鉄血団結党のトップ


 “評議会”の会議室から数階下に位置する司令室では、エスマーイルが慌ただしく飛び交う情報を整理していた。

 壁には複数ガラスのようなものが張りついてあり、戦場での爆炎や建物の損害を生々しく映し出す。等間隔に並んだ机には、あらゆるマジックアイテムが所狭しと置いてある。

 その机の林の中央にどんと置いてある円卓に書類を広げ、エスマーイルは今“悪魔”たちに関する資料を読み込んでいた。

 ビターシャルに蛮人の国で何をしたのかを直接聞くには時間がないし癪だったので、政敵が提出した報告書を読むことにしたのだ。

「救出隊の編成は哨戒に行ってる者を使え! ゴーレムは市街地から結界で押し出せ! 激しい損傷を与えるなよ、自爆して次が来る可能性がある! そう伝えろ!」

 エスマーイルは紙の束から目を離さず叫ぶ。戦況は、悲惨なものだった。

 宣戦布告代わりの砲撃から数時間後、すぐに何の前触れもなく、巨大な兵士のなりをしたゴーレムが現れた。

 報告書によると、それはガリアでビターシャルが製造を教えた“ヨルムンガント”を真似たもののようだったが、桁外れに性能が優秀だった。

 蛮人のメイジしか使えない“錬金”とやらで大量の風石を練り込んであるらしく、敏捷力の更なる向上はもちろん、先住魔法の“反射”無しでも爆風が魔法を逸らしてくる。

 エスマーイルは前線から、そう報告を受けていた。

「・・・・・・一体どうしたことだ、これは・・・・・・」

 騒々しい会議室。誰にも悟られぬ声量で、エスマーイルはボソッとひとりごちる。

 彼は、内心穏やかではなかった。

 “封印の地”。

 竜の巣と同様に重要な場所と“サハラ”ではされているが、実際はそういう訳でもない。竜の巣や大災厄などは歴史として少しずつ歪みながらも語り継がれているが、“封印の地”についての事だけは誰も知らない。ネフテス統領さえもだ。

 知性が高いということで知られる自分たちエルフすら知らない、数少ない謎。

 だが少なくとも、エスマーイルは見たまま、調べたままの事実だけは知っている。

 本を読んで知ったのだが、あれはただの地中に溜まる魔力の噴出口だ。

 莫大な魔力が空気中に放出されるが、四つの精霊の力が混ざり合って変質しているので、有効活用もできない。

 はっきり言って、ただの魔力を無駄に消費するだけの場所。そこを悪魔たちは徘徊していた。彼等が一体何をしていたかは謎だが、送り込んだ第二艦隊の生き残り数百人は全滅させられていた。

 全滅といっても全員大怪我をしているだけで、命を落とす程のものはいない。

・・・・・・いや、敢えて死人を出さずに救護をさせることで、こちらの力を削ぐつもりなのか?

