ルイズの覚悟

 

 ・・・・・・そのルイズは海の中、岩場に隠れて一部始終を覗いていた。

 才人が哨戒艇に乗り込んだのを見てルクシャナに頼み、イルカを貸してもらってここまで来たのだった。

 ルクシャナに先住魔法をかけてもらったおかげで才人とティファニアの会話は海の中からでもきちんと聞き取れたし、朱色に揺れる海面越しからでもきれいに二人の姿は見えた。

 だからより、ティファニアの才人への想いの強さは正確にルイズに伝わった。

 つい持ってきてしまった始祖の円鏡は、海の水に触れても輝きを衰えさせない。

 ルイズは円鏡を見た。 知りたいことは、いっぱいあった。

 才人が海竜を追い払ったあと、自分の身体が金縛りにあったように動かなくなった。そのあとすぐ、才人の胸から血が噴き出たのだ。

 さらに才人が息を吹き返すまで、ルイズは身体を動かせなかった。才人はなぜか当前のように身体に起きた異常を気にかけなかった。

それだけではない。才人とティファニアを眺めているうちに、ルイズはある感情を覚えた。巨大な呪文を唱えるとき、いつも自分の奥底から湧きあがってくるものだった。

 ・・・・・・真実を受け入れられるのは、今しかない。

 ルイズはじっと鏡を見つめ続けた。次第に鏡に、文字が浮かび上がってきた。

 ヴィットーリオが写し出した文には、フォルサテによるその答えが記してあった。

 

 “虚無は絶大な魔力を必要とするが、人が生涯生み出せる魔力の総量は変わらぬ。よって担い手は、虚無を唱えるための贄として自らの時間を使う。

 虚無を扱えば扱うほど、担い手は自らの存在に“諦め”を覚えることであろう。これこそが虚無の代償、すなわち毒なのである。

 諦めとは何かを捨てることだ。詠唱者は心を決めよ。“虚無”は担い手自らの命さえも否定していき、存在そのものを零へと変えていく・・・・・・”

  

 そう。ルイズの場合は、自らに対するものだった。

才人が自分を愛してくれているのは、使い魔のルーンのせいだから・・・・・・。

 わたしなんかよりも、姫さまの方が才人にふさわしいから・・・・・・。

 ティファニアに頼んで才人との記憶に“忘却”をかけたときも、アンリエッタと才人の密会を知ってド・オルニエールから逃げ出したときも感じていた。

 ヨルムンガントに“爆発”を唱えたときも、ジャックに“解除”を唱えたときも、喜びや悲しみ、怒りから湧いた魔力では足りなかった。それまでの道中の出来事が感情をさらに膨張させ、虚無の魔力へと変えたのだ。

 そんなこと思うわけがない。わたしは貴族だから。ラ・ヴァリエール公爵家の娘だから。伝説の魔法虚無の担い手だから。そうごまかして、ずっと身の内にくすぶらせていたもの。

 自分は周囲から劣っていることや否定されることを、本当は認めていた。心のどこかで受け入れ、否定することを諦めていたのだ。

 

 “症状は初期、中期、末期の3つの段階に分かれる。まず初期は、“虚無”を唱えることが叶わなくなる。生涯で生産できる魔力の総量が空になったからである。それから先は、担い手は自らの命を削って虚無を唱えているという自覚をするべし。

 

虚ろだった思考がはっきりしていく。文章が、急激に現実を伴ってルイズを押し潰す。今までルイズが体験してきた出来事や身体を包む違和感が、ルイズにこの真実を疑うことの愚かしさを語っていた。

 

 中期は、如何に強力な“虚無”を唱えようとも、睡魔が襲ってこないことである。少なからぬ精神力を消耗すると、担い手の身体は休息を求める。これがないということは魔力の大半の供給が、精神力を介さなくなったことに起因する。この時点で、担い手は己の命が短命であることを悟るべし・・・・・・。” 

 

