目を背け続けていたこと
「ただいま」
と、つい自宅のようにそう言ってしまっていた才人は、再び洞穴の主に出迎えられた。
「おかえり。・・・・・・どうせまた来るとは思っていたんだけどねえ、こんなに早いとは思ってなかったよ」
「こっちには、エルフはこなかったのか?」
ルクシャナさしてが慌てた様子もないので、みんなはとりあえず無事なんだろう。
なので、才人はまず目の前の韻竜に気を遣う事にしたのだ。
相も変わらずこけや海草がへばりついているだけで、その体には外傷などは見あたらない。才人が勝手に納得しようとしていると、海母はそれと真逆の事実を口にした。
「来たね」
「え? もしかして海母が全部やっつけたの?」
ルクシャナが初めて聞くという風に口をはさんでくるが、海母は違う、と一笑した。
「戦わなかっただけなのさ。うずくまって何もせずに寝ているただの巨竜を、おまえたちだったら攻撃できるかい?」
そう答えられ、才人はなるほどと思った。韻竜は先住魔法が使える事を忘れていたのだ。そして何より海母はデカい。鱗にはフジツボなどが付着して鎧のようになっているので、攻撃するのは無謀、と言ってもいいだろう。
そう考えている間に話は終わったと思ったのだろうか、海母は奥の方へと行ってしまう。そして、入れ代わりにコルベールがやって来た。自分たちのことを待ってくれていたようだった。
「お帰りサイト君! わたしの作った銃弾は、どうだったかね?」
「すごかったですよ! どうやって作ったんですか、あれ!?」
「わたしは地下に眠る風石のことを調べていくうちに知ったのだ。かなり大きい地震が起こらない限り、大陸は浮かばない。精霊石は一定の衝撃を加えないと発動しないからだ」
目を子供のようにキラキラと輝かせ、楽しそうにコルベールは話し始めた。やっぱ似てるなこの二人、と才人は隣に立ってるルクシャナとコルベールを交互に見た。
「わたしはその仕組みを、君の世界の銃弾に使えないかと考えた。わたしは以前、君にまったく同じものを作ることは難しいといった。真鍮を削りだして円錐状にし空洞を作り、火薬を入れてふたをする。これをハルケギニアの技術でやると、どうしてもばらつきができてしまうからだ」
しかし、とコルベールはいっそう興奮気味になり続けた。
「そこでわたしは銃口の型を赤土で取り、そこに等量の風石の粉末と溶けた真鍮を流し込んだのだ! そうすれば衝撃により真鍮に練り込んだ風石が膨張し、小型の爆弾となる! わたしはこれを飛び散るヘビさんと名づけた!!」
「へー。つまり、ビターシャル叔父様が作った火石と同じ仕組み、ってことなの?」
興味を持ったようで、黙って突っ立っていたルクシャナが突然口を開いた。
その言葉からは悪意は感じられかったが、才人は軽く睨んだ。コルベールが自分の命を守るために一生懸命に考えてくれたものと、あの殺戮兵器を一緒くたにされたくなかった。
だが、 コルベールは何でもないように疑問に答える。彼は先生なのだ。
「そうだ。だがこれは破壊力は凄まじいが、殺傷能力はほとんどない。よほど近くで撃たない限り、着弾する前に弾け飛ぶからだ。サイト君が正しく使ったならば、恐らく死傷者は出ていないだろう」
コルベールはポケットから日本製の銃弾を取り出し、手のひらで転がす。
「君の叔父上が作った火石も、ガリア王が正しく使ったならば大勢の人の助けになった。何かを創る者の善悪は問われない。どんなに強い毒だとしても、使い道によっては必ず誰かの薬になるからだ」
「・・・・・・そうよね! なによあなた、わかるじゃないの!」
・・・・・・少しは負い目を感じていたのだろうか。 叔父の行動に肯定の意を示されたルクシャナは、パッと顔を明るくし、コルベールの背中をバンバン叩く。(恐らくこれもサハラに来る商人から教わったのだろう)その勢いにされるがまま身体を揺らしつつも、コルベールは視線を才人に向けて、満足げに微笑んだ。
「大事なことは誰が、どのように使うか。不思議なことだろう? 同じ物で人を傷つけることも守ることもできるのだ」
・・・・・・勝てないな、と才人は思った。敵であるビターシャルに処刑されかけたにも関わらず、この先生は彼が殺戮を望んで火石を作ったわけではないと信じているのだ。
「それではまたな。わたしは海母くんに武器庫へ連れていってもらわなければならないから、これで失礼する」
言うなり、コルベールはついさっき行ってしまった海母を急いで追いかける。しばらくした後、地球の武器が山積みにしてあるコレクション部屋の方面からコルベールの「おお!」という感嘆の叫び声がかすかに反響して聞こえてきた。
「すごいのね! シルフィもあんなすごいことやりたいのね! どうやってするのね!」
「教えて分かるようなもんじゃないねえ。まあ、幼いお前にもそのうちわかるよ。長いこと生きてると、色んなことができるようになるもんなのさ」
海母の声に混じって、シルフィードが楽しげにきゅいきゅい鳴く声も聞こえる。海でも、ギーシュたちが遊んでいるのを見かけた。みんな思い思いに楽しんでいるようだった。
「・・・・・・ん?」
そこでやっと、感じた違和感に才人は首を傾げた。
おかしい。武器庫とこの場所は、海続きで繋がってるはずだ。なのにどうして、コルベールや海母の声が聞こえてくるのだろうか?