 怪我から回復した者に戦況を問うが、大方、“悪魔”でもないただの使い魔一人に捻り潰されたのだろう。プライドの問題で誰しもが頑なに、口を開かない。使えない愚物共だ。

 エスマーイルはここから思考を過去ではなく、現状の把握に努める。

 蛮人の艦隊にハボック総司令率いる第二艦隊が潰滅させられたとの報告は既に耳に入れていた。そちらが本体、悪魔たちは陽動、とエスマーイルは考えていた。

 本体が悪魔たちの回収に来ることは予想できたので、悪魔たちが乗り込んだ後に艦隊もろともまとめて叩き潰せばいい。そう思っていたのだ。

 だが、誰が予想するだろう。悪魔たちを助けにやって来たフネはたったの一隻で、彼等が乗り込んだ瞬間、視界から消えてなくなるなど。

・・・・・・消滅や移動をしたわけではないらしい。捜索隊が時折、何もない空間から砲撃を受けるので、認識できないだけのはずだ。

 もちろん瞬時にその座標へ先住魔法や砲撃を放つが、結果は梨のつぶてで、手応えがない。反撃はきちんと返ってくるというのが、腹立たしいことこの上なかった。

 次に、暴れている土人形は出現の仕方が奇怪だった。空から降ってきたかと思えば、いきなり肥大化して動き出すというのだ。

 圧倒的な戦闘力を持ちながらも攻撃と逃亡を繰り返すので、戦闘の規模に反して戦死者はほぼゼロに近い。だが、通信の関連機関や弾薬庫などを手当たり次第に潰された。また厄介なことに一定以上の攻撃を受けると、ゴーレムは自動的に小さくなり空へ還っていき、また空から降ってくる。

 ちなみに、主な被害は空軍に次いで火力が豊かな、エスマーイル誇るエルフ水軍の軍港だった。

 鍛え上げられた自分の水兵たちは果敢に応戦したそうだが、あっけなく撤退を余儀なくされた。追い討ちをかけてゴーレムを討ち取った勇気ある者もいたと聞くが、人形は壊れると同時に自爆した。爆風は、そのエルフと辺り数百メイルを桟橋もろとも更地に変えた。桟橋には鯨竜船が数隻泊まっていたので、手痛すぎる打撃だった。

