少年の憧れ

第10章 水精霊の騎士たち


 何が起こったか分からず首を傾げる一同にも説明したあと、才人とルイズは失った時間を取り戻すように遊び回った。

 二人は何度も甘い言葉をかけあい、抱きしめ合って、唇を重ねた。

 才人は幸せを感じていた。しかし時折、ルイズがほんの少しだけその顔に憂いげな表情をよぎらせるのが才人は気になった。

 しかしその疑問に答が来るより早く至福の時は流れ、瞬く間に約束した三日は経った。

「やあ、“兄弟”。待たせてしまってすまないね」

才人たちが広場に集まっていると、何の前触れもなく虚空からジュリオが姿を現した。

 一同が驚愕に目を見張るなか、ジュリオは満面の笑みを浮かべる。

「“準備”がやっと終わったんだ、僕たちはハルケギニアを救うことができる」

「・・・・・・」

 ルイズは答えない。しかし、辺りの沈黙は次第に歓声へと変わっていく。

「やっと、やっとかね、待ちわびたよ! ああ、これでモンモランシーや、花のような麗しい学院の後輩たちに会える・・・・・・」

「僕が居なくて眠れない夜を過ごさせてしまって、ごめんねブリジッタ。待っててね。すぐに帰って、きみを安心させてあげるからね」

「はぁ、長かったわ・・・・・・。妹が心配でつい船に乗り込んじゃってから色々あったわね。捕まって、殺されかけて、こんな辺境で何週間も暮らして・・・・・・。一時はどうなるかと思ったけど、やっとアカデミーに帰れるわ・・・・・・」

「なあミス・ツェルプストー、これらをどうやって持ち帰ればいいかいっしょに考えてはくれぬかね?」

「そんなの、何回かに分けて運べばいいじゃない」

「それではだめなのだ! なんというか・・・・・・」

「分かってるわよ。研究者の性でしょ?」

「おお、それだそれだ! 何か一つでも残していると、どうしてもそれが気になってしまってな!」

「・・・・・・・・・・・・その情熱の少しでも、わたしに向けてくれたらいいのに・・・・・・」

「? 何か言ったかね、ミス・ツェルプストー?」

「いいえ、ただの独り言よ。それよりもジャン、こういうやり方はどう?」

「きゅいきゅい、やっとなのね! 魚介類は食べ飽きたからちょうどよかったのね! 早くお肉が食べたいのね!! お肉! おーにーくーーー!!!」

「うるさい」

「きゅいきゅい、痛いのね! お姉様だって早くあのお屋敷に帰って、あの使い魔の男の子とイチャイチャしたいって考えてるはずなのね!」

「・・・・・・・・・そんなこと無い」

「うそばっかり、ほら、こんなに顔が赤いのね! お姉様は嘘つきなのね!!」

「・・・・・・」

「痛い痛い、ムキになって打っちゃだめなのね! 本当ってばれるのね!!」 

緊張が解けたのか、賑やかな雑談がどこからともなく始まる。シエスタが、周囲の喧噪から一歩離れている才人とルイズのところにやって来た。

「サイトさん、ミス・ヴァリエール! やっとおうちに帰れますね! まさかみんな無事に生きて帰れるなんて思いませんでした! 世界のことも何でもかんでも早く終わらせて、帰ったらみんなでパーティーを開きましょう! わたしと厨房のみんなでおいしい料理を作りますから!!」

「わかった、楽しみにしとくよ。ルイズは何が食べたい?」

「・・・・・・」

「・・・・・・ルイズ?」

「クックベリーパイがいいわ」

「そっか。シエスタ、ルイズは・・・・・・」

 楽しそうに騒ぐ仲間たちの会話に、自分に付き合って傍観していた恋人も入っていく。

 そしてその光景は、ルイズの心に罪悪感を植え付ける。

 ルイズは才人と仲直りしたあと、海母のことを才人たちに話してはいなかった。

聖下たちに才人たちが余計な疑いを抱くのをやめてもらうため。もちろんそれもある。 だがルイズが一番気にかけていたのはこの話をしたとき、自分の隠している何かを才人に悟られるかもしれなかったからだった。

