまた帰る家を失った人間なのだ。同種の悲しみを十分味わってきたはずなのに、ラッドは自分の迂闊さを恥じた。


「すまない、この話は止めようか」

「え? あ、なんかすみません」


 それで少年は細長い薪で火中の薪を調整すると、昼間ガラスで穴を開けたミリタリージャケットを脱ぎ針と糸で繕い始めた。マリウスはそんなカエルに自分もパーカーを脱いで投げ渡す。カエルがイヤそうに受け取るのを見届けると、ゴロリと寝返りを打ちこちらに背を向けた。

 しばし静かな時間が訪れる。

 しかし、ラッドは煙草を一本吸い終えると、自分がまだ話し足りないことに気付いた。

 知らず知らずとはいえ二人の内部にずけずけと踏み込んでおいて、自分だけ言わないのも悪い気がしてきたのだ。


「私がダンジョンに入ったのは、過去と向き合うためなんだ」

「え?」

「昼間に聞かれた質問の答えだよ。そのままでいいから聞いてくれ」

「お願いします」


 ジャケットの穴を繕いながらカエルは首肯する。新しい一本に火をつけると、ラッドはそのつむじに語りかけた。

 何度か水と煙草を飲みながら、とうとうと口から出るに任せた話を整理すると、以下のようになった。


「もう二人もわかっているだろうけど、うちは母の暴力に支配されていた。父もなるべく頑張って守ろうとしてくれたけど、折悪しく昇進して中々時間が取れなくて、マンションのローンもあったし……。私と、妹は周りから蔑みかあわれみの視線を向けられていた。そんな人たちとは自分から距離を開けてしまって、親しい友達なんて一人もつくれない。中学に上がってもそんな調子で、妹には悪いけど、もうこの街にいるなんてごめんだって思って。君たちの言った通り、私は逃げてしまったんだよ。

 実家がダンジョンになったと連絡が来たのは十八だった。そのころ、高校の寮に入り、母の暴力や周囲の視線を気にすることもなく私はそれなりに楽しく過ごしていた。みんなダンジョンに呑まれたと役人から伝えられても、どうしても実家に帰る気になれなかった。自分が逃げた結果を見せられる気がして怖かったんだ。誰かに責められるかもしれないと。

 結局市役所に幾つかの届け出を出し、それで二度と戻らなかった。被害者基金や奨学金で大学に行った。遠方の親戚を保証人のあてにしたけど、バイトや企業の面接のたびに実家のことを聞かれ何度も落ちた。

 私は上手い言い訳を考え続けた。つまり、実家がダンジョンになったことに対して自分がどれくらい責任が無いかと、さらにどうやって立ち直り自分はどう健全なのかを。

 いつの間にかそれを自分の同僚や友達、カウンセラー、そして婚約者にも話すようになった。だんだん耐え切れなくなってきた。話をするたび、なにが嘘かも、本当はどう考えていたのかもわからなくなってしまった。

 ある時、『ダンジョンの中には過去の幻がある』と人から聞いた。私が逃げだし、目をそむけたものを見ればこの辛さが終わるかも、と思ったんだ。

 そういうわけ。言っちゃえばつまんない感傷だ」


 ラッドの長話がすむと、カエルは針仕事を止め、「やっぱり難しい」と口の中で呟いた。後頭部を掻きながらたっぷり悩むと、反論をした。


「ですが、やっぱりダンジョンはゲームです。いくらかはブランチさん個人の記憶と符合するかもしれませんが、誇張と捏造で無理に劇的にされた作品を現実のものと捉えるのはよくないことです」


 昼間と同じ言いようだが、ラッドにはもう彼らが宇宙人には見えていない。それになぜ自分が反発したのかも、もうわかりかけていた。あとは口にするだけ。


「君たちはダンジョンを攻略するのもゲームとして、現実と切り離してやっているんだよね。イベントに昔の私が登場していても特に意見を求めたりしないのはそういうことなんだろう?」

「ええ。まず考えるべきなのは製作者の意図ですから。当事者の記憶が役に立たないことはありませんが、無くてもクリアできるようになっているのが普通です」

「それなら、君たちの間でダンジョン攻略の仕方は一緒なのかな」

「全然違う。お互いやり方が違うんでいっつも大変なんだ」


 いつの間にか火の前に戻ってきたマリウスは、相方の横でそれぞれ神妙にラッドの話を聞いていた。


「どういうふうに?」

「こいつはシナリオ厨」

「厨言うな。ボクはダンジョンを始まりと終わりのあるプロットで理解し、全体の持つ意味を追求する。カエルは、言うまでもないか」

「私は萌え豚です。ダンジョンをキャラクターとその人たちが生きるシチュエーションで理解し、そしてそれらが愛すべき存在であればいいなと考えています」


 ラッドは一つ頷くと自分の考えを話し出した。


「私は、初めそんな君たちからダンジョンを虚構のゲームだと言われとても不快だった。それはきっと、ダンジョンに私が逃げた過去の全てがあると思っていたからなんだ。

 でも、君たちに言われたとおり、ダンジョンにあるのは誰かによって面白おかしく描かれた破滅の物語でしかなかった。ひどい演出ばかりだったからね、よくわかったよ。

 それでも、やっぱりあそこに見える小さな私を昔の私だと思わずにいられない。このダンジョンが誰によって描かれたかなんて関係ない。この物語の中には、断片でも私の、私たち一家の記憶で出来ているんだ。

 私がここでしなければならなかったのは、過去に向き合い自分を見つめ直すこと、そしてそこから前に進む自分の物語を描くこと。それが、私にとってのダンジョンの攻略」

「ブランチさんにとっての……」


 少年の丸い離れ目と少女のアーモンド形の目が大きく見開かれていた。熾火の眩さをその瞳の中に吸って、片時、光る。


「私も君たちと違う考え方、やり方でダンジョンを攻略しに来ていたんだ」

「そうか、今まで一緒にダンジョンに入った依頼人の人たちも、みんな、自分のやり方で攻略をしに来ていたのか」

「過去と向き合うために、前に進むために……」


 少年たちのかすれた声音には多分に後悔の色が含まれていた。彼らは共感のセンスに著しく欠けるが、人の気持ちを思いやれないわけではなかったのだ。


「悪いことしちゃったな」

「うん」


 二人は立ち上がると深くラッドに頭を下げた。


「すみません。私たち、ブランチさんの気持ち、まるでわかっていませんでした」

「いや、私も君たちに会わなければわからなかったことだ。ありがとう」


 ラッドは頭を上げた二人に微笑みかけると、二人も釣られてはにかんだ。

 こんな顔もできるのか。


「あと二日、よろしく頼むよ」

「お任せください」

「ばっちり攻略してやろうじゃないか」


 指に挟んだ煙草は根元まで灰になっていた。




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