 エスマーイルは敵に辱められた怒りを揉み潰し、努めて冷静を装う。

 自分は今、ネフテス統領直々に兵を任せられている。

 いくら自身の血と汗の結晶でできた水軍が大損害を受けようとも、所詮はサハラ全軍の一部という存在。それだけに目を向ける事はできなかった。

 エスマーイルは思う。驕りがこの結果を招いたと。

 当然この巨大な土人形も精霊石の練り込みなどの技術も我々は持っているが、陸、空、海軍は手を伸ばさなかった。造るのに膨大な人手と、時間がかかるからだ。

 エルフというのは蛮人と比べそう数が多くない。広い“サハラ”の各地にぽつぽつと数百人単位で点在しているので、技術を持った者を一カ所に集めることが難しいのだ。

 そしてこのことが、各地からの増援が遅れている主な理由だった。

 空は悪魔に封じられ、海路も破壊されている。残ったのは陸しかない。

 通信系統の魔法回路がある建物は現在も破壊され続けており、今となってはアディール内でしか情報のやりとりが行えない。

 増援の要請を行ったまでは良かったが、それっきり各地への情報網は切断されている。よって、援軍の行進速度、進軍経路などは分からない。

 そして何より、自分たちは蛮人を卑下している。彼等に危機感を抱かないので、知性が秀でているといっても軍事面ではそう大差ないのだ。

 現状は厳しい。エスマーイルがよくやっていない訳ではない。逆にもし彼以外が軍を仕切っていたならば、即座に崩壊していただろう。それでも彼は焦燥に駆られる。

 本当なら、物を読む時間さえもどかしい。だがその悪魔に関する情報のお陰で、エスマーイルは彼にしかできない的確で最善な指示を前線に与えることを可能にしていた。

「状況は、いかがですか?」

「・・・・・・好ましくない」

 ビターシャルが部屋に入ってくるなり労いの言葉を投げたが、エスマーイルは無愛想に気に入らない同僚に事実を述べる。

「何故この場で会議を?」

 ビターシャルは司令室を見渡す。

  貴重な通話用のマジックアイテムは余すことなく各机に備え付けてあり、通信職をもつエルフたちは、次々と各戦局に情報を流し込んでいる。

 だが、通常では有り得ない程の受送信だ、当然混線で通話の音声は良質でない。しかめっ面をしている通信兵の叫声が、室内に響き渡っていた。

本来命令や会議などはこのような騒がしい所ではなく、落ち着いた思考ができる静かな部屋でするべきなのだ。そうでないと思考がまとまらない。

「ビターシャル殿、わたしは新鮮な情報ほど戦局を左右するものはないと思う。わたしの思考は貴殿の一般論とは違い騒音などには惑わされぬから、安心なされい」

 皮肉を込め、エスマーイルは質問に応じる。

 伊達に彼は“鉄血団結党”のトップとして君臨し、水軍を手中に治め続けていた訳ではない。

 彼には人を率いる力も、戦場での咄嗟の判断力も、優れた思考も備わっていた。

 明確な実績を叩き出し、周囲に自分の実力を見せつける。

 そうやって視線を集めることでエスマーイルは自身の暗黙の地位や発言力を強め、意見をぶつけてくるものを意識的に排除していた。

 現に戦局は彼ひとりの独断と偏見で動かしており、口を挟んでくる者はいない。

 だが、目の前のエルフは違う。

 皆が一目置くようになっても、ビターシャルは何も態度を変えない。自分の目を真正面から見つめ、堂々と言論をぶつけてくる。

 エスマーイルは気に入らなかった。

 自分と同等かそれ以上の才能と実力を持ちながら、権力や地位を望まない。

 そんな彼を見ていると、自分が力に媚を売った負け犬のように見えてしまうのだ。

 “自分が劣っていると、認めたくない”

 そのエスマーイルの逸脱したプライドが、ビターシャルを毛嫌いする理由の大半だった。  キィ、という音が思考の隅で聞こえ、エスマーイルは背後を振り向く。

 “悪魔解明機関”の研究者が、静かにドアを開けた音だった。目の前の蛮人対策委員長が報告書を提出してすぐ、ネフテス統領が急遽作りあげた研究機関だった。

 まだ調べ始めて間もなくこれといった成果も出せていない筈だったが、一体何をしに?

