伝説の剣《デルフリンガー》


「まず、相棒が行った時代で、ブリミルとサーシャが何やってたか一から十まで教えてくれ。話は、それからだ」


「そっか」


 愛刀に気を遣い、細かい所を説明していなかった才人は、簡潔に話をまとめる。


「まず、サーシャさんに会った時は、ガンダールヴのルーンしかなかった」


「んで?」


「ブリミルさんは虚無の力をサーシャさん使って実験してて、代わりにボコボコにされてた」


「いつものことだな」


 ・・・・・・ツッコむ暇がないので、才人は聞かなかったことにした。


「ガンダールヴのルーンを見せたら、村に招いてくれた。それですぐにヴァリヤーグってのが襲ってきて、ブリミルさん達と一緒に戦ったんだ」


「そっか、あの時か」


「あいつら強ええんだよ」


「・・・・・・あのな、相棒。・・・・・・・・・・・・そのヴァリヤーグってのはな」


「なんだよ?」


 デルフリンガーの奥歯に物が挟まったような物言いに、(歯はないが)才人は怪訝な表情を浮かべた。


「相棒、おまえさんの世界から来た奴らのことを事を指すんだ」


「・・・・・・へ?」


 何でもドンと来いと気合を入れていたつもりだったが、六千年を生きる剣の衝撃のカミングアウトに、才人は唖然としてしまっていた。


「それ本当なのか!? 地球で六千年前にはあんな武器とか甲冑とかねえぞ!! あってもせいぜい中世とか!?」


「相棒、まあ落ち着け」

 

 デルフリンガーの言葉で思わず前のめりになっているのに気づき、才人は慌てて姿勢を戻す。しかし頭の中はこんがらがったままでいた。

 

 普通はこういう話しをするやつに限って、途中で口封じに殺られるのがドラマとか映画とかの相場で決まっている。だが、デルフリンガーは剣なのでとりあえずその心配はない・・・・・・とか思い、勝手に心配して勝手に安心する始末だった。

 

 そんな混乱中の才人に構わず、デルフリンガーは緊張感ゼロな声で話を始める。


「まあ、順番に話していったほうがいっか。とりあえず相棒が帰ったところから始めるから、黙って聞いててくれよ」



「ブリミル率いるマギ族は、さらに居場所を転々としてた。その途中で、俺は生まれたんだ。ブリミルの虚無が失敗して、偶然サーシャが意思を込めようとしてた俺に当たっちまったんだよ。さしずめ俺はサーシャとブリミルの合作、ってえとこだな」


「ルクシャナが言うには、お前もアリィーが持ってた“意思剣”ってやつも、どっちもエルフの技術って言ってたけれど」


「そうさ。でもエルフたちは動物とかの命をもとにして作る。自分の意識を模倣してものに吹き込むのさ。まあ、だからせいぜい寿命が同じ位のものしか作れないんだけどな」


「はあ」


「ようは俺以外の意志を持つヤツは自分のことを不死身と思ってても、生きて数百年が限界ってとこよ。何てったっておりゃあ、完全な“無”から生まれたからね。どうでい、すげえだろ」


「はぁ・・・・・・」


 才人はもう、何がなにやら分からなくなっていた。


 さらっと会話の中で明かされる事実が予想の遙か上を行っているので、まるで外人にいきなり英語で話しかけられたように頭がショートしたまま働かなくなってしまっている。


 だが、集中して聞かなくては折角話してくれるデルフリンガーに失礼だ。


 才人は塩辛い海の水で顔を洗い、弛んだ顔を引き締めて対話に臨む。


「そんでな、ブリミルはついに、ヴァリヤーグがどっから来てんのか突き止めたんだ」


「そこが、聖地なんだろ?」


「そうだよ。その近くにエルフたちは住んでたんだ。あいつらが住んでた村は森の精霊によって外部からは見えなくなってたから、やってこれたのはブリミルだけだった」


 デルフリンガーは突然、声を大きく落として話し始めた。


「・・・・・・そんなある日な、ヴァリヤーグはエルフ達を襲ったんだ」


普段通りの軽々しい口調も、真剣なものへと変わる。才人はいっそう気を引き締めて、続く言葉を待つ。


「エルフ達は大敗した。いくら先住魔法が強くても、重厚な装甲で身を固めたあいつらには勝てなかったんだ」


 その時、デルフリンガーの銀色に輝く刀身からうっすらと、青黒い何かが放たれているのを才人は感じた。


「・・・・・・デルフ?」


「エルフのやつらは、ブリミルとヴァリヤーグが手を組んだんだと思ったんだろうな。実際は偶然発見しただけだったんだろうが、ともかくブリミルは濡れ衣を着せられて、エルフと戦うことになった」