 鏡を持つ手が震えた。怖くて怖くて、たまらなかった。でも自分の身に何かが起こった時に、知っておけばよかったと後悔するのはもっと嫌だった。


 “一定の魔力の使用に応じて初期から中期へと発展していくが、後期は虚無の毒に蝕まれた期間に応じる。症状は主に感覚の喪失から始まり、“虚無”が担い手の存在を“零”にしていく。担い手の身体は次第に透過していき、担い手を知る人々からも忘れ去られる。

 細かくは記述しない。如何に恐怖に怯えようとも生きることを願おうとも、もうこの運命から逃れることはできないからだ。

 

  しかし、これらの症状の負荷は“神の心臓”が軽減してくれる。だがそれはただの延命を行うだけであり、担い手の命を救うことはない。ここから先は推測だが、もし方法が在るとすればただ一つ、始祖の志を達することのみであろう。担い手が虚無から解き放たれれば、あるいはその身を蝕む毒も同様に消滅するやもしれぬ・・・・・・”

 

その後には、自分に残された具体的な時間がヴィットーリオの名前と共に記されていた。

 それを見た瞬間、ルイズの頭は真っ白になった。

 良くて、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一年。

 すぐに途方もない悲しみが、ルイズを包んだ。

 これだけしか自分は、サイトと一緒にいられないの? 

 そう思わずにはいられなかった。始祖の志を達するといっても教皇たちが言う準備が間に合わないかもしれないし、もしかしたら症状が突然悪化して死んでしまうかもしれない。

 それどころか、この方法が本当に自分を救ってくれるのかもわからないのだ。

 しかし自分には、運命がどうなるかを知りながらもただ待つことしかできない。 

 悲しくて、怖くて、でもどうすることもできなくて、ルイズは涙を流した。目の前にいる才人に会いたくなった。会って謝って、才人の胸で思いっきり声を上げて泣きたかった。

 でも、自分にそんな資格があるんだろうか? 

 あれだけ泣きそうなほど顔を歪めていた才人に、自分は何をしたんだろう。

 突き離した。ろくに話も聞かずに、動揺のあまり逃げ出した。

 ティファニアと自分の間で板挟みになっていた才人。

 一体どれだけ悩んで、苦しみ続けていたのだろう。

 どれだけ救われたいと、願っていたのだろう。 

 しかし、そんな才人のことをまったく考えずに自分は逃げ出したのだ。

 それがどれだけ、才人を傷つけることになるかも知らずに。

 ・・・・・・こんな自分に、才人にすがる資格なんてあるわけがない。

 ルイズは頭上にいる二人を見た。まだティファニアは才人の胸で泣いていて、才人はずっと優しくその背中をさすり続けている。

 誰よりも人のことを考え、思いやれる優しい女の子。

 そんな彼女を弄ぶ運命の悪戯に抗おうと、・・・・・・傷つきながらも死にもの狂いに足掻いて、彼女を救った自分の使い魔。

 そんな友達と恋人が抱きしめ合う光景を見ても自分の心は嫉妬と怒り、悲しみや不安でいっぱいになってしまったのだ。 

 才人は自分の負担を肩代わりして、陰であんな痛みと闘っていたのに。

 ティファニアは自分と才人のために、犠牲になろうとしていたのに。

 わたしは自分のことしか、考えられなかった。

 ・・・・・・涙を流す資格すら、今のわたしにはない。

 目尻をこすり、イルカに跨る。ルイズは一人、自らの運命と向き合った。  

 

 才人がティファニアを連れて帰ると、夕飯が丁度できあがっていた。

 みんな心配したと口を揃えて言ったが、赤くなったティファニアの目を見て察したのか、誰も遅くなった理由を聞かなかったので才人は安堵した。

 しかし才人はふと気づいた。ルイズの姿が見あたらなかった。

「なあ、ルイズは?」

「ああ、ミス・ヴァリエールならずっとサイトさんを探してましたよ? お会いにならなかったんですか?」 

 鍋をかき混ぜてるシエスタが答えてくれ、才人は救われた気持ちになった。

 まっすぐなルイズのことだ。きっとティファニアの桃リンゴアクシデントや風呂場を覗き見したときのように、自分の言い分を聞かなかったことを悪いと思ってちゃんともう一度話をしようとしているのだ。