  研究者が口を開く。その疑問の答は、意外なものだった。

「エスマーイル総司令殿、悪魔たちを乗せて雲隠れしたフネの居場所が分かりました」

「なんだと!」

 エスマーイルは思わず耳を疑う。まったく予想も期待もしていなかった荒れ地から、黄金が湧いて出たような奇怪な気持ちだった。

「その情報の信憑性はどのくらいだ!?」

「時たま打ち出される砲弾の方向から半径数リーグ空気中の魔力を調べた所、一部だけ魔力が不安定な空間が存在しました」

「今どの辺りに潜んでいる!?」

 「測定後動きは見られず、そのままの座標で遊弋しています」

エスマーイルはでかした、と叫ぶと一層声を張り上げて指示を飛ばす。

「直ちに混合部隊を向かわせろ!」

「規模は如何ほどで?」

「第一、第二艦隊の使える竜騎兵を合わせた二連隊ほどだ! 空から“大いなる意思”の力を借りて攻めよと伝えよ!!」

 エスマーイルが言い終わると同時に、一斉に通信兵がすぐさまそれを各地に散らばる隊長や指揮官に送る。

“鉄血党”の議員や副司令たちは一切の反論を口にせず、誰しもがただ彼に従う。

 ここ数日行われていた、当然とも言えるようになったやりとり。

 だが、ビターシャルがそれに待ったをかけた。

「総司令官殿、いかに蛮人共でも、我らの探知に気づかぬ訳がありますまい。その案は早計過ぎます。・・・・・・行動に移すのはもう少し、先方の動きを見てからにしては?」

「それでは遅いのだ! その隙に奴らが何を仕掛けてくるかがわからないではないか!」

 怒鳴り散らしながら、エスマーイルは思う。

侮れない。もはや間違いなく、蛮人どもは手練れだ。

 “サハラ”が総力をあげて戦争を仕掛ければ、間違いなく奴らは自分たちに負ける。それが彼我の圧倒的な戦力差であり、民の皆がそう思っている。

 だが、その考え方が自分たちの本当の敵なのだ。

 奴らはその自分たちの慢心や驕りを、食い物にしている。歴代の祖先が築き上げた技術の差を、自分たちの油断や失敗を突いてくることでじわじわと埋めてきている。

 エスマーイルは並みならぬ苛立ちを覚えていた。

 いくら彼が皆に気を引き締めるよう言おうが、周囲の緊張感は必ず失われていく。悪しき慣習が生み出した、一種の呪縛のようなものだった。

 自分は正しい。現状を正しく把握しているのは、この場には自分しかいないのだ。

 皆だれも、なにも見えていない。議員や兵職に就く者はもちろん、目の前の蛮人対策委員長でさえ同様だ。

 彼らがこの危機感を感できないのは、自らの身を削られていないからだろう。

 保身のことばかり考えている議員たちや“鉄血党”に所属する自分の手駒はそうだ。

 だがしかし、政敵は事態を完全に把握したうえで、それでも慎重に物事を考慮している。

 そんな暇はない、というのが未だに彼には分からないのだろう。

「少し確認したいことがある。どの方角でも構わないから遠くへ飛んでくれ」

 通信兵を介し、司令室に映像を送る哨戒兵に勝手に指示を出したビターシャルが騒ぐ。

「エスマーイル殿、映像を見ていただきたい!」

 腰抜けが何を言う、と心中で吐き捨て、エスマーイルは渋々画面へ向き直る。

 そして、上空の哨戒兵からの映像に目を見開いた。

「なっ・・・・・・」

 空を埋める蛮人のフネ。総勢百をくだらない大艦隊が、一斉にこちらに向かっていた。歴戦の勘が違う、と叫ぶ。あれは、幻ではない!!

「なぜだ! 一体何処から湧いてきた!!」

叫びながらも、エスマーイルは瞬時に理解した。

“悪魔”たちは追撃から逃げていたのではなく、アディール全体を包み込むように幻を空間に描き、やって来る軍勢を自分たちの目から隠し続けていたのだ。だからこそ通信手段を破壊し、カスバ上空を旋回して注意を引きつけていた。もし兵を狭い空間に集中させておけば、それだけ幻を広げる手間と時間が省けるからだ!

 事態は思うほど切迫してはいない。十分取り返しはつく。

 しかしエスマーイルはその光景を見て、不甲斐ない自分への怒りで身を震わせていた。

 もしビターシャルが気づかなかったならば、自分は間違いなく選りすぐりの精鋭を既にいないであろう囮に差し向けていた。その結果、各地からの増援が到着するまであの大軍を食い止めることは、不可能となっていたはずだ。

奴らの目標は“竜の巣”、あの大軍は自分たちに追撃の兵を出させないための足止め。

 完全に自分は敵の手のひらで遊ばれ、踊らされ、転がされた。

「どうされましたか、総司令殿?」

 一人のエルフが総司令の様子に気づき声をかけたが、返事がない。沈黙が辺りを支配したかと思うと、やがてざわざわと辺りが騒がしくなる。

「エスマーイル殿・・・・・・」

 そんな中、ビターシャルはためらいがちに声をかける。彼の心中は理解できないが、数時間前の自分と同様に我を見失っているエスマーイルを放っておくのは気が引けたのだ。

「要らぬ情けをかけるな! 虫唾が走る!」

 しかしエスマーイルは瞼を大きく開き、狂犬のように眼を血走らせて吼える。

 執務室で彼が情けない弱音を吐いていた事は聞き耳を立てていたので知っている。

 だからこそ、同情や理解などいらないのだ。自分はそんなに弱くない。

 だがエスマーイルは周囲からの視線を感じ、それが恥の上塗りに過ぎない事に気づいた。

 辺りの将校たちが、みなこぞってエスマーイルを見つめていた。自分を慕う鉄血団結党の議員達もみな、不信そうな目をしているようにエスマーイルには見えた。

 独裁者というのは一つの失敗で、頂点から地べたへ引きずりおろされるもの。わかっていたつもりだった。それを踏まえたうえで、いままでやってきた。

 だからエスマーイルは、この現状は当然のことと受け止めた。今まで必死に築いてきたものを、彼は自らの手で粉々に砕き潰したのだから。

「・・・・・・ハッ、ハハハッ」

 しかし、エスマーイルは笑った。気が触れたのではない。こう思ったからだった。

 “簡単だ。ならば、再び築きあげればいいだけのことではないか”