「大人数だったら何かと不自由だろうって、海母が海にトンネルを作ってくれたのよ」
その疑問には、ルクシャナが答えてくれた。
海にトンネル? 一体どういうことだろう?
疑問と好奇心が大きく膨らみ、武器庫への入口を覗き込む。
前回来たときはぽっかりとあいた井戸のような穴になみなみと海水が張ってあったのに、今ではぽっかりと穴が開いていた。
そして中を覗いて、才人は驚いた。
「・・・・・・すげえ・・・・・・」
海が丸ごとくりぬかれ、“竜の巣”の蟻のように広がるすべての洞窟へと繋がっていた。
ところどころ激しい高低差があったが、自分はリーヴスラシル、ルイズは“テレポート”、学院のみんなは“フライ”を使えるので問題はない。大変なのは魔法が使えないシエスタだけだろうが、きっと誰かに頼んで連れてってもらえば問題ないだろう。
そう考えながらも、才人はおそるおそる入り足場を確かめる。海水でできた床や壁は固く、才人が強く踏み鳴らしてもびくともしない。どうやら発光ゴケを混ぜてあるようで、暗がりに泳ぎ回る魚たちを明るく照らす。
まるで360度ガラスが張られた、どこぞの水族館のようだった。
「久しぶりね、海母が精霊の力を使うのは。確かに身体が大きければ大きいほど、理論上精霊の行使権も強くなるはずだけど・・・・・・やっぱり海母は桁が違うわね」
隣で呟くルクシャナに適当に相槌を打ちながら枝分かれする水のトンネルを見入っていると、くいくい袖を引っ張られた。見ると、先程までよかった誇り高きエルフ様のご機嫌は打って変わってなんだかナナメのようだった。
「ねえ」
「ん?」
「私に何か言うこと、あるんじゃないの?」
「何も」
彼女が苛立ってる理由も彼女が聞きたい言葉も知っていたが、才人はあえてスルーした。
今までさんざんコケにされてたので、ついついからかってしまいたくなったのである。
結局ルクシャナはもう耐えきれないといったように、自分から愚痴をこぼし始めた。
「あの飛行機械片づけるの、わたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ! 確かにやり方は教えてもらったけど、着陸できそうな場所はないし! イルカたちを呼んで海母に頼んでもらって、ご大層に空気の膜で包んで運んであげたわよもう!」
「悪い悪い、何しろあの時焦ってたから。すまん」
「謝って済む問題じゃないでしょ! もし燃料が切れて墜落でもしたらどうするつもりだったの!」
「いや、エルフのルクシャナさんだったら、なんとかしてくださるだろうなーって」
まったく悪びれない才人。当然、目の前のエルフ様はお怒りになる。
しかし二言三言何か呟くと、ルクシャナは息を長く吐いてにっこり微笑んだ。
「そう、次からは気をつけなさいよ」
才人はヘンだなと訝しんだが、なんかもうどうでもいいのでルクシャナに聞く。
「なあ、それよりもルイズはどこだ?」
ん、とルクシャナは一つの洞窟を指差す。
「早く行ってあげたら? あなたのご主人さま、ずっとあなたのこと待ってたわよ?」
そこで、みんなが出払っている理由に才人は気づいた。邪魔しちゃ悪いと気を利かせてくれたのだ。ルクシャナも察してか、いっしょについてくる様子はない。
やっとルイズに会える。どれだけ、自分はこの瞬間を待ち望んでいただろうか。
思わずスキップしそうになる足取りを抑えながら、才人はルイズの元へ向かった。
・・・・・・どうして、こうなった。
地べたに這いつくばった才人は、ふとそう思った。