 「さあ行こう! 世界を救いに! 六千年待ちわびた、始祖の思いを成し遂げに!」

歌うような口調で声高らかに叫ぶジュリオに付いて行きながら、ルイズは考える。

 ヴィットーリオの記した自分の余命は、恐らくこれ以上何も虚無魔法を唱えなかった場合なのだろう。

 しかし今から行うのは、ブリミルが残した最後の魔法。絶大な力と引き替えに、膨大な魔力を消費するというものだ。

 もしもこの詠唱の負荷で、わたしの存在が消えていったら・・・・・・、そのときは・・・・・・。

 今でもまだ躊躇いを感じる自分を、ルイズは情けなく感じた。

 この数日、何度も泣きながら覚悟を決め続けてきたのではないか。

 外に出ると、ジュリオが船を用意していた。ルイズと才人が最初に乗り込み、みんなもそれにならって乗り込む。ちなみにルクシャナもついてきていた。

 ヴィンダールヴで手なずけたのだろう。数十頭のイルカに縄を引っ張らせており、船は海を割りながら進んでいく。

 しばらくすると、目的地らしき場所で船は止まった。海面から飛び出た無数の触手のような岩のうちの二つに、ヴィットーリオとジョゼットはいた。

「あの岩にヴァリエール嬢、あの岩にウェストウッド嬢は向かってください」

 ジュリオの指示通り、キュルケがティファニアを抱えフライを唱えて岩場へ連れて行く。

「・・・・・・なあルイズ、どうかしたのか? 何か具合でも悪いのか?」

 俯く自分を、才人が心配して覗き込んでいる。

 ルイズはううん、と首を振り微笑んで、それからぎゅっと才人の手を握った。

 いつもその手から伝わってきた、自分を安心させてくれる不思議な暖かさ。

 だけどそれは数日前よりほんの少し、だが確実に冷たく、薄くなっているように感じた。

 その感じられなくなった分だけ、ルイズは愛する人の手を強く握りしめた。

「じゃあ、行ってくるね」

 ルイズはテレポートを唱え、指定された岩の上に飛ぶ。

「それではまずミスヴァリエール、鏡の返却を・・・・・・、そしてミスウェストウッドにはこれを・・・・・・」

四つの岩はそれぞれ等間隔に4メイルほど離れている。よってイルカに乗ったジュリオが受け渡しを行い、ルイズは鏡を返す。

 受け取る際にジュリオの袖から何かがルイズの足元に転げ落ちたが、気にした様子もなくジュリオはすぐさまティファニアに何かを手渡す。ルイズはその挙動に違和感を覚えたが、周囲のざわめきがそれを掻き消した。 

 視線がティファニアの手のひらに集まる。受け取ったのはガリアの狂王、ジョゼフが持っていたはずのオルゴールであった。

「どうしてあなたがこれを・・・・・・」

 使い魔に問いかけようとするティファニアの言葉を、主人のヴィットーリオは手で遮る。

「我々は急がねばなりません。今戦場で身体を張って戦っているあなた方の友の為にも」

ヴィットーリオは一拍置いて深く一礼すると、厳かな声で一同に告げる。

「・・・・・・それでは儀式を始めます。わたしの後に続いてください」

 オシェラ・ユル・エオルー・イサ・・・・・・

 ヴィットーリオが指輪を嵌めた手を空にかざしながら、朗々と呪文を詠唱し始める。

 ルイズ、ティファニア、ジョゼットもそれに倣い、儀式を進める。

 ・・・・・・ラド・ティール・エイワーズ・・・・・

指輪からそれぞれ炎の赤、水の青、風の緑、土の茶色が四方向から伸び正四角錐を描く。始祖の遺産たちが、光を帯び始める。

 ルイズが持つ祈祷書のページが滲んだかと思うと、ルーン文字が「浮き出て」きた。唱えたことがある虚無、唱えることが出来なかったであろう虚無。それに関わらず、ページからはどんどん文字が失われていく。

 見ると自分が持つ祈祷書だけではなく、鏡、オルゴール、香炉からも同様に具現化したルーン文字たちは溢れ出し、空に漂っている。

 ・・・・・・ハガル・イル・ナウシド・ケン・スーヌ・・・・・・

 詠唱を聞きながら、才人は強烈な違和感を覚えていた。

 最初は何かの間違いだと思った。だがどれだけルイズたちの詠唱を聞き続けても、心は少しも震えない。

 なんでだろう。フリゲート艦でジョゼフが「火石」を起爆する際ですら、自分の心には勇気が満ち溢れたというのに・・・・・・

 才人が疑問に首を捻っているうちにも、厳かに儀式は進んでいく。

 詠唱と共にルーンたちは螺旋を描き、四つの光が交わる角錐の頂点へと集結する。最後の一文字が吸い込まれたかと思うと、正四角錐の頂点から白い光が海面に突き刺さった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・直後、異変は起こった。


