第3話 冒険は酒にはじまり、女に終わる
前話で書いたように、妊娠したときには家人M氏は42歳。
いわゆる高齢出産というのは、年齢的には35歳以上でのことらしい。妊娠することのリスク、体内で子どもを育てる
M氏の場合は、もうもう筋金入の高齢出産なのである。
さいきんでは、晩婚化が進んでいることもあって(「卵子老化」という言葉も流行りましたよね。流行り廃りの問題ではないですけれど)、高齢出産というのは珍しくなくなったようだ。
でも珍しくなくなったといはいえ、リスクが減っているわけではない。そういえば、45歳以上で子どもを産んで、その子がいろんな疾患をともなっていた、という政治家もいらっしゃった。
M氏が子どもを欲しい! と思ったのは、39歳ごろのようだ。
きっかけは、彼女の友だちのAさんが命を授かったのを見てだったという。
見て、というのは、すでにそのときAさんは妊娠7ヶ月ほどで、お腹がふっくらしていた。
それまでもM氏の友だちが何人も妊娠したのを見ているのに、そのときどきにはたいして欲しいとは思っていなかったようだ(正確に言うと、30歳すぎたあたりで子作りに励んだことがあるというが、僕にはその記憶があまりない。そういえばそうだったかなーという感じ)。
それがAさんのおめでたを聞いたときには、違ったのだという。
以前とどこが違ったんだろう。
M氏は当時、そのことをこんな風に綴っている。
《こどもがほしいと本気で思った最初のきっかけは、親しい友人達がつぎつぎと妊娠していったことでした。
そんな2007年の11月、私は39歳になっていました。
そこで初めて、
「ヤバイ、このままのん気にしてると産めない年齢になる!」
と、切実に思ったのでした。
以前に比べて、生理の期間も量も減ってきていました。
もしやこのまま、閉経してしまうのかも。
なんて不安も頭をよぎりました。
「こどもがほしいなら、いまから頑張らないと間に合わない。真面目に取り組もう!」
そう思ったのが2007年の12月でした。》
彼女から「子どもが欲しい」ときっぱりと聞いたとき、僕はずいぶん焦った記憶がある。
結婚して10年ほど、子どもなんて要らないとずっと思ってきたし、そういう前提で生活してきた(そんな厳密に人生設計していたわけではないけど)。
もうじき40歳になるし。決して仕事人間というわけではなかったが、かといって家庭的なタイプでもない。自分は単に自堕落な人間だと思っている。
自分という人間の、アバウトさルーズさ実生活無能力ぶりからすると、産まれてきた子どもを立派に自立させるように育てるなんて、とうてい無理だと思っていたし、子どもを授かったいまでもそう思っていたりする。
二人暮らしの気ままさが終わることを嫌ったというのもある。子どものいないデラシネ(根無し草的)な生活が、僕らに合っていると思っていた。
ふらっと温泉旅行に出かけたり、おいしい料理を食べたり、趣味のセミナを楽しんだりしているのが、子どもができることで大きく制限されることになると予想されたし、じっさいにそうなった。
漱石だったか、
「あらゆる冒険は酒に始まるんです。そうして女に終るんです」
と言っている(『彼岸過迄』だったかな)。
その伝で言えば、僕らの気ままな生活は「子どもで終わる」(こんなことオヤジが言っているのを後日娘が読んだら、いったいどんな気がするだろう)。
ことほど左様に、否定の言葉なら、いくらでも口にすることができる。
でも、口にできることとじっさいに口にするのとは、もちろん違う。(つづく)
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