「ちょっと俺、ルイズ呼んでくる!」

 ルイズと仲直りできる。

 強がって言ったはずの言葉が、一つの希望になって才人の中に染み渡る。ごまかしていた不安の分だけ、心に刻んだ悲しみの数だけ、思いはどんどん膨らんでいく。 

 もういてもたってもいられず、才人はルイズを探しに出かけた。

 

 先程才人が素振りをしていたその場所に、ルイズはひとり、座り込んでいた。

 そこへ、聞き慣れた足音がやってきた。ルイズはとっさにどこかへ身を隠そうとしたが、

その場に踏みとどまった。

 もう逃げない。目をそらさない。才人からも、自分の運命からも。そう決めたのだ。

「ルイズ・・・・・・ここにいたんだな」

 やって来た才人は、優しくルイズに手を差し伸べた。しかしルイズはその手を取らずに問うた。 

「ねえサイト、わたしが先に死んだら、あなたどうするの?」 

 もしかしたらルイズは自分たちの絆に疑いを抱いているのかもしれない。そう思った才人は、素直な気持ちで答えた。

「前にも言っただろ。死ぬときは一緒だ」

「・・・・・・もし、あなたがわたしのことを覚えてなくても?」

「そんなことあるわけねえじゃねえか。何があっても、俺はお前だけは絶対に忘れない」 

当然のように、才人はそう言ってくれた。ルイズは、ふと才人の言葉を思い出した。

 “俺には全部本当のことを話してくれ。思ってることとか。考えてることとか。隠さなくていい。気を使わなくていい。俺にとっては、お前がすべてだ。お前が何を考えてるのかな、とか、傷つけたかな、とか、嫌がってはいないかな、とか、思っただけで、俺はもう何も考えられなくなっちまう”

 言いたい、けど言えない。才人の立場になって、ルイズは自分の身勝手さがイヤというほどわかった。才人の辛さを、自分の罪を、ルイズは本当の意味で知った。自分が思っていたよりもそれはひどく残酷で、非情だった。さっき散々泣いたというのに、思わずまた涙がポロポロ流れた。