「ふむ・・・・・・」

 ここはトリステイン魔法学院、学院長室。

 オールド・オスマンはセコイアのテーブルを背に椅子に座り、顎に手をやりながら思案顔で外を眺めていた。ちなみに、いまいつもふかしている水ギセルは口にくわえていない。

この老人にしては、とても珍しいことであった。 

「どうなされました?」

ちょうど資料を提出しに部屋に来ていたシュブルーズが問いかける。先程来た時から、かれこれもう数時間ほど全く同じ姿勢でいる。実際はもっと長くいたのかもしれない。

 オスマンは答えない。シュブルーズも窓を見やる。今さっき授業が終わったばかりで、生徒たちがわらわらと外に出てきて遊んでいる。奥に見える草原は風に揺られ、空はこれ以上ない程に快晴である。おかしい所などどこにも見当たらない。

「何か面白いものでもあるのですか?」

 もしかしたらついにボケたのだろうか? と訝しみながら尋ねる。

「いや、妙に何か胸騒ぎを覚えてな。気のせいだといいんじゃが・・・・・・」

 オスマンはひとり東を向きながら、そう呟いた。


聖地回復連合軍は上空で編成を行い、アディールを攻め落とすメイジで構成された始祖ブリミル軍と、援軍を食い止める兵士で構成された聖フォルサテ軍の二手に分かれた。

 戦陣をどこに取ろうかと議論が交わされたが、結果船から次々と兵を降下させる、という作戦をとっていた。もしアディール前に陣取っていたならば、フォルサテ軍が押し切られた時に総崩れになってしまう。そのことを考慮し、上空に陣を構える事にしたのだった。

そしてこちらは、アディール内部のブリミル軍。

「いたぞ、反逆者だ! 討ち取った者には“騎士”の称号を与える!!」

エルフの指揮官のひとりがそう叫び、それを聞いたエルフの戦士たちがアリィーに殺到する。しかしその数は、あまり多くはない。

 アディール内の精霊の力にも限りがあり、それを効率良く扱う為には戦闘を行える人数も限られてくる。だがその分、一人当たりの扱う先住魔法は強力だ。

 しかしそんな強さで群がってくるエルフたちを蹴散らしながら、アリィーはここにはいない婚約者へ向かって愚痴を延々と呟く。彼が持つ“騎士”の称号は飾りではないのだ。

「くそっ、ルクシャナのヤツ! どうしてぼくがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」

そんな視界の端で涙目になってるアリィーを気にせず、レイナールがひとりの若いエルフの戦士を相手どるのに必死になっているとき、それは起きた。

 唐突な地揺れ。

 足下をすくわれ、レイナールは転んだ。しかし相手の戦士は何とか体勢を保っており、詠唱を終わらせていつでも先住魔法を解放できる状態だ。

 やられる!

 そう思い、思わず目をつぶる。しかし、先住魔法は自分の身体を貫きはしない。

 目の前のエルフの戦士は自分と戦闘中だというのに、呆けて海を眺めていた。

 それだけではない。周囲の水精霊騎士隊と杖を交えているエルフたちも、皆一様に海を眺めていた。

「何をしている水精霊騎士隊! 隙を突き、早急に敵を掃討せよ!」

 レイナールはよそ見をしたままの無防備なエルフを一閃して沈めたあと、友人から任された隊長の役割を思い出し叫ぶ。その後周囲に敵がいないか見回し、エルフたちが気を取られていたものを確認する。