てっきり泣きじゃくるルイズをなだめ、抱きしめ合う感動の再会になると才人は思っていた。ティファニアとなんだかんだやってしまったことを差し引いても、そのくらいのことくらいは許されるべきだと考えていたのだ。
しかし実際、胸板の辺りに飛び込んできたのは柔らかい桃色の髪ではなく靴の裏だった。
「ここに直りなさい」
「・・・・・・はい」
ボロボロの心と体を立て直した才人は、いつのまにか視界の端で子ウサギのようにぶるぶると震えているティファニアを見つけた。そして、理解した。その瞳が自分への謝罪を述べていたからだ。
・・・・・・大方ルクシャナがぺちゃくちゃ喋ってしまったのだろう。その証拠に、背後から笑いをかみ殺す声が聞こえた。覚えてろよ、後で絶対泣かせてやると思った。
所々に散らばっていたみんなも、騒ぎを聞きつけ集まってきた。
才人はそんなギリギリな極限状態の中、必死に思考を巡らせる。
自分から土下座りながら素直に説明するか? いや、無理。光にも匹敵する速さの蹴りで弁解の余地もなく絶命するだろう。
いつかやったようにいきなり抱きしめてキスして、それからじわじわと話をしていくのは?
これも無理。ルイズはティファニアの胸に対して、異常なほどのコンプレックスを持ってるから誤魔化せないし、なによりみんなの前じゃ恥ずい。アレは誰も見ていない上空だったからこそできた芸当であるわけで、公衆の面前でそんなコトをできるほど自分は大胆じゃない。
空気はどんどん重くなる。まずは険悪な雰囲気を消すべく、才人は弁解をしようとした。
「あのなルイズ、」
「あんたテファの胸見て、キスまでしたってね?」
・・・・・・あかん、詰んだ。言葉を遮られた時点で、才人はそう思った。
「したんでしょ? さっさと答えなさいよ」
「・・・ハハハ、ハハ・・・・・・」
ルイズの一言でかき集めた心の残骸までもが粒子単位まで分解され、才人はつい笑ってしまった。もうこの状況からの切り抜けは、絶対に不可能だと悟ったからだ。
目の前のルイズは、満面に微笑みを浮かべている。だがその表情は銅像のように固まっており、声はどこまでも冷ややかだ。
周囲を徘徊していた磯ガニが殺気に当てられて、そのまま泡を吹いて動かなくなる。
・・・・・・とどのつまり、今までのどの修羅場よりも才人に優しくない状況だった。
恐怖と後ろめたさのあまりに視線を逸らすが、全員が自分を無言で凝視している。
マリコルヌだけが憧れと尊敬のまなざしを送りながら「感触、どうだった?」と聞いてきたが、やはりというかなんというか、エレオノールにボコボコにされる。
「すいませんでした」
・・・・・・ついに才人は無言の圧力に屈し、全力で土下座した。前々から唱えてあったんだろう。毎度お馴染みの“爆発”がルイズの杖の先で唸り、哀れな使い魔へと発射された。
なによなによなによ! ふざけんじゃないわよ人の気も知らずにこのバカ!
ルイズは黒焦げの元才人だったものを、ありったけの不満を足に込めながらげしげしと踏みつける。
せっかく半月も離れてて、やっと会えたのに! なんでわたしを怒らせんのよ!!
ルイズの怒りの源泉は、そこだった。本音をいうと出会いざまに才人を泣きながら抱きしめ、寂しくて不安だった分思いっきり甘えたかったのである。つまり、才人が期待していたとおりになるはずだったのだ。
だが、ルクシャナのペラペラ喋る口がルイズにその行動を取らせてくれなかった。
なんと自分の使い魔は寂しさで涙を流すご主人様を忘れ、イチャコライチャイチャしていたと言うではないか。
それも、自分への当てつけのように胸のことばっかり!!