「お、おいルイズ、どうした?」

 動揺した様子の才人を見て、ルイズはうれし涙だからよと誤魔化した。

 情けない。才人は泣かなかったのに、なんで自分はこんなにも弱いんだろう。辛くて苦しくても泣くことしかできなくて、その結果才人をむやみに傷つけて心配させるだけ。

 才人から逃げたあのときと何も変わってないではないか。

 考えれば考えるほど、自分を嫌いになる。そしてそれがただただ悲しくて、ルイズを深い闇の中に沈めていく。

 ・・・・・・才人はきっと、わたしのことを誰よりも愛してくれている。

 わたしがいま自分の運命を言ったら、才人は苦しむだろう。才人にだって故郷の両親や友達、ハルケギニアでできた仲間もいるのだ。

 それでも才人は、それらの大切な物をためらわずに投げ打って自分と一緒に死んでくれるのだろう。

 でも、才人は本当は知らない。才人に好意を寄せる女の子たちが、どれだけ才人を慕っているのかを。

 愛するウェールズ王子を亡くして、彼の願いを胸に前に進もうとしてる姫さま。

 辛い人生を乗り越え、やっと人を好きになることができるようになったタバサ。

 自分と同じ頃から才人を好きになって、一緒に才人を取り合ってきたシエスタ。

 そして才人を使い魔にするほど、強く才人のことを思ってくれるティファニア。

 自分なんかよりも、みんな才人のことを一生懸命考えている。

 それなのにこんなわたしが、サイトをひとりじめしていいわけないじゃない。

 ルイズは涙を拭いすっくと立ちあがる。才人は未だ、心配そうに自分を覗き込んでいる。 

これじゃいけない。ぜったい、才人に気付かれないようにしなくちゃ。

 ルイズは微笑みを浮かべ、ぎゅっと愛する使い魔を抱きしめた。才人はいきなり抱きついてきたルイズに少し驚いたが、両手で小さい身体を包み込む。

「・・・・・・さっきは逃げ出したりなんかして、ごめんね」

「・・・・・・うん」

「わたしだけの使い魔じゃなくなっても、やっぱりあなたはわたしの大切な人なの。だからもう苦しまないで。わたしは何があっても、ずっとあなたのそばにいたいから」

 その言葉は、才人の心を強く揺さぶった。泣きそうになるのをぐっと堪え、才人は代わりにルイズを強く抱きしめた。もう涙を流すのは、辛いときで十分だった。

「ごめん、ごめんなルイズ、俺・・・・・・」

 才人は謝罪の言葉を告げようとしたが、ルイズの唇によってその口は塞がれた。

  瞬く間に時は流れる。長い抱擁を解いたルイズは、才人の手を握った。

「ほら、行くわよ。わたしを呼びに来たんでしょう?」

 優しい温もりが、ルイズの手のひらからじんわりと伝わってくるとともに、喜びとうれしさが才人の胸の内からとめどなくこみあがってくる。苦しみ続けたこの数日間は無駄ではなかった。幸せ過ぎて死にそうだった。

 だが才人はその歓喜を、表に出すことができなかった。何かヘンだ。才人はそう感じた。だがその根拠と理由がまったく分からない。ルイズの瞳を見ているうちにそう思ったのだ。 

有頂天になっていた心に、突如覚えた嫌な何か。

 眉をひそめ首を傾げる才人を、ルイズが心配する。 

「どうしたの?」

「あ・・・・・・、いや、なんでもない」

 才人は首を振る。とそこで、洞窟の陰から音がした。

 現れた人物は、才人の予想を裏切らなかった。

「テファ・・・・・・」

「ルイズごめんなさい。わたしが、才人を使い魔にしたの」

 ティファニアは口を引き結び、まっすぐにルイズを見つめて頭を下げた。その口調に先程の弱々しさは少しも残っておらず、かわりに込められた誠意と謝意を才人に感じさせた。

「・・・・・・」

 ルイズは答えない。才人は、ティファニアの声がわずかに震えているのに気付いた。

「分かってる。謝って済むなんて思ってない。ともだちのあなたの大事な人を、わたしは隣から奪ったの。二人の絆に、一生消えない傷を付けたの。償うためならわたし、どんなことでも受け入れるわ。こんなひどいわたしに遠慮することなんて・・・・・・」

 言葉を重ねるにつれ震えは大きくなり、声は湿っていく。それでも必死になって言葉を紡ごうとするティファニアを、ルイズは優しく抱きしめた。

「ルイズ・・・・・・」

「それ以上は何も言わないで。じゃないと怒るわよ」

「でも、わたし・・・・・・」

「いいから」

 こんなときには、何を言っても意味がない。どんな言葉も、彼女を救ってくれない。

 だからルイズは言葉の代わりにティファニアをさらに引き寄せ、強く抱きしめた。

「ごめんなさい。ルイズ、本当にごめんなさい・・・・・・」

 そうくりかえす声はどんどん小さくなり、とうとうティファニアは泣き出した。

 ルイズは何も言わずに、そんな金髪の妖精を抱きしめ続けながら思う。

 好きになってしまった才人への気持ちと、友達の自分を思いやる気持ち。片方しか選ぶことはできなくて、でも、どちらも捨てることができなくて。二つの想いの間で自らの心を傷つけながらも、彼女は今まで必死に耐え忍んでいたのだろう。

 優しいな、ルイズはそう思った。

 わたしにはこんなに、ひとのことを考えることができない。

そう。たとえ、それが誰よりも愛するひとのことでも・・・・・・

 そんな風に沈んでいると、不意に、頭の中に一つの疑問が浮かんできた。

 もし。もし自分がこの世を去ったら、才人はどうなるのだろう? 