 ブレイドを吸い込み過ぎてヒビが入ったときと同じように、取り返しのつかないことを今まさに愛刀が行っているように才人は感じた。


「おい、ちょっと待てデルフ!!」


 才人は叫ぶなり、デルフリンガーを鞘に納めた。だが鞘の内からでもはっきりとデルフリンガーの声は漏れ続け、才人の耳に重要な情報を無理矢理叩き込んでいく。


 「やめろデルフ! デルフリンガー!」


 才人は叫び続けるが、デルフリンガーは話すのを止めない。彼が言葉を連ねれば連ねるほどに刀身からオーラのようなものは放たれ、鞘さえも透過して空気中に放出されていく。 それが彼自身の魔力であるということは、才人は嫌というほど分かっていた。


「ブリミルは誤解を解くために、俺とサーシャを送った。サーシャの一族はみんな、ヴァリヤーグに殺されてた。ブリミルはそれを聞いて、聖地に向かうことにした・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 

そこまで言うと、ずっと垂れ流しになっていた膨大な魔力はピタリ、と止んだ。


 へ? と驚いたままの表情でフリーズしている才人に、鞘から自力で出たデルフリンガーは申し訳なさそうに謝る。


「ごめんな、相棒。こっから先のことを口にしたら、たぶん俺の体はもたねえ。やれるだけやってみたけど、せいぜいこんなもんだった」


「最初から言ってくれればよかっただろ!」


「無理だね。言ったら相棒、絶対俺を鞘に入れてた」


 才人は参った。そう言われると言い返せない。


「・・・・・・ったく、もう無茶すんなよ!」

 結局怒鳴りつけるように心配することしかできず、才人は再びデルフリンガーをパチンと鞘に納めたのだった。



 才人がほっと胸をなで下ろしているのを見て、鞘の中、デルフリンガーは深い虚無感に包まれた。


 ブリミルの話をするのは問題無かった。だがヴァリヤーグやエルフ、聖地などの話に触れると激しく拒絶反応を起こすのだ。


 最も核心となるリーヴスラシルに至っては会話の途中で何度も試みたが、口に出すことすら叶わなかった。


 やはり自分の身には、エルフたちに何かしらの“制約”がかけられているのだろう。 

 

 それでも、デルフリンガーは自虐するようにこう思わずにはいられなかった。

 

 (別に真実を告げて、俺が死ぬのはかまわねえ)

 

 話そうと思えば話せた。しかし、それはただの「逃げ」に過ぎなかった。

 

 再び大切なものが失われると知って、自分はその様子をただ見る事しかできない。それでも、その光景を見たくないが為に死んで、何もできない傍観者にデルフリンガーはなりたくなかった。


 (・・・・・・でも、こんな俺に何ができるっていうんだ)

 

「あら、遅かったじゃないの」


 いつの間にか着いてしまっていたのだろう。才人が振り向くと、海面から生えた巨岩の一つに、ルクシャナが座っていた。


「ご苦労様、もう帰っていいわ」


 彼女が一言声をかけると、イルカたちはボートから離れていく。キューキューと鳴きながら帰っていくイルカたちに、礼を言いながら見送る才人。

 

 デルフリンガーはそんなガンダールヴでリーブスラシルな少年と一緒に魔法をかけられ、海の底に身を沈める。


 (もう二度と、あんな悲しい光景は見たくねえ)

 

 ・・・・・・祈っても願っても、自分はやはりただの剣。それを何度も、痛感させられる。

 

 水中から見た夕焼けはゆらゆらと陽炎のように揺れ、水泡が上へと昇っていく。

 

 デルフリンガーにはなぜか、それがとても儚いもののように感じられた。



 


 「・・・・・・始まりましたね」

 

 アディールから数百リーグほど離れている岩だらけの一帯。その真ん中にぽっかりと開いた大穴の上空に、二人の虚無の担い手とヴィンダールヴはいた。

 