そんな話を聞いたら、浮かれていた喜びも瞬時に怒りへと変わる。そりゃ自然に足は飛ぶし、魔法も飛んでしまう。当たり前の事だった。
「う、うぅう・・・・・・」
気が付いた才人が呻き声を上げだしても、ルイズは踏むのをやめない。
「ル、ルイズ・・・・・・、頼む、ちょっと話を・・・・・・」
才人は説明のためにボロボロの体を起そうとしたが、ルイズが背中に足を乗せ続けていたので無理だった。
「・・・・・・さすがにもうやめてあげたらどうです? ミス・ヴァリエール」
「いやよ」
シエスタが止めるが、ルイズはにべもなく断り、再び使い魔をいたぶり始める。
「この使い魔節操がなさ過ぎるから、わたしも原点に立ち返ることにしたわ」
「まぁそれもそうですが・・・・・・話ぐらいきいてあげたらいいじゃないですか」
再びシエスタが庇うように言うと、ギーシュがそれはもっともだが、と反論する。
「でも、さすがにサイトのやったことはいいとは思わないね。ぼくが言うのもなんだけど、ルイズは死ぬ間際のあの時、きみのことを・・・・・・」
「???・・・・・・おれのことを?」
オウム返しに聞き返す才人の背骨に、ここ一番の鋭い蹴りが飛ぶ。
「げふっ!」
グキッと嫌な音を響かせ、才人は再び気を失う。にも関わらずギーシュは続けて言おうとするが、その声はタバサの唱える風魔法の“サイレント”で消し去られる。
「・・・・・・!! ・・・・・・!!!」
ぱくぱくと口を開け閉めするギーシュをよそに、タバサは何事もなかったかのように本を開く。復活した才人をルイズが再び折檻し始めるのを見計らい、タバサは再び杖を振って“消音”を解除する。
「な、何をするんだねタバサ! ぼくはただ・・・・・・」
「駄目。それはあなたの口から言うことじゃない、彼女の口から言うべきこと」
「・・・・・・!」
青髪の少女の予想もしなかった返答に、ギーシュは面食らう。確かにそのとおりかもしれないが、だからといってなぜ彼女がそれを邪魔するのだ?
・・・・・・いや、そんなこと考えずともすぐ分かる。つまり彼女も・・・・・・
「タ、タバサ・・・・・・もしかしてきみも・・・・・・」
その問いが投げられるよりも早く、“消音”が再び唱えられる。・・・・・・というか、問いを封じたのこと自体が既に答えなのだろう。タバサの持つ本が逆さになっていることにも気づいたギーシュは、それ以上深くは追求しないことにした。
・・・・・・ルイズに踏みつけられながらも、才人は辺りの様子を眺める。
そこに広がるのはいつもの光景。自分たちを呆れたような目で見るコルベールとキュルケ、ティファニアに詰め寄るシエスタ、その会話にタバサを無理矢理ねじ込もうとするシルフィード。なんか影でこそこそしているギーシュもマリコルヌも、エレオノールもいる。 そして何より、自分の背中で暴れているルイズがいる。みんなが生きているという実感が、才人の中でいまやっと湧いた。
才人の背中から降り、触らせるあんたもあんたよとティファニアに矛先を変えるルイズ。
ティファニアは申し訳なさそうに頭を下げながら、こちらをちらちら見ている。
自分の誇りを突き通せる想いの強さ、人のことを気遣って思いやれる優しさ。
まったくもって対照の二人。どちらも、自分の大切な主人だ。
しかし不意に、才人はふと気づいてしまった。
・・・・・・いままでずっと目を逸らし、先送りにしていたものがあることに。
“自分がリーヴスラシルとしてティファニアの使い魔になったことを、ルイズに告げるかどうか”
ルイズに会うまでに決めておこう。そう思っていたらいつのまにか頭の片隅に封じ込め、考えることを拒絶していた。
それも無理はない。この二択を選ぶということは、選ばなかった片方を嫌が応にも辛い目に遭わせる。
誰よりも自分のことを信じている二人の女の子。才人はどちらかを捨て、裏切り、その心に深い傷を負わせなければならない。
ガリアでタバサに相談された時とは訳が違う。戦争が終わってからという締め切りは無い。このルーンは一生自分に刻まれたままだ。どんなに考えて言葉や手段を変えようが無駄なのだ。それは結局、言うか言わないかの延長線なのだから。
それでも才人はうつぶせになったまま顔を伏せ、考え始めた。
失神したと思われたのだろう。誰一人才人に声をかけるものは、いなかった。
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