 それは、自らの運命を知ってからずっと考えていたこと。

 その答えは抱きしめているティファニアを見ることで伝わり、ルイズを諭した。

 “才人はさっき、わたしのことを忘れないって言ってくれた”

 これ以上考えるのが怖かった。辛かった。だから結局、ルイズは答えを出さなかった。 でももう自分の身に何かあったときのことを、先延ばしにするのは許されなかった。

 “すごく嬉しかった。そして、・・・・・・悲しかった。それじゃだめだから”

  アルビオンの戦で才人が死んだと思い、自分は火の塔から飛び降りようとしたことをルイズは思い出す。あれから自分たちの絆はもっと深く、強く、揺るぎないものになった。 “担い手の身体は次第に透過していき、担い手を知る人々からも忘れ去られる”

 “虚無の主人と使い魔の絆は消せない”

 矛盾していたフォルサテの言葉と虎街道であった出来事が、頭の中で混ざり合う。

 つまりみんなが自分のことを忘れることができても、才人にはできない。

 もしこのまま才人になにも告げず、自分が突然才人の前から消えてなくなったら、それはつまり才人をあのときの自分の何倍も嘆き悔ませることになる。才人に自分の後を追わせようと、命を絶たせることを促すことになる。

 そんなのイヤだ。自分のことを覚えてさえいなければ、才人はきっと幸せになれる。

 いままで築いてきた自分たちだけの絆は、ティファニアとの間にも作られる。他にもシエスタやアンリエッタ、タバサだって才人のことを好いている。

それに・・・・・・才人は自分だけのものじゃない。

 もう、わたしだけの使い魔はいないのだ。

その事実はルイズの心を抉り取り、心に絶望という名の種を植え付ける。

先程握り合った手の感触は、まだ少し残っている。嫌なことや辛いことにうちひしがれているとき、全部優しく包み込んで自分を助けてくれた、使い魔の温かい手。

 でもいつか、この感覚までもなくなってしまう・・・・・・・・・・・・

 考えてもどうしようもない。そんなことは分かっている。 

 しかし膨張していくその虚像を、ルイズは止めることができなかった。

   

 二人の主人が互いを抱きしめ合うあいだ、才人は下を向き続けていた。

 この状況では自分は完全に邪魔者扱いなのだが、当事者が気まずいという理由だけでこの場を離れるというのもなんだか気が引ける。傍観するのもなんだか悪い気がした。そう思った才人は結局、じっと待つことにしたのだ。 

 すっかり取り残された才人の肩を、ちょんちょん、と誰かが叩いた。振り返ると、広場にいたシエスタたちが残らず様子を見に来ていた。

 (どういうことですか? サイトさん説明してください)

 シエスタが小声で言うとともに、その背後のみんなが大きく頷く。こうなったらさすがにもう、話さないわけにはいかなかった。

 (悪い、後で説明する。先に戻って飯食ってるフリでもしといて)

 それを聞いた面々はみなこぞって不満げな顔をしたが、シエスタはみんなを引き連れて戻ってくれた。

 ・・・・・・ところで、さっき感じたあの不安はなんだったのだろう?

 ふと思い出し、才人は首を振った。せっかくみんな仲直りできたんだから、辛気くさいことを考えるのはやめよう。ただの思い過ごしなんかを気にかけて、ルイズを心配させるまで考え込むことはない。

「サイト」

 呼ばれ視線を上げると、話は終わったようだった。ティファニアも落ち着いたようだ。

「突っ立ってないで。ほら、行くわよ」

 ティファニアの手を引いて歩くルイズにせかされ、才人はそれ以上深くは考えなかった。

 だから才人は、ルイズがさっきまでの自分と同じ目をしていたことに気づけなかった。

 本当の主人の瞳の奥にあるなにかを、才人は読み取ることができなかったのである。

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