 いくら蛮人どもが優勢とはいえ、我らは“砂漠の民”。戦況は硬直し、恐らくは長期戦となるはずだ。自分が活躍できる場面はまだこれから、山ほどある。

 影響力は相当薄くなっただろうが、幸い自分はまだ軍の覇権を握ったままだ。 

 ならばこのチャンスを生かし功績を上げ、この失態を完全に挽回するのだ。

「何をしている、さっさと伝令を送れ! 全軍迎撃に赴き、即座に防壁を作り耐えろと伝えろ!! 早くせぬか!!!」

 エスマーイルはいきなり顔を上げ、呆然と突っ立っている部下たちを叱咤する。

 もちろん鉄血党の議員たちは、絶対的な彼に従う。反発的だった他の将校たちも、エスマーイルの見る者を圧殺するような鬼気迫る表情と気迫に呑まれ、走って持ち場についた。

 “見ていろ、ビターシャル。これからわたしと貴様の格の違いを見せてやる”

 鋭い眼光で威風堂々と構える彼は、再び紛れもない百戦錬磨の猛者の顔になっていた。


「上手く誘導できましたね」

「・・・・・・ええ、ですがやはり相手はエルフ。流石にそうすんなり勝たせてはくれませんか」

「気づかれたのは予想外ですが、双方の足を止めるには十分すぎるでしょう」

 見渡す限り海。潮風を体にまとわりつかせ、教皇たちは“竜の巣”へと向かっていた。

「何の話をしているの?」

 先程目覚めたジョゼットが、目をこすりながら聞いてくる。彼女はジュリオの背中に手を回し、身体を預けていた。だからジュリオは顔を向け、笑って答える。

「大したことじゃないさ。それより、体調はどうだい?」

「もう平気よ。それよりも、聞いてジュリオ」

 まるで親にせがむ子供のように、ジョゼットは楽しそうに話す。

「なんだい?」

「今まで魔法を唱えると眠くなっちゃってたけど、わたしいっぱい大きい魔法を使って慣れたわ。だから、最近は全然そういう事がないの」

 ジュリオの顔が一瞬で蒼白に、比喩抜きで本当に真っ青に染まった。

「ジュリオ?」

 突然視線を外した自分の使い魔に、ジョゼットは怪しんだ。だがジュリオはすぐに振り返った。そのおどけた口調と表情からは、動揺した様子は微塵も感じられない。

「それはすごいな。きっと、きみの心がきれいだからだよ」

「お世辞はいいの、それよりもお話ししましょ。あなたここ最近、ずっとわたしに面白いお喋りをしてくれないわ」

「そうだね。じゃあ・・・・・・」

 いつものように始まる恋人ごっこ。

 たわいもない話をしながら、ジュリオは思う。

 “自分はなんと、罪深き人間だろうか”

 “使命”のため、目の前の青髪の女の子には犠牲になってもらう。

 ジュリオはその予定を前提としてやってきた。覚悟も決意も、揺がない自信があった。

 だが、いざとなったらどうだ。自分は彼女の愛を受け入れるばかりか、その思いの強さを知り、流され、今では失う事に怯えきっている。

 さっきなんて、何も考えられなかった。

 生涯経験したことがなかった悪寒に包まれ、感情の奔流で心の中がもみくちゃになった。 ジョゼットには気づかれなかっただろうか。

 ジュリオは静かに息を大きく吸って吐き、心を落ち着かせる。

 ジョゼットの容態がどうだろうと、いずれにしろ、“聖地”には赴かなければならない。 “竜の巣”、“聖地”。どちらも同じ場所を示すが、その名の意味合いは正反対だ。

 片やすべてを救った神の居場所、もう一つは古では巨悪の最たる比喩だった“竜”の巣。

 六千年前、二種族の間で何が起こったのかを知るものは数えるほどしかこの世にいない。 眼下に青々と広がる平面上に、ポコポコと岩が生えているのが遠目に見えた。

 ジュリオは右手のルーンで愛竜の飛行速度を上げる。・・・目的地まで、そう遠くはない。

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