 そこはエルフの首都アディールから、東西南北に等しくある場所。

 

 ハルケギニアでは“竜の足跡”と呼ばれる風石が陸地を持って行った証は、広大な“サハラ”では4カ所しか存在しない。ハルケギニアと同量かそれ以上の魔石が眠っているにもかかわらず、だ。

 

 北の火山、南の湖、東の砂漠、西の岩石地帯。

 

 エルフたちには“封印の地”と呼ばれるその4カ所。それらすべてを巡り終わり“準備”をつい先程終わらせた彼らは、頭上の砲撃を遠目に眺めていた。

「ふぅ・・・・・・、なんとか終わりました」


 ヴィットーリオがやっとのことで一息つくと同時に、風竜の高度ががくんと落ちた。


「くっ・・・・・・」


 テレポートで飛ばした人形からの通信が途絶え、同時使役のバランスが崩れたのだろう。 使い魔の顔には、色濃く疲労の色が浮かんでいた。


「もう一仕事いいですか、ジュリオ?」


「・・・・・・構いませんが、一体何をですか?」


「援軍が来るまで、時間を稼いでくれませんか」


「・・・・・・“世界扉”を使って合流する予定だったはずですが?」


 ジュリオは気の抜けた表情をヴィットーリオに見せつける。彼の腕の中では、すでにガリア女王が虚無の反動・・・・・・精神力の消耗で眠りについていた。


 しかし、三十二代目の教皇は悪びれた様子もなく続ける。


「そうするつもりだったのですが、思ったよりも精神力を使ってしまっていて、使ったら“儀式”を行うだけの余力が残らないのです」


「・・・・・・わかりました。でも、あまり期待しないでくださいよ?」


 トリステイン、ガリア、ロマリア、ゲルマニアの聖地回復連合軍はガリアとエルフの領地の国境に駐在している。既に出撃の準備は整っているが、各国の意見や連携などを考えると、ここまで来るのは早くて数日程後になるだろう。


 ・・・・・・ジュリオは、空を見上げた。


 数時間ほど前にジョゼットが映しだした“幻影”は未だ空中を漂っているが、砲弾が通過するたびにその色は薄くなっている。


 消えてなくなるのは時間の問題で、こちらに気づかれるのももうすぐだろう。


 そう思うがしかし、予想よりも現実は厳しかった。

 

 数リーグ先にいた黒い影が、“評議会”方面へと飛んでいった。もしも巡回していたエルフの竜騎士ならばすぐに、一個中隊ほどがこの場にやってくる。


 ジュリオは虚空に向け、何気ない口調で話しかける。


「なあ、そっちからここまで来るのにどのくらいかかる?」


  少しの間を挟み、頭の中に少女の清廉な声が返ってきた。


「あと数時間ほどお待ちください。直ちに参ります」


 ジュリオが人形を仕掛けたのは三箇所。ガリア、“評議会”、そしてもう一つ。か細い声は、その最後の通信用から聞こえた、ロマリア艦隊を率いるミケラのものだった。


「できるだけ、早く頼むよ」


 ジュリオはそう言うと通信を切る。そう、連合軍以外の戦力を、ヴィットーリオたちは持っていた。


 秘密裏にロマリア、ガリアから艦隊を先に発たせ、才人によって戦力を削がれたエルフの空軍を、魔法人形からの指示で堕としていたのだ。


「さて、どうしようか・・・・・・」


 相手はエルフ。先住魔法による桁外れな戦闘力を持つ最強の亜人が、数百という規模でやって来る。対するこちらは悲惨なものだった。


 ヴィットーリオは戦闘用の虚無魔法を使えないし、ジョゼットは眠っている。


 実質、戦うのは自分一人だ。艦隊が来るまでのつなぎを果たさなければならない。


 逃げる事はできるが一時的だ。いずれ巧みな戦術で囲まれ、捕まるのは見えている。

 

 目の前にはもう、竜騎士たちが迫ってきている。先程までは黒い点のように見えた彼らは、距離を縮めるにつれどんどん大きくなってくる。

 

 それらの絶望的な状況を冷静に踏まえた上で、それでもジュリオは肩の力を抜いた。

 

 “まあ、このくらいなら何とかできそうだ”

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