 見ると、海の中から大陸が浮上していた。しかしその形状は高く盛り上がっており、山といったほうが適切だった。心なしか快晴だった空も、一瞬にして暗雲に染まっている。

 だが、レイナールにとってはそれだけのことだった。いくら蛮人蛮人と自分たちを侮るエルフだって、自らの命を危険に晒すような油断はしない。

 そんな彼等をここまで動揺させる何かが、あの光景には含まれているのだ。

「・・・・・・大災厄だ・・・・・・」

 いつの間にかとなりに来ていたアリィーが、声にならないほど掠れた言葉を漏らす。

「一体何があったんだ?」

「とぼけるな! 何が地中に眠る風石でだ! 信じた自分が馬鹿だった!! 貴様は・・・・・・貴様ら蛮人は、我々を滅ぼして、このサハラを制圧するつもりなのか!!!」

 アリィーはいきなりレイナールの胸ぐらを掴み上げる。同様にエルフたちの隙を突き撃破してきた水精霊騎士隊の隊士たちが、レイナールとアリィーを不安そうに見つめる。

「待ってくれ! 本当にきみが何のことを話しているか、僕たちにはわからないんだ! 頼むから説明してくれ!」

「悪いがそんな暇はない! ここから先は正真正銘の命のやりとりだ! ぼくたちの種族が滅ぶか、貴様たちの種族が滅ぶかだ!」

 言っている途中でアリィーも自らの八つ当たりに気付いたのか、気まずそうに顔を背けると、体勢を立て直すため後退するエルフたちの追撃に没頭する。

 レイナールには、そんな彼の心情が手に取るようにわかった。そして同時に、羨ましいとも思った。

 彼の身の上はこれまでの道中で聞かされていたし、何より彼の顔を一瞬だけ過ぎった表情は、自分も最近経験したことがあるものだったから。

 それは背徳。自分はお国と友を秤にかけ、我が身恋しさに友を一度は見捨てたのだ。

 周囲の仲間が再び杖を取り始め、レイナールもそれにならいながら考える。

 目の前にいるアリィーはいま、婚約者の為に国を捨てたことを悔やんでいる。

 彼にだって彼なりの立場があるのだろう。だがそれでも、自分たちが取れなかった正しい道を選んだことを後悔なんてしてもらいたくなかった。

 ヴェルサルテイル宮殿で自分たちと会ったとき、才人は事情を聞いたうえで、自分たちを当然のように仲間と迎え入れてくれた。才人を救出しに行った学院の友人たちももちろん、誰ひとり自分たちを責める者などいないだろう。

 でも、自分たちが才人や友人たちを見捨てたことに変わりは無い。国には忠誠を誓い奉公すれば過ちは取り消せるが、才人たちがどれだけ許しても後悔はずっと影のように付きまとう。今でも、レイナールを苦しめている。

 友を見捨て国を取ってしまったことを後悔する自分、国を捨て婚約者を取ってしまったエルフの青年。

 なんだ、あれだけ恐れていたエルフも自分と何一つ変わらないんだ。

 戦いの中、レイナールがそう納得していると、となりに来ていたギムリが叫んだ。

「おいみんな、あれを見ろ!」

 振り向くと遙か後方のエルフの軍勢が、津波のようにフォルサテ軍に押し寄せていた。

 それだけではない。後退し、籠城をしようとしていたはずのアディール軍の兵士たちも、隊列を組み直して再び向かって来ようとしている。彼らはずいぶん後退したので戦闘になるにはまだ距離があるが、その数は遠くからでも一個連隊はあると目視できた。

 戦というものは勇猛果敢に攻め込む者より、状況の膠着を狙い守りに入った者の方が被害は少ない。この場合はエルフの援軍とブリミル軍が前者で、アディール軍とフォルサテ軍が後者のはずだった。

 だがしかし状況は一転した。今まで効率を考えて最大の力を出せる数を出してきたエルフたちは、一刻も早く敵を打ち破ろうと兵を繰り出してきた。 このままではおそらくブリミル軍は徐々に押し切られ、フォルサテ軍は壊滅していくのだろう。

 そのとき、一人の女性の影がレイナールの心に映り込んだ。

 すぐさま頭から追い出すが、心には小さなトゲが刺さったままだ。

「行ってこい」

肩に手を置かれた。ギムリだった。水精霊騎士隊のみんなも頷いている。

 自分が何を考えているか、既にお見通しなのだろう。

 それでも、レイナールは動かない。

「いいんだ」

 思い出す。・・・・・・きっかけは、些細なことだった。

 親友の才人があれだけの戦果を上げて平民から貴族になったのだから、他の者はどれだけの戦果を上げてきたのだろう。 

 そんな小さな疑問で、女にして唯一“シュヴァリエ”の称号を持つ銃士隊隊長、アニエス・ド・ミランのことを陛下にお尋ねしたのだ。 

 陛下が傍らに置く程の人だ、きっと数々の武勲があるに違いない。

 自分のそんな浅はかな予想は、あっさり覆された。アニエスの働きや功績は、数えればきりがなかった。見るものが見れば元帥に勝るとも劣らないと言っただろう。

 しかしどれだけ成果を上げても、それを評価されることはなかった。

 彼女の武勲はほぼ全てがトリステインの貴族の闇についてのことばかりで、平民たちが知ることはまず無い。そのうえ女の平民だからと貴族からは強く疎まれ、陛下の腹心として働き始めるまではワインを頭から浴びせられるなどの侮辱は日常茶飯事だったという。

