第五話 午後一時
(まずは、現場の保全を優先すべき)
後で聞いたところによると、サトちゃんはそう判断したらしい。駆け寄ってきた先生に、
「証拠品です。すぐに確保してください」
と言って袋を押し付けると、サトちゃんはそのまま仁王立ちになって宣言した。
「誰よ。トコちゃんにこんな嫌がらせをしたのは」
私は即座に理解した。サトちゃんは、その場の印象を支配するつもりなのだ。
私が『イタズラの餌食になった哀れな被害者』で、犯人が他にいることをクラスの全員に印象付けるために、あえてやっているのだ。
涙が出そうになる。
「いえ、このクラスとは限らないわね。他のクラスの誰かかもしれない」
サトちゃんは周囲を睥睨しながら、さらに断言する。
クラスのみんなは、気圧されたように下を向いていた。
*
見つかった品々は一旦職員室で確保され、持ち主の手元に戻された。
そのまま、緊急の職員会議となったらしい。第一発見者であり、発見現場の管理者でもある私は、先生から事情を聞かれる可能性があったので、職員室に留め置かれていた。
そして、サトちゃんが付き添ってくれていた。
「大丈夫」
そう何度も繰り返し、励ましてくれるサトちゃんに、その都度、
「有難う」
と小声で応えながら、しかし私の気分は一向に晴れなかった。
誰かが、私を陥れるためにやったことだ。
誰かが、私に悪意を向けているのだ。
そんな言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。嫌な気分がどんよりとした冬の重い雲のようにのしかかってくる。
明白な悪意。
サトちゃんは「私を狙ったものとは限らない」と言ってくれたが、そんなことはないと思う。なぜなら登校した時点では、あんな袋は入っていなかったからだ。そのことは私自身が確認していた。
そうなると、全校集会で教室を離れることになった時間に、隙を見て放り込んだことになる。
特定の誰かでなくてもよいのであれば、そんな見つかる危険性を犯す必要はないし、生徒のロッカーに放り込む必要すらない。
計画的に、タイミングを見て、狙いすましてやったことに違いない。
その認識が私を打ちのめした。
職員会議は早々に終わって、私は先生から状況を聞かれた。朝にはなかったことや、身に覚えがないことなど、事実だけをつかえつかえ小声で話した。
先生の声は優しかったが、やはりその時間は辛かった。
*
事情聴取も終わり、教室に戻るために廊下を歩く。
なんだか、みんなが自分を犯罪者のような目で見ているような気がしてならない。怖い。
サトちゃんは努めて明るく接してくれたが、やはり私の気分は晴れなかった。次第にサトちゃんの声も小さくなる。
ただの気休めでは私の気分は回復しないと悟ったらしく、それでも温かい目で見守ってくれていた。
私達は黙って廊下を歩いてゆく。
教室の前までくると、中から誰かの声がする。近づくにつれて足がすくんでしまい、動けなくなった。サトちゃんは黙って肩を抱いてくれる。
そのまま、教室のドアのすぐ前で立ちすくんでいると、教室の声が聞こえてきた。
「やっぱり彼女が犯人なんじゃないの」
「そうだよ。だって誰も気がつかなかったじゃない」
「あんなに短い時間で、誰にも見られずに盗んだものをロッカーに入れるなんて無理じゃないの」
何人かの女の子の声が聴こえる。
体が震え、足の力が抜ける。サトちゃんの手に力が入るのが分かった。
その時、
「そんなこと、あるわけないじゃない!」
ひときわ大きな声が、教室内に響き渡った。
真凛ちゃんの声だった。
「瞳子ちゃんはそんなことする子じゃない。そんなの、みんな分かっているじゃない。彼女は被害者。そう、完全な、紛れもない、この上ない被害者なの。それは、彼女のライバルであるところの私が一番良く分かっている」
真凛ちゃんは多分、胸に右手をあてて、足を肩幅よりも開きながら、そう断言している。その姿が目に浮かぶと――
とうとう声が出てしまった。
私が座り込んで号泣する様を、教室から出てきたクラスのみんなが見つめていた。後で聞いたのだが、真凛ちゃんは顔を真赤にしながら、私に向かってこう言っていたらしい。
「べ、別にあんたのためじゃないんだからね。勘違いしないでよね」
分かっている。勘違いのしようがない。
彼女も正義の味方だったのだ。
*
同時刻。
彼は、荷物を両腕に抱えてバスに乗り、車窓の景色が流れていくのをぼんやりと眺めていた。
(最大限の効果は得られなかったな)
彼はさほど後悔するでもなく、そう客観的に状況を見つめていた。
指示通りに各学年の私物を盗み出して、全校集会に向かう混乱の中で隙をついてロッカーに放り込んだ。日頃の修行に比べれば、小学生の隙を見出すことは造作もないことだった。
予想外だったのは、聡子が迅速に反応して状況を把握してしまったことだが、それは大した問題ではない。
なぜなら、明日からは夏休みとなる。
悪意が育つための時間は、たっぷりとあるはずだ。
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