 それでもどこまでも強く気高くあろうとするその姿を知っていく内に、自分はいつの間にか彼女にあこがれを抱くようになっていた。

 だからこそ、レイナールは動けない。

「あの人は僕なんかが、助けていいような人じゃないんだ。第一、この気持ちが本当かどうかさえ自分でもわからないし・・・・・・」

「いいから行ってこい」

「そんなわけにはいかない! 僕はサイトからこの水精霊騎士隊を任された! 一度は見捨てた僕を、サイトは信じてくれたんだ!」

「そうか」

 ギムリは一度目をつぶると、しっかりとレイナールを見据えた。

「じゃあ、きみはそれでいいんだな?」

「!」

  言葉に詰まるレイナールに、ギムリは続ける。

「“好き”かもしれない人が窮地に立たされてるのに、きみは職務と仲間の信頼にかこつけて逃げる。・・・・・・本当にそれで、いいんだな?」

「・・・・・・わからない」

「だってそうだろ? きみは・・・・・・」

「わかんないんだよ! 自分でもどうしたらいいか!」

そのとき、レイナールの中で何かが弾けた。

 「言うとおりだ、ああまったくきみの言うとおりさギムリ! 僕は逃げた! ルイズたちが才人を救けに行くときだって予想はしてた! でも結局決意が出来ずに見送った!」  どれだけ悔んで悔やんで悔やみ抜いても、結局大事な局面では保身のために正論を盾にして逃げてしまう。そんな自分が、レイナールは嫌いだった。

「それなのにまた同じことを繰り返してる! あの時あれだけ後悔したのに、何一つ変わっちゃいない! しょうがないって心のどこかで諦めてる!」

 惨めだった。情けなかった。恥ずかしかった。そして、どうしようもなく悲しかった。

 隣に立ち彼女を守るだけの力を持たないことすら、自分は言い訳にしてしまうのだから。

「僕は、僕には、何もできない・・・・・」

 悔し涙を服の袖で拭う仲間の発言を、精霊騎士の面々は口を揃えて否定した。

『そんなわけないだろ』 

「あるさ。だって・・・・・・」

「覚えてないのか? アクイレイアでヨルムンガントに立ち向かったときを」

「きみが冷静に戦況を見てくれたお陰で、僕たちは生き残ることができたんだ」

「安心しろ、きみは臆病者なんかじゃない」 

 アルセーヌ、ガストン、ヴァランタン。

「それどころかこの隊の中では誰よりも優秀で、勇猛果敢な人物だよ」

「どんな時だって冷静に、一番正しいことを選び、」

「そして迷わず真摯に物事に取り組むことができる」

「でもな、そんなきみには一つだけ大きな欠点がある」   

「それはな・・・・・・」

ヴィクトル、ポール、エルネストとオスカル。カジミールの言葉を、最後にギムリが引き継ぐ。

「きみは真面目すぎるんだよ。私情を殺して、任された仕事を遂行することができる。そんなきみが、才人を見捨てたなんて言うなよ。それだったら気付くことすら出来なかった僕たちの罪は、もっと重くなるじゃないか」

「・・・・・・」 

「きみはすごいよ。でもな、後先ばっかり考えてる人生なんてつまんないぜ? たまには自分の思うままに勢いだけで行動してみたらどうだ? なあ、みんなもそう思うだろう?」

 戦友たちが一斉に頷くのをみて、レイナールはなぜギムリが唐突に自分を責め始めたのか理解した。彼は憎まれても自分に本音を吐き出させて、この言葉を伝えたかったのだ。

「・・・・・・ごめん、ギムリ、みんな。ちょっと行かなきゃならない所ができた」

「いいさ。その代わり、トリステインに帰ったらみんなに好きなワインを奢ってくれよ」

 駆け出すレイナールを振り返ることなく、水精霊騎士隊は前方を見据える。少し長話をしすぎたようで、集結し隊列を作り終わったエルフの軍勢はもう目の前だ。

 ここから先は、敵も容赦をしてこないだろう。アディール軍が守りに入ったといっても、自分たちから一人の犠牲も出ていないのは奇跡に等しい。もしかしたらこの戦争が終わったとき、生き残るのは半分にも満たないかもしれない。

だからこそ、ギムリは声を張り上げて高らかに叫ぶ。

「諸君、丁度いい酒の肴になる話は手に入った! だからみんなでトリステインに生きて帰って、レイナールにうまい酒を奢ってもらおうじゃないか! 僕に続け水精霊騎士隊!」

『おうッ!!』

 そして、再び少年たちは戦いの中に身を躍らせた。   

 

 

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